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織田家の長男に生まれました  作者: いせひこ/大沼田伊勢彦
第五章:三河統一【天文十六年(1547年)~天文二十年(1551年)】
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初陣の真相


「京に行きたい?」


古渡城で行われる、織田弾正忠家の新年の祝宴に向かう準備をしていると、吉良義昭からそんな申し出があった。


「はい。東西吉良家を統一し、その惣領を東条城の吉良家に任せるにあたり、拙者の名前を変える事を提案させていただきました」


「うむ、それは儂も了承したことであるな」


「はい。しかし、家名はともかく、拙者の『義』は足利家の通字でございます。これを勝手に変えるのは、失礼にあたりますし、主家である安祥家にも累が及ぶやもしれません」


確かにそれは面倒だ。しかも事は安祥だけに納まらないかもしれない。

へたをすると、親爺に安祥の討伐命令が下りかねないからな。


義昭が名前を変えるにあたり、俺への忠誠を示すためには、俺の通字を使うのが一番だが、義が将軍家の通字である以上、これを下に置く訳にはいかない。

かと言って、主君である俺の通字を下に置くのもまずい。

俺は気にしないが、俺の周囲が気にするからな。義昭への隔意に繋がるのもそうだが、俺が義昭を特別扱いしていると思われても、家臣の間で軋轢が生じてしまうだろう。


ちなみに、広を弘に変えるという案もあったが、そっちは荒川義弘とかぶるためこれもよろしくない。


じゃあ義だけ残して何か適当な名前を名乗れば、とも思ったが、この時代の武士は名前の由来にかなり拘る。

特に義昭は、吉良の家名を駄洒落の家名と罵るくらいにはそういう拘りが強い。


「吉良家惣領を吉良上総介殿に任せ、吉良の正統とする。その最もわかりやすい形として、拙者が足利一門より抜けます。その許可を得て、通字を返納して参ります」


「うむ、そういう事なら問題なかろう。そうだな、警邏衆を百預けるゆえ、ついでに用事を頼まれてくれるか?」


吉良家惣領の譲渡は許されるだろうが、通字の返却は許されないかもしれないけどな。その時は何か別のを考えよう。

義昭のままだと将来的にトラブルになりかねないからな。未来の将軍の弟、義秋だと良いが、それは今の段階じゃわからないからなぁ、


「ええ、なんなりと」


「まずは京の様子を見て来て欲しい。人々の生活振りなどだな」


噂では聞いていても、実態と違うのはこの時代ならよくある話だ。

情報が伝わりにくいうえ、その伝わる速度も遅いからな。


「それと、京で職人を集めて来て欲しい」


「職人でございますか?」


「うむ、技術は確かに安祥でも研究させておるが、やはり文化の最先端は畿内だ。しかしそれ故に、座によって仕事を制限されている職人は多いだろう」


「なるほど。技術があっても世渡りが下手な者は多いですからな」


それに荒廃の一途を辿る京では職人があぶれている可能性がある。そうした中には、門外不出の技術を持った職人がいるかもしれない。

仮にいなかったとしても、これから安祥を発展させていく上で、職人の確保は大事だ。


「それと、幾つか寺に話をつけて孤児を引き取り育てさせてくれ。可能なら、こちらからも人を出すと伝えてな」


「それはどういった意図で?」


「孤児はそのままでは生活がままならぬ。成長すれば徒党を組んで野盗となる。今でも糧を得るために窃盗などを行っているかもしれん。これは、哀しい話だが、安祥でも起こっている事だ」


「そうですな。それゆえ、安祥や弾正忠家では孤児を寺に集めて養育していると聞きます」


「うむ。そうでなくても子は宝よ。七つまで育つ事も無く死んでしまう子もいるのに、そのような浪費(・・)は看過できぬ。寺には孤児を一人養育するごとに、ある程度の献金を行う事も伝えよ」


敢えて、悪辣な印象を与える言葉を使ってみる。決して俺が慈悲の心で孤児を救済しようとしている訳ではない事は伝えておかないとな。


「寺に断られた場合は安祥へ孤児を連れて来い」


一種の寺社対策でもあるんだ。上手くいけば寺社に利益を提供できるだけでなく、畿内の寺社勢力に、俺の影響を残す事ができる。

上手くいかなくても、ある程度の孤児を連れて帰る事ができれば、国力の増強に繋がる。

その後に保長やその部下に、安祥が戦や飢饉で親を失った子供を育てているとか噂を流させれば、更に人が集まるかもしれないな。

人攫いなどの、ネガティブな噂だけは立たせないよう気を付けないといけないが。


「かしこまりました。では、京を始め、畿内の寺社との交渉を円滑に行うため、無人斎殿をお貸しいただけますか?」


「ん……」


流石に京に行って帰って来るだけならともかく、色々用事をこなしていると、二月までに戻って来るのは無理だよなぁ。

広虎無しで福釜松平との戦……。


まぁなんとかなるだろう。那古野、山崎を主力にして安祥は後詰、というなら心配だが、安祥を主力として使うなら問題無いはずだ。


「うむ、許可する。広虎には儂から伝えておこう」


「ありがとうございます」


「それと、朝廷と幕府に百貫(一千万円)ずつ献金してきてくれるか?」


「……それは最初に伝えるべき事柄では? 何か頼む事でもおありで?」


「いや、朝廷も幕府も蔑ろにしていない事を証明するだけだ。そのほうが、其方の改名もすんなり受け入れられるだろう」


実際、三河守を貰っている以上、これ以上の官職は必要無いし、位階を上げると親爺を超えてしまうので、それはまずい。

一応三河守護職は宙に浮いてるはずだが、百貫程度の献金じゃ任ぜられないだろうな。矢作川の西側しか支配してないから余計だ。

それに、弾正忠家を差しおいて守護職を獲得するのはいかにもまずい。


「ご配慮いただきありがとうございます。吉良義昭、殿から任された大役、しっかりと果たしてみせましょう」


「うむ、よろしく頼むぞ」


さて、この時期畿内で浮ている武将って誰かいたっけ? 義昭が首尾よく畿内との繋がりを作ってくれたなら、保長の配下を派遣してみるか。




年が明けたので、俺は新年の祝宴に参加するべく安祥を発つ。

古居ふるい四椋よんりょう公円こうえんを共にし、軍事衆二百を護衛にして古渡城へと向かう。

そして今回は、東条城城主、吉良義安も同行していた。


東条吉良家は親織田派だったが、同盟などを結んでいた訳ではない。

そのため、改めて弾正忠家と同盟を結ぶために挨拶に向かうそうだ。

東西吉良家の統一と、吉良家惣領への就任も報告するらしい。


街道の整備が進んでいるせいもあって道中はスムーズだった。


古渡城へ到着すると、四椋と公円、護衛達は新年の挨拶を門の前で叫んでその場を離れる。

俺は古居を伴って、義安と共に古渡城へと入った。


俺が提供した技術を研究、開発して領内が潤っている事もあって宴はかなり豪勢なものだった。

醤油の製造に成功したとかで、醤油を使って料理が多く並んでいる。

小麦粉を用いた料理もあり、中でもパンは物珍しさもあって多くの参加者が手に取っていた。

他にも、器の底が見える程に透き通った酒、清酒も完成し、振る舞われていた。


流下式塩田も完成し、塩の生産量も上がっているそうだし、粗銅から金や銀を採り出す技術、灰吹き法も確立されたと聞いた。

勿論、どちらも弾正忠家の重要機密なので、本来はその情報は外に出ない。

俺が提案者だから、親爺が手紙で教えてくれただけだ。


採取はまだだが、硝石丘法も試験中という事だから、数年後には火薬の生産量も更に上がるだろうな。

綿花や菜の花の栽培は尾張でも始まっているし、椎茸の人工栽培も行われている。


これは、親爺が生きてるうちに尾張統一あるか?


「父上、お話しがあります」


宴も終わろうという頃、俺は親爺に近付いてそう伝えた。

赤ら顔のままだが、酒に緩んでいた目が力強さを取り戻す。


「……部屋に来い。又八!」


「は!」


「宴は滞りなく終わらせておけ」


「畏まりました」


家老の寺沢又八にそう伝えると、親爺は宴会場を後にする。俺もそれに続き、親爺の私室へと向かった。



「聞きたいのは信長の事であろう?」


部屋に入って腰を下ろし、互いに酒を一杯ずつ飲み交わすと、親爺はそう切り出した。


「ええ。三郎の初陣が何故福釜城なのか、お聞かせいただきたい」


「うん?」


「え?」


「ああ、いや、うん。そうか、そうだな……」


あれ? なにその反応?

まるで俺が信長の初陣について聞いたのが予想外だったみないな……。


ああ、そうか。

俺が信長の事で聞きたい事があるって言ったら、そうだよな。

普通は、何故女子である信長を嫡男として育てているのかを聞きたいと思うよな。


……よし、スルー!


親爺の反応から、俺が信長の正体を知っている事を知っている事は知れた。

ならいい。そのうえで何も言わないのなら、俺も何も聞かない。


『女子である信長が後継者である事に、何の異論もございません』を、何も聞かない事でアピールするのだ!


「山崎城の喜六郎の出陣だけならともかく、私にも出陣の要請がありました。これはつまり、福釜城攻略が目的ですよね? 初陣にはいささか荷が勝ち過ぎるのでは?」


「うむ、まぁ、あれだ。少々信長の立場が危うくなってきてな」


答える親爺の声は小さい。

信長の初陣が危険なものになってしまった事に罪悪感を覚えているのか、それとも、親爺が体力気力消耗するほど、信長の対抗勢力が強くなっているのか。


「一つ大きな武功を立てさせて、信長に反発している者達を押さえつけようと思ってな」


どうやら後者のようだ。


「しかし、それなら他に良い場所があるのでは? 三河の松平分家でなければならないのなら、鴛鴨松平家などどうです?」


松平家宗家四代当主、松平親忠の七男、親光を祖とする家で、上野城から北に2キロ程の位置にある鴛鴨城を居城とする家だ。

正直、場所的にかなり邪魔なので、早く降伏してくれないかなー、と常々思っていた。


信長の初陣騒動が無ければ、年明けにでも攻めたかった城ではある。


勢力としては福釜松平とそれほど変わらないが、現当主の親康、その子供の親久が特に戦上手だという話は聞かない。


「それでは功績としては微妙なのだ」


初陣で城を落とす、というだけでも相当な手柄なのだが、相手の質まで求められるとか、信長どれだけ追い詰められてるんだ?


「三郎は家督を継ぐまでうつけのままでいさせるつもりだったのでは?」


「戦に強いという事くらいは示さねばならん。皮肉にも、弾正忠家が豊かになった事で、うつけの信長よりも、品行方正な坊丸を担ぎたい勢力が力を増して来た」


あ、半分以上俺のせいだ。

坊丸、つまり信行には度々釘を刺していたんだが、無駄だったんだろうか。


「坊丸自身はなんと言っているのです?」


「信長のうつけの行動を度々諫めておるし、信長を後継者として認めておるのは間違いない」


どうやら、信行自身は俺の言った事を実践しているようだ。


「だがそれ故に、坊丸を後継者にした方が家が栄えるのではないかと思う家臣が増えて来た」


あ、半分以上俺のせいだ。

これは自業自得だな。上手く信長をサポートして福釜城攻略を成功させないと。

となると、安祥だけで攻略するのはまずいな。ある程度は信長の家臣にも手柄を与えないと。


確か史実では平手政秀が同行していた筈だから、今度話しておこう。


「わかりました。三郎が弾正忠家の跡取りとして相応しいと思われるよう、武功を挙げる手伝いをさせていただきます」


「うむ、よろしく頼む。ところで五郎太夫」


「なんでしょう?」


「その、あれだ。他に信長について聞きたい事は無いのか?」


何故親爺の側がこんなに気を使っているんだろうか? やっぱり、バレると信長だけでなく、親爺の立場も悪くなるからだろうか。

そこは堂々としていて欲しいもんだ。まぁ、俺の力が増している事も影響しているんだろう。

信長が女性である事を隠して後継者にしようとしていた、という明らかな瑕疵がある親爺が俺を殺害したら、安祥のみならず、弾正忠家内でも批判が出かねないんだろう。

それこそ、信長の家督相続は絶望的になってしまう。


「いいえ、ありません」


だから俺は、きっぱりとそう言い切るのだった。


現在の京は将軍、義晴を傀儡にした細川氏と、かつての細川氏の重臣三好長慶が争ったり、和睦したり、かつて追い落とした政敵の養子が挙兵したり、反細川家が山城で台頭したり、六角が傍観したりと、相当なカオスになっています。

そんな所へ放り込まれた義昭の明日はどっちだ!?


次回は信長の初陣です。

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― 新着の感想 ―
主人公は親父殿が朝廷に献金で三河護りの官位を貰ったのを譲られたはずでは? 騙りの他の三河護りと違い公式の官位のはずでは?
[一言] 信長がようやく初陣の頃に既に義昭の時代なのかぁ。
[気になる点] まるで俺が信長の初陣について聞いたのが予想外だったみないな……。 ↓ 予想外だったみ「た」いな の誤字でしょうか?
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