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織田家の長男に生まれました  作者: いせひこ/大沼田伊勢彦
第四章:安城の新たなる歴史【天文十四年(1545年)~天文十五年(1546年)】
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西条城攻略戦 肆


「動きが鈍いな」


翌朝。てっきり夜明けと共に、あるいは、夜明け前の瑠璃色の景色の中を攻め寄せて来るものと思っていたのだが、日が昇っても、敵に動く気配が無かった。

やはり、時間稼ぎが目的なのか?


寄って来ないなら好都合。昨日決めた通りに、今日一日は守らなければいけないからな。

連れて来ていた作事衆に命じて、東西のこちらの陣の前に、塹壕を掘らせる。


とは言え、張り詰めた空気の中での作業は体力以上に精神力を消耗する。

叶うなら、野戦で決着をつけたいところだ。


せめて東側の富永隊を釣り出すために、荒川義弘を昨日と同じく前面に配置する。


昼を過ぎた頃にようやっと敵が動き始めた。

東の部隊は、少勢だけあってやはり素早い。

西より先に、こちらの射程距離に入り込む。


太鼓の音が前衛から響き、それに伴って矢が放たれる。

しかし、相手も射程距離をわかっていたのか、その直前に進軍経路を変更しており、弓隊は効果的な戦果を挙げられないでいた。


うぅむ、良い動きだ。

義次の話を信じるなら、あれを率いているのは元服したばかりの若武者の筈。

戦の天才なのか、余程良い副官でもついているのか。


どちらにせよ面倒な相手である事は変わりはないな。


西側の部隊は、最初から昨日とは違う経路でこちらへ向かって来た。

結局は太陽を背にしている形だ。


弓の射程距離を伸ばすなら、上へ向けて放たなければならない。

そうすると当然、太陽が目に入る。狙いはまともにつけられず、こちらも弓の効果は薄い。


相手は弓を放ちながら前進。弓を放とうとすれば太陽が目に入るように、敵の矢の軌道を確認しようとすれば、やはり太陽が目に入る。

矢盾を掲げている時間は長くなり、自然とこちらの手数が減る。


安楽あらくの情報によると、西側の部隊を指揮しているのは西条吉良家家臣の高橋信正。うん、知らない武将だ。

そもそも吉良家って、家康が三河統一事業の途中で滅ぼしてるせいで、前世で伝わっていた資料が少ないんだよな。


敗北して資料が失われたんじゃなくて、徳川家が天下を統一したせいだ。

なんせ、家康が岡崎で独立した時は、吉良家はまだ健在。守護の一色氏の守護代、牧野家も存在していた。

つまり、三河の統一事業は家康による下剋上だった訳だ。

しかも大義名分が存在しない。


江戸幕府的には、隠したいよな、そりゃ。


東条吉良家の義安は、早くに今川に敗れて、駿河で人質生活。その時、同じく人質の竹千代と交流があったそうだから、後に東西吉良家を統一して領有する事になるのは、その辺りが関係しているのかもしれない。

だから東条吉良家の資料は多く残っているが、西条吉良家の資料は少ない、と。


まぁ、仮に西条吉良家の資料が多く残っていたとしても、前世の俺が目を通していたかどうかは別問題だけどな。

ちなみに、この吉良義安の末裔が、忠臣蔵の敵役で有名な、吉良上野介な。


さておき、こちらも名門吉良家の家臣らしく、その部隊運用の巧みさは中々のもの。

経験不足の重忠、直勝じゃ厳しい相手だな。


今日はどちらも槍が届く程に接近して来る気はないようだが、このまま翻弄され続けるのもあれだな。

東側の部隊はそもそも機動力が違うので対策が難しい。こちらの少数で追いかけるという手もあるが、それこそが相手の狙いで、各個撃破なんてされたら目も当てられない。


しかし、西側の部隊に対してならそれなりに有効な策がある。


俺は物見の兵に命じ、本陣と西側の部隊の間に太鼓を持たせた部隊を配置した。

上を向くから太陽が目に入ってしまうなら、上を向かずに相手を確認すればいい。

方法は簡単、相手より高所に陣取ればいいんだ。


陣地を築いてそこで防衛戦闘を行っている、重忠、直勝の部隊を下げるのはあまりよろしくない。

なので、物見が矢が飛来しているかどうかを確認。矢が飛来していたら太鼓を叩き、下の部隊はそれを聞いて矢盾を掲げる。

矢が放たれている間は連打だ。この連打が終われば、矢の雨が収まったという事なので、こちらも反撃を行う。


反撃に関しては、矢が飛来した方向から相手の位置を予測して貰うしかないけどな。

流石に、距離や方角まで決めた合図を伝える時間は無かった。




「結局どちらも決めてなし、か……」


日が落ちて、今日の戦は終了となった。

敵が引き揚げていくので、とりあえず、弓だけ射かけるように指示を出しておく。


そして夕食の後は再び軍議だ。


「敵の狙いは間違いなく時間稼ぎだ」


諸将が集まったところで、俺は開口一番そう言った。


「流石に今日の戦い振りを見れば明らかですな。いくらなんでも消極的過ぎます」


俺の意見を肯定し、松原まつばら福池ふくちも自らの見解を述べる。


「しかし、そうなると問題は、何のためにそのような行動を取っているか、ですね」


重忠の疑問は、俺と同じだった。


「安楽の情報では、まだ矢作の東で援軍の動きは見られないそうだ」


だから黒祥くろさち衆に調べさせているんだが、大した情報は上がって来なかった。

余程上手く隠されているのか、それとも、本当に何の動きもないのか。


「敵が何を考えているかわからぬが、悠長な策に付き合ってはいられぬ。故に、明日我らが動く」


「西ですか? 東ですか?」


俺の宣言に米津よねづ四椋よんりょうが尋ねた。


「どちらでもない。目指すは中央。西条城だ」


「そ、それでは、東西の部隊と挟まれてしまうのでは!?」


慌てた様子で異論を口にしたのは直勝だ。


「全軍で向かえばそうなるであろうな。東西の部隊を抑える者を残し、残りの部隊で西条城を攻略する」


西条城の留守居兵は五百程。それから多少増員があったとしても、千にも届かないだろう。


「夜が明けぬうちに本隊が神社を出て西条城へ向かう。この時、旗などは置いて行く」


神社に本隊が残っているように見せかけるためだ。


「敵の物見は積極的に排除している故、この動きが露見する可能性は低い。朝になれば、今日と同じように東西の部隊が寄せて来るであろうから、残った者達はこれを迎撃。相手の目的が時間稼ぎであるなら、また今日のように、のらりくらりと、正面からの戦いを避ける筈だからな。辛抱強く突き合ってやれ」


「東条吉良家からの援軍はないのでしょうか?」


そう尋ねたのは義弘だった。

分家とは言え、半分生家を滅ぼしかけた奴が言うなんて、中々の面の皮の厚さだな。


「要請はしたがどうだろうな。むしろ、今川の動きに備えて、大人しくしていて貰った方が良いかもしれぬ」


「なるほど、確かにその通りですな」


俺の言葉に、義弘は一先ず納得したようだった。


「西の部隊の備えには、三木重忠、佐崎直勝。総大将に松原福池。千五百の兵を与える」


「「「はは!」」」


「東の部隊の備えには、荒川義弘、桜井さくらい親田ちかだ。総大将に米津四椋。こちらには千を与える」


「「「はは!」」」


「本陣の備えとして西尾義次。五百を与える故、状況に応じて東西の援護にあたれ」


「は!」


堀内ほりうち公円こうえん西尾みしお住吉すみよしは残りの兵を率いて西条城へ攻撃を仕掛ける。総大将は儂だ」


「「はは!」」


二日間の被害は大した事無かったので、残りはおよそ三千三百くらいだ。


「明日が西条城攻略の正念場だ。各自の奮闘を期待する!」


「「「おお!!」」」


俺の言葉に、その場にいた全員が、気合いの入った声で応えた。


「殿」


丁度その時に、暗闇から声がかけられる。


「安楽か、話せ」


「東の部隊の一部が、こちらへ向かって進軍を開始いたしました。数は百ほど。北東の方角より寄せて来るようです」


「夜襲か?」


「でしょうな」


俺の呟きに同意したのは住吉だった。

元々の作戦通りか、それとも、時間稼ぎを隠すためのアドリブか。


「部隊を率いているのは富永忠元と思われます」


仇討ちのためのアドリブっぽいなぁ。


いくら夜襲とは言え、百程なうえ、奇襲ですらない。

いや、勿論相手は奇襲のつもりだったんだろうけど、こちらの間諜が優秀だったな。


相手が来る方向へ向けて、叫びかければ、奇襲がばれている事に気付いて撤退してくれるだろうか。

ただ、向こうの指揮官は、どうも西条吉良家の中心的な存在らしいから、ここで討つか捕らえるかできれば、今後の攻略が楽になるかもしれない。

折角だから両方取りでいこう。


荒川城兵に松明と荒川家の旗を持たせて、義弘ともども、夜襲部隊の前面に立たせる。


「お前たちの動きは全て掴んでいる! 無駄な犠牲を出したくなくば、大人しく陣地へ帰るがいい!」


竹と和紙で作ったメガホンもどきで、義弘に敵部隊に呼びかけて貰い、更に荒川城兵にも雄叫びを上げさせる。

その際には、二回足を踏み鳴らし、一回手を叩く、という行動を繰り返させた。


時間稼ぎのカモフラージュで夜襲を仕掛けて来たのなら、これで諦めて帰る筈。


そしてその意図があろうとなかろうと、父の仇に対する憎しみが上回れば、荒川義弘目がけて突っ込んでくる筈。

果たして……。


「富永隊、荒川隊目指して前進して来ます!」


「やはり、若いな」


物見の報告に俺は一人ごちた。

元服したてとは言え、一軍を任されるほど責任ある立場なら、個人的な感情は押し殺さないとな。


それでも多少冷静さは残っているらしく、真っ直ぐに突っ込んで来るのではなく、左右に進路を振って、荒川隊の狙いを外すように動く。

うーん、本当によく訓練されてるなぁ。

それだけに、止めろよ、と思わなくもない。


人手不足の安祥家。前途有望な若武者は是非とも招き入れたいところだけど、うちに入らず、他所の家で活躍されても、それはそれで困る。

松平や今川に行かれてもなぁ。


積極的に殺しにかかる訳じゃないけど、死んだらそれまで。

そのくらいに割り切らないと、戦なんてやってられないからな。


いよいよ荒川隊と富永隊がぶつかり合う、というその時、富永隊の周囲が爆発した。

別に地雷などの設置型の爆弾を準備していた訳じゃない。

単純に、荒川隊の周囲に擲弾兵を潜ませていただけだ。


一瞬混乱したようだが、すぐに部隊を建て直し、素早く撤退していく富永隊。

あの後、荒川隊を突っ込ませるつもりだったんだが、完全にそのタイミングを逃してしまったな。


広忠とかはあれで大いに混乱してくれたもんだが。

俺が火薬を用いた兵器を好んで使用する情報でも持っていたのかもしれないな。

それでも即座に切り替えて判断を下せるのは、有能な証拠だろう。


ともあれ、相手の夜襲は被害ゼロで防ぐ事ができた。

俺の出陣は夜が明ける前を予定していたが、むしろこの騒ぎに乗じた方が、悟られにくいんじゃないか?


「小左衛門、兵の選別と、物資の準備はできているか!?」


「今すぐにでも出られます!」


「ならばすぐに出る。今度は我らが夜襲を仕掛ける番だ!」


そして俺は、約三千三百を率い、西条城へと向かうのだった。


西条吉良軍の、西の別動隊を誰に率いらせるかを考えていた時、西条吉良家の人間を調べても、当主の吉良義昭と、富永忠元くらいしか名前が出て来なくて困りました。本当に、広忠を匿って持広が死んでから、家康の西条城攻めまでの記述がぽっかりと抜けてるんですよね。徳川家中心の資料で探してるせいでもあるんでしょうけど。

徳川中心の資料でこの時期の吉良家の詳しい記述を探すのと、この時期の西条吉良家中心の資料。

どっちの方が探すの簡単ですかね?

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[気になる点] 2回足を踏み鳴らして手を叩くアレ、戦国で想像すると滑稽でなえる
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