初陣
2018/2/5追記
信広の姉二人に関する記述を変更しました。
具体的な描写を外し、姉がいるという事だけを残しました。
俺の初陣はかなりの激戦となった。
こちらは親爺と知多の豪族、水野忠政合わせて三千。
あちらは広忠の父、清康の大叔父、松平長清率いる千人。
城攻めの定石から言えば、戦力としてはほぼ互角。
おまけに安祥城は平地にありながら、周辺を森と湿地で囲まれた堅城だ。
親爺は部隊を南北に分けて挟撃させるが、敵もさるもの。すぐに両軍入り乱れての大乱戦となった。
「これが、本物の戦か……」
馬上で俺は呟く。
俺が今居るのは安祥城西側の小高い丘の上。
俺の周囲には俺の家臣十名と、護衛の名目で親爺が置いて行ってくれた五十名の騎武者。
「松平勢も粘っておりますが、殿の勝ちは揺るがぬでしょう。こちらは戦勝の勢いを得ておりますが、あちらは敗戦で士気が落ちております」
「指揮しておるのも、こちらが当主であるのに対し、あちらは城代。これでは兵の士気も上がりますまい」
俺の周りの家臣たちは暢気に笑う。
実際、彼らは油断している訳じゃない。
初陣ってのは儀式的なものだから、参加した若武者が前線に立つような事は避けたいんだ。
言ってしまえば、あの乱戦に俺が飛び込むような事はさせられない。
だからこうして、努めて余裕の態度を見せている訳だ。
気を使われてるな。
俺も本当ならそうしたい。ここで戦場の空気を感じるだけにして、それで初陣を終わらせたい。
けれど、一つの問題がある。
それは安祥城の落城時期には諸説あるって事だ。
一度目の攻撃で落ちた説と、何度か侵攻があってやっと落ちた説がある。
どちらもその後の戦やら事件やらとの整合性を考えると断言できるだけの資料が無いそうだ。
まぁ、その後俺が城主やってる時に太原雪斎によって俺毎奪われるのは確定だけどさ。
史実の流れを考えれば、ここで親爺が安祥城攻略に成功しようと失敗しようと、弾正忠家は大丈夫なんだろうけど。
けどやっぱりさ。
勝てるなら勝っておきたいじゃない。
別にこれで俺が弾正忠家の後継者になれるとかそんな事を思っている訳じゃない。
でもまぁ、いいところ見せておきたいじゃないか。
え? 誰にって?
そりゃ、尾張で待ってる弟妹達にだよ。
あ、ちなみに俺には姉が二人居る。
出陣前に弟妹達が俺の前に出て来た。
多分、先頭に立ってた気の強そうな紅顔の美少年が信長だったんだろう。
「あにうえごぶうんを」
その美少年が弟妹を代表し、俺にドングリを幾つか紐でまとめたものを渡してくれた。
あの時俺の胸に沸き起こったのは、間違いなく兄としての矜持というかプライドのようなものだと思う。
こいつらの兄として、恥ずかしいところは見せられない。
というか、いい格好がしたい。
ここにはあいつらは居ないけれど、俺の活躍は耳に入るだろう。
よし、見とけよ、信時、信長、信行、秀孝、あと名前を知らない妹二名。
お兄ちゃん頑張るからな!
「行くぞ」
「え?」
俺の言葉に、家臣たちは思わずそんな言葉を漏らした。
「敵は親爺と水野の軍にかかりきりで儂らに気付いておらぬ。このまま降れば完璧な奇襲となろう。機動力のある騎馬隊だけというのも好都合だ」
「い、いやいや! 五郎三郎様! 五郎三郎様は初陣なのですから無理をなさらず……」
「弾正忠家の敵は三河だけではない。北の斎藤、三河の奥の今川。尾張国内でも、弾正忠家の力が弱まれば、これを機に決起する者もいよう」
流石に、上役の織田信友らが怪しいとは言えない。
家臣達も気付いているとは思うけどな。
「ですが……」
「見よ、親爺も水野も苦戦しておる。このままでは勝ってもその損害が大きく、得る物の方が少ない。負ければ失うだけだ」
「しかし……!」
「安祥城の西側は湿地帯では無いでな、騎馬で駆けるのに何の障害も無い。我らは今、天の機と地の利を得ておる。ならばあとは、人の力を加えるだけで戦に勝利する事ができるであろう」
「…………」
家臣たちは無言。親爺の残した騎武者達は無表情でこちらを見ている。しかしその眼には、強い力が込められていた。
まぁ、行きたいんだろうな。長男のお守りなんて嫌だったんだろう。
武士は戦で手柄を立ててこそだもんな。
「尾張の虎の子はやはり虎であったと内外に見せつける良い機会だ。これはこの戦だけでなく、これからの弾正忠家の助けにもなる」
そして俺が前を向くと、幾つかの騎馬が近付いて来る音が聞こえた。
「行くぞ! 目指すは安祥城城代松平長家! 突撃っ!!!」
そして俺は率先して丘を駆け降りる。後から続く蹄の音に、若干安堵していた。
良かった。一人で空回っていなくて。
見てろよ、弟妹達。
お前たちの未来は、俺が守ってやるからな!
お兄ちゃん心が覚醒しました。