父との対面
天文9年4月。親爺の居城である古渡城から使者が来た。
どうやら俺の初陣が決まったらしい。
家臣は居るが兵が居ない。
屋敷はあるが領地が無い。
そんな俺が用意できる兵は、自分と家臣だけだ。
わずか十名程度で古渡城へと登る。
初登城がこれかぁ……。
久し振りに相対した親爺は流石尾張の虎と呼ばれる迫力を醸し出していた。
服こそ略式のままだが、顔つきが戦人のそれになっている。
「織田五郎三郎信広、参りましてございます」
古渡城の軍議の間。上座に座る親爺の前で俺は頭を下げた。
「うむ。我が織田弾正忠家はこれより三河は安祥城を攻める。其方はそれに同道せよ」
初陣がよりによって敵地への侵攻戦ですか。
信長は確か織田領内に食い込んでいた敵の城(とさえ言えない屋敷のようなもの)へ攻撃したんだっけか?
随分と差があるなぁ。
まぁ仕方ないか。俺嫡男じゃねーし。
「はは、流石は織田の一門と呼ばれるよう奮闘いたします」
俺の言葉に、周囲の武将達がざわつく。
うん? 俺なんか変な事言った?
「一門か……」
親爺が呟いた言葉で、俺は自分の失言に気付く。
あ、ひょっとして嫡流じゃない俺が一門名乗るのはまずかったのか?
でも信広って桶狭間後の織田家で他の一門衆のまとめ役みたいな事をしてたんじゃなかったっけ?
だからあんまり資料が残ってなくて、いつの間にかフェードアウトしてたんだけどさ。
それともあれは信長の温情によるもの?
そういや謀反も起こしてたなぁ。信秀時代に冷遇されてたのが、うつけに代替わりして爆発したのか?
ちなみにまだ信長とは会っていない。
俺が古渡城に入ってから、廊下を歩いている間、その後ろからこそこそ覗いている少年少女が居たが、多分あの中に居たんだろう。
流石に城主の居城で、一門でもない子供があんな自由な事できないだろうからな。
まぁ正直誰が誰かわからんかった。
俺が物心ついてから信長含む男子四人、女子二人が生まれたからな。碌に顔合わせもしてないんだからわかる訳がないよな。
まぁ、後ろをそろそろついて来て、角からちらちら顔だけ出してこちらを伺う姿は非常に可愛らしかったけどさ。
「信広よ。其方は儂の長男である。しかし側室の子である故に嫡流ではない」
「はい」
何を今更? いや、それとも俺の発言がこれを理解してないと思われた?
「つまり、其方がどれだけ武功を重ねようと、嫡男に何かが起きようと、相続権を得る事はできんという訳だが」
「はい、理解しております」
重ねて俺は、頭を垂れたまま肯定する。
「…………」
「…………」
暫く沈黙が続く。
なに? これ何の時間?
「勿論、それは順当な手段で後継者となる方法である訳だが……?」
あ、そこが本命か。
親爺から家督を譲られて当主を継ぐ、というのが真っ当な手段である。
しかし、今は戦国乱世。
力で家督を奪い取るなんてのはどこでもやっている事だ。
つまり、俺が武功を立てて、その武勲を盾に家臣を掌握。親爺はじめ、弾正忠家の嫡流を排除する事だって可能な訳だ。
しないよ。しないって。
なんだよその面倒そうな割に見返りの少なそうな道は。
「かかる手段で手に入れた権勢は、同じ手段で奪われる事でしょう」
という訳で二心無い事を端的に伝える。
長々と説明すると逆に疑わしくなっちゃうからなぁ。
「で、あるか」
え? それ親爺が言っちゃう?
結局俺への話はそれで終わりだった。
まぁ、これまで碌に接点が無かったからなぁ。ここらでちゃんと俺の心根を知っておこうって事だろう。
さて、初陣だ。
野盗の討伐なんかには何度か同行した事があるけど、本格的な戦は初めてだ。
人殺し? とっくに済ませてるよ。性的な童貞はまだ捨ててないけどなー。
そういや俺、嫁居ないな。
嫡男なら元服前に婚約者が決まってる事もおかしくないってのにさ。
結構若くして討たれた筈の信行(信長の弟。俺の弟でもあるけど、向こうは嫡流)でさえ嫁どころか子供だって居たのに。
ちなみにこれから戦う松平さんちの広忠さんは俺の一つ下。
なのにこれから約二年後にはもう子供が生まれる。
その生まれる子供が竹千代、後の徳川家康な。
ゲームとかだと大抵年代的に既に死んでる事が多いし、信長に対する信秀の年齢から、結構な高齢のイメージがある広忠だけど、実はかなり若いんだよね。
俺の一つ下なのに、元服は俺より一年早い去年。
元服も早ければ、子供が生まれるのも早い。
これが嫡男と長男の違いか。
まぁ、信長ならともかく、広忠と代わりたいとは思わない。
なんせ十歳(数えだから前世的に言えば九歳)で父親が死んで、家督を継いだら、居城を大叔父に乗っ取られちゃったんだからな。
その後伊勢に逃げたり、また伊勢から三河に逃げたりしてる苦労人だ。
まさに戦国乱世の若き当主って感じの人生送ってるよな、この人。
嫡男になってこんな人生送るくらいなら、相続権の無い長男で、適度に苦労しつつ楽に生きた方がいいわ。