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織田家の長男に生まれました  作者: いせひこ/大沼田伊勢彦
第七章:尾張統一【天文二十一年(1552年)~】
202/209

織田信賢

三人称視点です


「陣触れを出し兵を集めよ!」


斎藤義龍謀反の報を聞き、織田信賢は家臣にそう命じた。


尾張上四郡を支配する織田伊勢守家の現当主織田信賢は、父である信安を家臣と示し合わせて隠居させて家督を継いだ。


信安は信秀の妹を嫁としており(信賢の母でもある)、武功を挙げる信秀に対抗心を抱きながらも、はっきりと敵対はしていなかった。

織田弾正忠家の上役である織田大和守家よりもその距離は近かったくらいである。

その大和守家が滅亡し、尾張守護である斯波氏も元服前の男児しか残っていない状況にあっても、信安は尾張支配に消極的だった。


弾正忠家の勢力が脅威だったのは信賢にも理解できるが、それでも家臣共々その政策に不満だったのも確かだ。

信安がすんなりと隠居に応じたため、斎藤家のような血生臭い事にはならなかったが、それでも政変が起きたのは事実だ。


信安が信長に以前語った、犬山織田家の嫡男が知らないうちに元服していたのは、この辺りに原因がある。

信賢と犬山織田家は秘密裏に結ばれており、尾張北部にて弾正忠家の拡張に抵抗していたのだ。


そして義龍とも密約を結んでいた信賢は、義龍決起の知らせを受けて動いたのだった。


「殿、出陣ですか?」


「那古野に陣取った安祥が邪魔だ。だが、新九郎殿が道三を討ち、戦力の一部を回してくれれば十分に対抗できる。その時に動けなければ新九郎殿も援軍を寄越さぬだろう」


伊勢守家の戦力と犬山の戦力、そこに斎藤家の一部が合わされば、安祥の戦力を尾張から追い出す事は可能だ。

そしてそれだけの優劣が決まれば、今は弾正忠家に従っている尾張の国人たちも伊勢守家に味方するようになるだろう。


「どこかを攻めるのではなく、いつでも攻められるように準備しておくと?」


「そういうことだ」


流石に尾張では、もう長広と信長の仲を疑う者はいない。

それでも、長広自身がどれだけ弾正忠家に忠義を尽くしていても、兵達はそうはいかない。


「三河か遠江かは知らんが、もう数ヶ月も尾張に留まっているんだ。いい加減帰りたいだろうさ」


安祥家が情報収集に力を入れている事も信賢は知っていた。

ならば、信秀敗戦や義龍の謀反もその耳に入っているはずだ。


「ようやく信秀が帰って来て帰れるという時期に、自分達より多い戦力を相手に、兵がどこまで粘れるだろうな」


「殿! 大変です!」


自らの計略を内心で自讃していた信賢のもとへ、慌てた様子で家臣が飛び込んで来た。


「どうした?」


「な、那古野城より安祥の軍が出陣、こちらへ向かっている模様!」


「なんだと!?」


早すぎる。思わず信賢は立ち上がって叫んだ。


勿論、安祥軍は兵を那古野とその周辺に待機させていたのだから、陣触れを出して兵をこれから集める自分達より早く動けるのは理解できる。


だが、この早さは、義龍決起の報を聞いてすぐに動かなければ有り得ない。


「三河ならともかく尾張だぞ! 言ってしまえば主家の領地だぞ! なのに、なんのためらいもなく兵を動かせるのか!」


謀反や裏切りを疑われるかもしれないと思わなかったのだろうか。

否、その程度の信頼関係であったなら、当主とその嫡男が不在の領地を任せるなどという事はできない。


弾正忠家と安祥家の絆を甘く見ていたのは自分だ。


「数は!?」


「那古野に少数を残して、残りで出陣した模様ですので、二千と少しといったくらいです」


一つの城を目標にするなら十分な数だ。

しかし、伊勢守家はその倍は準備できる。


尾張統一のための最後の戦なら七千は集められるだろう。


「こちらの準備が整う前なら落とせるという算段か? だが、そうやすやすといくと思うな!」


すぐに信賢は家臣に籠城の準備をするよう命じ、更に犬山へ援軍の要請を出した。

集められる戦力は少なくとも、城に籠って時間を稼いでいる間に周辺の領地や犬山から援軍がくれば間違いなく勝てる。


それでも安祥が撤退しないようなら、義龍からの援軍を動員して壊滅的な打撃を与えてやる。


あとはその余力をかって、信長と信秀が戻って来る前に、弾正忠家の領地を荒らして回れば、早晩。尾張の支配者は伊勢守家となるだろう。


「長島の寺社勢力と連携できれば、信長の軍勢が伊勢から戻って来る時間を遅らせる事ができるか?」


「あすこは安祥と弾正忠家との交易で稼いでいるので、こちらに協力させる事は難しいかと……」


「先年、信長と市江の服部某が揉めただろう? その関係を利用できぬか?」


「試してみる価値はあると思います」


「信秀に関しては、義龍が道三を討てば美濃で抑えてくれるだろう。その場合はこちらに回せる戦力が……」


「殿!」


状況を整理するために現状を家臣たちと確かめ合っている途中、陣触れを出しにでていたはずの家臣が慌てた様子で戻って来た。


「ダメです! 安祥軍の先鋒が既に矢戸川を越えております! すぐに籠城の準備を始めなければ……!」


「バカな! いくらなんでも早すぎる! 安祥出陣の報を受けてから一刻も経っておらんぞ!」


言いながら、信賢は安祥出陣の報告をした家臣を見た。


「……部下からの報告を受けてすぐに参った次第。恐らく、部下が情報を掴んだのではなく、掴まされたのかと……」


「……! 太原雪斎をハメたやり方か!」


家臣の部下が『安祥軍出陣』の情報を掴んだ時には、彼らは既に那古野をっていたのだ。


「だが、侵攻してくる雪斎なら遅らせながらも情報を与える理由もかわるが、何故敢えてこちらに情報を渡す? それができるなら城を囲むまでこちらに気付かせない事もできたはず……」


その信賢の疑問は、すぐに外から聞こえてきた大声によって晴れる事になる。


「織田伊勢守信賢殿に告げる! 織田弾正忠信秀が長男、安祥五郎太夫長広である! 我が叔父織田伊勢守信安と我が叔母秋の方をお救いに参った! 下男下女ともどもすぐに差しだされよ!」


「父の救出だと……!? ただ隠居しただけではない事まで掴んでいるのか……!?」


しかし長広の口上によって新たな疑問が生じる。


「総大将が先鋒の更に先頭に立って敵城に赴くなど……!」


そして長広の言葉がただの建前でないことは、彼の行動によって証明されていた。

だからこそ、信賢は混乱してしまう。


(落ち着け。何故長広はこのような行動に出た? 『父親である信秀の妹とその婿』を救いに来たというなら、それこそそれを口実に城を攻めれば良い。こちらにほぼ何の準備もさせずに一部とは言え城門に辿り着いているのだ。そのまま落とす事も可能なはず……)


それをしない理由など、信賢には一つしか思いつかなかった。

城を落とせなかった場合、あるいは、落とすのに時間がかかった場合、自分達が不利になる事を知っているからだ。


(だが、それならそもそも出陣しなければ良いだけの話だ。それこそこちらより先に長島に話を通し、信長の軍勢を無事に通過させるだけで十分なはず。わざわざ兵を動かした理由はなんだ?)


安祥の情報収集能力は間違いなく伊勢守家のそれより優れている。

信賢の元には信秀が三好に敗れて逃げ帰って来るという情報と、信秀はじめ、主だった弾正忠家の家臣は無事だという程度の情報しか齎されていない。


もしも長広がそれより詳しい情報を得ていたとしたら……?


(その上で長広が()動かなければならない理由……。それは信秀が、こちらの推測より更にひどい(・・・)状態にあるということ……!)


「奴らの目的は岩倉城の攻略でもなければ、勿論父上らの救出でもない。戦をせずにこちらの戦の準備を妨害する事だ」


「殿、それは……!?」


「恐らく信秀の軍勢は壊滅的な状態にあるのだ。その信秀の軍勢を無事に尾張に迎え入れるために長広は動いた。我らを岩倉に釘付けにするために。岩倉に安祥の軍勢が居座っていれば、新九郎殿も尾張との国境を警戒しなければならないからな!」


「小賢しいまねを……」


「だが看破してしまえば対策も容易だ。長広に要求を受け入れると伝えよ」


「よろしいのですか?」


「向こうはこちらが安易に要求を受け入れないと思って行動している。そうして時間を稼ぐことが目的だ。だが父と母を受け入れてしまえば、安祥にこの地に留まる理由は無くなる」


建前だとわかっていても、それを標榜している以上、すぐに差し出された信安たちを拒否する訳にはいかない。


「大殿を受け入れてすぐにこちらに攻撃を仕掛けて来るつもりでは……?」


「そのような真似をすれば安祥家のみならず、弾正忠家も周囲からの信用を無くすことは理解しているはずだ」


「殿の深謀、理解いたしました。浅慮をご容赦ください」


「良い。念のため、父と母、それと同行を望む者を渡す準備と並行して、籠城の準備も進めよ」


こうして岩倉城内にて軟禁されていた織田信安とその妻、秋の方が長広に引き渡された。

その頃には二千を超える軍勢が岩倉城を取り囲んでいたが、彼らは信安夫婦とそれに従う下男下女らを受け入れると、そのまま撤退していった。


信賢は長広の策略を看破した事に気を良くしただけでなく、色々な意味で邪魔だった父を自らの手を汚すことなく処分できた事で、長広に感謝の念さえ抱いた。


しかし彼らは知らなかった。


信秀の軍勢はほぼほぼ無事であり、将軍足利義輝と管領細川晴元を連れている事を、信賢たちは知らなかった。

信賢たちは知らなかった。

信秀の軍勢は美濃ではなく、伊賀から伊勢を通って尾張への帰国を目指している事を。


信賢たちは知らなかった。

長広が信安の身柄を要求した真の理由を。


長広が信安夫婦の身柄を確保した事で、弾正忠家が『岩倉城奪還』の口実を手に入れた事を。


この時の信賢たちは気付かなかったのだ。

最初書き上げた時に長広の出番がありませんでした

予告していたので何とかねじ込んだものがこちらになります


信安の妻は本名不明ですので、法号をもじって秋の方としました。ご了承ください

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― 新着の感想 ―
で、ここで実は長広の方である思惑があるんじゃないかなー、という予想。 それは「義龍の寿命」。 史実で義龍が早死にすることを知っている長広なら、義龍が美濃を纏めている現時点で無理に攻めるのでなく、 義龍…
義龍は尾張分断とか狙ってないと思う。 長広との密約で道三を追い出し引き取らせた上で、あくまで美濃統一を最優先にしてるだけなんじゃないかな。 エピソード200での道三とのやり取りも、本気で信秀を討つつも…
信秀「ほぼ無傷で尾張に戻ってきてからが勝負じゃ。電光石火でいくぞ」 信長「ガッテン」 長広「ガッテン。早いとこ統一してもらって、分家らしく脇役に回りたいもんね」 そういえば章のタイトルは「尾張統一」…
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