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おまもりやどり  作者: にも
3/5

弐 孤独と、別れの足音

 ――神様がお守りに宿って三週間。


 どうやら神様はテレビが大層のお気に入りのようで、暇さえあればテレビの観賞(かんしょう)催促(さいそく)するようになった。

 お守りから遠くへ離れられないため、一人でリモコンを操作することも敵わない天子。

 必然的に、宗一郎がいなければテレビを見られない。


 なんで無理矢理テレビを見なきゃいけないんだ。

 宗一郎は「面倒」の一点張りで拒み続けた。

 当初、ぶーぶーと文句を言うだけの天子だったが、最後には「リモコンを言霊に代えて携帯電話の中に宿らせよう」と言い始めた。

 宗一郎は携帯電話を壊された一件を思い出し「天子ならまた壊しかねない」と頭に過ぎった。そのため、天子と一緒になくなくテレビを見るハメになってしまった。


「ねぇ、キミ」


「何だよ」


 天子はテレビに釘づけだった。映されているのは、昨シーズン人気を博した学園ものの青春ドラマだ。男同士の深い友情を描いた作品らしい。

 再放送が決定したらしく、たまたまテレビをつけたら一、二話が放映されていた。

 宗一郎はあまり好きではなかったが、天子が見たがっていたので一緒に見ることにした。

 天子は、後ろに座る宗一郎へ問いかける。


「トモダチって何か、わかるかい?」


 小さな口に入るよう、細かく砕いたポテトチップスをほお張りながら、天子は答えを待つ。


「――動物で例えると()れ、だ」


「動物は自分たちを(おびや)かす存在を恐れて、群れをなすものじゃないか。じゃあ、人間たちは何を恐れて群れているんだい?」

 天子のその知識は先日、社会科の先生が授業中に語っていた内容だった。

 誰も聞いてなかったのに、聞いていたんだな。俺と同じで。

 宗一郎は苦笑し、口を開く。


「多分、それは『孤独(こどく)』を恐れているんだと思う。人間は寂しがり屋なのさ、一人でいると寂しくて死んじゃうんだよ」


「ふぅん……じゃあ、キミは寂しくないのかい?」


 ぴくり、と宗一郎の肩が跳ねる。胸に針が刺さったかのように、心が痛む。

 風呂やトイレといった場所を除いては、常に天子と一緒に過ごしていた。

 修理から戻ってきた携帯電話に、お守りをつけたからだ。

 だから学校も例外ではない。

 そのため、天子は気になったのだろう。


 ドラマの中では主人公と友人がいつも教室内でふざけ合い、笑いあっている。

 その光景を、天子は宗一郎の身近で見たことがないからだ。

 宗一郎には、そういった友達がいなかった。

 男女共に入り乱れて騒ぎあう教室の中で、彼は一人だった。

 いつも宗一郎は窓際で景色を眺め、そんな彼をみる天子。それが二人の学校生活だった。


「寂しくない」


 ポテトチップスを咀嚼(そしゃく)する音だけが、耳の奥で(むな)しく響く。


「そっか。僕は、寂しいと思っちゃうかな」


 手についたポテトチップスをペロリと舐めると、天子は振り返った。


「僕は一人だと寂しい。キミがいつも一緒にいてくれるから、今は寂しくはない、かな」


 テレビはちょうどコマーシャルに入ったようで、天子はグーッと背伸びをすると、身体も宗一郎へ向きなおした。


「きっと……宿るべきはずの神具()に宿っていたとしたら、僕は寂しかったと思うよ。一人で永遠に、誰とも言葉を交わすことなく、人々の信仰(しんこう)を受け続けるんだ」


 淡々と天子は語る。

 今、自分が聞いている言葉は神様の……天子の本音だろうか――。

 

「でも、それが神なんだよね――あぁ、僕は幸せ者だなぁ。こうして毎日、キミと楽しく過ごせているのだから」


 曇り一つない笑顔を向けられた宗一郎は、あることに気づいた。

 そうか。天子と自分は似たもの同士だったのだ、と。

 友達が――心を許しあえる人がいなかった。

 なんだか急に胸がくすぐったくなる。

 それは、(みずか)らが友達というものを遠ざけていた宗一郎が、初めて抱いた感情であった。


         ・・・


「お前なら出来るだろ。何でもっと頑張んねえんだよ!」


 それは遠い昔の記憶。

 聞きなれた、とても懐かしい声だ。


「うるせぇなぁ……他人のくせにいちいち口出すなよ」


 これは、自分の声。


「なんだよそれ。俺はお前に頑張ってもらおうとだな――」

「いちいちうっとうしいんだよ。何だお前、俺が何しようと勝手だろう」

「はぁ!? 宗一郎――てめぇ、そんな自分勝手な奴だったのかよ……マジがっかりしたわ」


 何が原因で口論(こうろん)したのかは覚えていない。

 ただ、あのときは自分のことを何も解ってないんだと、この友人を()()ねてしまった。


「勝手にしろ」


 自分のことをたいして知らない他人に、とやかく言われるのはうっとうしかった。

この頃から宗一郎は人を遠ざけていた。

 だが、次第(しだい)に宗一郎の胸には言い表せない感覚が宿り始めた。

 まるで燃料(ねんりょう)タンクに穴が開いているかのように、自分の心から大切な何かが漏れている気分だった。

 それを、ただの気のせいだと宗一郎は自分を(だま)し続けた。

 本当は自分のことを解ってくれる友人が欲しいという、心の声から逃げていただけなのに。

 あぁ――くそ、胸糞(むなくそ)悪い。

 そして、宗一郎の思考(しこう)加速(かそく)する。眠りから覚めるのに、そう時間はかからなかった。


       ・・・


 急速(きゅうそく)に意識が覚醒(かくせい)した宗一郎は、自らの部屋……ベッドの上で目をさました。


 ――何で今さら思い出すんだ。

 大きくため息をついて、寝返りをうとうとした。腕を投げ出して縮こまろうとしたとき、視界の端に携帯電話――天子が映る。


 ――しまった!?

 宗一郎は右腕に渾身(こんしん)の力を入れ、天子の数センチ上で見事に停止させた。

 ムリに力を入れてしまったために痛む右腕をさすりながら、携帯電話の上で眠る天子を見つめた。

 ピクン、と身体を震わせては寝返りをうつ小さな神様。

 微かな衣擦れの音が宗一郎の耳に届く。


「こんなやつがいなければ、悠々(ゆうゆう)と両手を広げて寝れるってのになぁ」


 神様でも、一人は寂しいらしい。

 初めて会った日の夜のこと。宗一郎は気をつかい、他の部屋で寝ようとしたのだが「神様は寝ないんだ。だからキミの隣で悪霊から守ってあげるよ」と言い出した。

 だが天子は、宗一郎よりも早く眠りに()いてしまった。


 本当に悪霊が退治出来るのかと思い、試しに『恐怖の心霊映像――百連発!!』を見せたら「怖くて一人じゃあ眠れないんだ、僕と一緒に寝てくれ」と泣きついてきた。

 今まで……家族以外の他人とこんなに長い時間を、共にしたことなんてなかった。

冷え切っていた何かが、天子という神様と出会ったことによって温められ、満たされてくのを感じた。

 もしかしたら、自分は天子のことが――なんて、宗一郎は考えてしまう。


 いや、違う。違うんだ。

 宗一郎はかぶりを振る。

 きっと、いつか天子も本来いるべき所に戻るんだ。

 そうしたら、またいつもの日常が帰ってくる。

 しかし、宗一郎の胸には今まで感じたことのない、焼けるような痛みが宿った。

 天子――これもお前と一緒にいたせいなのか……?

 気持ちよさそうに寝息をたてる天子を見て、宗一郎は瞼を下ろした。


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