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おまもりやどり  作者: にも
1/5

序章 お守り、売るよ!

 物事はいつだって、こっちの事情など関係なく訪れる。

 そして不幸は突然やってくるのだ。


         ・・・


 気晴らしに天ヶ先神社(あまがさきじんじゃ)に立ち寄って、気まぐれにお御籤(みくじ)を引いた。

 ただ普通に、何気ない一日を過ごしていただけなのだ。


「――何だ、コレは」


 思えばこのとき、お御籤で大凶を引いてしまったこと自体が、これから続く不幸の始まりだったのかも知れない。


 手の中にある紙切れから禍々(まがまが)しいモノが煙のように立ち上っているようだった。もっとも、その神様からの不幸なお告げを引いてしまった不幸な少年、石動宗一郎(いするぎそういちろう)に霊感などあるはずもなく、それが目に見えたわけではない。


 大凶――お御籤の中で最も悪いとされるお告げ、運勢のびりっけつ。大凶という禍々しい文字の隣には、可愛らしい花柄に囲まれて「あなたの花は黒百合(くろゆり)です」と書かれていた。

 さらに隣には花言葉が。恐る恐る目線を横へと移す。


 ――ちょっと待て、黒百合の花言葉は〝呪い〟じゃないか!

 何でそんな不幸な花を載せてあるんだ。

 やんわりと(いろど)られている花柄でさえ恨めしく思えてくる。


『【運勢】大凶――夢も希望もありません。努力をすればする程、底無し沼にはまったかのように深い闇に沈んでいきます。ここはひとまず落ち着いて行動をして、良い運気が流れてくるよう待ちましょう』


 逡巡(しゅんじゅん)の迷いなく手の中で紙クズ同然に握りつぶすと、お(やしろ)を背にして力の限り投げ捨てた。丸められたお御籤は弧を描いて、町の景色が広がる階段のむこうへと消えていく。


 ざまぁみろ。

 ふん、と鼻息を荒げて神社を後にしようと、お御籤が消えていった階段へと足を踏み出した。

 突然、足元がぐらりと揺れ、大きくバランスを崩す。自分の足の裏に大きな石があり、気づかずに足を乗せてしまったときには、既に階段が目の前に迫っていた。

 地面と空とが繰り返し視界に入ってくる。同時に全身に痛みが走る。


 世界が八度ほど回った後、階段下の石畳へ背中を打ちつけてようやく止まった。

 頭に浮かんだのは大凶の二文字。むしゃくしゃして、頭を()きむしる。栗色の髪が宗一郎の心境を表しているかのように、乱暴な形になる。


「おやおや、どうなされました」


 天を仰ぐ宗一郎の目の前にクシャクシャのお御籤を手にした、白い着物の男が覗き込んできた。



「ははぁ、それはまた災難でしたねぇ……」


 あらかた説明をし終えると、この神社の神主(かんぬし)だと名乗る男は微笑みながら何かを差し出してきた。

 神主の手の上には、赤や白の紐が幾重(いくえ)にも編み込まれたお守りらしきものがあった。


「お守り……です、か?」 


「その通りですな。ただし、そこの社務所(しゃむしょ)で売っているような代物じゃあないですがね」


 神主は宗一郎へ顔を近づけると、にたぁと笑いながらお守りを目線の高さまで持っていく。


「このお守りは代々、この神社に伝わる特別な祈祷を経て作られたお守りでしてねぇ」


 と、神主はお守りの紐を摘むと、振り子のように動かす。


「開運なんてモンじゃあないですよ。なんせ悪霊を払うための強力な護符(ごふ)なんですから。だから大凶なんて出ても、これを持ってれば関係ないんですよねぇ」


 思わず生唾を飲み込んでしまう。喉から手が出る、というのはこの事だろう。

 今まさに、揺れ動くソレを掴み取ろうと右手に力が入っているのだから。


「……一万円」


「高いッ」


「の所なんですが、見たところ学生さんですよね?」


 よれよれのズボンに大きくはみ出している白地の半袖シャツ。胸ポケットには宗一郎が通っている桜花(おうか)学園を示すバッチが煌々(こうこう)と輝いている。

 虚を衝かれて押し黙っている宗一郎を気にも留めず、神主は続けた。 


「学割っていうのかな? それで大まけのおまけ、三千円ってのはどうかねぇ?」


「たか――」


「これ以上は割引できませんなぁ。それに……いらないならいいんですよ」


 神主は急に興味を失ったかのように、社務所へと(きびす)を返そうとする。

 階段へ足をかけた所で、宗一郎の右手が神主の(はかま)を掴んだ。


「買う、買うよ!」


 冷めた神主の眼に光が戻る。先程の態度が嘘のように微笑んだ。


「毎度ありぃ」


         ・・・


 宗一郎の背中を見送る神主に、一人の巫女が近づいた。


「神主様」


「――なんでしょう」


「また、お御籤の中身を替えましたね?」


「――はて?」


「また、お守りを不当な価格で売り払いましたね?」


「――はて?」


「あれ、安産祈願のお守りですよね? 七百円の」


「――えぇ。でも、ちゃんと中の紙を入れ替えたのでいいじゃないですか」


「神主様――!!」


         ・・・


 その夜、宗一郎は買ったお守りをジッと見つめていた。

 お守りを何処(どこ)につけようか悩んでいたが、やはり一番身近にある携帯電話に結わいつけた。

 うん、何だか頼もしく見える。


 宗一郎は目覚まし時計のアラームをセットして、携帯電話を枕元に置いた。

 きっと明日には平穏な日常が戻っているに違いない。そう祈って宗一郎はゆっくりと(まぶた)を閉じた。


         ・・・


 宗一郎は毎日けたたましい目覚まし時計の電子音で起きていたが、その日は珍しくアラームの時刻よりも早く起きた。


「く……ぁぁ」


 深い眠りに入っていたのか、一度も起きることがなかったため目覚めは良好だ。

 大きく背伸びをして枕元にある携帯へと手を伸ばしたとき、ふと可愛らしいものが宗一郎の目に入った。


「ん、くぅ」


 携帯電話の大きさと同じくらい、もしくは一回り小さいくらいの女の子だった。

 それが携帯電話の上で猫のように丸まっており、静かに寝息をたてていた。


 白い着物に足首まで覆われた赤の袴……いわゆる巫女装束(みこしょうぞく)というやつだろうか。

 髪は縮こまった身体と同じくらいまで伸びており、(からす)濡羽色(ぬればいろ)が水の上で揺らめくように、白い携帯電話の上に広がっている。


「んぅ~」


 初め、宗一郎はそれが人形か何かだと思った。

 手のひらに納まるくらい小さな人間など、いないからだ。

 しかし微かに上下する胸が『生きている』と語っていた。

 その光景に呆然(ぼうぜん)としていたが、寝返りをうつ少女を見ていると、胸の奥が妙にくすぐったくなった。


 宗一郎は己が心の思うままに、右の人差し指で少女の(ほお)(つつ)く。

 感触は――とても柔らかかった。

 女の子の身体は電気が走ったかのようにビクンと震えると、先程より一層(いっそう)縮こまってしまう。


 その仕草を目の当たりにし、小さい頃ハムスターを突いたときに感じた、言い知れない感情が宗一郎の胸中に広がる。

 さらに二回、突いた。


「く……うぅ」


 四回ほど突いたあたりで、少女の額に筋が浮かび上がる。

 それに気づかないまま宗一郎はもう一度指を近づけ――絶叫(ぜっきょう)した。


「いっってぇ~!!」


 慌てて指を引っ込めると、携帯電話の上で犬のように(うな)る少女の姿があった。

 痛む指を見ると、小さな歯形がついていた。


「痛いのはこっちのほうさ。(ひど)いね、人が気持ちよく眠っているのに、不埒(ふらち)だよ」


 自らの袖で下半身を(かば)い、小悪魔(こあくま)のような笑みを浮かべた。

 着物が弛んで胸元が(あらわ)になった姿は、普通、健全な男子にとって目に毒な光景である。


 が、目の前の少女は小さすぎる上に胸が板であるため、虫眼鏡でも持ってこないと色気の欠片(かけら)さえ感じられない。


「いや……そもそもお前、誰なんだよ。しかも人の携帯の上で……なにしてんだ」


「ん? 『けーたい』……」


 およそ重力というものを感じさせないような身のこなしで、ふわりと浮き上がるように少女は立ち上がる。


「これかい? 『けーたい』というのは」


 青竹踏(あおたけふ)みのように、何度も携帯電話を乱暴に踏み荒す。


「あ」


 すると、少女の足元から光が現れ、携帯電話を照らした。

 光の泉、と言えばいいのだろうか。白き光源(こうげん)が少女の両足の間で明滅(めいめつ)している。

 携帯電話の光ではない。


 きれいだなぁ、と思った矢先、何かの弾ける音が携帯電話から発せられた。

 先程まで眩しかった光も、急速に失われる。


「やっちゃったみたいだ」


 ばつが悪そうに、少女は宗一郎を見上げてそう言った。

 背中にひやりとしたものを感じた宗一郎は、少女が携帯電話の上に乗っているにも関わらず、携帯電話を開いた。

 ディスプレイの向こうで「おゎっ」と悲鳴(ひめい)を上げて落ちてしまう少女。

 その悲劇(ひげき)に眼もくれず、宗一郎は目の前の惨劇(さんげき)に大声を上げた。


「うわあぁぁ! 携帯が……」


 液晶画面に無数のひび割れ線が走っており、電源ボタンを押しても反応はなかった。

 ディスプレイのてっぺんから、申し訳なさそうに少女は顔を(のぞ)かせた。


「ご、ごめんよ。つい力が……」


「力ってお前、一体何者だよ!」


「か――神だ」

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