0-9 達成
グレム:あれ?どうしたの?精神力が下がってるよ!
ハウル:・・・てめえワザと言ってるだろ!
グレム:怒ると体に良くないよ
ハウル:お前が怒らせてるんだろ!
グレム:早く僕の扱い方を覚えないとね。
ハウル:・・・(怒)
…最悪だ。
まさかの死に戻り……油断した。
セーブポイント目前での死亡。しかもかなり痛かった。あのチンピラ…俺の脇腹にナイフを刺してグリグリしやがった。……グリグリって…。
雲一つない青空を眺めて、俺は後悔の念からか次の行動に移せないままだった。さっきステータスを見たら、
精神力:99(-40)
になってた。これではギルマスの【威圧】に耐えられない。何とかしてテンションを上げて行かないとイベントクリアできない。
俺はとりあえず、ガチャを回してグレムだけ出した状態で前回の結果を考察する。
まず、ギルマスを動かすまでの流れだが、気になる点が2つ。1つはあの爆乳エルフ狂信者集団だが、イベント後のヘレイナ姉さんの態度からして、エロエロ雰囲気はワザとだった。その理由は不明だが、馬鹿な冒険者はこれに籠絡され、勝手に親衛隊を作って、近づく男どもを容赦なく排除していた。…その結果、ここ最近、新人登録が行われず、若手の冒険者が命を奪われている。ギルドにとっては由々しき事態のはず。それが俺が来るまで犯人を特定できる証拠がなかったと言うのが解せない。
もう1つは、あのお掃除おばさんだ。…多分あの人は強い。実力を隠してお掃除おばさんをやってる。そしてあのおばさんはギルマスと繋がっている。…何のために?俺は疑問符を頭の上に浮かべた状態で過去の会話を1つ1つ思い出していき、ある会話を取り出した。
「…最近この街に来た冒険者らしいですよ。なんでも領都から拠点を移動してきたとか…。」
お掃除おばさんの言葉…と云うよりもその時の表情が気になった。あの時、あのおばさんは俺にも警戒の色を見せていた。…何故?
俺はこのイベントを単なる『冒険者登録あるある』イベントとして見ていたが、1回クリアして全体像を俯瞰してみると、不自然な点が幾つもある。ギルマスの言っていた“伯爵の許可証”というのがヒントかもしれない。つまり、奴らは虎の威を借る狐ならぬ、伯爵の威を借る脳筋としてこの町で好き勝手にやっていた?…ヘレイナ姉さんの言葉を借りれば、そんな冒険者はギルドの品質や価値をも乱してしまう…だからお掃除おばさんが密かに調査をしていた?
強引につなげてみたが、当たらずとも遠からずかな。そこへヘレイナ姉さんのお色気スキル(そんなスキルがあるかどうかわからんけど)でややこしくなって、返ってあの脳筋どもが野放しにされていた…て感じか。
「どう思う?グレム?」
「いや、全然言ってることがわかんない。それよりも早く残りのガチャを引いてよ。」
…すっとぼけやがって。今まで散々見て来ただろうが。俺はそんなグレムにイライラ度を上げつつも、ガチャを回した。
【ちゅうとりある】
【有限ストレージ】
【魔具:漆黒の指輪】
…………なんという奇跡。
【有限ストレージ】が来るとは夢にも思わなかった。俺はステータスを確認した。
【ハウリングス】
体力 :8(+8)
生命力:16
知力 :6(+14)
筋力 :7(+3)
耐久 :4
敏捷 :4
器用 :6
魔力 :1(+100)
精神力:99(+20)
運 :99
攻撃力:10
防御力:4
回避力:4
ボーナス:99
さっきまでマイナスだった精神力の補正値がプラスに転じてる。これは俺の気持ちが高揚している証拠。チャンスだ。一気にセーブポイントまで行く絶好のチャンスだ。…い、いや待て、慌てるな俺。こういう時こそ石橋を叩かなければ。俺は何度も脳筋撃退までの道筋を反芻し、確認し、頭に叩き込んだ。
「…ようやく証拠を掴んだな。伯爵の許可証を盾に好き放題してくれやがって…。儂がその許可証に怖気づくなんて大間違いじゃ。証拠を揃え、伯爵に報告すれば貴様らの処分など簡単にできる。」
「うっ…あっ…!あうあ!!!」
狂信者リーダーは何か言い訳しようと口を開いたが、まともな言葉は聞き取ることができなかった。
「余計なことは言わん方が身のためじゃぞ。儂だけの処分では済まされなくなるぞ。」
大男は、手に光る輪を作って、一人ずつ両手を拘束していった。男たちは観念したのか、おとなしく拘束されていった。やがて兵士たちが駆け寄り脳筋冒険者たちを小屋から連れて行った。俺はその様子を見ながら、ゆっくりと立ち上がった。ようやく『恐怖心』の状態から解放され、身体の自由が戻った。俺は身体に着いた埃を払いながら、ギルドマスターを見やる。ギルマスのヨウケンは笑っていた。…その顔は笑ってるとは言い難いのだが。
「しかし、儂の【威圧】を受けて動けるとはよほどの能力を持っておるのじゃろう…ヘレイナ!このひよっこのプレートを持ってこい!」
小屋の外からは~いという返事が聞こえ、しばらくすると、服の中のたわわな何かを上下に揺らしてエルフお姉さんが走ってきた。ギルマスはお姉さんの持っていたプレートをひったくり、握りしめて中身を確認していた。
「なんじゃこりゃ!こんな偏り過ぎのよわっちい能力で囮をやったのか!ったく!うまくいったからよかったものの!」
「いえ、危険を承知で行かなければならなかったと思っております。…実はこの者たちが全部で6人いた事を先ほど初めて気づきました。」
俺の反論にギルマスの表情が曇る。そして何か考え事をし始めたと思うとすぐに怒気を膨れ上がらせた。
「儂は5人しか拘束しておらんぞ!」
「…はい、一人まんまと逃げおおせました。」
ヨウケンは俺の言葉で周囲を警戒しつつもその意味を理解して漲った怒気を霧散させていった。
「…はぁ。【認識阻害】を使う奴がいたということか?」
俺はコクリと肯いた。俺はギルドのホールに入るたびに左上のメッセージ君から来る“スキル干渉”の警告が気になっていたが、今回自分の精神力が高かったお蔭でそのスキル干渉に抵抗できたのだ。その結果、今まで“脳筋軍団”と塊ででしか判別できていなかった奴らを6人集団と見ることができた。
小屋の中へは6人とも入ったが、ヨウケンが扉を壊して【威圧】を掛けると同時に【認識阻害】を発動させ、1人が姿を消した。俺もギルマスの【威圧】に抵抗するのが精いっぱいで【認識阻害】のほうには掛かってしまい、消えた男については何もわからなかったのだが。
「ホールを掃除しているご婦人もそのせいでうまく監視ができなかったかと思います。」
「…だろうな。儂ですら掛かってしまうくらいだ。あいつでも抵抗はできんだろう。相当の手練れ…か。」
ギルマスは独り言のように呟き、我に返って俺を睨み付けた。
「おい、ひよっこ!今の話…喋んなよ。ヘレイナ、お前もだ。」
突然話を振られ、ニコニコ顔だったお姉さんの顔が歪んだ。
「へ!?わ、私もですか?」
「当然だ!それとも貴様も高貴な人間共の見苦しい争いに巻き込まれたいのか!?」
今の一言でギルマスが何を想定しているかがなんとなくわかった。どうやらこの件には偉い人たちの権力争いが絡んでいるらしい。
「おい、ひよっこ!…貴様も余計なこと言うんじゃねえぞ。でないと貴様なんぞあっという間に行方不明者の仲間入りになるからな。」
脅してるとしか取れない言葉と共に、ギルマスは俺に鉄板プレートを放り投げた。俺はぎこちなくそれを受け取って握りしめた。
【ハウリングス】
種族:ヒト族
年齢:16歳
性別:男
職業:冒険者(見習い級)
LV:1
取得能力:【体力強化.9】
【双剣術】
【気配察知.1】
体力 :16
生命力:16
知力 :30
筋力 :10
耐久 :4
敏捷 :4
器用 :6
魔力 :101
精神力:119
運 :99
攻撃力:10
防御力:4
回避力:4
前回とは精神力以外は変わっていない。
「ギルドマスター殿。」
俺は受け取ったプレートを【有限ストレージ】に仕舞い込むとニヤリと笑った。その様子をギルマスは訝しげに見た。
「…なんだ?」
「俺はもう……ひよっこじゃありませんので。」
ヨウケンは俺の言葉を聞いて大笑いした。そしてひとしきり笑ってから、真剣な表情に切り替えた。
「冒険者は、弱い人間が続けられるほど、甘い世界じゃねぇ。己の力、技、心を鍛えて強くなり続けなければ死んでしまうやもしれん。」
ヨウケンは俺のケツを叩いた。本人は軽くのつもりだろうが、俺は前に吹っ飛ばされ、前に立っていたヘレイナ姉さんに抱き付く格好になった。
「ガハハ!ヘレイナ!まだ登録が終わっただけじゃろ?いろいろとこの若造に教えてやれ!儂の【威圧】を耐える男じゃ。多少無茶をさせても構わん!」
そう言うと笑いながらのしのしと歩いて行ってしまった。小屋に残された俺とエルフお姉さんはきょとんしてしまったが、
「んふふ~坊や…いつまでお姉さんに抱き付いてるつもり?」
と言われたが、二度目なので落ち着いてお姉さんから離れた。
「…ちょっとは動揺して欲しいのに…。」
お姉さんはご不満そうな顔をしたが、俺は冷静に対処した。
「綺麗な薔薇には棘がありますので…少し警戒しています。」
ヘレイナ姉さんは「へえ」と言ってじっと俺を見つめたあと、不意に俺に抱き付いた。
「坊やは意外と見所あるかも!……お姉さん、今の内に唾つけちゃおうかしら?」
この後のことを想定して、抱き付かれるのを回避したかったのに結局抱き付かれてしまい、そしてその状態で視界が灰色になった。
「ハウル!やったね!晴れて冒険者登録だ!」
グレムの声を合図にけたたましいファンファーレと重厚なオーケストラ…そして俺の死亡シーン。二度目で冷静になって見てみるとこの行動不可シーンが何なのかようやく分かった。
これってオープニングだ。
確かにこのゲームにログインした時、オープニングもシステム説明も何にもないままゲームが開始された。そして最初の目的『冒険者登録』が終わったところでようやくゲーム開始の合図としてフルオーケストラが鳴り響いてんだ。死亡シーンが流れてるってことは、ある程度死ぬことを想定してるな。いろいろ思うところはあるが、まあいい。セーブポイントを手に入れるまでは冷静に行動すると決めたんだ。
ぱー…ぱーぱぱぱ、ぱぱぱぱぱー…ぱーぱーぱー、ぱ-----ぱ-----ぱ-----!!
長いフルオーケストラの音楽も終わり、俺の死亡シーンも終了して、ようやく次のメッセージが流れた。
“貴方の拠点となる宿屋を決めて下さい。契約をすることで、拠点としてセーブポイントが設定されます。”
このあと俺はヘレイナさんに連れられ、いろいろとお小言を聞かされて、一旦解放された。俺はギルド会館の前で大きく伸びを1回して緊張をほぐしてから次の行動に移った。
それは拠点の宿決め。前回のグレムの行動結果からすると、宿については指定はないようだ。恐らく選んだ宿によって、多少の小イベとか、恩恵とかが違うのかもしれん。だが、俺は同じ過ちは繰り返さん。そして前回の探索でほとんど調べているから、追加の調査はしない。変な道に迷い込んでまたグリグリされるのはご免だ。
俺の手元には銀貨束が2つ。合計銀貨40枚。前回の宿探しのタイミングで街の物価を少し確認した。銀貨1枚で銅貨30~40枚くらいの価値がある。実際に両替をしたわけではないので後で確認するが、食事が1食銅貨10枚以下で提供されていたので、銀貨1枚で2日は過ごせることになる。俺は冒険者として活動するための物資調達に銀貨20枚を割り当てることとして、残りの20枚で暫く過ごせる宿を検討した。そしてこの“アーブットの宿”という店を選択した。
この宿は1泊銀貨1枚朝食付き。ランクは下の上くらいだと思う。決め手は冒険者風の男達が何人も出入りしていたので、冒険者にとって悪い宿ではないと判断したところだ。店主も30代の笑顔の素敵なお姉さん。…ま、まあ旦那さんは奥にいるようだが、愛想は良かったので、もうこれ以上の高望みは不要とした。
「いらっしゃい…あら、ずいぶんと若い冒険者様ですね。」
何かのイベントを予感させるような店番の奥さんとの会話だが、ここは冷静に交渉を始めた。
「10日間の宿泊を?…そうねえウチは値引きはやってないんだけど…貴方の冒険者としての大成を願って銀貨9枚でどう?」
よし。異世界交渉あるあるではもう少し頑張って値切ってもいいんだが、ここはセーブポイントを優先しよう。俺は奥さんにお礼を言って宿泊契約を行った。
旦那さんの挨拶を受けた後、奥さんに連れられて部屋へと案内される。場所は一番安い2階。内装はリビングと寝室のみで水場はなし。厠は1階にある共用だと説明された。風呂は…どうやら庶民生活にはないようだ。水は食堂に行けば一応無料だが、常識の範囲で使ってねと言われた。あと部屋に色女を連れ込むのは禁止らしい。
一通り説明を受けた後、俺は一先ず落ち着こうと寝室のベッドに倒れ込んだ。
“貴方の拠点が設定されました。この位置をセーブポイントとして登録しますか?”
左上のメッセージ君が待ちに待ったメッセージを流してきた。俺はベッドから跳びあがり正座して内容をもう一度確認した。そして「YES」を選択しようとして動きが止まった。
これでいいのか?初めからやり直せるメリットは?デメリットは?
初めからとなると、ガチャもやり直す。つまり、【有限ストレージ】を失うことになるが、これよりもいいアイテムを手に入れる可能性もある。俺の運は99だ。可能性は高い。…だが、ここまでの面倒さは非常に辛い。いや、やり直すことでより効率よく情報収集ができるかもしれない。待てよ。俺のテンションによってステータス補正が変わると言うことは、今の言い状態でセーブしておいた方が…いやしかし今よりももっといい状態が出る可能性も否定できない。しかしここまでの道筋はやりつくした感あるから、余り大きな変化は期待できないかも…待てよ、隠しイベント的なものが…
ぽちっ
“『アーブットの宿』をセーブポイントとして設定しました。以降、貴方が死んだときの死に戻りポイントは今のこの場所になります。”
え…?
「やった!セーブポントができたって!ハウル良かったね!……で、セーブポントって何?」
…プルプル。
「ねえねえ、美味しいの?」
………このクソ妖精!
俺は怒り狂って両手の拳を振り回したが、グレムに当たることはなく、キャッキャと楽しそうに全て避けられた。やがて俺は無意味に拳を振り回す愚を悟り、ため息とともにベッドに倒れた。
まさか、こいつが俺のメッセージ君に干渉できるとは想定外だった。そして意味も解らず「YES」を押して喜んでいた。
……セーブポントってなんだよ…。
俺の名は洲丸侑波。ゲーム好きの高校1年生。クラブ活動は全然やってないんだが、生まれつき体格がよく、関節のすごく柔らかい…所謂運動神経のいい男。
だけど決して男前とは言えず、女の子とのお付き合いはない。髪質がすごくサラサラで悪友の勧めで伸ばして見た結果、『隠れヲタクが本ヲタクになった』とクラス中にバカにされてしまった。俺、ヲタクじゃないのに…。
昔から熟慮してから行動する性格で、俺は『深謀遠慮』と言っていたのだが、この間悪友に『石橋を叩きすぎていつも渡れなくなってる』と言われた。
そんな悪友に誘われて、新ゲームのβテストのテスターに応募したところ俺だけ当選してしまい、悪友に裏切り者扱いされ、今プチぼっちの状態だ。学校が終わっても暇を持て余していたので、せっかく当たったテスターでもやってみようと、運営会社から送られてきた専用ヘッドギアをゲーム機に接続し、専用のルーターも取り付けてゲーム開始をしたのだが…。
視覚、聴覚、嗅覚、味覚、触覚…その全てにリアリティを感じさせるほどの完成度に驚き、何度も死に戻りながらも俺は完全にこのゲームの世界に五感をどっぷりと浸からせてしまった。
ただ街へ行き冒険者登録をしただけ。まだそれだけなのにこの世界に引き込まれる魅力がこのゲームにはある。俺は確信し、その素晴らしさを悪友にも伝えてやろうと、ログアウトを試みた……。
セーブポイントも得たのだが、未だログアウトの方法は俺には伝達されていなかった。どうしたものかとベッドに寝転び耽っていると…
“プレイヤー:洲丸侑波”
“0章:冒険者になろう!クリア”
“イベント達成率:100%”
な…なんだ?
“死亡回数:15”
うぇえ!?
“プレイヤーランク:F”
おい!
「F」って何!?高いの!?低いの!?てか基準はなんなの!?
だが、左上のメッセージ君は俺のツッコミには答えることなく…ただメッセージを流すだけだった。
グレム:ねえねえ!セーブポントって何?
ハウル:・・・教えられない。
グレム:あ!・・・それ僕の真似?
ハウル:僕には教えられることと教えられないことがあるんだ。
グレム:うん、僕は興味ないから大丈夫だよ
ハウル:・・・(殺)!!!!!!
0章が終了です。
暫く、原稿を溜めてまとめてアップさせて頂きます。
1章は・・・ハウルのレベリングの話です。
ご意見、ご感想を頂けるとすごくうれしいです。