0-6 虚脱
グレム:・・・スキルが増えてるね。
ハウル:おかげさまでな
グレム:僕、役に立ってる!?
ハウル:全然。
グレム:そうかぁ。僕ってやっぱり優秀な妖精だよね
ハウル:人の話聞けよ!
暗転した世界で、俺の目の前にガチャスロットがある。リールは3つあるが真ん中の1つだけが回っており、ボタンを押せとばかりにドラムロールが鳴っていた。
この時点ではグレムは存在しない。これが何なのか聞く相手がいない。慎重派の俺としては押していいものなのか悩んでいた。
“ボタンを押してリールを停止させてください。”
左上にメッセージが表示され、ボタンを押すよう促される。しぶしぶ俺は暗闇に光る停止ボタンを『押せ』と念じた。
音に合わせてリールが停止し、交差する剣とハートマークがついた意匠が表示された。
ぱららんぱっぱっぱー!ぱぱぱぱーんぱーんぱーん…どんどんどんどんどんどんぱぱーん!
聞いた事のないファンファーレが鳴り響き、絵が浮き上がり俺の中に吸い込まれた。
“貴方は【双剣術.1】を取得しました。”
……。俺は喜んでいいのかわからなかった。て言うか、【褒美のガチャ】とは何だ?何時手に入れたんだ?
クエスチョンだらけで視界が開け、いつものナレーションが左上に表示された。ガチャを回してグレムを登場させ、質問する。
「グレム、自分のステータスは見れないのか?」
俺の質問ににっこりとほほ笑んでグレムは答えた。
「見れるよ!」
「………どうやって?」
俺は込み上げる怒りを堪えその方法を聞いた。
「『マイステータス』と念じて見て。」
グレムは両手を上げる仕草も交えて説明した。俺は誰が振り付け有で念じるものかと心の中で『マイステータス』とだけ念じた。すると、視界の中央に窓枠が表示された。
【ハウリングス】
種族:異世界人
年齢:16歳
性別:男
LV:1
固有能力:【褒美のガチャ】
【水滴石穿】
【ちゅうとりある】
取得能力:【体力強化.9】
【双剣術.1】
俺は拳を握りしめた。これをそのままグレムにぶつけてやりたい。だがその衝動は何とか抑えて質問した。
「どうして、このことを教えてくれないの?」
「だって聞かれなかったし。」
思った通りの回答が返って来た。つまり俺が質問しないことは喋らない。そうだ。俺が質問してないのが悪い。それで強引に納得する。…するんだ、俺。
何とか気持ちを落ち着け、俺はこの際だからいろいろと質問してみた。
「スキルの使用方法はわかる?」
「発動対象を見てスキルを念じればいいよ。」
「レベルはどうやったら上がる?」
「敵を倒して経験値を積めば上がるよ。」
「…細かいステータスとか見えないけど…。」
「『マイ詳細ステータス』と念じて見て。」
【ハウリングス】
体力 :8(+8)
生命力:16
知力 :6(+24)
筋力 :7(+3)
耐久 :4
敏捷 :4
器用 :6
魔力 :1(+100)
精神力:99
運 :99
攻撃力:10
防御力:4
回避力:4
ボーナス:99
ようやくゲームらしいものを見た。俺は複雑な表情を浮かべながらも表示されたステータスを確認し、1つ1つグレムに聞いた。
詳細ステータスは俺の基本能力を数値化したもの。値は変動値で左の数値が固定値+ボーナス値。右のかっこの数字が経験値+補正値になる。
固定値は種族とレベルによって決定される基本能力値で経験値は教育や訓練によって増減する値、補正値は武器装備やスキルによって増減する値だ。そしてボーナス値は俺が自由に割り振れる値で、当然今まで振って来なかったものだ。グレムの話ではいつでも割振りができるらしい。
で、異世界人の俺は精神力、運以外は平均以下だそうで、今のままでは全然活躍できないそうだ。加えて言うと、冒険者登録した時に、聞かれなくてもグレムは説明する予定だったそうだ。
つまり、冒険者登録までは何事もなく進める想定だということ。俺は思う。コレ、俺の性格とは相性の悪いゲームじゃなかろうかと。俺は足元を固めてから次の一歩を踏み出すタイプだからいろいろ周辺を探ろうとする。その結果、予定にない行動を取ることになり、勝てるはずのない魔物との遭遇や、【死の落雷】を受けてしまうのではないか。…だがあの脳筋爆乳狂信者イベントは酷い。普通に進めたら絶対一回はやられる。…無理ゲーじゃね?よし、休憩しよう。一旦ログアウトだ。
「グレム、ログアウトの方法を教えてくれ。」
ここで、俺は思いがけないグレムの表情を見た。奴は小首をかしげてる。そして指を咥えた。
ログアウト?何それ、食べれるの?
そんな声が聞こえるような奴の仕草。俺はとある異世界あるあるが脳裏をよぎった。
ゲームの世界から抜け出せない系
「グ、グレム、ログアウト…はわかるよな?」
グレムは反対側に首を傾けた。やばい!嫌な予感がする!
「おい運営!どうやってログアウトするんだ!」
俺は大空に向かって大声で叫んだ。だが、帰って来たのは俺の声に驚き飛び立つ鳥の羽ばたきだけ…。俺は残り2つのガチャリールを回したまま、茫然と立ち尽くした。
「まずは、冒険者登録しに行こうよ。そしたら新たな道が開けるかも知れないよ。それにはこのガチャを終わらせないと。」
グレムが無邪気な表情で俺に次に進むようにアドバイスする。…グレムはむかつくヤツだが今の言葉は俺を冷静にさせてくれた。
そうだ、ここで呆けてるよりも話を進めることで得られるかも知れない。現にステータス表示については後でわかる仕様だったんだし。
うし!気合を入れ直そう。まずは冒険者登録。全てはそっからだ。
俺は特別ガチャを回してアルデガンドの街まで街道に沿って歩いて進み、途中で立ち往生している髭面商人を助けてご贔屓になることを約束して一晩過ごし、翌朝お金を貰ってバイバイ。ここから真っすぐ塔に向かって歩いて人の出入りの激しい建物に入って何となく視線を浴びた…。
ここからの行動は慎重に…。まずは、脳筋爆乳狂信集団。俺の行動を監視している。次に冒険者風集団。グレムが死亡フラグを立てた奴らだが…俺をチラ見している。と言うことは意識しているということか。そしてカウンター。ここは既に爆乳エルフ以外アウトがわかってる…。
…待てよ。鉄板プレートを作った後、爆乳エルフが席を立つ。この時にあの狂信者共に捉まってしまうのだが、猛ダッシュしてギルドの外に逃げたらどうだろうか。うまく撒いてここに戻って来れば、冒険者登録完了になるかもしれん。
俺は意を決してカウンター越しに爆乳エルフに声を掛けた。
「坊や…こんなところに何の用かしら?」
この声とカウンター越しの仕草に俺の集中力が別のところに持っていかれる。それを何とか振り払って冒険者になることを告げ、羊皮紙を貰った。羽ペンを貰う時に肌が触れるがこれも耐えた。そして羊皮紙を睨み付けたところであることに気づいた。
ボーナス:99
…これ、例えば攻撃力とか、防御力に極振りすればなんとかならないか?
ボーナス値については後から割振りが可能だから楽しみにとっておいたのだが、これを使えば……いや、たかが初期のイベントクリアの為にこんな仕組みがあるとは思えない。逆に強引なイベント突破によるペナルティをグレムから受けるかも知れん。だがここを乗り切る有効な手段として一考して
「どうしたの?字が書けないのかな?…お姉さんが書いてあげよっか?」
気づけば爆乳エルフが身を乗り出して俺に顔を近づけ息を吹きかけるように話しかけられていた。
「い、いえ!書けます!書きます!」
俺は慌てて羊皮紙に必要事項を書いた。たぶん顔は真っ赤だ。火照ってる。ちくしょう。後ろからの視線がかなり痛い。殺気も感じる。手続きは手順通り進み、鉄板プレートを二人で握り合って後ろからさらなる殺気を受けるところまで来た。
「はい、終了~。お疲れ様。じゃ、プレートを確認するからちょっと待ってて。」
俺の手から彼女の両手とプレートが離れ、そしてカウンターからも離れて行った。代わりに圧死してしまうほどの殺気と怒りに震えた男が近づいてきた。よし!!ダッシュで逃げるぞ!
俺は出入り口の扉に向かって猛ダッシュした。
「あ!オイ!貴様!待て!」
俺に声を掛けようとした男が声をあげたが応える義務は俺にはない。逃げるが勝ちよ!俺は扉に手を掛け勢いよく開け放った。
「ぬへへ~…ざ~んねん。」
ギルドを出たとたん、扉の外に既に回り込んでいた妖艶爆乳狂信者の一人が俺の足を引っかけた。俺は盛大に転び顔から地面に打ち付けた。
「そんなに慌ててどこ行こうとしてるのかな~。」
……そ、そんな馬鹿な…!
俺は地面に這いつくばったまま呆然となってしまった。何故逃げることがばれていたんだ!?
「俺のヘレイナさんに話しかけといて、逃げるとは…てめえ、何様のつもりだ?」
ああ…リーダー格の男も来ちゃった。もう詰んだ。この方法もダメなのか…。
俺は数人に囲まれ、そのままギルドの館の裏口のほうに連れて行かれた。そしてサンドバッグ状態。俺の中で何かが折れる感じがした。ただひたすらに殴られ続け、やがて痛みも感じなくなって俺の視界は暗転した。
視界が開けても俺はぼうっと空を見上げていた。
…帰りたい。
…もういいよ。これはクソゲーだ。サービス開始しても長続きしない。
…βテスト終了にして。もういい。
だがどんなに願ってもメッセージはガチャを回すようにアナウンスし続けていた。
いつの間にか俺はギルド内の様子を頭に浮かべていた。まだ試してない行動は、冒険者風の男達に声を掛ける事。俺は彼らの風貌を思い出していた。既にしっかりと皮鎧を着こみ、これからどこかに出かける様子を見せていた。グレムはこいつらに話しかけようとしたら「危険」だと言った。つまりは誤ルート。だが、他の行動が思いつかない以上、試してみるしかない。…気が重いな。さっきので心が折れたから思考も低下してる。
俺は何気にガチャを回す前の自分のステータスを見た。
【ハウリングス】
種族:異世界人
年齢:16歳
性別:男
LV:1
固有能力:【褒美のガチャ】
【水滴石穿】
取得能力:【体力強化.9】
【双剣術】
何…?俺は初期状態で固有能力を持っていたのか?しかも【双剣術】は10回記念で手に入れたヤツ…。
これは死に過ぎるマヌケなプレーヤーに対する救済措置的なことか。ははは…涙が出てきた。
俺は更に詳細ステータスを確認した。
【ハウリングス】
体力 :8(+8)
生命力:16
知力 :6(+14)
筋力 :7(+3)
耐久 :4
敏捷 :4
器用 :6
魔力 :1(+100)
精神力:99(-81)
運 :99
攻撃力:10
防御力:4
回避力:4
ボーナス:99
…前回と異なっているのは…知力、精神力。前回にないものは【ちゅうとりある】…。てことはこのスキルを取得することで、知力と精神力に補正がつくのか…。いや、精神力は違うな。この-81は俺のやる気の無さが表現されてるんだ。…はぁ……。
俺は元気のないままゲームを開始した。特別ガチャを回してグレムの名前を付けてアルデガンドの街まで街道に沿って歩いて進み、途中で立ち往生している髭面商人を助けてご贔屓になることを約束して一晩過ごし、翌朝お金を貰ってバイバイ。ここから真っすぐ塔に向かって歩いて人の出入りの激しい建物に入って何となく視線を浴びるところまできた。
今回幸いにもガチャで【人物鑑定.2】を手に入れたこともあり、気分はちょっとだけ晴れている。試しに妖艶爆乳狂信者リーダー格を鑑定してみた。
【バリアン】
種族:ヒト族
年齢:35歳
性別:男
LV:18
熟練が2なのでこれ以上は鑑定できないが、レベルが俺より高いことから強いってことだけはわかる。ただ普通がどれくらいかなのかが不明なので現時点では何の判断もできないが。
「グレム、【鑑定】を掛けられたかどうかってわかるの?」
「う~ん確か精神力が高ければ、わかると思うよ。」
「俺、精神力が99だけど…これって高いの?」
「え?そうなの?【鑑定】していい?」
珍しくグレムが食いついた。ていうか俺のステータス知ってたはずだが?
グレムが俺をクワッと睨んだ。瞬間、背中にむず痒いものが走った。…これが鑑定されたっていう感覚かな?
「うわっ!低っくぅ!」
グレムがむかつく言葉を叫んだ。
「全く…異世界人てこんなに弱いんだね、僕びっくりしたよ。大丈夫ハウル?」
何に対して大丈夫って言ってんだ?ステータスは前回見ただろ?絶対ワザとやってるだろ。俺はお前の一言で下がり続けてるバイオリズムが下限を下回っちまったよ。
「普通の人のレベル1ってどれくらいなのよ?」
グレムは考える仕草をした。仕草だけ見れば可愛らしいんだが、俺にとってはかなりイラつく。
「こんな感じじゃない?」
グレムがそう言うと目の前に窓枠が表示された。
【ヒト族】
体力 :16
生命力:32
知力 :10
筋力 :20
耐久 :15
敏捷 :10
器用 :10
魔力 :18
精神力:24
運 :15
攻撃力:20
防御力:15
回避力:10
…。ヤバい、俺弱いんだ。また俺のバイオリズムが底値を下回った気がする。今回はもういいや…。予定通りこの冒険者風の男たちに話しかけてどうなるか確認しよう。折角手に入れた【人物鑑定】無駄になるけど…どうでもいいや。
俺はいろんなことを諦めて皮鎧に身を包んだ男達に話しかけた。
「おお!君のような人材を待っていたんだよ!」
男の一人が笑顔でそう言うと、肩をバンバンと叩きながらホールの端の方へ連れて行った。
「給金はいくらがいい?いい値を出すよ。なに、仕事は簡単だ。俺達と一緒にとある場所に一緒に行き、荷物番をしてくれたらいい。」
いかにも怪しい内容を説明しながら俺は肩を掴まれたまま外へ連れて行かれた。そして返事もしないままに馬車に乗りこまされる。そして変な臭いのするハンカチを被せられ、俺は意識を失った。
目が覚めると目の前は真っ暗だった。目隠しをされている。両手両足も縛られていて地面に転がされている状態だった。
「だから危ないよって言ったのに。」
グレムの声が聞こえたが、死ぬ前提で声かけたんだし、文句はない。だが今どうなってるのか知るすべがない。
「グレム、俺は今どうなってんの?」
「えっとね…目隠しされてグルグル巻きにされて地面に放り出されてる。でもって近くにフレイムリザードがいる。」
はい?『フレイムリザード』?何それ?
「陸オオトカゲの魔物の一種で、火を吐くの。どうやら君は生贄のようだね。」
何それ?強引に連れて行かれて魔物の餌?あの冒険者風の男たちはなんだったの?
「どうするハウル?このまま待っていてもフレイムリザードに食われちゃうけど…【死の落雷】を掛けようか?」
確かに生きながら食われるよりも落雷で瞬殺されるほうがいいけど、こいつ意外にも俺に情けをかけてくれてるのか?…だがその前に聞くだけ聞いとかないと。
「なあ、グレム。俺さあ、冒険者登録を完了するためにいろいろと試してみてんだけど…全然正しい道筋が見つけられなくてさぁ…。なんか他に手順が必要なのかなぁ…あ、落雷でお願いします。」
「ギルドに入って全員の人に話しかけてみたら?まずは情報収集だよ。」
あ?どの口がそれを言う?爆乳エルフ以外いい顔しなかったくせに!
…いや、違うな。いい顔しなかったのは冒険者風だけだ。階段前の兵士に話しかけた時は何も言って来なかった。待てよ…『全員に話しかけてみたら?』ってどういうことだ?俺は今回で全員に話しかけたはず……あ、まだいたわ。
俺は話しかけていない人物を思い出し、それと同時に【死の落雷】を浴びた。
右下は★★‥となっていた。
ハウル:はぁ~だんだんと【死の落雷】にも慣れて来たよ
グレム:変態さんだもんね
ハウル:やかましいわ!
グレム:でもこのスキル3段階あるから
ハウル:何!?
グレム:第1段階は黒焦げ、第2段階は血管蒸発
ハウル:3つ目は?
グレム:聞きたいの?・・・やっぱり変態さんだねぇ?
ハウル:・・・(殺)!