0-3 道筋
ハウル:お前、前回の俺のコト、覚えてるだろ?
グレム:ゼンカイ?
ハウル:・・・とぼけるの上手だね、グレム君は。
グレム:そう?僕、褒められた?
ハウル:褒められるようなコト、したか?
グレム:うん!
ハウル:・・・(怒)
雲一つない青空と雄大な自然の地形が視界を覆いつくす。
吹き抜ける暖かな風が肌にあたり心地よさを感じさせる。
草木の放つ自然の香りが俺の鼻を刺激する。
鳥の鳴き声が何度も耳にこだまする。
…さすがに4回目となるとこの後の展開も覚えている。という訳でゲーム開始特典の特別ガチャまで全カットして…俺は目の前の回転するリールを見つめている。既にグレムは顕現しており、ニンマリと笑いながら残り2つの回転を見ていた。
俺は確信した。
こいつは死に戻り前の記憶も持っている。覚えていて知らない振りをしている。ニタニタ笑っているのがその証拠だ。
「さっき俺を殺した落雷は一体何?
「え?何のこと?」
そしてその記憶に関しては俺に何も言わない。それが余計に俺を苛立たせる。まさかの仲間キャラからの殺害。…コイツは仲間キャラじゃない。そういう目で見ておかないと。
ゲーム開始特典の特別ガチャは、
【ちゅうとりある】
【魔力増加.5】
【魔具:魔石コンロ】
となった。
【魔力増加】は自動的に魔力を増加させるパッシブスキルだが、例によって増加の割合は不明。【魔具:魔石コンロ】は魔石を消費して火を起す道具だ。魔法が掛けられた道具のことを総じて『魔具』というらしい。
「今回は当たり?」
「…『今回』と言うのが意味不明だけど当たりじゃないね。」
グレムに過去のことを絡めて質問すると必ずしらばっくれた回答をする。
「これから何処に行ったらいい?」
「教えられない。」
やはり道筋の答えは直接的には教えてくれないようだ。
「この道の先には何があるんだ?」
「アデルガンドの街だよ!行ってみる?」
公開されてる情報は素直に教えてくれる。さりげなくそっちに行けよ的な語尾までつけて。
「じゃあ…歩いて街に行ってみるか。」
「わーい!」
俺は普通に歩いて丘に向かって道沿いに歩いた。その後ろをキャッキャッと騒ぎながらグレムがついて来る。俺はこのクソ妖精にかなりイラついたが、とりあえず先に進めないと次の粗探しもできないので、言われた通りに歩いた。
そして3時間くらいかかって丘の上に到着した。左手から別の道が合流する地点。俺はここで何らかのイベントがあるものと思っていたが、特に何もない。このまま進んでいいのかと辺りをキョロキョロしていたら、
「どうしたの?街に行かないの?」
とグレムが聞いて来た。…こいつが街に行くように勧めると言うことは、ここでは特に何もないということだ。俺がもう1つの道のほうへ歩いて行くと、
「あれ?そっちはアデルガンドの街の方角じゃないけど?」
と言って来たので、今進むべき方向はこのままアデルガンドの街への道だと俺は判断した。
グレム(こいつ)の扱い方がわかって来たぞ。こいつの吐く言葉を注意して聞いていれば、なんとなく進むべき道筋がわかる。俺は一人でウンウンと肯き、丘を下って行った。
「…あれ?」
丘を下っていく途中で湿地帯に入った辺りに馬車が止まっているのを発見した。さっき走ってここを通り過ぎた時には馬車はなかった……。
俺は考えた。走ってきた時はなかったが、歩いて来た時には馬車がいる。つまり、スタート地点から歩いて街に向かうと言う行為はこの馬車と遭遇するための正解の道筋。と云うことは、あの馬車が街へ入るための鍵か。
俺は丘を下りながら馬車を観察した。御者に男が一人。その他に屈強な男が二人。一人は馬を一所懸命引っ張り、もう一人は後ろから荷馬車を押している。だがさっきから馬車は一向に動いていない。車輪を観察すると4つあるうちの後輪2つがぬかるみに大きくはまり込んでいた。
「なるほど…これは『助けて恩を着せる系』か。」
俺は独りごちてから歩く速度を速めた。そしてそのことにグレムは何も言って来なかった。
馬車が立ち往生しているところまで行き、御者座に座る男に声を掛けた。
「すみません、どうかされましたか?」
俺の声に男は反応したが、その表情から好意的な反応ではないことが窺いしれた。
「小僧!何奴!下がれ!」
俺に対して当たり散らすような怒鳴り声。おそらく馬車が動かなくなったことにかなりイライラしている様子だ。
「でも、お困りの様子……見たところ泥濘に車輪がはまり抜け出せないようで。」
俺の言葉に男は目を更に大きく開いて大声で怒鳴った。
「見たらわかるであろう!これ以上ここに留まると儂の商品を奪いに来た盗賊と見なすぞ!!」
男は興奮している。そしてこの馬車は何らかの商品を運んでいる。俺はこれ以上御者座に座る男を刺激しないよう冷静な態度で話を続けた。
「商人様でございましたか。失礼をいたしました。…でもこの状況、かなりお困りの様子。僕が一目見ても車輪が泥に埋まったまま全く動いておりません。ここは押したり引いたりしているのを一旦止め、泥の中がどういう状態になっているかを調べてはいかがでしょうか。」
俺はできるだけ遜り、丁寧な口調で男に話しかけた。男は黙り込んで御者座の上から俺を睨み付けた。俺はチラリと男の表情を見た。…よし、俺を推し量ろうとしている顔だ。
「よろしければ、私がその泥に手を入れて確認いたしましょうか?」
俺の提案に男はじっと睨み返していた。そしてちらりと荷馬車を押していた男の方を見る。
「…よしやってみろ。おい!6号!この小僧が変なことをせんよう見張っておけ!」
御者の男は荷馬車を押していた男を番号で呼んだ。…この男は多分奴隷だ。首輪は無いが確かに肩に数字の6が彫られている。だが、じろじろ見ていては怪しまれる。俺は6号と呼ばれた男に軽く会釈して後輪の前に座り込み、躊躇うことなく泥水の中に手を突っ込んだ。
「…ね?ここから硬い土が盛り上がってるから、車輪が上に上がらないんだ。」
俺は6号と一緒に泥に手を突っ込み、手探りで調べた結果を説明している。
「この硬い土を削るか、ここに板を敷いて角度を緩くすればうまく抜け出せると思う。」
説明を終えると俺は立ち上がり、御者の男に話しかけた。
「このくらいの大きさの板はございますでしょうか。」
俺は身振り手振りで大きさを説明した。男は俺を睨み付けながら考え込んでいたが、急にしゃがみ込んで、足元の板を掴んでぐいっと持ち上げた。
バキッと大きな音を立て、御者の床の一部がはがれた。そして手ごろな大きさな板が手にあった。
「これで良いか?」
男はさっきまでのような荒々しい声ではなく、静かな口調だった。
「はい。ですが思い切りの良い方ですね。」
俺は男から板を受け取り、また後輪の前に座り込んだ。板をゆっくりと押さえつけて泥の中に沈み込ませる。そして車輪とせり上がった硬い土に乗せ傾斜を緩くした。
「できました。」
俺の声で、御者の男は馬を引く男に声を掛けた。
「12号!引っ張れ!」
俺も6号と一緒に荷台の後ろに回り、荷馬車を押した。
「力を合わせましょう!せいや!せいや!」
俺の掛け声に合わせて、屈強な男が馬を引き荷馬車を押した。
そして、馬車の車輪はゆっくりと泥濘から引き出された。その瞬間、俺と6号は泥まみれの身体で抱き合って喜びを分かち合った。
「小僧!」
不意に御者座から俺を呼ぶ声がして、俺と6号は我に返った。6号は俺に跪き、俺も6号に会釈をしてから御者の方へ向かった。男は泥まみれになった俺を睨み付けた。…でもさっきのような怒りを纏った雰囲気はない。
「…小僧、まずは礼を言う。お蔭で助かった。」
「困っている人には手を差し伸べよ…父の言葉に従ったまでです。」
「ふむ。小僧はなかなかよい教育を受けている様じゃな。……名はなんと言う?」
「ハウリングスと言います。この先の村からやってきました。」
俺は丘の向こうを指して答えた。
「ふむ、開拓村の者か。何しにここへ?」
「はい。冒険者になるためにアルデガンドの街へ向かう途中です。」
「ほう、冒険者に……じゃが、それにしては手荷物がなさすぎじゃが?」
「はい…実は食い扶持を減らすために無理矢理追い出されたもので……。」
これは俺は喋っていない。俺の肩に乗るグレムが俺の声色で喋りやがった。……いや、こいつが喋るってことは、そう言う設定だということか。
「ほう…小僧のような聡い子を追い出すとは、あの村もそれほど持たぬな。追い出されたと言うことは、お金も持っておらぬのか?」
「…はい。」
「それでは街には入れぬぞ。街の住人ではないものは、城門を潜るのに身分保障税を払う必要がある。」
「そ。そうなんですか?」
やはり異世界あるあるの城門編だったか。無一文でいけば門番と押し問答の末、牢屋にぶち込められてバッドエンドだったわけだ。…俺の場合はそうなる前にコイツに落雷を落とされるんだだろうけどな。俺はちらっとグレムを睨んだが、グレムは何食わぬ顔であらぬ方向を向いてフワフワ浮いていた。
「ふむ。これも何かの縁じゃ。小僧、このままこの馬車で進めば、夜には街に到着する。夜は門が閉まってしまうが、朝になれば儂と一緒に街入ろう。もちろん、身分保障税は儂が払う。」
「そ、そんな商人様にそこまでして頂くのは…」
「その代わり!冒険者として大成したならば儂を…ベイルロイド商を贔屓にしろ。」
「え?僕はまだ冒険者にもなっておりませぬ。」
「明日にはなるのであろう?」
「ですが、大成できるかなどわかりませぬ!」
「儂も領都とアデルガンドで名を成している商人じゃ。見る目は持っているつもりじゃ。…ハウリングスと言ったな。これは儂なりの先行投資と考えておる。どうであろう?」
俺は『ベイルロイド商』と名乗った男を見た。年齢は30代だろうか、濃いひげを生やしているのでもう少し上に見える。見た目は名のある商人に見えなくもない。だが、名のある商人がどうしてこんな少人数で旅をしているのかが想像できない。俺は肩にのるグレムをチラ見した。グレムはそれに気づきニンマリした。
「彼は新興の商人だね。まだ贔屓の冒険者がいないんじゃない?」
グレムの声が頭に響く。俺はコイツの言った意味が解らなかった。
「名のある冒険者はいい武具を使うから。その武具を取り扱う商人となると冒険者が活躍するだけでいい宣伝効果を得られるらしいよ。」
なるほど。この世界では冒険者と商人との間にそういう関係もあるのか。…こういう世界設定的なことはある程度教えてくれるんだよな、コイツは。
で、どうするか。ここはとりあえず「NO」で回答することにした。だって、間違ってても死に戻りでやり直せるし、今のうちに間違っておく方が楽なような気がした。こう考えてるのは、「YES」と答える方が正解だと思っているんだけどね。
…で、
「無一文の君が、街に入れる機会をあえて棒に振るその行為!!天が許してもこのグレムは許せん!食らえ!【死の落雷】!!!!!」
さっきよりもキツイ落雷。俺はまともに食らった。全身の血管から血が沸騰するようなボコボコする感覚で激痛が走り、暗転した。
殺されるだろうと思っていたが、「NO」の返事の次の瞬間に落雷を落とすとは思わなかった。
グレム君、ちょっと沸点低すぎじゃね?
雲一つない青空と雄大な自然の地形が視界を覆いつくす。………さすがに5回目となるとこのくだりももう飽きてくる。俺は商人に会うところまで、淡々と話を進めた。
ゲーム開始特典の特別ガチャは、
【ちゅうとりある】
【魔具:身代わりのクマ】
【魔具:聖回復薬】
となった。
【身代わりのクマ】は死に結びつく攻撃を受けた場合に1回だけ身代りになって死んでくれる魔具だ。とーぜん、グレムの【死の落雷】は身代り機能は発生しないと言われた。
【聖回復薬】は回復系の最上位アイテムで死以外の状態異常も含めて完全回復するそうだ。
うん…今回は大外れだね。どっちも現時点の俺には全く必要がない。
でもって、ゲームスタート。歩いて街に向かい、丘を越えたところで商人が立ち往生しているところに出くわして、泥だらけになって泥濘から脱出。さすがに2回目ともなると、6号と喜びを分かち合う行為はちょっと照れがあったよ。
「ふむ。これも何かの縁じゃ。小僧、このままこの馬車で進めば、夜には街に到着する。夜は門が閉まってしまうが、朝になれば儂と一緒に街入ろう。もちろん、身分保障税は儂が払う。」
「そ、そんな商人様にそこまでして頂くのは…」
「その代わり!冒険者として大成したならば儂を…ベイルロイド商を贔屓にしろ。」
「え?僕はまだ冒険者にもなっておりませぬ。」
「明日にはなるのであろう?」
「ですが、大成できるかなどわかりませぬ!」
「儂も領都とアデルガンドで名を成している商人じゃ。見る目は持っているつもりじゃ。…ハウリングスと言ったな。これは儂なりの先行投資と考えておる。どうであろう?」
これでさっきの分岐点まで来た。俺はチラリとグレムを見た。奴は俺を睨み付けてる。…これ、完全に前の記憶をもってるでしょ。目が「YESを選択しろ」って云ってるように見えてしょうがない。
「…わかりました。正直、ここまで商人様に甘えさせて頂くのは気が引けるのですが、このご恩…必ずお返しいたしますので、宜しくお願いいたします。」
俺は頭を下げた。グレムはにっこりとした。相変わらず正解に進むと腹の立つ笑顔を向ける。
馬車は、日が暮れてから城門に到着した。既に門は閉められており、門番が門の上から松明を掲げてこちらの様子を窺っていた。
「領都より商用で参ったベイルロイド商だ。翌朝の開門までここで待たせて頂く。」
商人が門番の男に声をかけると、門番から了解した旨の返事があり、俺達は馬車の中で一晩を過ごすことになった。朝までは6号と12号が見張りをするらしい。俺は商人の男と荷台の中で幾らか話をしてから寝た。
ゲーム世界での睡眠は一瞬だ。寝ると決めた瞬間に暗転し、次の瞬間には朝になっている。寝つけないとか、嫌な夢を見たとか、そういうのはないようだ。
で、商人からは銀貨20枚の束を2本貰った。この世界の貨幣は全て穴が空いている。紐を通して束ねやすいようにしているそうだ。で1つの束は暗黙の了解的に20枚となっているようで(どっかで見た設定だが…)それを2本くれたのだから40枚。ただ価値がわからなかった。さり気なくグレムに貨幣価値について聞いてみたが、そこは自分で調べなさい的な回答だった。そこで俺も「ああ、自分で調べるよ!」と云って、貰った銀貨を一旦商人にお返しした。
「商人様、小用を思い出しました。直ぐに戻ります。」
そう言うと、グレムが騒ぐのを無視して、城壁沿いに歩いて行った。
街の外観はどうやら城壁で覆われているらしい。高さは10メートルくらいか。壁の上は人が通れるくらいの幅があるようで、早朝にも関わらず、何人かの兵士が何度も壁の上を行き来していた。
「街に入らないの?商人さんが怒っちゃうよ!」
グレムは俺の後ろで既に4回目の戻ろうよコールを掛けた。俺はグレムをチラッとだけ見る。だいぶん慌てている表情だ。後2~3回したら、【死の落雷】が来そうだ。その前に城壁を見て回ろう。
俺は殺されることを前提として、商人と離れて城壁沿いに歩いて行った。そして商人と1泊した城門のちょうど反対側の位置にもう一つの城門を見つけた。大きさも変わらない。つまりこの町は大きな一般向けの出入り口を2つ持っている中継街的な位置づけを持っていると判断した。
だが、そこで時間切れとなった。
怒りの表情に変わったグレムに【死の落雷】を浴び、またしても血液を沸騰させて暗転した。
今回は死に戻り前提でいろいろ行動した。だって特別ガチャがあまりにも外れすぎたからやる気でなかったし。
今回グレムのことでわかったことは、
死に戻り前の記憶を持っている。
死に戻り前の記憶については知らないふりをする。
正解の道筋を選択すると微笑む。
このゲーム…かなり無理ゲーな気がする。俺がいらんことをしているせいもあるけど、まだ冒険者になってもいないのに5回も死んだ。チュートリアル中に死ぬって…ありなのか?
……ん?
暗転した視界の右下に★が見える…。
何だこれ?
ハウル:なんだよ!その【死の落雷】って!
グレム:僕専用のスキルだよ!
ハウル:それは聞いた!
グレム:じゃ何を聞きたいの?
ハウル:何で俺に掛けるの?
グレム:だって、そのためのスキルだもん。
ハウル:・・・(怒)