0-2 落雷
グレム:ハウルはくじ運がいいとか思ったことない?
ハウル:・・・いや?
グレム:・・・そう・・・ガチャに興味がないとか?
ハウル:そんなわけねえだろ!・・・あ!これどうやって課金するんだ?
グレム:カキン?
ゲーム開始特典の特別ガチャは、
【ちゅうとりある】
【弱化耐性.3】
【槍術.2】
となった。
【ちゅうとりある】以外は前回とは異なる。因みに【弱化耐性】とは自身の能力減衰を招く状態異常に対する耐性スキルで、数字が大きい程状態異常になる確率も状態異常時の減衰量も低くなるスキルで耐性系スキルの最上位ではあるが希少スキルではないそうだ。
【槍術】はその名の通り“槍”に属する武器を扱った場合に補正が付くスキルで、数字が大きい程補正値も大きくなるらしい。また『名器』(さっきの【名刀:阿修羅】のように『名~』と付く武具)以上を装備する場合はこのスキルが必須になるそうだが、これも一般的なスキルだった。
要するにハズレである。ならば今調べられることを調べてサッサと死に戻りでやり直した方が得策と考え、俺はまた街に行かずに周辺探索を行った。
まずは右手にある草原。藻の匂いがするので川があるかもと考えていたが、予想通り小川が草を掻き分けるように流れていた。俺は小川を覗き込み、生き物がいないか見て見る。だが目に見える生き物は発見できなかった。次におもむろに川の水を飲んでみた。藻の香りが少しするが飲めない味じゃない。特に舌に刺激も感じられないことから、飲み水として有効だと判断した。…グレムがうるさくなり出したので一旦道に戻り、持ち物を確認する。…何もない。いや、設定上冒険者を目指して村を出て来たのなら、何か持っててもおかしくないと思うが、お金も持ってない。…いやそもそもお金って概念が無いのかもしれない。
「ねえグレム。この世界には『お金』ってあるの?」
いつまでたってもココを動こうとしない俺に明らかに苛立っている素振りを見せ、グレムはそっけなく答えた。
「あるよ。金貨、銀貨、銅貨。街に行ったら見られるよ。」
簡潔に言い切ると、身近に腕を組んで頬を膨らませ、これ以上の会話を拒絶する態度を見せた。仕方がないので街の方に向かって歩き出すと、フッと表情を和らげ俺の斜め後ろをふわふわと浮きながらついてきた。
「街にはたくさん人がいるんだよね。僕、ハウル以外の人はまだ見たことないんだ。」
あまり意味の無いような会話に聞こえたが、とりあえず何かしらの情報を引き出すために話を合わせてみることにした。
「魔物は見たことあるのかい?」
「ないよ。」
いや、さっき俺は魔物に殺されていて、コイツはそれを見ている。死に戻りで覚えてないのか、知らないふりをしているのか。これだけでは判断できないな。
「僕が召喚するまではどこにいたの?」
「妖精界っていう場所。妖精たちはそこから召喚されるんだ。」
「へえ、じゃあグレム以外にも妖精はいるんだ?どんな妖精がいるの?」
「教えられない。」
…これはダメなのか。でも、他にも妖精がいるってことは収穫か。また話題を変えるか。
「お腹すいたね。食べ物持ってない?」
「持ってないよ。妖精は食料を必要としないんだ。」
「へぇ~。じゃあ木の実とか食べられそうなものを探したいんだけど、どこを探したらいい?」
「教えられない。」
これもダメ?となると、採取系の依頼とかでは役立たずじゃん!
「じゃ、一旦村に戻って、食べ物とかお金を取りにいかないと!」
俺は身体を反転させ、元来た道を戻り出した。
「あ!そっちは街とは違う方向だよ!」
予想通り、目的地とは異なることを指摘する。ある程度ナビとしては使えると思っていいのか?俺はグレムの声を無視して森の入り口まで走って行き、今度は慎重に森の奥を確認する。ゆっくりとした足取りで森に入り、左右にも注意を払いながら奥へと進んだ。
「ねえ、街とは違う方向なんだから戻ろうよ!」
相変わらず、グレムは戻れコールを繰り返したが、俺はまた無視した。そして俺が殺された場所を通過する。慎重に左右を確認しながらゆっくりと奥へ奥へと進んだ。
だが不意に胸に激痛が走り、俺は後ろから大きな手で持ち上げられた。見ると伸びた爪が俺の身体に食い込むくらいの強いチカラで腰の辺りを両手で握られており、その手の肌の色からして、一目で人間のモノではない事を認識した。
「ぐわぁあ!」
俺は激痛に顔を歪めながらも何とか後ろから持ち上げる魔物を見ようと首を後ろに捻った。
巨大な狼の顔。そして涎を垂らした口が俺に近づいていた。
「グルゥゥゥ…!」
唸り声を上げて狼の顔がだんだんと俺に近づき、それに従って俺の恐怖心が膨れ上がる。これヤバい!食われる体勢だ!必死に逃れようと暴れたが、俺の身体を握りしめる奴の手に更に力が籠められ俺は悲鳴を上げた。そして気づくと俺の顔が狼の口の中に入り……がぶっと上半身を喰われたところで視界が暗転した。
“貴方は森の中で魔物に襲われ死亡しました。”
気がつくと、壮大な風景が見の前に広がっていた。
雲一つない青空と雄大な自然の地形が視界を覆いつくす。
吹き抜ける暖かな風が肌にあたり心地よさを感じさせる。
草木の放つ自然の香りが俺の鼻を刺激する。
鳥の鳴き声が何度も耳にこだまする。
最初の地点だ。
二回死んでわかったこと。
死ぬと、五感が失われて次の瞬間には最初の地点に戻るが、死ぬまでは五感がはっきりしており、痛みも激しく伴う。
「…この先、何度か死ぬ場面があるんだろうな…そん時はあっさり逝った方が精神的に楽かも。」
さっきのはきつかった。爪が身体にぐいぐい食い込んで、その痛みは尋常じゃない。
“フェリアロードの世界へようこそ。貴方はこの世界の住人で未来に夢と希望を求めて冒険者を目指すヒト族の若者です。この世界にログインした貴方の本体はご利用の端末の前で専用ヘッドギアから放射された特殊な電磁波により脳内催眠の状態にあります。本体側の状態については、ヘッドギアを通じて運営側に随時通知されておりますので、どうぞご安心してこのリアルな世界を五感で体験してください。”
メッセージウィンドウから前と全く同じメッセージが流れる。…このメッセージウィンドウでのアナウンスは多分何回やっても変わらないんだろうな。俺はメッセージを流し読み、特別ガチャを出現させ、リールを回した。今度は右側のボタンを押す。
ぱんぱかぱーん!
既に聞き飽きたファンファーレと共に、ヘンテコ生き物の絵が飛び出し、俺の前で実体化した。
これで確定。ガチャの1回目は必ずヘンテコ生き物。
“貴方は特殊スキル【ちゅうとりある】を取得しました。【ちゅうとりある】の能力が発動し、貴方だけの妖精が実体化しました。”
同じメッセージが流れ、それに合わせて妖精が喋る。
「初めまして、僕は君の【ちゅうとりある】によって生み出された妖精!君だけにしか見えない相棒だよ!…僕についての説明が欲しい?」
俺は首を振る。
「そっか。じゃあ僕に名前を付けてよ。」
俺はちょっと考えて前とは違う名を口にした。
「ドラン」
「…却下します。」
ぁあ?…却下ってなんだよ!
「ビスマルク」
「却下します。」
出現した瞬間の愛くるしい表情は失せ、冷めた目で俺を見る妖精に俺はイラッときた。
「…ベンゼン」
「却下。」
「アトム」
「却下。」
「アスタロト」
「却下!」
「サイゾウ」
「却下!!」
奴の却下コールの語尾が荒々しくなった。どうやらやつもイラついているようだ。たぶんだが、最初に付けた名前以外は却下されるんだと思う。意地を張って違う名前を言い続けるのもいいが、不毛なのでここは折れてやろう。
「グレム」
案の定、妖精の表情が変わり、うれしそうにした。だが俺は見逃さなかった。『グレム』の名を口にした瞬間、「ちっ」と小さく舌打ちしていたことを。間違いなくコイツは『グレム』という名前だけを待っている。
「いいねぇ。気に入った。僕の名はグレムだ。宜しく!…て、えーと、君の名前は?」
グレムの目は明らかにつまらんことをするなよという脅しの表情を見せて俺の名前を聞いてきた。
「…ハウリングスだ。…文句はないだろ。」
投げやりな返事にまたもや一瞬だけ眉をひそめたが、直ぐにニカッと笑顔に戻して手を出した。
「宜しくハウル!」
そしてすぐさま俺の名前を短縮形で呼んだ。
ゲーム開始特典の特別ガチャは、
【ちゅうとりある】
【補正強化.9】
【鑑定.1】
となった。
【補正強化】は【刀術】とかの特定武器補正のスキルで補正される値が更に強化されるスキルだ。スキル自体は希少ではないが数字が『9』と最大値だそうで当たりだ。
【鑑定】は字のごとく人や物の詳細を調べるスキルだ。希少スキルではないが俺的には当たりと思った。早速、目の前のグレムを鑑定した。
【グレム】(妖精)
【ちゅうとりある】の能力で妖精界から召喚された特殊妖精。
…俺は自分自身を鑑定した。
【ハウリングス】主人公
LV1。16歳。
「こ!こんだけ!?もっとないの!?」
俺はあまりにも情報量の少ない鑑定結果に思わず大声を出してしまった。
「…当然じゃん?熟練が『1』なんだし。」
ああそうね!見たらわかるよ!わかってる!わかってるが、腹が立つ!!『1』がこんなにも貧弱だなんて誰も想像つかないじゃん!
「ここの数字って上げられるの?」
「上げれるよ。何回も使用していれば自然に上がっていくからね。でもどれくらい使えば上がるかは僕もわかんないよ。」
お!俺ナイス!これは有益な情報だ。数字さえあげれば細かく鑑定できるはずだ。そうすれば俺はいろんなところで有利になる。よし!では街を見て見ようか。今から走れば陽があるうちに街に着けるはずだ。
「よし!グレム!街へ行こう!」
「やった!行こう!」
俺の道筋通りの行動にはコイツは笑顔を向けてくる。イラッとするがわかりやすいからここは我慢だ。俺は全速力で丘の向こうへ道なりに走った。
「え!?ちょ、ちょっと何で走るの!?」
一瞬にしてグレムの表情が変わり、俺の行動を否定する物言いになる。こんな時は俺の行動が間違っている時だ。俺は走ることは止めず、これまでの会話を思い出す。
“今からこの道沿いに歩いて行けば、夕方には街に辿り着くので中に入って冒険者ギルドに行って下さい。冒険者ギルドでギルドメンバーの登録を行えば、貴方はアルデガンドの冒険者となります。”
確かナレーションではこう言っていた。…つまり歩いて行けと。それを走って行ったらどうなるか?…やってみよう。
「待ってよ!走ったら危ないよ!」
後ろからグレムが俺の行動が間違っていることをぼかして言いながらフラフラと飛んでついて来る。…おそらくこのキャラは正解を言うことはせず、間違っていることもやんわりと指摘する。嘘は言わなさそうだ。
俺は仮説を立てる。
俺はより良い結果を得られるために自分の中で何度も様々なケースで検討を繰り返し、最善と思われる選択をするために考えるのがすごく好きだ。今のところ、死ぬことによるペナルティがなさそうなので、死ぬ間際の痛みさえ我慢すれば、今のうちにいろいろ実験してこのゲームの仕様を理解しておくのは有益だろう。
で、まずこのグレムの特性を調べる。今わかっている事は、
・正確な道筋を言わない
・主人公の言うことを聞くわけではない
・教えてくれることと教えてくれないことがある
・「グレム」以外の名前は受け付けない
・正解の行動をとると笑顔になる
・死に戻りの前の出来事を覚えている気がする
こんなところか。で、まずは『道筋を外れて行動した場合にどういう結末になるのか』と『俺の活動限界について』の2つを調べる。前者は既に2回強力な魔物?によって瞬殺されている為、道筋を外れることによるバッドエンドは『死』であると考えている。だが、どういう死が待ち構えているのかをもう少し調べれば死を回避できる可能性があるかもしれないし、このグレムがうるさく言う『誤ルートアナウンス』の有効性も調べたい。後者は、単純に強化系スキルを持ってない状態で俺がどこまで活動できるか知っておきたいと思ったからだ。まずは走り続けてどこまで体力が持つか知っておきたい。
「待ってよ!走ったら危ないから!ゆっくり行こうよ!!」
俺はグレムの言葉をしっかりと耳に残しながらも無視して走り続けた。丘を駆け上がったところで左手から別の道が現れ、俺の走っている道と合流していた。
「こっちへ行くとアルデガンドの街があるけど、休憩した方がいいよ!」
グレムが街の方向を示した。だが、その後の言葉が変わった。『歩け』から『止まれ』になった。俺はその意味が気になったが、自分の体力がまだあまりある状態だったため、またグレムの言葉を無視して街に向かって駆け下りた。
「待ってよ!僕疲れたよ!休憩しようよ!」
グレムが止まるように言っているが俺は無視した。そのまま丘を駆け下りていく。丘を降りきったところは湿地帯になっているのか、左右には水草のような植物が生えており、道もぬかるんでいた。俺は歩幅を小さくしてぬかるみに足を取られないように湿地帯を通り過ぎた。既に1時間ほど走っているが、俺に疲れはない。ゲームの中の俺はなかなか体力はあることを確信している。後はどれくらいで限界を迎えるかだ。相変わらずグレムがはるか後方で吠えているが、もう既に地平の先に街と思しき建物が見えている。俺は速度を上げて走った。これなら2時間くらいなら走り続けても大丈夫だ。
「止まってよ!止まらないと大変なことになるから!!」
グレムの姿は既に見えないが、言葉は直接脳に響く。はっきり言って鬱陶しい。間違ってるのはわかってんだ。そう何度も忠告は不要だ。既に街は見えている。
…だが何故グレムは警告しているのだ?このままでは俺は街に入れないということか?俺は走りながら街に入れない理由を考えてみた。
・俺の身元が不明だから入れない
・俺が無一文だから入れない
・俺が走っているから入れない⇒これは却下
・俺の能力が異常で入れない⇒異常の定義が不明
こんなもんか。たぶん身元か、金だ。異世界あるあるで町に入る際のちょっとしたイベントだ。このゲームにもあると思われる。
「ねえ!ホントに待ってよ!」
…五月蝿いな。騒ぐしか能のないくそ妖精め。
そう毒づいて後ろを振り返ると、グレムの姿は何処にもなかった。首を傾げ前に向きなおると…少し先にグレムがフワフワと浮かんでいた。
突然、はるか後方にいたはずのグレムが目の前に現れる。俺は慌てて足を止めた。グレムは俺を見てニンマリと笑っている。さっきまで慌てた表情で俺に向かって叫んでいたのに。…何かヤバい。
「……僕が散々警告してたのに、君は全部無視してしまったね。お蔭で僕の固有能力が発動したよ。」
グレムは短い腕を空に掲げた。途端に辺りが薄暗くなった。
「僕の固有能力…【死の落雷】。主人公が道筋を誤った時に命を奪うための、僕だけの能力。」
俺の頭上に沸き起こった黒い雲がゴロゴロと腹に響く音を鳴らせた。俺は反射的にグレムに背を向けた。逃げるべきだ。そう直感した。
「この能力から逃れる主人公はいない!」
グレムは掲げた両手を一気に振り下ろした。
「うぎゃっ!!!」
俺は全身が黄色く発光した感覚を受け、次の瞬間激痛が全身を襲ったのだが、直ぐに視界が暗転した。
俺は落雷を浴び、一瞬にして全身が内側から焦がされた。
グレムは…リセッターの役割も持ってるんだ。
俺は薄れゆく意識の中で、グレムの扱いを正す必要があることを認識した。
グレム:リセッター・・・?
ハウル:意味わかる?
グレム:わかんない。
ハウル:説明してほしい?
グレム:ううん、いらない。
ハウル:・・・。(怒)