1-3 制約
ハウル:はあ…20回記念ガチャだよ。
グレム:?
ハウル:ああ、そうかここではお前はいないんだったな。
グレム:ねえねえ何?面白い事?
ハウル:お前には教えねぇ!
グレム:いいよ、他に面白いことあるし。
ハウル:……な、なんだよ、他って?
グレム:あばばばばばばばば!
ハウル:俺に落雷することかよ!
“死亡回数が20回になりました。貴方が所有する固有能力【褒美のガチャ】が発動します。”
……★マークが4つ並んだ。
そうか…。死亡回数が10回加算されるたびにスキルが発動するのか。……嬉しいやら悲しいやら。
暗転した世界で、俺の目の前にガチャスロットが現れた。リールは3つあるが真ん中の1つだけが回っており、ボタンを押せとばかりにドラムロールが鳴っている。…前回と同じだ。
俺が暗闇に光る停止ボタンを『押せ』と念じると、音に合わせてリールが停止し、ハートマークがむくむくと大きくなる意匠が表示された。
“貴方は【治癒魔法.1】を取得しました。”
なんと!
これは当たりではないのか!?
俺のテンションは一気にあがった。ファンファーレが鳴り止み、セーブポイントから復活して、すぐさまグレムに話しかけた。
「やった!セーブポントができっととと、何?何?急に起き上がってどうしたの?」
「【治癒魔法】ていうスキルはどんなスキルだ?」
「え?え~と…。魔力を消費して傷を治す魔法だよ。珍しいスキルだから重宝されるよ!」
そうだろ、そうだろ!俺もそうじゃないかと思ってたよ。しかも記念ガチャで手に入れたやつだから、死に戻りしても失うことは無い!これはいいぞ。うん、いい。よし、やる気も出てきた。
俺は足取り軽くギルドへと向かい、爆乳エルフ姉さんと会話して、依頼を受注し、ナイフを貰って街を出た。
今回は薬草採取をやる!そのためにお姉さんから採取場所も教えてもらった。そこの乗合馬車に乗れば、薬草が自生する湿地に到着するらしい。俺は城門を出て、そそくさと乗合馬車の待合場へと向かった。
「え!?馬車に乗るの!?わーい!」
予想外にもグレムははしゃぎながら俺についてきた。……これはどういうことだ?俺は疑問に思いながらも馬車を待ち、やって来たオンボロの馬車に乗り込んだ。
「ボロボロだね。こんな馬車だと魔物に襲われたらあっという間に壊れちゃうね。」
俺以外には聞こえないグレムの声は、何かのフラグを予感させる。俺は不安な表情で目的の湿地に到着できることをひたすら祈った。
「…坊主ども。到着したぞ。」
御者の合図で、乗っていた若い冒険者が我先にと馬車を降りて行った。俺は余計なトラブルに巻き込まれないよう最後に馬車を降り、目の前の湿地帯を一望した。
それは香木を採取する森の端が遥か先に見え、その手前に池があり、さらにその手前が湿地になっており、俺と同じくらいの高さの草が生い茂っていた。
「坊主、ここは初めてか?」
どうしたものかと立ち尽くしていると、御者に声を掛けられた。
「これと同じような草がこの湿地に生えている。その草の緑色の葉だけを摘んでくればいい。但し、陽が真上に来るまでに戻って来いよ。」
そう言うと奇妙な形をした発破を俺に渡してくれた。俺はまじまじとその葉っぱを見て形を目に焼き付け、御者に返した。
「ありがとうございます。行ってきます。」
俺は元気の応えると、湿地へと足を踏み入れた。グレムは何故か楽しそうについて来ている。こっちへ行くのが正解なのかと訝しげながらも薬草を探した。
暫くして、目に焼き付けた形と同じ葉を見つけた。草を掻き分けると、同じ葉が当たりいっぱいに広がっていた。
「ハウル!やったね!いっぱい薬草が生えてる!」
グレムは生い茂る薬草をみて大はしゃぎしている。ますます俺は不安になったが、とにかく、緑色の葉だけをヘレイナ姉さんに貰ったナイフで切り取っていった。
どれぐらい時間が経っただろうか。【有限ストレージ】にかなりの量を詰め込んでいることに気づき、上を見上げた。…やべ!陽が真上に差し掛かっている!
「グレム!戻るぞ!」
慌てて俺は立ち上がって戻ろうとした。
「……ど、どっちだ?」
馬車から遠く離れていたせいで、どっちに向えばいいのかわからなくなっていた。俺は思わずグレムを見た。グレムは何かを察してくるっと背を向けた。
「グレム、馬車は何処だ?」
「………知らない。」
当然イラッとしたのだが、コイツにかまっていても仕方がない。俺はとりあえず右のほうへと走った。
そして、湿地を抜けたのだが、そこは見たことも無い場所だった。どうやら、方向を間違ったようだが、既に陽は真上を過ぎていた。俺は慌てて湿地に戻り来た道を戻ったが…。
キシャァアアア!!
途中で巨大な蜥蜴に出くわした。大蜥蜴は俺を見つけると、大きな口を開けてねばねばした舌を伸ばし、俺の身体に巻きつけた。
「うわ、くっさ!くっさ!何コレ?くっさ!」
俺は巻きついた舌から発する強烈な匂いにパニックになり、じたばたと暴れたが、逃れることはできず、余計に臭いに冒され嘔吐して倒れ込んだ。そしてそのまま大蜥蜴の側まで引き寄せられ、地面に叩きつけられた。
「ぐぐっ!」
俺はうめいたが、痛みと臭いで身体が動かず、湿地の泥にまみれてしまった。
「あ」
見上げると巨大な蜥蜴の尾が俺に狙いを定めていた。…死亡確定。願わくば痛みを伴わない死であることを咄嗟に祈る。だが、その希望はかなわなかった。
大蜥蜴の尾を叩きつけられ、俺は全身の骨が折れる音を聞いた。それが3回。あっさりと死んでしまえばよかったのに、俺は不運にもまだ生きていた。
「ぐ、ぐぅ……!」
痛みでまともに声を出すことできず、泥まみれで大蜥蜴を見つめた。大蜥蜴は笑うような仕草を見せた後、懇親の一撃を俺にお見舞いし、完全に動かなくなったところで、口から粘液を吐き出して俺にぶっかけた。
「ギャァアアアアアアアアアアアア!!!」
全身が焼けるような熱さを感じ、俺の肌はその粘液に溶かされて筋肉が剥き出しになった。もう痛みしか感じず、だが暴れることもできず、身動きしないまま徐々に溶かされていった。
そして俺の意識は途切れた。
……気がつくと俺はベッドの上だった。
「やった!セーブポントができたって!ハウル良かったね!……で、セーブポントって何?」
クソ妖精がお決まりのセリフを言ってはしゃいでる。だがそれにツッコミもいれず、俺はベッドに突っ伏して動かなかった。
…もう嫌だ。
痛い、熱い、苦しい、臭い。
何だあの大きすぎる蜥蜴は?どこから出てきた?…いや、どうでもいい。もういい。こんなクソゲーは願い下げだ。運営!俺は降りる!ログアウトさせろ!
心の中で思い切り叫んでみたが、誰も返事する事もなく、耳障りなクソ妖精の声だけが響き渡った。そんな雑音を気にせず俺はベッドに横たわったまま体はピクリとも動かさなかった。
「どうしたの?ハウル!早くギルドに報告に行こうよ!」
グレムの声に反応せず、俺は枕に顔を埋めた。
「…あれ?どうしたの、ハウル?早く行こうよ。」
「……。」
「???」
「…行きたきゃ、一人で行けよ。」
「どうしたの?」
「俺はもう嫌だ。」
「え?」
「もういい!こんな痛い苦しい思いしてゲームやりたかねえ!こんなクソゲー止めてやる!」
「言ってることがわかんない。どうしたの?」
俺の突然の激昂にグレムは心配そうな表情を見せた。フワフワと宙を漂って俺の側に降りてきた。うざい。俺は向きを変えグレムに背中を向けた。
「…ハウル……。」
背中から悲しい声が聞こえた。
「ログアウトするまで俺はここに居る。ギルドに行きたきゃひとりで行け。」
「君が行かないと…。」
「行って、依頼受けてまた殺されてここに戻って来るんだ。……痛い思いしてな。もうご免だ。」
「……。」
グレムは無言だった。やっぱりコイツは死に戻りの記憶を持っている。知らない振りしてやがる。クッソむかつく。
「続きは他のプレイヤーにやってもらえ。俺は止める!」
「言ってる意味がわかんないけど、ハウルじゃないとダメなんだ。…ハウルは英雄なんだ。」
「俺は英雄じゃねえ!…ただのゲーマーだ。てめえだってゲームの仕様に基づいて会話してるただのAIだろうが?」
「…意味がわかんない。」
「わからなくて結構。俺はわかってるから。」
「…ハウルは何もわかってない。君は僕の力を使って前へと進み、全てを知って英雄にならなければならないんだ。」
「俺が何も知らない…だと?」
俺はクソ妖精の言葉に怒りを覚え寝返ってグレムを睨み付けようとした。
だが振り返ったそこにあったのは、悔しさとも悲しさとも苦しさともとれる表情で、涙を流し、じっと俺を見つめるグレムであった。
グレムは何かを堪えるように両手の拳を握りしめている。それは怒りというより悔しさを滲みだしていた。
その姿に俺は何も言えず、じっと見返すしかなかった。
コイツはゲームの中では、アドバイザーでナビゲーターでリセッター。だがこいつにはそれ以上の感情を俺に対して持っているように思える。…最初は仕様に基づいた感情に左右されないキャラかと思っていたが…違う。俺に喧嘩を売るし俺を憐れむし俺を見て苦しんでいる。
「……お前は何者だ?」
何気なく出た言葉にグレムは何も答えず視線を外して俯いた。溜まった涙が零れ落ち、ベッドに吸い込まれる。
「…お前は何を知っている?これはゲームなのか?俺はどうすればログアウトできる?何故俺は英雄になるんだ?どうすればエンディングなんだ?」
立て続けに質問したが、グレムは何も答えず俯いたままだった。この表情と態度から何かを知っている…そしてそれを言うことができない…だからその悔しさや苦しみが表情や態度に表される。
こんなことがAIにできるのか?そもそもゲームの仕様として必要か?
俺はコイツにある仮説を立てた。
こいつは何かしらの制約を受けて存在している。
こいつは何らかの目的を持って俺に接している。
今は全然わからんが、この先ゲームを進めて行けば何かわかるのかも知れない。…例えばラスボスとか、魔女の呪いで変えられた亡国の姫とか…。
…いや、この世界はゲームではない可能性も考えておこう。ゲームにしてはリアルすぎる。エフェクトとかがなさすぎる。痛覚が酷過ぎる。
よし、腹をくくるか。
「…グレム。お前の顔を見て割と冷静になれたよ。お前はお前で苦しんでいることがわかった。今は何も言えなくてもいい。…その代わり、ちゃんと導けよ。」
グレムは目を見開き俺を見た。表情がだんだんと喜びに変わっていく。
「ハウル!」
グレムは跳びあがって俺の顔に抱き付いた。モフモフが俺の顔中をくすぐった。コイツは俺にしか見えないのに確かに存在していると改めて思う。
「ギルドに行くぞ。」
「わーい!」
俺はグレムを抱えて部屋を出た。
ギルドへ到着し、爆乳妖艶エルフに宿名を伝え“依頼”の説明をうけて香木採取と薬草採取の依頼を受注し刃の短いナイフを受け取って街を出て馬車に乗り込む。着いた先で馬車の位置を確認しつつ薬草を切り取り、陽が真上に来る前に馬車まで戻った。
「全員戻ったようだな。よし、出発するぞ。…誰か香木の森で降りる奴はいるか?」
御者の質問に俺も含めて何人かの冒険者が手を挙げた。このセットで受注することは一般的なのかもしれない。そう思っていると、ぼろ馬車がガタガタと揺れ出した。そしてしばらく走ると馬車が止まり御者の声が聞こえた。
「着いたぞ。」
その声に若い冒険者が下りて行く。俺も後に続いて馬車を下りると、見覚えのある森の入り口だった。他の冒険者が我先に森の中に入っていく中、俺は入り口で森の奥をじっと眺めていた。見ている場所は、前に突発的な召喚が発生した場所。今回発生の瞬間をじっくり見てどうすればいいのかを観察するつもりだ。
「ハウル、香木を探しに行こうよ!」
当然、グレムが次の行動を促してきたが、想定通り。
「いや、今回はここで見る。あ、落雷はまだするなよ。」
「何言ってんの?そんなことより早く香木!」
グレムは言葉では急かしているが、俺の頭の上で俺と同じところを眺めているだけだった。今までのグレムにはない行動だ。
やがて陽が傾き始め、辺りが急激に暗くなった。来たとばかりに俺は森の奥を凝視する。
「グレム、何かが来るぞ。」
俺は頭の上の妖精に言葉を掛けたが返事はなく、それよりも状況が変わっていく目の前の森を注視することのほうが重要だったのですぐにグレムのことを忘れた。
やがて俺の【気配察知】に事態が変化していることを示す警告が鳴り、左上にメッセージが流れる。(これを見る限りゲームっぽく感じるが……。)続いてあちこちが騒ぎ出していよいよ何かが出現する気配を感じた。そして俺が凝視していた場所が淡白く輝いた。
ぐりん…。
いよいよと言う時に俺の視界は180度縦回転し、グレムの悲痛な表情が一瞬だけ逆さに見えた。
「……僕の、導きに従わ…ないと、こ、こうなるんだ。はぁ、はぁ…。」
既に視界は暗転しているが、グレムの声だけが聞こえ、やがて無音になった。…多分首を回転されたと思う。右下の星印「★★★★:」が見えて、自分の死を確認した。
しかし、直前のグレムの表情…すごく苦しそうな顔だった。あれは、何を意味するんだろうか……。
“どこからやり直しますか?”
“1.最初から”
“2.セーブポイントから”
俺は「2」を選択して、意識を取り戻す。
「やった!セーブポントができたって!ハウル良かったね!……で、セーブポントって何?」
お決まりのセリフでゲームが始まる。
俺はベッドから起き上がり、グレムを見る。グレムは俺の視線に気づかないのかキャッキャと騒いでた。
俺はグレムを無視して死ぬ前の状況を考察する。白い光は見えた。その位置も把握した。だがそれがどんな姿をしていたのか全く見えなかった。
俺はこれまでの自分の死について考察する。そう言えば、死ぬ直前に次のヒントになる様なものを得ることは無かった。おそらくこのグレムがいいタイミングで落雷を落としたりしてるんだろう。…だが今回は落雷ではなかった。それが持つ意味は…?
俺はグレムの行動について考察する。今回奴は俺に協力的だった。俺が観察する理由を理解し、言葉ではああは言っていたが、手を出そうとしなかった。なのに最後の最後でぐりんって…。
やはりあれもグレムの持つ制約みたいなものではないだろうか。アイツの意思に反して行動を起こしたという感じだった。
俺は突発的な召喚について考察する。どういうものかわかった。どこに出現するかもわかった。そして正しい道筋でない状態で発生するとその瞬間に死が待っている。…では正解は?
俺はあれこれ考えてみたが、思いつくモノはなかった。
「もう一回死んで見るしかないか。」
そう呟くと、はしゃぐグレムを連れてギルドへと向かった。
ギルドへ到着し、爆乳妖艶エルフに宿名を伝え“依頼”の説明をうけて香木採取と薬草採取の依頼を受注し刃の短いナイフを受け取って街を出て馬車に乗り込む。着いた先で馬車の位置を確認しつつ薬草を切り取り、陽が真上に来る前に馬車まで戻って森の入り口に送ってもらう。
「さて…。」
俺は一旦立ち止まり、グレムを見る。
「何してるの?早く行こう!」
やはり森の中に入るのが正解か。俺は周囲を見回す。そして森の上から突き出たひときわ大きな気を見つけた。突き出た木は黒く変色したように見え、葉もついていない。
「グレム、あの木はなんだ?」
俺は突き出た木を指さしてグレムに聞いた。
「うわあ、すごい木だね。何の木だろう?ハウル、行って見ようよ!」
……。まさかの正解。突発的な召喚はあの木の近くで発生したはず。ということはあの木の近くで何かをすればいい、と言う訳か。
俺は、グレムの言う通り森の中に入りひときわ高い木を目指した。外から見た時はそれほど遠くないと思っていたが、中から見るとどの木が高い木なのか全くわからなくなった。
「グレム、あの高い木はどれだ?」
「…知らない。」
そっけない返事。…いやそういう風にしか答えられないのかも知れない。俺は気持ちを落ち着けてゆっくりと進みながら慎重に1本ずつ木を見て回った。
「…あった。」
随分と歩き回ってようやく目的の木が見つかった。だが、森の中から見たその木は周りの木となんら変わりがなく、一見では見分けが付かなかった。
「下から見れば他の木と変わりがなく、葉も付いている。だが、森の外から見れば、飛び抜けて高い木で、葉がない。…これは上に登ってみるしかないか。」
俺は隣立する木々を上手く利用して木を登り始めた。周りで見ていた若い冒険者がクスクスと笑い始めた。そりゃそうだ。香木は通常土に埋まっている。それを着に登っていこうとしてんだから笑われもするだろう。
だが関係ない。なぜならこの木を登ることが正解の道筋だからだ。…その証拠にグレムが楽しそうについて来ている。何故この木を登ることが正解なのかがわからないのが不安なんだが。
……今にして思えば、グレムが俺の首を180度縦に回転させて殺したのは、俺に森の上を見ろと言うメッセージだったのかも知れない。
ハウル:お前は何を知ってて、俺に何をさせようとしてる?
グレム:……。
ハウル:答えられなのは何かの制約か?
グレム:……。
ハウル:…いいよ、そのうち俺が答えに辿り着いてやるから。
グレム:…すぴー
ハウル:寝てるのかよ!俺のシリアス返せよ!