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 それは夜、福岡に着いた貨物船からの荷降ろし作業後の事だった。

「な、なんだこいつら!」

 物々しい厳重な警備の中、突如下水からネズミの大群が現れた。

 湧き上がるように次々とネズミが飛び出し、積荷の入ったコンテナが立ち並ぶ現場で仕事をしていた数十人の作業員や警備員らへと襲い掛かる。

「くそっ、襲撃か!」

「このネズミども、何かに操られてやがる!」

「狙いは積荷か? 日本も物騒になったな!」

 甘い物にたかるアリのように、ネズミは次々と人間の足元からよじ登り、齧りつこうとする。

 だが警備会社から派遣された警備員もカカシのように棒立ちでいるわけがない。

「炎爆符!」

 ここに配備された警備員は全員魔法を扱う退魔術士である。その一人が術符を取り出し、力を篭めると符から大きな火球が迸しった。

 火球は地面に着弾し、ネズミの群れのどてっ腹に穴を空ける。

 それを皮切りに、警備員のチームが次々と反撃に移りだした。

「結界起動! 最優先で! 急げ!」

「だめです、浄化は効果がありません! 悪霊や呪術の類ではないようですね」

「精神系か? 一匹一匹相手にしてらんねえぞ!」

「フラッシュバーン注意!」

「うおっ、まぶし!」

「ネズミ相手にM84使ってんじゃねえ、このアホ!」

「他に障壁を張れるやつがいたら急げ! こいつら力は大した事ない! ただのネズミだ」

「おい、積荷は一品たりとも欠かすんじゃねーぞ!」

 湧き出すネズミの数は既に打ち止めとなり、大多数のネズミは積荷のコンテナを中心として起動した結界に弾かれた。

 結界の内側に入りこんだネズミも、陰陽師の猫の式紙によって次々と狩られていく。

 一先ず事態は沈静化できそうではあったが、肝心のネズミ襲撃の原因、首謀者が不明のまま。警備員らは気を引き締めたまま積荷の無事を確かめるため、コンテナの点検を行おうとした時だった。

「そこにいるのは誰だ!?」

「チッ」

 不審な何者かがコンテナの影にいた。

 そいつはまるで銀行強盗のように覆面を被り、手足の先まで全身くまなく茶色の服装に包んでいた。

 無論、警備員でこんな姿の者はおらず、あからさまに怪しかった。

「待て! ――うおっ!?」

 覆面の者はいきなり軽々と全長約6m、高さ約2.5mのコンテナを持ち上げ、振り回した。

 声を掛けた警備員は泡を食って地面に倒れこむようにしてコンテナを回避。頭上をアルミニウム製のコンテナが通り過ぎて行く。

 覆面の者はその隙にコンテナを片手に忍者のように跳び、街の方へと逃走した。

「コンテナが奪われた! 単独犯! 誰か!」

「何ぃ!? どこのコンテナだ!」

「い、イタリアからのです!」

「よりにもよって……いや、元々それが狙いか!」

 そこへ異変を嗅ぎ取った別の場所で待機していた二チームが駆けつけてきた。

 その片方のチームは道服姿の東城晴義(とうじょうはるよし)、軍事行動用に改造され、最小限のアクセントを加えた威圧感のあるスーツ姿のセドリック・ジョゼット・ド・フィリベール、兄と同じ改造スーツだが兄と違って細やかな細工と意匠が随所に施されどこか華やかなスーツ姿のクリストファー・ミレーヌ・ド・フィリベールの三人で構成されていた。

 彼らもまた警備の人員募集の告知が来たため、派遣で参加していたのだ。

「リーダー、何事ですか!?」

「東城か……ちょうどいい。コンテナが一つ奪われた! 東城チームと上野チーム、矢倉チームは至急追え! 目立つコンテナをそのまま奪って逃走している。あんなでかいコンテナを持っているんだ、夜とはいえ隠れるのも難しく、見つけやすいはずだ! 必ず無事に取り戻すんだぞ! 隠形の術に注意しろ! 井出上、お前は近くに仲間がいないか捜索!」

「はいっ! 東城チーム追跡開始します。リック、クリス、人間より夜目の利くお前らの目、頼みにしてるぜ。俺も占ってみる!」

「了解! 上野チームは犬の式紙で追跡します!」

「矢倉チーム、箒に乗って空から探ります!」

「行け! 互いに連絡を取り合うんだぞ!」


 貨物船が運んできたのはただの物品ではない。

 大半がマジックアイテム――不思議な力を持ち、使用すると超常現象が発生するというものだ。

 とはいえ今回の積荷の大半のマジックアイテムは大量生産の消耗品であり、質はそう高いものではない。低級の霊や魔物を退けるお札や聖水や銀弾といったものがせいぜいだ。マジックアイテムの(ランク)としては最低級であるF級の一つ上のE級或いはD級程度でしかない。

 だが、中に一つだけ別格の物が運び込まれていた。それがイタリアからのコンテナだ。

 それは非常に強い力を持つマジックアイテム、秘宝(アーティファクト)だ。何しろギリシャ神話の主神たるゼウスの力が篭められており、人の手に負えるものではないと言われている代物だ。

 とはいえ、影響範囲は狭く、せいぜいが数m四方程度で数人が限界。更にその効果自体も人命に関わるものでも、周囲に破壊的な被害をもたらすものでも決してない。

 だが、効果が及んだ相手の人生を確実に狂わせ、しかも解除が非常に難しいため、影響範囲と被害程度に対して本来はC級が妥当なそれは、破格のB級に指定されているという曰くつきだ。

 B級。

 それは伝説級であるA級の一つ前のランク。

 希少度の高い、文句なしの高級品に位置する一品である。


「例のコンテナ、B級の曰く付きがあったんだろ、相応の封印はされてるって話だよな」

「ああ、奪ってもそう簡単にコンテナを開ける事はできないはず……犯人も無茶するなぁ」

「この前オークションですごい大金で競り落とされたんよね。それを奪うなんてお金目当て……なのかなぁ?」

 B級のマジックアイテム、それも神の力を秘めた物となると捨て値で裁いても軽く数千万はする。

 今回のオークションでの落札価格は億超えだ。

「他のチームもまだ見つけていないみたいだな」

 リック達の耳の無線からは未だ捜索中の応答しかない。

「俺の卦の実力だと、方角だけしか分からないからなぁ……しかも当たる確率もそんなに高くないし」

「でも、上野さんのチームの犬もボクらと近い方角を追ってるよ」

 各チームがそれぞれの能力を駆使して覆面の強奪犯を追い、ほどなくして。

「いたっ! 1時の方向、300m!」

「お、でかしたクリス!」

 すかさず晴義が無線を手に取った。

 覆面の強奪犯は如何なるマジックを使ったのか、強力な封印を張られていたはずのコンテナの胴体に大きな穴が開いていた。

「こちら東城チーム。目標のコンテナ発見、位置知らせます。至急急行されたし! クリス、信号弾上げろ!」

「はいっ!」

 クリスが腰から筒を一つ抜き取り、夜空へと向ける。

 眩い発光体がわずかな時間、港を照らした。

「周囲に人影無しです」

「くそ、コンテナの中身は無事か!?」

 未だ覆面の強奪犯はコンテナの中で物色しているのか、それとも既に逃亡済みなのか。

 クリスをバックアップに残して、リック、晴義の順でコンテナへ駆け寄る。

 すると。

「ぐっ、鼻のいい奴らめ!」

 覆面男が丁度コンテナの穴から出てくる所だった。小脇に西洋人の雄々しい髭面オッサンの神像を抱えている。

「これは! これは僕の物だ! 僕の夢を叶えてくれる希望だ! 絶対に渡すものか!」

 覆面男の喚きを無視して晴義とリックが拘束すべく各々の得物を抜き放つ。

 晴義は偽・風伯鞭を。リックは備前小反秀光の大刀を。

()ッ!」

 晴義が風伯鞭を振りかざすと、三つの爆風が一直線に突き進む。

 当たればトラックも真っ二つに折って吹き飛ばす風の大砲だ。

 内、真ん中の一つは前方を走るリックの背にぶち当たるも、リックは慣れた様子で上手く風に乗り、一気に加速した。

「!」

 急加速による不意打ちの一太刀。晴義との連携の一撃は、横から飛び込んできた真紅のネズミによって弾かれた。鋼鉄板すらぶった切るリックの大刀がだ。

 ぶつかった両者が共にダメージを受け、勢い良く中空を吹っ飛んだ。

「なんだこのネズミ、デカッ!? 大型犬以上はあるぞ」

 痛みに眉目秀麗な顔をしかめつつ、空中でくるりと一回転したリックは無事着地。

 リックが顔を上げた時、大型ネズミは既に体勢を立て直していた。晴義の放つ凶悪な風をチョコマカと掻い潜り、猛スピードの頭突きを晴義にお見舞いする。

 遠く吹き飛ぶ晴義。

「こいつ強ぇ!」

 覆面男はその隙にネズミと共に逃亡。狙撃のために隠れているクリスの方向へ走り出した。

「クリス!」

 兄の叫びに、クリスは深呼吸の後、口元を引き結んでMP5の引き金を引いた。

 短機関銃の銃口が火を噴き、バーストショットでショックウェーブの魔弾が数発ずつバラ撒かれるが、大型ネズミはそれらを全て体一つで受け止める。驚異の頑丈さだった。毛皮に仕掛けがあるのか、或いは障壁展開など何らかの魔法による効果か。

 クリスは片手でMP5を扱いながら腰に差していた四丁の拳銃の内、一つの拳銃を素早く取り出し、発砲。こちらは地面に弾痕を穿ち、その二点が線で結ばれ、障壁が立ち上がる。障壁の魔弾だ。

「嘘!?」

 だがその障壁もまたネズミの頭突き一つで弾けとんだ。

 幸い障壁で一度ネズミの足が止まったため、そこへ再び晴義とリックが殺到した。

「伊達に、B級の移送品を強奪しようとする命知らずなだけはあるか!」

 風がうねり、白刃が踊る。

 覆面男と大型ネズミの抵抗が激しくなる。

 壁や道路、電柱などをあちこち破壊しながらも、なんとか三人は覆面男らの逃亡を阻止していた。

「いよっし! こっちのネズミは任せろ!」

 そして、晴義が大型ネズミと覆面男との分断に成功し、二手に分かれた時だった。

 スタミナがないのか、呼吸がし辛いのか、見るからに息を荒げてヘバってきた覆面男はリックとクリスのペアを前に焦りを露にして叫んだ。

「くそっくそぉ! 増援もすぐ近くに来ているし、もはやここまで!」

 突然、後生大事に抱えていた神像を高らかに掲げた。

 嫌な予感がしたリックとクリスは慌ててそれを阻止しようと飛び掛かろうとするが、間に合わない。

 晴義も離れた所で大型ネズミを押さえつけるので手一杯だ。

「もう捕まるのは諦めよう。だけど、これだけは! 目的だけは達成してみせる! さぁ、その力を今ここに――!」

 覆面男が神像を掲げた腕とは別の腕で素早くスタンガンを取り出し、神像に当てる。

 そして魔法でブーストされた強烈な雷が、神像を直撃した。

 途端、ほのかな光が像から溢れ出し――


 光の洪水が押し寄せた。


 やがて光が消えると、そこにあったのはリックによって腕を取られながらコンクリートの地面に押さえつけられた覆面男と、その横で神像を奪い取ったクリスの姿。

 恐る恐るクリスとリックが目を開き、無事強奪犯と神像を確保できている事に安堵し――そしてその表情のまま凍りついた。

「や……やったどおおおおおお!」

「……え? こ、この感じ……まさか」

「な、なにこれ!? まさか今の、効果が発動しちゃったの?」

「デュフフフフフフ! 念願の、念願の女の子になったどおおおおおお! これであんな事もこんな事もし放題だどおおおおおお!」

 一人興奮している覆面男。

 サッと顔から血の気が引くリック。

 戸惑うクリス。

 三人が三人とも、声が高くなり、その胸には男にあるまじき膨らみができていた。


 アーティファクト『ゼウスの愛』。

 それは神像の半径約5m以内にいた者の性別を強制的に女性に変えるというマジックアイテムである。

 その強力無比たる神の力を解除する手立ては今のところ見つかっていないという。







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