主様はネクロマンサー
大きなクラクション音と眩いライトの光に驚いて、おっひゃあと反射的に目を瞑った瞬間、身体が引っ張られる感覚がした。
「──来たれ」
その声と共に訪れた衝撃に私は、あっこれダメだわ完全にダメなやつだおお勇者よ死んでしまうとは情けない、と思ったのである。こんな時までもふざけずにはいられない自分の性格にわずかに苦笑しながら。
*
「異なる理の世界より訪れし魂よ、我に大いなる力を与えよ。今此処に契約は成立せり」
「……………………えっ」
「えっ」
と、さっきまでそんなことを考えていたはずなのに、目を開ければいきなりファンタジーである。
私の身体を中心にびっしりと、やたら禍々しい光を放つ魔法陣的何かが地面に広がっており、そのまま視線を周囲に巡らせれば、これまたお誂え向きの廃墟空間だった。元は教会か何かだったのだろう、首の取れた女性の像とその後ろにあるステンドグラスが何とも神秘的かつ冒涜的だ。
そして目の前には黒いローブを纏った銀髪の青年。フードの奥から覗く瞳は赤く、そして肌にはうにゃうにゃとした刺青が彫られている。そのあまりの痛々しさに喉の奥が引き攣る感覚がした。嘗て自身に宿った忌まわしき魔の力と安穏とした日常にすっかり浸りきった己が対立し…………っくそ、私までちょっと引きずられてるじゃないかッ、やめろ、私は、私はもう、過去と決別したんだ!
兎も角、折角の美形もこうなっては形無しである。漂う残念臭に思わずぬるい視線を向けてしまった私は、悪くない。
「お、お前が、サーヴァン、」
「怒られるので止めろ下さいッ」
反射的に入れてしまったツッコミにより出鼻を挫かれた青年が、きょとりと視線を彷徨わす。あーうーとしばらく何かを言いかけては、掌を何度も握る。そしてわざとらしい咳をひとつ。どうやら立ち直ったらしかった。
「俺は、ネクロマンサーだ。異界の魂であるお前を召喚した主でもある」
「は、はあ。…………ええと、そもそもここはどこです?」
「そうであったな、混乱するのは無理もない。そしてお前は知らなければなるまい。ここは、エディルメリアの西に位置するミシュリカ国のさらに西、魔導の、」
「ところで病院はどちらですか。よければ私も一緒に行きましょう、何も怖くないですよ、ほら、大丈夫ですから、ね?」
「別に精神に異常を来たしているわけではないわァッ!」
その返しが来るということは自分でもちょっとは心当たりがあったんじゃないのか。その言葉を必死で飲み込む。なぜなら青年の目元が少し赤くなっていたからだ。ここは付き合ってあげることにしよう。
「えーっと、それでネクロマンサーさん? あなたは私をどうするんです?」
「そ、それを説明しようとしたのではないか……っ」
「ごめんなさい、どうにも混乱してまして」
そう、混乱すると軽口が増える質なのだ。それで? と続きを促す。
青年は少し不服そうな表情を浮かべたが、気を取り直して朗々と語りだした。
「ふっはは、聞くがよい! 貴様の魂は貴様の世界を離れ円環の理へと導かれるところであった。それをこの俺が拾い上げ! こうして俺の元に! 俺に! 力を与える存在として! 喚び出したのだ!」
「…………」
「ど、どうした? 難しかったか?」
「……いくつか、質問しても?」
「構わぬぞ、何せ俺は寛容な主だからな!」
「あっはい」
「………………っぐす、」
め、メンタル弱……!
さっきから薄々感づいてたけど、この人メンタル弱ッ。
「え、ええー。泣かないで下さいよ、面倒な人だなあ!」
「っふ、く…………貴様は、あ、主に対して随分な態度だぞ……」
「いや、だって、私普通の女学生ですもん、主とかそういう身分関係、わかんないですし」
「え?」
なんでそんなぽかんとした阿呆面になるのやら。こっちが、え? って感じだわ。
しかし、青年からすると今の発言には、割りと問題があったらしい。わなわなと身体を震わせたかと思えば、掴みかからんばかりの勢いでこちらに迫ってくる。避けきれず、わずかに掠った手が私の肩をすり抜けたのを見て、改めて自分が幽霊であることを実感する。確かに死んでるのに意識があるのは、実に奇妙な感覚だ。
「……お、お前、何も、能力をもっていない……のか……?」
「そろばんならできますよ」
「馬鹿な! 俺はこの世界より上位にある世界に繋げたのだぞ!? 当然力があるだろ!? お前隠すなよ! あるだろ!? めっちゃすげー魔法使えるとか、武力に秀でているとか!!!」
「いや、今言った通りしがない女学生ですよ私。特殊技能なんてなーんも持っちゃいません」
それよりキャラ崩壊してるぞ。
やはり今までのは作っていたようだな。
「そ、そんな……」
「あれなんじゃないですか、上位にある世界ってことにしか目標を定めてなかったんじゃないですか。とりあえず私の世界では魔法なんてフィクションでしかないし、戦闘技能なんて限られたマッチョしか持ってないですよ」
マッチョは偏見かもしれないけど。
ふーやれやれと首を振れば、実に情けない視線が刺さってくる。
「お、俺が、三年間、毎日、こつこつ溜めた魔力全部使ったのに……」
魔力とは溜め込むことができるものなのか。そんなところに感心するもいまいち感覚が分からないので、身近なものに例えて考えてみる。毎日五百円貯金したと仮定するならば、……あーおよそ五十五万弱か。
まあ、確かに五十五万でガチャ引いて出てきたのがノーマルレアリティなら虚脱状態もやむを得まい。その気持ち、解らないけど分かるよ。
「まあ、どんまい!」
「だっ誰の、誰の所為だと思ってんだよおおおお!!!」
そんなの、ちゃんと召喚元を設定しなかった青年に決まってる。
白装束の私は、頭につけられた三角の布をそっとかきあげる。兎も角お互い不本意でしょうが、と前置きしつつ、幽霊らしく邪悪な顔で笑ってみせた。
「成仏するまでずーっと憑きまといますからね、主様?」
──思いがけず得たロスタイム、折角なら楽しまなきゃ損でしょう!




