▽雨のち、雨
午後には、雨が降り始めた。
それも急に。
俺はその時、屋上にいたので、
雨が降り始めた時は、本当に焦ったものだ。
俺は仕方がないので屋上入口付近の階段に座って、
音楽を聴いていた。
相変わらず、同じ曲しか聞いていない。
しかし、失敗したと思ったのは、
理科の教師、黒田に見つかってしまった時だった。
「あらぁ。なにやってんの真倉」
この黒田は、俺のクラスの理科担当ではないが、
入学当時初めに会った教師がコイツなので、
憶えていて、黒田の方も俺を憶えていた。
「...ども、黒田センセ」
「なんで階段なんかに座り込んでんだ?今、授業中だよな」
青色の上着をまくって、時計を確認する黒田。
もう言い訳できないだろう。
「んだ、サボりか?そんなんじゃダメだぞー」
実に教師らしいことを言ったかと思えば、
黒田はその後「んじゃ」と言って去ってしまった。
「なんだったんだ...」
全くもって、謎な人だ...。
雨は放課後になってもやまず、
帰り道は悲惨なものだった。
傘を持っていないものだから、ありがちなことに、
学生鞄で頭を隠し、家へと走った。
人に見られてない所で時々加速したりもしたので、
思ったよりは早くついて、そこまで濡れずに済んだ。
そういえば、相合傘なんかしてるカップルを多く見かけたが、
あの学校は、そんなにカップルが多いのだろうか。
不純異性交遊だと思うので、どうにかしてくれないだろうか...。
決して個人的な恨みなどではない。
シャワーを浴びて体を拭くと、
すごくスッキリした。
窓の外を見ると、雨はあがっており、
雲はなくなっていた。
俺の好きな青空ではないが、しかし、
雨上がりの空は気持ちがいい。
固定電話に留守電が入っていたので確認してみると、
母親からで、
『仕事で遅れるので、今日遅くなっちゃうかも!
でも大丈夫だよん!ご飯ちゃんと作ってあるからー。ねっ!』
との事だった。
今年で確か47歳になる母親だが、
妙にテンションが高い事に定評がある。
あまりこういう事は言いたくないが、
友達の来てる前で歌い始めるのはやめてほしい。
マジで。
母親からの留守電を聞いたところで、
俺は二階に上がり、自室へ向かう。
ドアを開け、愛しの自室に入ると、
何故か窓が開いていた。
おかしい。出るときにちゃんと閉めたのに。
まさか泥棒が入って来たのではないかと思ったが、
しかし、窓が壊れてると言う事はなかった。
「...どういうことだ?」
俺は窓に近づいて、その隅から隅を確認してみる。
いきなり、バタン、と俺の部屋の扉が閉まる音がした。
何か気配を感じ、俺は恐る恐る振り返った。
ドアのすぐそばの壁に寄りかかる男。
黒いマントと、口以外を覆った覆面を付けており、
素顔を隠していた。
「お前が――『真倉 清』か?」
男は俺を指さす。
俺は恐怖のあまり言葉に詰まっていた。
「まぁ、聞くまでもない。何の断りもなく、この部屋に入ったのだから、
それはお前が『真倉 清』本人という認識で間違いないだろう。
高校生くらいの男子の部屋に無断で入るのは、母親くらいだしな」
その通りだ。俺の母は何も言わず俺の部屋に入ってくることがある。
この間は、ベッドの下にしまっていた俺の同人誌が...。
あ、いや、そんな事を考えてる場合じゃない!
「誰だ...。お前一体誰なんだよ!」
やっと声を振り絞って、男を怒鳴りつける。
「俺か?俺は〝行き止まり〟だ。
ただ、そう呼ばれているというだけで、本名じゃあない」
窓の外には、再び暗雲が立ち込めていた。