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06 女子高生と眠れない青年の三日間2

 デイは形のよい指を自らの頬にあてた。

 黒髪の魔女は、(バロックに言わせると魔女ではないらしいが。デイは端から信じていない)困った顔で黙ったままこちらを見ている。


『えっと、ごめんなさい。なにを言われているかわからないの。何を聞いているの?』

 顔のつくりと反して低めの魔女の声は、落ち着いている。

 魔女の黒い髪がさらりと揺れた。

 

 黒髪。


 どこか異国を思わせる顔立ちは整っていて、雪のように白い肌は、手どころか見える範囲では傷一つない。姿勢はよく、所作に多少目が肥えているデイでも感心したくらいだ。また、とにかく本を読み漁っている姿からも本に知識が詰まっていることを知っていることになる。


(もうこの時点で普通の外郭民や農民ではないことは明らかだ)


 バロックは結局どこから連れてきたのか吐かなかったが、どこかの貴族のところにいたのだと思っていた。

 どこか隣国の貴族か、それに連なる家の秘蔵の娘。

 デイが持っている情報で予想できる魔女の背景はこれだけだ。

 どこかの国から連れ去られて買われたとしたら、もっと人の目にさらされているはずだし、いくら自分がこんな辺境に住んでいようともここまで音沙汰がないなど考えられない。人の口、目は案外どこにでもあるものだ。魔女を買った者の屋敷は情報が洩れて、魔女を欲するいくつもの集団から襲撃にあうだろう。それくらいの風のうわさは聞こえてくるはずだ。黒髪ならなおさら。


 それほど、黒髪というものは貴重だ。そして、魔女という者も。


 この国なら王族や貴族などの一部の特権階級に見つかれば監禁で、平民に見つかれば恐慌に陥ってよくて暴行。最悪火あぶりにされるだろう。


 あのバカがあんなに頑なに外に出られないと繰り返すのはそのあたりに理由がある。

 バロックの役職的にも魔女を保護しているなんて知れた日には、物理的にバロックの首が飛ぶが、そのあたりはあの男は何も考えてないと思われる。

 自殺願望なんて一欠けらも持ってない奴だが、その時はその時と考えてるんだろう。

(アイツはどんな状況でもその通りに受け取って、そのまま「そうか」で終わりそうなやつだしな)

 

 先ほどまでデイはバロックが魔女に一目惚れをしてどこから攫ってきたのだと思っていた。本人は「戻れないと思った」とか、他に「泣いていたのを見てたらどうしようもなくなって、つ、連れてきたんだ」とか訳の分からん戯けたことを言っていたが、デイは全く信じていなかった。どこから連れてきた、という質問には頑として答えなかったことも信じない要因に拍車をかけている。

 バロックには病気かと思うくらい時折危ういところがあり、今回もそれが出たのだろうと高をくくっていのだ。

 バロックの危うさが前面に出ている時は人の目をかいくぐって平然とした顔をしてそれくらいのことはしでかす男である。


 しかしよりにもよって攫ってきたのが黒髪の魔女とは何という皮肉か、と思ったのは真新しい記憶だ。


 しかしデイが考えていた仮説は、先ほどの魔女とのやりとりで薄くなってしまった。


 魔女は地図をわかると言った。

 しかし、暦のほうは何かわからないような顔をしていた。

 両方知らない、もしくは両方とも知っているならデイもわかる。どちらも知らないというのなら以前いた場所で知識に関して一部制限を受けていたのか、魔女自身が嘘をついているかのどちらかだろう。

 もともと熱心に本を読んでいる姿からも学習意欲が高いのは明らかで、そうなると貴族の家なら地図も暦もどちらもあるはずだ。

 魔女は数字を知っているのだ。暦も少し説明しただけで思い当たるものがあるようだった。

(高度な教育を受けているのは間違いない。が……。一目見てわからなかった時点で把握する文化が違いすぎるということか? 一体どこの国の生まれなんだ。そもそも、バロックはこの魔女が俺の国の出身だと思っているようだし……。だが、この魔女は少なくともこのガウランドの大陸の人間じゃない)

 そうなると、残りは南のゲルトル、東のリーリシャになるが、これらの大陸で魔女がいるなどと聞いたことがない。たまに自然発生することもあるが、それならばもっと大きく噂として流れてくるはずだ。

 

 最も黒髪の魔女が存在する国として可能性が高いのはデイの祖国だが、デイは、この女が自分の祖国の人間でないことだけは確信している。

 

 なぜなら


 昔、自分は黒髪の女を血眼になって探していたからだ。

 そして、そのことは醜聞となって国全体に広がっていた。デイの目立つ容姿のこともあり、デイを見たことのない者でも彼の姿を見たらほとんどの者は逃げ出す。

 だから相当な確率でこの魔女は祖国の人間ではない。


『あの……。黙ってるところ悪いんだけど、もう一度いってくれる?』

「…………」

 デイが顔をあげると困った顔のまま指を一本立て、こちらを見ている魔女と目があった。

「お前、本当に言葉がわからないんだな」

『……?? ねえ、あなた私にわかる気で話してないわよね?』

「……。はあ。……どこから、来た」

 デイは持ってきていた紙を裏返しにすると、3つの大陸を描いた。

 北のガウランド、南のゲルトル、東のリーリシャの3つだ。後は有名な島国をいくつか書き込み、デイは魔女の目の前に置いた。そして再度同じ言葉を繰り返した。

「どこから、来た?」

「……」

 魔女は眉根を寄せたまま、黙っている。

「……?」

(大陸が描かれた地図は見たことがなかったのか? それにしては反応が妙だな)

 魔女は地図をデイのほうに返し、そしてぽつりと言った。

「***」

「は……?」

 デイは全く魔女が言った言葉を聞き取れずに、聞き返した。いつもそうだが、この魔女が使う言葉は発音が全く違うため何を言っているか本当にわからない。

「おいまさか地名すら呼び方が違うのか?」

ここまで発音が違うとなると、と考えたところでデイは1つの可能性に行き当たって嫌そうな顔をした。

(……まさか。この魔女は自分が『魔女』だとわかってない可能性もあるのか……)

『??』

「なんという面倒な……。ほんとうにお前一体どうやってここまで来たんだ……。バロックとの約束もあるし……。どうするかな……」

『ね、ねえ何を言っているの?』

 デイは顔の前で手を振った。

 とりあえず魔女の現状だけ教えてといてやろう、とデイは再びペンをとった。





 デイがさらさらと1分もかからずに描いたのは、瞳子の絵だった。

 そしてその横に文字を書き込む。何と書いていてあるかは、わからない。

 彼は隣に矢印を書き込む。ドアを開けた絵がその隣に並び、おそらく私が外に出たらどうなるかを描いてくれているのだろうと察しがついた。そして次の矢印の先に描かれた絵を何気なく見た瞳子は、ひくりと喉がなった。


 矢印の隣には火あぶりの絵が描いてあった。他にも、剣や鍬に血がついている絵。


「こんなものか。……大体分かったかと思うが、俺は止めないが、外には出るなよ。少なくともバロックが返ってくる間位は。あの男は暴走すると厄介なんだ」

『ちょ、こ、これ……! デイ!』

 瞳子はデイが描いた絵のグロテスクさに思わず彼の名前を呼んだ。彼は観察するようにこちらをちらりと見ているけれど、何も言わない。

 瞳子は呆然と彼が描いた絵を見つめた。

 数分で描き上げたとは思えない精巧な絵がそこには出そろっている。


『……これ、外に出たら死ぬってことよね』


 ぽつりとつぶやいて、乾いた笑みが浮かぶ。そしてその一瞬後に、ゾッと体温が下がった。



(……フーコは?)



 思わずガタンと音を立てて立ち上がる。椅子が倒れて、デイが目を丸くした。

「は?」

『フーコ……! どうしよう。どうしよう。こんな、こんなこところにいる場合じゃない……!』

 瞳子はキッチンからとび出した。

「?! おい?!」

 慣れない服に足をもつれさせながらも瞳子は外に繋がるドアに手を掛けた。


 そのまま何のためらいもなくドアノブを捻ろうとして、


 ガッと上から手首を掴まれた。

 見上げると真っ赤な目が瞳子を見下ろしていた。その冷たい瞳に身を固くしながらも瞳子はデイの手を振り払おうともう片方の手でデイの手に爪を立てようとした。

 その意図を読んだのかデイが瞳子の両手を掴むと壁に押し付けた。

『っ、離して! フーコが、フーコが……!』

「……何を考えてるんだ? 今ここで外に出られると俺がバロックに怒られるんだが」

『っ……うう、』「い【妹】! フーコ!」

「妹か。……フーコは名前か……? ああ……。妹が危ないんじゃないかと不安になったのか。が、今出ていってもお前が死ぬか監禁されるかだぞ。まあ、今も同じ状況か」

「は、なす!」

「少し冷静になるべきだ愚か者。…………昏倒させたらバロックがキレるか」


 デイは瞳子が喚くのに構わず、視線を宙に向けると、うん、と一人で頷いて、ポケットからネックレスを取り出した。銀の糸のような瞳子が知っている通常の物よりも細く長いそれは、瞳子の頭をあっさり通過して、首に掛けられた。

 途端に瞳子は身動きができなくなって固まった。

 デイが手を離したせいでどさりと尻餅をつく。訳が分からない、と目を白黒させる瞳子に、デイは言う。

『――――っ ?!』

「しばらくそれで頭を冷やせ。バロックもあと一日で帰ってくるだろうし」

 瞳子はぱくぱくと口を動かすがそこからは擦れた呼吸音だけで、言葉は出て来なかった。

 デイはじっと睨むように見つめている瞳子を見下ろしている。そして何も言わずに踵を返した。

 彼の足音が聞こえなくなって、床の冷たさだけが身に染みる。


 瞳子は床を見つめた。


 本当はわかっている。

 フーコの情報を確実に手に入れるならバロックを待った方が今は早いと。

 彼らの言うことが何処まで本当のことかわからないが、この家に人が訪れない。窓の外からでも全く人気がないことを考えるとこの辺りに人がおらず、情報を集めにくいということ。

 この辺りに瞳子のような人間がいたら、バロックかデイがここに連れてくるだろうことも予想がつく。

 そもそも瞳子は言葉が通じない。しかも、どうもこの姿は人を警戒させる何かを持っているらしい。そんな瞳子が一人で外へ出たとしても一体何ができるだろうか?


(……本当にそう?)


(私は、命のリスクを減らすため、安全のためにここから出ない様に理由をつけているのではないの?)

(それは、甘えではないの? 逃げているのでは?)

(――――――――――どうしたらフーコにとって一番いいの?)

 瞳子はごつんと床に頭をぶつけた。滲んだ視界を目をつぶることでごまかした。言葉が出て来ないが、呻き声を殺すのにはちょうどいい。

(フーコにとって役に立たないのなら、……死んでしまいたい……)


 結局私は動けず、何もできない。





 ゴツン、と頭に何かがあたって、瞳子は目を覚ました。

「起きろ。こんなところで寝るとは、お前の頭はどうなってるんだ」

 ゆっくりと身を起こすと、何かを言ったらしい男の血のように赤い目と合った。どうやら彼の拳が瞳子の頭に置かれた音だったらしい。

 人形よりも整った顔を持つ男は、呆れたように瞳子を見下ろしていた。


「少しは冷静になったか」


 デイの指が瞳子の首に掛ったネックレスにかかる。身を固くし、すばやくドアのほうへ目線を走らせた瞳子にデイは嫌な顔をした。

「……まだ諦めてないのか。そんな顔をしてるとコイツを外せないんだが」

 デイは階段に目をやる。

「バロックが地下牢の鍵をぶち壊しさえしなかったらお前をあそこに放り込んで終わりなんだが……。とりあえず夕食を持ってきたんだが、さて、どうするか」

 デイは盆に載せた食事にナイフをさしこんでザクザクと切り分けるとフォークに近い形状のカトラリーでぶすりと刺して、瞳子の口の前にやった。

「……」

「…………」

 瞳子は勿論おかしなネックレスのせいで声が出て来ないので何も言うことができないのだが、両者によこたわる沈黙は凪いだ湖よりも静かだった。

(……この状態のままで食べろと?)

 視線を向けるとデイは首を傾げた。

「なんだ? 犬のように食べるならそれでも構わないが。それとも毒見か?」

 彼はもう一つの皿のほうを床に置いて指で示し、更に固まった瞳子に毒見のほうか?と言って瞳子に差し出していた料理を自分で食べた。

 そしてもう一度切り分けた料理を手際よく片手で刺すと、瞳子の目の前にやる。

(…………すっごい抵抗感があるわ、これ。でもネックレスを外してくれる気配なんて微塵もないし、このまま拒否してたら動物みたいに食べることになるわよね)

 食欲はある。唯でさえ1日3食が2食になってきついのだ。そもそもこれからフーコを探そうと思っているのに何も食べないなんて考えられない。

(……………………くそ)

 瞳子は心の中でそう毒ずくと、眉間に皺を寄せてゆっくりと口を開いた。少しなら体も動くのでやや前のめりになって食事を口に入れる。

 料理を瞳子の前に運ぶデイも、それを食べる瞳子もとにかく作業的であったが、どちらも容姿は整っているためそれはさながらロマンス小説の一説のような光景だった。

 それにしてはどちらも全くの無表情であったが。

 ただ、野菜と肉を塩と胡椒で味付けされたものらしいシンプルなデイの料理は、憎たらしくなる程美味しかった。



 全部食べ終わった後、デイは瞳子を荷物のように抱えると、元の地下室に連れて行った。瞳子は見た目よりも体重があるほうなのだが、バロックよりもやや細身のデイもふらつきもしない。

 彼は瞳子がポケットに入れておいた鍵をあっさりと見つけると、それで部屋を開け、入ったところでネックレスを外した。

 しかし瞳子が立ち上がる前に部屋の扉を閉められ、そのまま一晩扉の前に居座られるという状況になり、瞳子がここから出る解決策を見つける前に瞳子とデイの2日目は終わった。


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