04 瞳子の一日、出られない日々
最近の瞳子の朝は、ノックの音で目を覚ます。
コンコンと控えめに音がした後、しばらくしてから遠ざかっていく足音はバロックだろう。
瞳子は朝が弱い。
低血圧なのでしばらくぼんやりと目が宙を彷徨って、それから手櫛で頭を整える。もともと髪はずいぶん前から重力に負けて反発する力はないので、すぐにまとまった。
更に呼吸だけをする生き物になってぼんやりしてから、のそのそと起き出す。部屋が地下のせいで日の光があまり入らないこともあって、瞳子がベットから這い出すまでこの間1時間ほどかかる。
瞳子は最近バロックから渡された服一式と制服を交互に着ている。
今日はバロックから貰った服を頭から被った。
上から下までくすんだ白の服は、足首まで隠れる裾の長いワンピースだ。
それとは別に頭を隠す頭巾っぽいものまであるので、たぶん囚人服なのだと思う。瞳子が来て次の日には渡されたので、すぐ用意できる服がこれしかなかったのだろう。
そもそも、この家にはどうもバロックとデイと呼ばれる青年しか住んでいないらしい。
なので女性服が手に入らないからこの服を渡されたのだと、思う。
渡される前に申し訳なさそうな顔で弁解らしきものを長い時間聞いたので、おそらくあっているはずだ。しかし、牢屋らしきこの部屋といい、囚人服らしき物といい、一体ここは何なのかと不安に思う。
が、今のところ問題なく生活できているので気にしない様にしている。
ちなみに、この世界の女性は下着を穿かないのか、それともここにないのかで、下着はない。
そのため包帯をもらって巻いている。これも自前の下着と交代だ。
糸と布と針がもらえたらまず下着一式を作ろうと思っている瞳子である。
そんなことを着替えながら考えて、次に瞳子は下着と着ていたインナー、そして昨夜髪を拭くのに使っていた布を手に部屋から出た。
瞳子はぼんやりとした顔で一階に繋がる梯子を上っていく。
梯子を登ると、廊下に出る。廊下は、地下と2階と玄関を繋いでいる。
玄関はかなり広く、訪問者には見えない様になっているが奥の方にはお手洗いと洗濯をするための部屋とつながっている。この部屋は水嵩を抑えた川がむき出しになって流れており、床の材質も木ではなく石だ。
そこを目指して瞳子は足を進める。水が流れている部屋はひんやりしていて、瞳子はぶるりと身震いした。
瞳子の朝はそこで昨夜の服を洗って洗濯するところから始まる。
洗濯が終わると廊下に戻らずにそのまま進むと窯のついた、鍛冶場のような場所に出る。
鍛冶場は一部がバルコニーになっていて、そこに洗い終わった布と下着を一番目につきにくい場所に干す。ちなみに、鍛冶場の部屋を奥に行くと書庫だ。
その後瞳子はもと来た階段がある廊下まで戻り、玄関から向かいの部屋に進む。この部屋は空き部屋で、ほとんど物が置かれておらずがらんとしている。 空き部屋から奥へ進むとそこが台所だ。更に奥はバロックの部屋である。
ちなみに、2階はデイの部屋らしい。
2階もあっさりであるがバロックが案内してくれたのだが、かなりの広さだった。トーコが見たところ家主はバロックっぽいので、どうしてバロックの部屋よりデイの部屋の方が大きいのかよくわからない。
瞳子の足音でわかったのか、台所に立っていたバロックが振り向いた。
『ああ、おはようトーコ』
『おはよう』
そういうと、バロックは少しだけ口元をゆるめて微笑んだ。そしてテーブルにいつものどろりとした飲み物を置く。
『トーコは今日も書庫か?』
「ええと……なんだったか。……あー……『はい。書庫。お腹すいた いいえ』」
瞳子はバロックにそれだけいうために来たので、すぐに引き返して書庫に向かった。
『? 食べないのか? トーコ?』
「『書 庫』! ……あとちょっとで調べ終わるんだから……ご飯なんて食べてる場合じゃないのよ……!」
書庫は鍛冶場の奥の部屋にある。台所から一旦廊下まで引き返すのはめんどくさいと思いながら、瞳子は早足で書庫へ向かった。
◇
バロックは書庫に入っていったトーコを途中まで追いかけて見送ると、心配そうに呟いた。
「……何か口に入れた方がいいと思うんだが……。一体何を熱心に調べているのか」
ふう、とため息をつくと、そこに声がかかる。
「この家から出る方法でも調べてるんじゃないか?」
バロックは声のする方を振り向いた。そこには眠そうな顔をしたデイが階段の上から寄りかかるようにしてバロックを見下ろしていた。
「デイ。お前がこんな時間に起きて来るなんて珍しいな」
「起きたんじゃない。寝てない」
デイの即答にバロックは顔をしかめた。
「またか。ということは2日連続か。……トーコが来たせいで神経がたってるのはわかるが」
バロックはこちらを見下ろしているデイを見上げた。いつものことであるが隈が浮いているのに芸術品めいているのは凄いなと素直に感心する。
デイ。
バロックも本名を知らない。
そもそも、彼の国には本名を名乗る習慣がないらしい。家とごたごたしたらしく、家名は捨てているという。
バロックが監視するという名目で同居している、魔力が籠められた道具をつくる青年。
デイは数年前に国交が断絶している隣国から自国に亡命してきた青年である。
表向きは亡命だが、本人曰く「追い出された」らしい。家名はもとよりほとんど何も語らない。隣国は、魔力は勿論、それを道具にする技術に長けている。『魔導具』というらしいのだが、デイはそれを仕事とする職人の一人だったらしい。
隣国とバロックの国である通称『騎士の国』は仲が悪い。
デイが移民としてこの地に住むことにしてもひと悶着あった。
ひと悶着あったせいでバロックはデイと知り合えたわけだが、その結果、仕事の役割であるのもあってバロックがデイの監視をする役目を上層部から仰せつかい、今に至る。
しかし、正直に言えばバロックの中ではデイはただの同居人だ。
バロックはデイの眠れないことをあっさり脇に置いて話題を変えた。
「それより眠れないなら頼みがあるんだが」
デイは、魔導具を作ることができる。
魔導具とは、魔力と道具に留めたものである。
そもそも魔力とは流れであり、万物である。
理論としては魔力が留まった器は方向づければ、何にでもなると言われている。
デイはその魔力を道具という器に留めておける他国では喉から手が出るほど貴重な職人なのだった。
バロックはトーコときちんと話をしたかった。
バロックが彼女を連れ帰ってから、彼はトーコを一度も家から出したことがない。
これは一種の監禁である。
……例え、外へ出ることがどれほど危険だとしても。
バロックは今の彼女の状況をしっかりと伝えるために異国の言語を変換する魔道具が欲しかった。
デイは緩く首を傾けて、そして首を振った。
「……大体お前が何考えてるかわかる。先に言っておくが、作れないぞ」
「何? お前、この大陸一帯の言語全部話せるだろ」
デイは肩を竦めた。
「あの魔女が話す言葉は俺の知ってる言語体系じゃない。そもそも言語翻訳の魔導具はある程度器に言語体系を回路として刻む必要がある。俺が聞いた限りでしかないが、あの魔女の言葉がどこの国なのか俺にはわからなかった。少なくともあの魔女はこの大陸の生まれではないのでは?」
「……お前と同郷じゃないのか?」
そこで彼は目を細めた。バロックが言った言葉の何処かに引っ掛かりを覚えたらしい。眼光が鋭さを増す。
「同郷じゃない。俺の国ではあんな言語聞いたことがない。……しかし、バロック。どうしてお前はあの魔女を俺の国の人間だと思ったんだ? お前はあれが魔女ではないと思うのだろう? なのに、何故? ―――――――――おまえ」
デイの赤い目がぎらりと煌めく。
「俺にまだ言ってないことがあるな?」
「バロック!」
少女の声。バロックとデイは同時に声がした方へ振りかえった。
そこには必死で走ってきたトーコがいた。彼女は手に紙切れを持っていて、彼女はバロックに紙を突きつけた。
「トーコ?」
『出来た書けた! これでとりあえず意味繋がるでしょう! ちょっと見て……えーっと』 みて!」
前半、何を言っているのか全くわからなかったがバロックは彼女が掲げる紙を受け取った。
何度も何度も書き直した跡が残った紙。羽ペンに使うインクとはまた違った薄いインクで書かれた文字は整いすぎて逆に読みにくい。
そこに書かれた字は、
【妹 探す したい 迷子】
だった。
バロックは困惑する。
「……。あなたの妹も、ここにきているのか? ……だが」
(天から降ってきた少女はトーコしかいなかった)
どういうことなのか。
バロックが固まっていると、横から伸びてきた手に紙切れが奪われる。デイはトーコの字を見た瞬間盛大に顔をしかめた。
「まだいるのか? どういうことだ? しかし……バロックにでも拾われない限りこの国にいるのなら死んでるか、監禁だな。まあ当のこいつも今そんな状態だが。魔女が入ったと噂になっていないから、ここらにはいないか、どこかの屋敷に監禁されているかだろう」
「……それでも噂になるはずだ。死んでいても、生きていても。…………ここでもない限り」
バロックは頭を抱えた。トーコは縋るように彼を見上げている。彼女は自分が書いた文字が何とか伝わったのがわかったのだろう。
(……。ああトーコ。そんな目で見ないでくれ。俺は何も知らないんだ)
口で言っても彼女には伝わらない。
「………………。デイ、頼むからトーコの言葉を翻訳してくれ。それか魔導具、作ってくれ」
「…………だからできないと言ってるだろうが。手振り身振りで頑張れ」
「お前の頭ならトーコの言葉だってすぐわかるはずだ!」
「……何だその他力本願」
「俺は街へ行って情報を集める! あと買い物もついでに行ってくる!」
「……お前、この魔女をここにおいて一人にさせる気か」
「? お前がいるだろ」
首を傾げると、デイは「こいつ正気か」という顔をした。デイはトーコを指さす。
「……改めて言うが、俺はこいつにどこかへ行ってほしい。く……【暗き森】に置いていく位はするぞ?」
ちなみに、町までは馬で行っても片道一日近くかかる距離にある。
不安そうなトーコと、嫌そうなデイ。そして困っているバロック。一瞬の間の後、バロックは言った。
「…………。それは困る」
「………………」
「とても困る。デイ、頼む」
「………………」
『あの』
そこにトーコが口をはさんだ。
デイと同時にバロックは頭一つ分ほど低い彼女を見る。
おそるおそるトーコがこちらを見ている。バロックと、デイを。
いつも思うが、彼女の瞳はどうしてこんなにも黒く、そして輝いているのか。化粧もしていないのに頬に赤みがさしている。注目されるのが苦手なのか。それともデイの人間離れした顔に緊張しているのか。
この国では御伽話でしか出てこない黒髪がさらさらと揺れた。
デイの髪色も相当珍しいのだが、黒髪となるともう何と言っていいかわからない。しかもバロックはバロックで髪の色は珍しい部類に入る。
……関係のないことを考えていないと、顔が真っ赤になりそうだった。
バロックは無意識に編み込んでいる髪をかなり強く引っ張ってトーコを促した。
『あの、何を話しているのかわからないけど、たぶん私のことよね。……ごめんなさい。本当に迷惑を掛けているのはわかるわ。……でも、私は、妹を、あの子を探したいの。だから外に』
トーコが外と中を繋ぐ扉を指さした瞬間、バロックは駄目だと叫びそうになった。
『外に、出してもらいたいの』
「……すまない、トーコ。恐らく、外に出たいんだと思うんだが、外は、駄目なんだ。もう少し待ってほしい」
首を振ってトーコが指さす先を手でかざすと、彼女は口をグッと引き結んだ。そのやり取りを見ていたデイが今度は外につながる扉に向かって指さす。
「別に夜や森付近なら問題ないだろう」
「デイ!」
「……ここ一帯に人が来るか? こないだろう。どこから連れてきたかしらんが、今までこの魔女について音さたがないのは、ここめで連れてくるのに人目がなかったということじゃないのか」
「……、そうなんだが」
「? いやに歯切れ悪いな。…………まあ、いいだろ。バロック、3日だ」
「? …………え、もしかしてデイ」
バロックはデイを凝視した。デイはその整いすぎた顔に笑みを浮かべた。
「俺も魔女に聞きたいことがある。3日ぐらいなら見ておいてやるよ」
ここまでお読みくださいありがとうございました。少しだけ改行を増やしました。今後03までの話も読みやすいように改行を増やそうと思います。今後もよろしくお願いします。




