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独白:王たる狼/暗き者達

 


 ―――おじさんは、おそらくとんでもない事を言っているのだろう。


「アナトリウスの間ってなんだよ?」


「ウォーダン・オルティス現CEOが見つけた、古代の技術と言うべきかな。……遺伝子組み換えは知っているかな?」


「はい。改変ってそれとは違うんですか」


「厳密な意味で。遺伝子は様々なコード配列からなる染色体の二重螺旋だ。組み換えは、その配列コードから一つ、コードを抜いたり加えたり、或いは入れ替えたりするものだ。

 いわば、生命が持つ設計図を外的に造り変える行為と言い換えてもいい。

 だから、作物の中に本来的に持たない物質を加えること―――というより作物自身が生成させる能力を得させることができる」


「……ケーキにプロテインを含ませたり?」


「その内、そこらへんに生えている雑草が砂糖より甘くなる日が来るかもしれんな」


 次の言葉を聞いて、少し俺はゾッとした。


「改変はその設計図に糸を引く行為だと思ってくれていい」


「……糸?」


「厳密な意味ではないがな、操り糸の様なものだ」


「……」


「アナトリウスの間で、オルティス氏は全ての遺伝子に対して完全な優位性を持つ遺伝子コードを見つけることができた。

 そのコードはあらゆる遺伝子の始祖と呼ばれているものでな、持つ者はすべての生命を従わせることができる」


「……従うって、洗脳とか、ですか?」


「そうだな。或いは全ての物質を破壊する事が出来るのかもしれない」


「はぁ!?」


「以前、私と佐代子嬢とで細々と研究していてな、アナトリウスの間でみつけられた遺伝子……というより因子は全ての物質の起源と呼ばれるものだというのがわかった」


「は、はぁ……」


「全ての物質には起源がある。そして全ての物質が壊れ、生まれる際に、ある種の因子が起動しているのだ。

 人が人という形をして生まれる理由、石が石として存在する理由、光が光として存在している理由。それらが【物】として存在するには、何か特別な原因があるのだよ」


「物が物たるゆえん―――それがアナトリウスの間にあるものですか?」


「そうだ。……すべての物質が物質を造っている原因、原子が原資として存在している理由。

 全ての存在の因子、巨大な設計図、マスターキーが存在していたのだ。……それが王の因子だ」


「……」


 壮大過ぎて正直付いていけなかったが、ヘリに乗りながらそれでも俺はおじさんの話に耳を傾けた。


「夕君は、OBT社がこの村の土をいつ遺伝子組み換えしたか、見てきたかね?」

「……いえ。昔の話じゃないんですか?」

「OBT社がいつできたか知っているかね?」

「……」

「二十年前だ」


 ―――ぞっとした。


「仕方のない事だ。そう言った歴史を示す蔵書は全て、残らず消されてしまっているからな。

 歴史に今の子供達が疎くなっているのはどうしようもない」


「……」


「だがわかるだろう。たった二十年で土を入れ替える事なぞ出来んという事が。

 土地改良とて楽ではない。木々が、作物が根を張る位置まで、しっかりと土地を丸ごといれかえないといけない。

 たった一ヘクタールの土地ですらその為に何十台とトレーラーを用意し、痩せた土を肥えた土に入れ替えていく、そうやって土はゆっくりと創っていくのだ。

 OBT社はそんな事をたった二十年で、しかも世界を股にかけて土を造り変えたという」


「その力は、おじさんのいう王の因子、だと?」


「否」


「え?」


「奴が取りこんだのは、王ではない――――王に敵対するものだ」


「―――暗き、者?」


「よく覚えてくれていた」


 静けさの広がるヘリの中、おじさんは窓の向こう、山の連なる日本の風景を見つめながら、呟いた。


「アレは、世界を破壊するものだ。幾度なる次元を超え、闇の底より深気を見つめる者」


「……?」


「そして、奴らは王に敵対する――――倒さねばならぬ」


「……俺がこんな身体なのは?」


「知らん」


「……」


「王の因子を健二が君に組み込んだ時、自動的に遺伝子が改変されて、君はこの姿になったのだ。

 つまりオリジナル―――君は元々この姿だという事だ」


「……戻らない、と?」


「断言はできぬ、とだけ」


「……いやな物言い」


「瑣末なことだ。君の身体には王の因子が組み込まれている。それ故にアナトリウスの間が君を導くだろう。

 そこで全ての因子を取り込み、君が王になるのだ」


 そう言って、おじさんは俺の手を取った。

 

 熱くて、分厚くて、俺は痛みに顔をしかめたが、それでも戸惑いを隠せず少し視線を反らした。

 

 よくわからなかった。

 

 どうすればいいのかも。今の世界がどうなっているのかも、自分は良く知らない。

 

 そんな振り回されるだけでいいのだろうか。

 

 こんな良く分からない事態に巻き込まれるだけでいいのだろうか。


 俺は―――


「もし、事がすんだら……」


「娘を二人やろう」


「違います、そんな話じゃありませんっ……!」


 二人が隣で寝ているので小声で話しつつ、俺はうんざりとした面持ちで叔父さんに告げた。


「……もし終わったら、その、なんとかの間っていうの壊してくださいね」


「―――王の因子は要らぬか?」


「俺は普通の人間ですよ。弟と普通に学校に通って、普通に生きる普通の人間です」


「否、夕君。君は既に王だ」


「……?」


「君はオリジナルたる存在だ。アナトリウスの大樹より零れし遺伝子の切れ端は、君と言う存在を創り上げたのだ。

 君は単なるクローンではない―――君はオリジナルなのだ」


「どういう、事ですか?」

「答えは水晶樹の中に。……アナトリウスは必ず答えをくれるだろう」


「おじさんは俺に何を求めるんですか?」


「王としての資質」


「―――この世界の王様になれと?」


「そうではない、単に因子を自らの内に隠したまま生きてほしい。もちろん何かあった時は使っても構わないが」


「はぁ」


「そして、もし子を持つ時は、娘を使ってくれ。彼女達はお前の助けとなる」


「可奈も、ですか?」


「もしもの時の予備だ」


「その物言い、あいつには言わんで下さいね」


「頭のいい子だ。言わずとも知れている―――そしてお前と可奈、美緒の内どちらかでアナトリウスの間に入るのだ」


「それがよくわからない。……なんでですか?」


「アレは二人から三人乗りでな。なにやら男女で乗らねば起動しない代物らしい」


「?」


「まぁ入ればわかる。ワシも佐代子嬢と春香とで一度入ったが、王の因子がワシらにはないから起動できなかった」


「……おじさん」


「ん?」


「最初の質問ですけど、アナトリウスの間って、なんですか?」


 ―――おじさんはにやりと笑った。


「行けば分かる……お前達には期待しているぞ」


「……。なんで王の因子なんですか? 神様っぽい気もしますけど」


「神は何もせん、ただ見守るのみだ。……故に王と名乗る、人の上に立ち、人を導く者の力という名をつけた」


「……」


「アナトリウスの間に入り、アレを起動させる。……そしてオルティスを殺し、OBT社を壊滅させるのだ。

 そして――――世界を護るのだ」

 

 一見して滑稽すぎる物言いだが、その目は熱くぎらついていた。

 

 俺にはよくわからなかった。

 

 だけど、どうすればいいのかは、実はなんとなくはわかっているようで。


「……おじさん、俺」


「―――すまないな。こんな世界のごたごたに巻き込んでしまって」


「……。いえ、いいです」


「――――すまない」


「終わったら、また隣に引っ越して来てください。……待ってますから」


 俺はそう言って笑った。


 多分、それが俺にとっての今の夢だと思ったから。


 朝焼けが綺麗だ。


 俺は紅い目を細めた。


 そうやって山間から顔を覗かせる朝日を見つつ、窓の向こうには、自分の顔が映っていた。


 尖った耳に、突き出た鼻と口。


 牙が口の端に生え、全身はびっしりと艶やかな黒い体毛に覆われていて、手足は鋭い爪が伸びていた。


 その顔はまぎれもなく、狼男のものだった。


 俺の目は、火のように紅かった。




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