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7/20

――黒き狼――闇の奥に見つめる炎

 

 警報音響き渡るロッカールーム。

 連れ込まれるままに、夕は戸惑いに眉をひそめながら、赤色灯ひしめく部屋の奥へと歩いていく可奈に叫んだ。


「おい可奈!」

「ほらこれ着て!」

「お、おう……」


 そう言って部屋の奥から投げられるのは、夕が来ていた制服のズボン。

 続いてカッターシャツ、そして拳銃も飛んできて、夕はソレを手に取ると脚を通しつつ、近づいてくる可奈に眉をひそめた。


「ど、どうする気だよ……」

「OBT社が攻めてきている」

「んな事は見んでもわかるッ」

「案外頭がいいんだ」

「戯れるなよむかつく。どうする気なんだよ……」

「あなたの覚醒を促す」

 カッターシャツの袖に腕を通しつつ、夕は紅い瞳を細め、焦る可奈に引っ張られながら怪訝そうに首を傾げた。


「か、覚醒って何のだよ!」

「あなたは強いのよ」

 ドォオオオンッ

 爆発に振動する長い廊下を歩きながら、そう告げる可奈に夕は戸惑いに顔をしかめつつ、彼女のせなかを追いかける。


「じ、自覚がない!」

「怖がっていつまでもママのおっぱいを吸っている気?」

「言いやがったな……!」

「敵の一人でも殺してみなさいって言ってるのよ……!」

「……仮にも親父の息子だよ」


 肌蹴たカッターシャツを靡かせ、風を斬る肩。

 夕は言われるままに、そう告げると、腰に差し込んでいた拳銃を引き抜き、歩く可奈を追い抜かす。

 そして天井に赤色灯の並ぶ廊下を歩いていく―――


「あ、こっちよ」

「格好付かねぇ……」

 道を間違え引き返すままに、夕は可奈の後ろを追いかける。

 そして階段を上り続け、目の前の光が膨れ上がっていく―――――


 ―――ゴゴゴゴゴッ

 響き渡る轟音。

 開ける視界にぎょっとなる紅い瞳。

 回転するヘリのブレードに土埃が広がるグラウンド。

 辺り一帯にはびっしりと銃口を向ける兵士の群れが連なって、夕と可奈を囲っているのが見えた。

 背後の校舎の窓にも、白い防護服を着た兵士と思しき影が見えて赤色レーザーが背中を撫でまわす。

 校庭の外には無数の装甲車。

 学校全体をビッシリとヘリと覆い隠す、いくつもの兵器の装甲表面には『OBT』の文字が映し出されていた。

 私立、樋之継手高校のグラウンドを覆い隠す様に、無数のOBT社戦闘員が集まっていた。


「な……なんじゃこれ」

「一杯ね」

「えええええええ!? ここ学校だよねぇええ!」

「うん。あなたと生体クローンが通う学校」

「お前らずっとこの地下にいたって事ぉおおおお!?」

「ええ。あなたの事をずっと見てきたわ」

「まじかよ……」

「まぁでもさすがに先週女子更衣室に忍び込むのは」

「違うんです! あれは単にボールがあの部屋に潜り込んでしまって仕方なく」

「ついでに下着も舐めまわしていくし」

「もうやりませんから監視するのは勘弁してください、お願いですぅううううう!」

「いやぷー」

「誰か助けてぇええええええええええ!」


 そう叫ぶ夕の周囲、OBT社社員が一斉に銃口を持ち上げて、夕めがけてトリガーを引き絞る。

 一斉に迸るマズルフラッシュ。

 まだ薄暗い曇天の下、断続的な明りに、校庭の塀に無数の兵士の影が映り、飛び退く二人の頬を掠めた。


「ひぃいいいい!」

「戦え!」

「うるさい!」


 横に飛び退く夕の足跡を追いかけ走る弾痕。

 水たまりの残る地面を滑るように身体を屈めて走りながら、夕は手に持った拳銃をかざしてトリガーを引き絞った。

 断続的なマズルフラッシュ・パレードの中に舞う空薬莢。

 メコリッ

 仰け反る兵士の一体。

 金属片が額の弾痕から飛び散って、倒れる兵士を横目に夕は周囲に生えた木々の後ろに隠れる。

 どどどどっ

 身を縮こまらせながら、背後で鈍い音と共に木の幹が抉れていく音が聞こえる。

 ヒュンッと肩を掠める鋭い風の音色。

 ジンワリとカッターに滲む熱と痛みに顔をしかめながら、夕は息も絶え絶えに横を振り返った。

 シュッと頬を弾丸が掠め、滲む血飛沫。

 弾丸の洪水はすぐ横を流れていき、夕は苦い表情と共に、弾幕の切れ目でその場を蹴りあげた。


「このぉおおおお!」

 ピンッ

 甲高い音を立てて飛びだす弾丸が二発。

 その銃声を押し返す様に、弾丸が再び校舎から、校庭から降り注いで走る夕の身体を掠めていく。

 ドスッ……ドスッ

 胸元と脚。

 鈍い音がそれぞれ続いて聞こえてきて、鈍い痛みが脳天を走って、血飛沫を散らし脚が動かなくなる。

 こみ上げるのは、紅い血反吐。

 痺れる指先から、零れる拳銃。

 視界が一瞬ぐらついて、目眩の向こうで、弾丸が身体を貫いていき、痛みすら遠のいていく。

 立ちつくす夕の身体が、ゆっくりと弾丸の雨の中に倒れていく―――


 ―――ぶち殺してやる……!


 頭の中に聞こえるのは憎悪。

 荒い吐息すら遠のいていく意識の中、闇に見えるのは紅い炎。

 揺らいで手を伸ばせば、炎が身体を伝って行く。

 闇の中、身体が真っ赤に染まって、紅い火柱が一本、青年の身体を飲み込み、深い闇の中に立ち上る。


 ――――敵を殺し、破滅させ……世界を滅ぼせ……!


(……声)


 ―――殺せ……殺せ……!


(俺は……)


 ―――殺せ……黒き狼の子よ!


 炎の中から顔を出すのは、黒き狼。

 火の帳を破り、長い体毛を揺らぐ炎と共に靡かせ、そこには黒き大狼が眼を開いて、闇を見つめる。

 煌々と伸びる火柱を背に、猛々と吼える―――


「やった、勝った……」


 校舎の裏。

 弾丸から隠れていた可奈は、校庭を見渡しながら、ニヤリとメガネの奥に笑みを滲ませた。

 その視線の先にあるのは、真っ赤に爛れた大地。

 ドロリ……

 赤熱した土埃は一瞬で蒸発して立ち上る白煙。

 熱した空気にグニャリと歪む校舎の景色。

 マグマのように融けた土が足元で紅い川を造って、クレーター状に抉れた大地に流れ落ちていく。

 立ち上る熱気に揺れる黒い体毛。

 熱っぽい風が掠めて、突き出た鼻先を掠める―――


「はぁ……はぁ」


 零れる荒い吐息。

 尖った耳がヒクヒクと揺れて、突き出た鼻先が敵の匂いを嗅ぎわける。

 鋭く細める紅き双眸は、獣のように鋭く、口の端から覗かせる牙はナイフのように鋭くぎらつく。

 体毛は破れたカッターシャツの奥からびっしりと全身にかけて生える。

 紅く融けた地面を掻きわける鋭い脚の爪。

 熱波にワイシャツを靡かせ、そこには黒い体毛に覆われた、精悍な大男が一人立っていた。

 長い尻尾を靡かせ、狼の顔をした男が一人―――


「な、何これ……」

 眉をひそめる狼男の声は寂しげでか細く、ペタンと尖った耳が垂れる。


「それがあなたの姿よ!」

「ええええええええ!? どういう事ですかぁああ!?」

 紅い目を剥いて振り返った先には、校舎の裏から僅かに姿を現す可奈の興奮に赤らんだ顔があった。


「その姿は僅かな遺伝子の記録から算出された『王』の姿よ! アナトリウスの間を開くためには、貴方はその姿にならないといけないの!」

「王って何だよ!」

「今なら全員倒せるわ! やって!」

「唐突な……」


 そう言いつつ、紅く赤熱した地面を蹴りあげる鋭い爪。

 一斉に銃口を向ける兵士の眼前、風を斬り黒き狼は両手足をついて駆けだして、飛びこんだ。

 ―――飛び散る薬莢。

 真っ二つに割れるフレーム。

 細長いボックスマガジンが割れて飛び散る無数の弾丸の華吹雪の中を、鋭き爪の斬痕兵士の身体を幾重にも刻みつける。

 そして狼は後ずさる兵士の群れを駆け抜け、両の爪を下ろして滲む血を払う―――

 ブシャァアアアッ

 噴水のように肉々しい断面から飛び散る飛沫。

 片腕が宙を舞い、脚が地面に転がり、後ずさる無数の兵士の身体が胴体から中折れしていく中を狼は駆けた。


「でやぁあああああああ!」

 首筋を喰らい、牙が肉を裂いて骨に食い込む。

 爪が虚空を払い、肉を斬り裂く。

 薙ぎ払う脚が疾風を誘い、人影を肉片に変えていく。

 そして返り血が血煙に変わって、黒き狼を追いかける。

 狼の顔にベットリとついた血を払いつつ、苦い表情を滲ませ身体を低く、黒き狼が校庭の外に出る。

 見開く紅き瞳がぎらつく。

 その紅い視界に、巨大な装甲車を捉える―――


「くそっ!」

 ドスンッ

 装甲にめり込ませた拳はそのままに翻す長い尻尾。

 その瞬間、踵を返す狼の腕に引きずられ、地面を擦りながら勢いよく装甲車が持ちあがった。


「おい! 妹ぉ! 頭伏せておけ!」

「へぇ!?」

「人間を殺してやるって言ってんだよぉ!」


 風を斬って投げ飛ばす鉄の塊。

 装甲車を側面に受け、フレームを経こませながらヘリコプターが火を噴きながら校庭へと落下してくる。

 そしてブレードがへしゃげて横転したヘリが装甲車と共に地面にぶつかる。

 ―――激しく広がる爆風。

 一斉にわれる校舎窓。

 爆炎は空高く曇天へと立ち上り、グラウンドの土は土埃となって津波のように一斉にめくれ上がった。

 校庭の木々はすべて地面からはがれおちて、爆風の向こうへと飲み込まれる。

 そして小さなキノコ雲が校庭の中に昇っていく―――


「やりすぎた……」

 銃を向ける周囲の兵士をなぎ倒しながら零れるため息。

 拾い上げたライフル群がる兵士の頭に突き刺しつつ、黒き狼は苦い表情とともに尻尾を翻した。

 晴れる爆風の中、そこにはクレーター状にポッカリと抉れた校庭があった。

 校庭の中にいた兵士の姿はなく、校舎は吹き飛んで跡形もなく、夕は土埃立ち込める空気を払いつつ脚を進める。


「おい!」

「けほ……まだ……敵のこってる」

 そう言って校庭の隅で蹲る人影にペタンと垂れる尖った耳。

 夕は駆けよるままに土埃にまみれ立ちあがる可奈に手を伸ばすと、彼女を両腕に抱えて立ち上がった。


「きゃっ」

「お前のクルーとやらは?」

 胸元に抱えられながら、可奈は真っ赤な顔でずれたメガネの向こうに黒き狼男を睨みつける。


「は、離して! 早く敵を倒しなさいよ!}

「大体倒した……おじさんと美緒連れて逃げないとな」



 ――――激しく地面を伝う地響き。



「必要もない……か」

 

 めくれあがる地盤。

 土埃が天高く舞い上がり、粉塵が尾を引いて中から出てくる四つの人影に、黒き狼男は眼を細めた。

 地面に飛び散る無数の岩塊。

 衝撃に校舎の壁に亀裂が走り、茶色い煙が立ち込める中、四つの影が互いに向き合って睨みあう。


「……お前、むかつく」

「どうも」


 キッと睨みつける幼い勇を前に、平然とため息を零す美緒。

 その隣で、巨大な拳銃を二丁、翳したまま白衣を翻す熊のような大男を前に、健二は霧に紛れ抜き身の刀を握りしめる。


「……強いな」

「いい武器だろ」

「―――お前の腕がだ」

「ありがとう」


 ――――激しく走る轟音。

 地面が割れるほどに深々と、めり込む両足。

 噴き上がる灰色の硝煙。

 リボルバーが回転し、弾丸が放たれては、立ち込める土煙が一瞬で晴れて、銃弾を追いかけ渦を描いた。

 そして弾丸は二つ、身体を低く構え飛び出す健二を捉える―――


「おい、おやじ」


 ―――土煙を割り駆けこむ影が一つ。

 カチリ……

 振り薙いだ刃は二本の指に受け止められ、風を抉り飛び出す弾丸は右手の中に吸い込まれた。

 フワリと風に靡くボロボロのワイシャツ。

 ヒクリと痙攣する尖った耳。

 ゆっくりと風に消える土煙の中、長い尻尾を翻し、そこには紅い瞳の黒き狼男が二人の間に立っていた。

 双眸は刃の如く鋭く、鼻筋に皺を浮かべ牙を覗かせ、二つの殺意を身に受け止める。


「―――どけ、クソ息子」

「夕君……これはワシらの喧嘩だ」

「どっちか殺されちゃ、俺がなんでこんな目に遭ってるのかわからなくなる。悪いがいやでも止めるぜ」

「殺すぞガキが……」

「それほどにほざくようなら、容赦しないぜ、パパ……」

「出来そこないが、抜かしやがる……!」

「吐き出す憎しみもその程度かよ……!」


 飛び散る火花。

 振り下ろす刃に力が籠り、柄を握る両腕を震わせる健二に、黒き狼は今にもへし折らんばかりに片手で刃を握りしめる。

 そして僅かに手の間から血が滲み、狼は父親を抑えつつ、チラリと周囲を見渡す。


「……勇」

「兄ちゃん!」


 フワリと翻すスカート。

 晴れる土煙の向こう、まるで女の子様な服装の弟の姿形に、夕はゲンナリと尖った耳を垂らしつつ父親に呻いた。


「アレが美緒の代わりかよ……」

「違うな……お前の代わりだ……!」

「そうかよ」

 

 ドスンッと蹴り飛ばして吹き飛ぶ健二。

 解けた手から刀が零れて宙を舞う中、黒き狼は駆けよってくる少女のような少年に苦い表情を浮かべた。


「兄ちゃん、兄ちゃぁああん!」

「お、おう……」

「―――近寄らないで」

 

 風を斬り眼前を横切る長い髪。

 駆けよる弟を遮り、目の前に現れる美緒に、勇はハッとなるままに後ずさって顔をしかめた。


「お前……!」

「夕君は可奈と一緒に逃げて」

「―――勇……。お前は俺がどういう存在と思ってる?」


 頭上にかざす右腕。

 回転しながら落下する刀の柄を握りしめると、夕は峯で肩を叩きつつ、戸惑う勇に首を傾げた。 

 勇は気まずそうに顔をしかめつつ、膨らんだ胸元を抑え熱っぽいため息を零す。


「僕は……兄ちゃんのお嫁さんになりたい」

「おおう……」

 ぞぞぞっと黒い体毛が逆立ち、遠くを見るような眼で黒き狼は目を細めつつ、頬を赤らめる弟に呟いた。


「兄ちゃん……ノンケやで?」

「知ってる……だから僕の色に染め上げたい」

「お、おお……もぉ……」

「兄ちゃん、僕のものになって! OBT社にいたら、僕と一緒にいたらこれからなんでもできるよ!

 そんな出来そこないの女といる必要なんてないんだよ!」

「言うじゃない……」


 口の端を引きつらせ、苦い表情を浮かべつつ、夕は肩に担いだ刀を逆手に持ち替えると横を振り返った。

 そしてヨロヨロと立ちあがる父親を前に、狼は不快感も露わに双眸を細める。


「親父、OBTってなんだよ」

「……図書館で本でも読んで来い」

「村の蔵書全部燃やしたのはてめぇの上司だろうが」

「だな……OBT社。バベルク・オルティスCEO及び、その眷属はこの日本のほぼ全ての権力を掌握している。

 ……というよりは、日本人の命を握っている」

「メシなんてどうにでもなる」

「品種改良だけでなく、土地改良も農業の基礎ってのはバカでも知ってることだ」

「……」

「日本の土地を根こそぎ汚したんだよ。OBT社製の種以外、この日本の土は育たなくなった」

「自覚がないな」

「もっとはっきり言おうか……この土を、灰に変える力を奴らは持っている」


 晴れる土埃は茶色く立ち上がりつつ、健二は広がる土煙を吸い込みつつ、足もとの土を握りしめた。

 そうして放り投げれば、土煙が僅かに広がり、風の中に消えていく。


「地面が腐れば人は死ぬ―――雲の上に人が立てないように、全て土の底に沈むのみだ」

「……?」

「見えるか。この土地全てが汚れている。……例えOBT社を壊滅させた所で、日本は死滅するのを待つだけだ。

 わかるか……。あの会社の背中にいるのは、そんな化け物か

 異形者の子飼いになるか、死を選ぶかの話だ……お前はどっちを選ぶ」

「生きる方を選ぶよ」

「―――強い子だ」


 風を斬り振り下ろした刀の切っ先を眼前に見つめながら、健二はため息交じりに苦笑いを零した。

 そして、その虚ろな目は、立ちつくす黒き狼男を捉える。

 ニィと口の端が不敵に歪む―――――


「鷲人……その出来そこないでアナトリウスの門を開く気か?」

「佐代子嬢も望んでいるはずだ」


 そう言って手に持っていた拳銃を腰にねじりこむ大柄な男を前に健二はフンッと鼻を鳴らして眼を背けた。


「……。世迷言を」

「門の先に未来がある。……かの地より運ばれた情報、一片と無駄にする気はない」

「……」

「王の力が、古き神を殺し、我らを平和へと導く」

「……退くぞ。どの道、覚醒しかけたコイツを止める術はない」

「どうしてさ!」


 そう言って後ずさる健二に、弟の勇は引きずられながら叫んだ。


「まだ戦える、兄ちゃんだってまだ!」

「俺はまだお前に利用価値を見出している……」

「がはっ……」


 わき腹に深々とめり込む刀の柄。

 くの字に曲がった少年の身体を胸元に抱え上げると、刀を腰に差して、健二は弟の勇の襟元をひっつかんだ。

 そして、周囲の残った舞台を見渡し、クっと小さく手を振る。

 それを合図に後退し始める周囲の部隊。

 校舎から気配が消えていくのを感じ、黒き狼は安堵にため息を零すと、ヘリのワイヤーを手に取る父親を睨みつけた。


「おい、くそ親父」

「クソはお前の方だ……今度は容赦はしない」

「……アナトリウスの間ってなんだよ」

「この世にないはずのものだよ」

「?」

「異界の入り口、この星の土を、余すところなく全て腐らせた力を持つ者達の子孫だ。……また会おう」


 そう言って、健二は引っ張り上げられるままにヘリに乗り込んだ。

 そのまま数機のヘリが樋之継手村の上空を飛び上がって、田畑を超えて山間の研究所の方へと消えていく。

 ソレと共に装甲車が土煙を上げて、田畑を横切っていくのが見え、狼は肩をすぼめた。


「……なんだよそれ」

「うむ! 撃退完了だ!」

「おじさん。俺の格好」

「格好いいだろう!」

「うん……もう反応するのぼく疲れたお」


 ガクリと肩を落とすままに、力なく視線を落とせば、そこには飛び込んでくる小さな少女の影。


 それが二つ。

「夕君っ!」

「夕!」

「ぐぇえええええ!」

 

 腰に抱きつく姉妹。

 前後に抱きつかれるままに、腰の軋む音が聞こえ、黒き狼は仰け反りながら、痛みに全身の体毛を逆立てた。


「い、痛い……」

「よかった……ほら、可奈ッ。やっぱり夕君はオリジナルだったじゃないッ」

「オリジナルじゃなかったかもしれない。……調べて確実だってわかってよかったでしょ」


 そう言って痙攣する狼男の腰を挟んで美緒と可奈はジトリと目を細めて睨みあう。


「良くない。夕君死に掛けたでしょっ、おちんちんしぼんだらどうするのさっ」

「私とお姉ちゃんで大きくすればいいじゃない」

「あーッ、なんか勝手に自分も候補に入ってるッ。ダメだよ、夕君は私の恋人なんだからぁ!」

「夕は了承してないし……この人の身体メンテナンスは私の責任だと思う」

「そんなことありませんッ。夕君は私のなんだからっ」

「昔の幼馴染の約束と一緒。……わたしだって」

「夕君っ。私と君は恋人同士だよねっ」


 ゆさゆさと揺さぶられる黒い体毛。

 その度に耳がペタンと垂れ、狼男は苦い表情も露わに揺さぶられながら、遠くでニコニコと笑う鷲人を恨めしげに睨みつけた。


「……おじさん」

「ん? どっちを嫁にするか決まったかな?」

「違うよ! 全然そんな事考えてないよ! ていうか俺の身体いつ戻るの!?」

「一生そのまま」

「ええええええええええええええええええ!?」

「アナトリウスの間に入るまで、と言ったところか」

「まじですかぁああああああ!?」

「だから手伝ってねっ」

「己が勝手に吹っ掛けたことでしょ! 四の五の言わずに戻してくださいよぉ!」

「もしOBT社を壊滅できたら、日本をくれてやってもいいぞ」

「いりませんよぉ!」

「次いでにそこの娘二人もセットで」

「通販ですかぁ!? とにかく戻してくださいよ!」

「がんば」

「どの面下げてそんなセリフ吐くんですかぁ!?」

「可愛い顔してるでしょ」

「やかましいわ鼻毛毟りますよぉ!?」

 

 ドドドドドドッ

 と聞こえてくるローター音と、吹き下ろす風にぺたんとなる耳。

 姉妹にしがみつかれながら、風の強さに顔をしかめつつ、夕が顔を上げると、そこには一機のヘリが飛んでいた。

 先端に十三連回転式の大型砲門を装備し、側面にはミサイルサイロが二機ずつ配備という戦闘ヘリ。

 その操縦席に見えるのは、姉妹の母親の春香だった。


「ええええええええおばさぁあああん!?」


 春香はニッコリと笑って、マイク越しに何か喋ってクイッと何かのサインを後方に出した。

 そして降りてくるワイヤーが二本。

 おずおずと手に取るままに、夕は狼の顔をひきつらせつつ、ヘリを見上げ満足げに頷く鷲人に眉をひそめた。


「……ねぇ。おじさん達って何してる人達なの?」

「農家だ!」

「これって農家ですかぁああああ!?」

「農家は繁閑の差が激しくてな! ついつい戦闘ヘリの操縦免許をゲットしちゃったのだ!」

「暇を持て余すってレベルじゃねぇぞ!」

「さぁ! 娘たちよ! アルファは破壊された、これより拠点ブラボーで敵軍を迎え撃つ!」

『はぁい!』


 それぞれ手を上げる可奈と美緒。

 愕然とする狼男のお尻の尻尾を引っ張ると、二人は黒き狼を促して、ヘリの昇降ワイヤーを掴んだ。


「ほらっ、行こう夕君」

「行くよ、君がいないと私たちが困る……」

「……。まじかよ」

「大丈夫だよ、夕君。私夕君がどんな姿でも大好きだからッ」

「ああ、もう……」

「―――私も……」

「なんだよ、こっち見て……」

「……。なんでもないわよバカ」


 ローター音激しいヘリの下、可奈は軽く狼男の背中を小突くと、将校ワイヤー掴んだままヘリへと昇って行った。

 怪訝そうに尖る耳。

 逆手に刀を持ちつつ、夕はふと思い立って破れかけたワイシャツを剥ぐと、刀の刃に巻きつけることにした。


「なぁおじさん……」

「なんだ!?」


 ローター音の中でもはっきりと聞こえる声に、狼男はげんなりと尖った耳を垂らしつつ、呻いた。


「親父の言ってる意味、わかるか?」

「話す機会はいやでもある。必ず話はしよう」

「………なんでこんな事になったのかな」

「アナトリウスの地より開かれた知識が、遺伝子改変技術が世界を変えてしまった」

「そうなのか?」

「―――この世界がどうなっているか、少し話そうか」

「この世界?」

「夕君、君には聞く権利がある」

「……」




少しへんな話になりましたね。でもこれが私の大好物(*´ω`*)

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