紅き眼を持つ者達
「オオオオオッ! 起きたかね、阿多野夕君よぉおお!」
「ここどこですかぁああああ!?」
そう言って涙ながらに叫ぶ夕の視界は薄暗く周囲が見えず、ぽつんと手足を後ろに縛られたまま座らされていた。
裸で。
「なんで僕まだすっぽんぽんなんですかぁあああ!」
「すっぽんぽんぽこぉおおおおお!」
「えええええええええ!?」
「精神を加速させよぉおおおおおおお!」
「ほげぇええええええええええ!」
暗闇の奥から聞こえてくる音圧に、それだけで押し出されそうになって夕は大きく仰け反った。
「ハロー、エブリワン! ワシ地獄の底から帰ってきたぞぉおおおお!」
「誰に喋ってるんですかおじさんッ!?」
「おおおおおっ、覚えているか阿多野夕君ッッッ!」
そこには熊の如く大柄な男が暗闇の中から悠然と現れて、惚ける夕に風を起こさんばかりに手を振った。
そして胡坐を掻いて座る彼を見下ろし一言。
「……ちっさ」
「そんな事言いに出てきたんですか!?」
「無論だ!」
「ええええええええええ!?」
「ついでにオリジナルユニットたる君の存在を称賛してくてなぁあああ!」
「声大きい、耳潰れちゃうぅうう!」
「気合いだぁああああ! 気合いがあれば世界を征服できるッッッ!」
「なんかおかしなこと言ってるぅううう!」
「――――お久しぶりねぇ、夕君」
そう言って暗闇の中から顔を出したのは、大柄な熊とは対照的に、小鹿の様にか細い女性が出てきた。
その容姿は美緒と変わらず―――懐かしい美緒の母親を前に、夕は顔を赤らめた。
「ち、ちょっとおばさんまで!?」
「―――相変わらずちっさ」
「やめてぇええええええええ!」
「大丈夫よ、ちょっと擦ったら夕君ってば、お父さんより大きく」
「もう言わんといてぇえええええええええええ!」
土下座せんばかりに頭を下げる夕に、小柄な女性は微笑みを絶やさず、傍に立つ熊男の下に歩み寄った。
「でも本当に久しぶり。五年ぶりよね」
「え、ええ……なんかまともに人と話をした気がする」
「五年間何してたの夕君は?」
「いや、普通に中学、高校と―――違うでしょ。この場面はそんな事を聞く所じゃなくてそもそもあなた達が何をしていたのか」
「なんだまだ童貞か」
「今喋ったことから絶対に連想できませんよねそれ!?」
「だって匂うもん」
「えええええええええ!?」
「―――くっさ」
「くっさ」
『くっさ』
「ごめんなさいぃいいいいいいいいいい!」
スピーカーによる大音量が四方から響き、頭を床に打ち付け身悶える夕を前に、二人は微笑ましそうに頷いた。
「元気そうで何よりだ」
「何笑ってるんですか!? 鼻毛毟りますよぉ!?」
「今日、君を拉致したのは他でもない―――可奈から我々の目的は聞いているな!」
そう言って神妙な顔だけが、暗闇の中に浮かんで、夕は複雑な表情で顔を引きつらせながらオズオズと頷いた。
「え、ええ……OBT社の壊滅って」
「その通り!」
「む、無理でしょう! OBT社は世界を股に掛ける本当の大企業ですよ! 遺伝子技術に関しては、ここがシェア一位だって聞きます!」
「出来る!」
「な、何を根拠に!?」
「君がいるからだ!」
「はぇええええええええ!?」
―――天井から降り注ぐ光。
周囲に突き刺さる無数の視線。
「えええええええええええええええ!?」
そこはドーム状の空間。
壁はガラス張りになっていて、ガラスの向こう、何層にもなった床には人影がずらっと並んでいた。
「なんですかこれぇええええええええ!?」
皆白衣を着ていて、目が輝いて、その千の視線が夕に向けられていた。
『―――ちっさ』
「はぇええええええええええええ!?」
「皆に好かれてるようで良かったわねぇ夕君」
「どこ見ていったのおばさん!?」
「夕くぅううううんッ」
「ぎゃああああああああああ!」
目を剥く夕の視線の先、ドーム状の大広間の入り口から飛び出し、美緒は神を靡かせて走ってきた。
そして青ざめる夕に抱きつき、美緒は嬉しそうに目を細めて赤らむ頬を擦りつける。
「えへへぇ……夕君の匂いだぁ」
「美緒……どういう事これ?」
「お父さんがクルーの皆に君を見せた言って」
「そこのクソじいいぃいいいい」
「シュッシュポッポッシュッシュポッポ」
「唐突に何をやってるんですかあなたはぁ!?」
「二人で繋がって電車プレイ」
「何か喋ってるぅううう!?」
「精神の加速を促すぅううううううううう!}
「げぼぉおおおおお!」
音圧に吹き飛ばされそうになりながら、夕は頬っぺたを擦りつける美緒に抱きつかれつつ、苦い表情で周囲を見渡した。
「こ、こいつら何者だよ……」
「私達の仲間よ」
そう言って奥から出てきたのは妹の可奈。
ガラス張りの壁の向こうに並ぶ何百人と言う人影の服装と同じく、白衣を靡かせメガネの向こうに眠たそうな表情を見せる。
ニィと笑う口の端。
ムッと顔をしかめる夕を見下ろしては、抱きつく姉を横目に眼の前に座り込み膨れ面を覗き込んだ。
「薬……効いたでしょ」
「覚えがねぇよ……俺の身体に何があったんだよ」
「既に効果は出てるわ。後はあなたの自覚を待つのみよ」
「……」
「答えを知りたそうに歪んだ顔ね。チューしていい?」
「頭おかしくなりそうだからもうやめて……」
「残念」
クスクスと笑いながら翻す白衣。
そして可奈は母親の上神谷春香と、父親の上神谷鷲人の脇に立つと、二人を指して夕に話し始めた。
「OBT社が今の日本を牛耳ってるのは知っているわね」
「おうよ……」
「私のパパもママも、元は農家だったの」
「素手で土地開墾でもしそうな農家だなおい……」
「良く知ってるわね」
「すっごい元気ですねおじさんっ!」
「でも向こうの財力と圧力には勝てなくてね、パパとママはOBT社から土地を追い出されたの。
それでOBT研究施設に強制的に働かされていたわけ」
「―――農家が?」
「つい最近まで農家は、土地の改良、品種の改良―――市場競争に勝つ為なら、バイオテックにイノベーション、なんでもしてたわ」
「……つまり、おじさんたちは少し前までOBT社と同じことを小規模でしてたわけか」
「そうね。ここにいる皆、パパの会社の人よ」
そう言って可奈が見渡せば、そこにはずらりと並ぶ研究者風貌の人達がガラス張りの向こうで頷いている。
夕はグニグニと顔を美緒の頬で擦りつけられながら、苦い表情を歪めた。
「……それ単なる仕返しだろ」
「正解」
「巻き込むなよ……」
「それは残念ながら違うと言えるな、夕君」
そう言って一歩前に出る熊のように大柄な男、鷲人の真剣な表情に、夕は怪訝そうに眉をひそめた。
「どういう事だよ」
「君を造った―――産んだのは阿多野健二、佐代子嬢……君の両親だということだよ」
「造ったでいいさ。どの道弟にも俺にも一遍の愛情を注いだ記憶がない」
「あの二人は、我々の同志だった」
「―――だから家が隣だった」
「然り!」
「で、親父が反目したから移動した――――ついでに無関係じゃない俺に協力しろと」
「然り!」
「おじさん……ただの高校生だぞ俺?」
「そんなことないもんっ」
「ぐぇえええええええ……!」
そう言って真剣な表情で首を絞める美緒に、夕は目を白黒させてうめき声を上げた。
「夕君は強いんだよッ、私が何回殴っても死ななかったし、昔何度も殺そうと思っても君平気な顔して私の前に立っていたんだよ!」
「えええええ!? お前俺を殺そうとしてたのぉおおお!?」
「うん」
「もうやだこの家族ぅううううううう!」
「いい夫婦愛だなぁ」
「見捨てる気ですかァアアアア!?」
「そうやって、お前達が愛し合えるように、私は美緒を、健二は夕を生んで、育て、遺伝子を組み替えた」
「……まじ?」
「予め生まれ、愛する事を予定された二人だという事だ」
「……ハッキリ言うのねおじさん」
「でないと説明にならん」
悪びれることなく、そう告げる鷲人に、夕は気持ち悪そうに青ざめた表情で僅かに視線を落とした。
「くそったれ……」
「夕君は私の事がキライ?」
「……キライだよ」
「でも私は大好きッ」
「―――うるせぇ」
「……嬉しい?」
「うるせぇばぁか……」
「えへへ夕君っ大好きっ」
そう言ってフイッと顔を背ける夕に、美緒は表情は変わらずニコニコと笑いながら夕の首筋にしがみついた。
そうしてとほっぺたを擦りつける美緒を横目に、夕は口をすぼめ鷲人を見上げた。
「それで……俺がなんで呼ばれたんだ?」
「お前と美緒は二人で一つ。……アナトリウスの間を開けるために、二人の存在が必要なのだ」
「アナトリウス?」
「それがOBT社を壊滅し、世界を救うための鍵となる。お前達の改変遺伝子コード、紅き眼の狼の遺伝子はアナトリウスの間を開くキーコードとなる」
「紅い目?」
そう言って夕は美緒の顔を覗き込んだ。
―――ジンワリと煌めく紅い瞳。
むにむにと顔を擦りつける少女の眼は、血のように深紅に光り、夕は眼を丸くすると鷲人の方を見上げた。
「確かに……だけど俺は?」
「春香」
「はいはい」
そう言ってスッと右手を虚空にかざしては、小さな手の平が眉をひそめる夕の眼の前に突き出される。
その手のひらはうっすらと赤みを帯びて血の気が見える―――
――――映る自分の顔。
刹那、春香の手の平が景色の中に溶けていくと、光を反射し、うっすらと何かが空間に浮かんだ。
そして惚ける夕を映し、その火の様に紅いルビーブラッドの瞳が、空中に映し出される。
「……いつの間に」
「君のおじさんは、あなたに封印を施したの。……そして何人もの『ユウ』を造ってかく乱を図った。
まぁ結局、君は一人しかいなかったわけど」
「……親父は裏切った」
「そしてアナトリウスの間を開けるために、君の弟を造った。……女である弟をね」
そう告げる可奈の言葉に、夕はハッとなって眼を見開いた。
記憶の中に浮かぶ弟の膨れ面。
そこには紅い瞳が浮かび、夕は苦しげに眉をひそめつつ、再び眼の前に立つ鷲人を睨みつけた。
そして後ろ手に縛る鎖を動かしては、ため息が零れた。
「―――外してよ」
「……。正直、本気のお前を抑えられるのは美緒だけなのだよ」
「暴れるかよ」
「最後まで一つだけ―――ワシらに力を貸してほしい」
「アナトリウスって何だよ」
「―――最後の希望だ」
「最後の?」
「そうだ! この世界を救うための希望、暗き者たちを払い、OBT社を壊滅させるために、この力、何としても手に入れる!」
「よく……わからん」
「王が与えたもう最後の剣。古き者達の巡礼を凌ぐために、彼の者はこの地に降りたのだよ」
「?」
「OBT社は古き者に寄り添い、君は暗き者と戦う――――扱えるのは王である、君だけだ」
「王様?」
「然り! 君は紅キ瞳ノ王、黄昏の狼になるのだ!」
「――――よく、わかんねぇ」
仰々しく点を仰いで叫ぶ鷲人に、夕はがっくりと肩を落とすままに、ため息交じりに横目に抱き付く美緒を見下ろした。
「美緒」
「何ぃ?」
「とりあえず、できるか?」
「いいの?」
「問答してても疑問が解決する気配がない。とりあえず握手ぐらいはしたいんだ」
「うんっ」
パキンッ
小気味いい音を立てると共に、手首の鎖が一瞬ではじけ飛ぶ。
何をするわけでもなく、ただ美緒が睨むだけで吹き飛ぶ拘束具に、夕は手首を摩りながら感嘆にため息を漏らした。
「すごいな……」
「えへへ、夕君もすぐにできるよっ」
「喧嘩は苦手だ……」
そう言って立ち上がる裸の夕を前に、鷲人と春香は表情一つ変えず、スッと彼に手を伸ばした。
「ワシらに力を貸してほしい。共にOBT社を壊滅までに追い込もう」
「そんなすごいものを動かして、官憲が動かないのか?」
「そんなものはこの世に存在しない!」
「まじかよ……」
「そも亡き日本政府などより遥かに大きな組織を、この五百人足らずの地下結社で破滅させてやろうというのだ。
どこにそんな小物に構う余裕がある?」
「……勝算は?」
「お前と美緒がいる。できないことなどない」
「―――オヤジと弟を殺すな、とだけ希望は出しておく」
そう言って手を結ぶと、鷲人は真剣な表情はそのままに、そのルビーブラッドの瞳に力強く頷いてみせた。
「健二は今でも私達の同志のつもりだ。何が何でも助けて見せる。……もちろん君のクローンもだ」
「弟だ」
「変わらんよ、共に命だ」
「嘘つくなよ? ……取り合えず服頂戴」
「いやぷー」
「あんたもそれかよ!」
「まだ観察しないといけないからね、とりあえず君、ちんこ立たせて」
「公衆の面前で何言ってるんですかぁ!?」
何食わぬ顔で近づいてくる可奈に、夕は眼を剥いて後ずさろうとした。
―――広間に響き渡る轟音。
「ぎゃあああああああ!」
地響きに吹き飛ぶ夕の視界に映るのは、爆風に破れる天井。
瓦礫が崩れ落ちてきて、ガラス張りの壁が割れて白衣の人達が散り散りになっていくのが見えた。
天井のライトが半分以上割れて、薄暗くなっていく広間。
そして土埃が噴きこんできて、視界が遮られる中、夕は裸のままヨロヨロと立ち上がる。
「な、なにが……」
「お姉ちゃんッ」
「ウンッ。夕君をお願いっ」
そう告げて立ち込める土煙の中、美緒は身体を強張らせ、僅かに姿勢を低くしてスゥと深紅の瞳を細めた。
可奈は白衣を翻し、惚ける夕の手を取りその場を離れようとする。
「行こう!」
「美緒がいるだろうが!」
「OBT社が攻めてきてる、とりあえず逃げないと!」
「そんな直ぐに攻められるような場所に集まるなアホどもがぁあああ!」
「だってここ前線基地だもの」
「どこだよ!?」
「樋之継手村」
「敵地のど真ん中じゃないですかぁあああああああ!」
そう叫ぶ夕の声が遠のいき、美緒は困ったような笑みを浮かべつつ、破れたドーム状の天井を見上げた。
パラリ……
天井の残骸が零れおちて、床を叩く音が広間に響き渡り、粘りつくよう静けさが広がる。
カチリと少女は床を叩いて、一歩を踏みこみつつ、辺りを見渡す。
スゥと埃っぽい空気を吸い込む―――
「……足止めか?」
――――背中を撫でる殺意。
ヒュンッ
風を切り裂く鋭い刃の音色。
息をのむままに地面を蹴り、前のめりに床の上で前転する美緒の背中のすぐ上を刀身が真横にすり抜けた。
ブンッと横に振り抜いた刃が止まり、振動で土埃が晴れる。
鞘に添えた右手には血管が浮かび、よれよれの服を土埃の中に靡かせながら、そこには男が立っていた。
ヒュンッと土埃を払って床に振り下ろす刃。
スゥと吸い込む息。
顔は髭に覆われ、虚ろな目は変わらず、床を転がって避ける美緒の様子をじっと追いかける。
そして、ニヤリと口の端を歪めて、男、阿多野健二は立ち上がる少女に微笑んだ。
「……懐かしいな」
「おじさん……」
その表情は強張ったまま、美緒は後ずさりながら、土埃を掻きわけ踏み込んでくる健二に向き合った。
ヒュンッ
切れた黒髪が僅かに虚空に舞い、耳元を掠める風。
息をのみ、身体を屈め刃をよける華奢な身体。
そして袈裟に刀を振り下ろす健二の懐に潜り込むと、美緒はスッとわき腹に深々と掌をめり込ませた。
「ぐぅううう……!」
「おじさん、相変わらずだね」
くの字に僅かに反る健二の背中。
そのまま苦しげに顔をしかめる男の脚を掬いあげ、美緒は体勢を崩す健二から刀をもぎ取り馬乗りになった。
そしてスッと長物の尖端を、床に倒れる男の胸元に突きつける。
紅い瞳が、鋭く細まる―――
「……そうでもないさ」
「きゃっ」
僅かに腹部にめり込む両足。
床に手をつき背中を反らし、反動で脚を振り上げると、健二は短い悲鳴を上げる美緒を払い飛ばした。
音を立てて床に転がる刀が一本。
長物を拾い上げるままに、鞘に収めると、短く息を吐き出して、健二は再び美緒と向き合う。
腹を抑え、ムッと表情をしかめる少女に苦笑いを零す―――
「可愛い顔が台無しだ……佐代子さんはそれほど怖い顔はしなかったぞ」
「嘘つき」
「……だな」
表情は変わらず、困った調子でそう告げると、再び腰を低く構えて柄に指を添えた。
殺気が滲んで、床に広がる。
美緒は再び後ずさって、表情を強張らせる―――
「健二よ!」
「―――でかい声だ……」
立ち込める粉塵の中から響き渡る怒声に、健二はため息交じりに肩をすぼめ、刀から手を離した。
そして振り返れば、そこには視界を覆う巨大な掌。
「変わらぬことだ!」
ガシリッ
顔面を片手で鷲掴みにするままに、健二の頭を持ち上げると、鷲人はそのままに地面に叩きつけて蹴り飛ばした。
土埃が尾を引き、地面を転がる健二。
刀を床に突き立て、地面を擦りながら健二の動きが止まり、鷲人はヨロヨロト立ち上がる人影に眼を細めた。
「聞こう!」
「―――理由はないさ……」
「話す舌は持たぬか!」
「以前変わらず―――勇……」
―――ザクリッ
背中にめり込む鈍い感触。
ムッと顔をしかめて後ろを振り返れば、そこには黒髪の少年が大柄な鷲人の背中に飛びついていた。
ひらひらと舞う短いフリルスカート。
白いセーラー服はライトの下に覗かせ、襟元に谷間を覗かせ、そこには幼い少女のような子供だった。
その瞳は赤黒く染まり、キッと睨みつけ、手に持ったナイフを鷲人に突き立てる。
息も荒く柄を握りしめれば、血が滲み出す―――
「殺してやる……」
「出来そこないが……」
「僕があの女と違うだと!?」
「チンコがついた人間を女とは呼ばん」
「僕は男だよ! でも兄ちゃんが大好きだ! 僕が兄ちゃんの子どをも生むんだ!
「アナトリウスの間を開くのは、美緒と夕だ」
「兄ちゃんを返せぇええええ!」
翻す白衣の外套。
振りほどくままに、勇は軽々と吹き飛ばされて床に転ぶ中、グッとナイフを握りしめて立ち上がった。
「このぉ!」
「美緒!」
―――ヒュンッ……
風を切り裂く鋭い音色。
ハッとなるままに勇が後ずされば、そこには美緒が飛びかかって蹴りつけた脚が虚空を掠めていった。
トンッと下ろして床を叩く爪先。
僅かに腰を低く構えるままに、表情険しく向き合う少女を前に、少年は背中を打ち震わせる。
眼を血走らせ、グッとナイフを握りしめる―――
「お前が……お前が兄ちゃんを取った……」
「子供の時から夕君は私のもの。クローンだったら知ってるんじゃない?」
「知るかよ!」
「帰ってもらうね」
「兄ちゃんを返せぇええええええええ!」
「同じことばっかり」
スカートを振り乱し、走り出す少年に、少女はため息もそこそこに地面を蹴って飛び出した。
ドォオオンッ
激しい地響きに地面に転がる瓦礫が僅かに浮いて、崩れ始める天井。
ぶつかり合う二人を背に、ライトに照らされながら、白衣を着た大柄な男と小柄なよれよれ男が向き合う。
「聞こう」
「……お前が憎い」
「戯れるな」
「本当だよ」
カチリ……
よれよれの服を靡かせ、男は薄ら笑いもそこそこに、静かに身体を低く前のめりに構え腰に携えた刀の柄に指を添える。
そして立ちつくす大男を睨みつけ、埃っぽい空気を吸う―――
「……お前を殺したい」
「是非も無し!」
バッとはためかせる白衣の外套。
そしてライトの下に露わになる巨大な腰の拳銃が二丁。
銀のフレームは象の鼻のように分厚く、バレルは長く重たく―――鷲人はリボルバーを引き抜いた。
撃鉄を引き絞れば、回転する二つの弾倉。
かざした照準の向こうに健二を捉え、鷲人は鋭く目を細めるままに、息を吐き出す。
「やろうか」
「―――半端な事はするなよ、相棒」
「12・2ミリ対物弾の威力、とくとご覧に入れよう!」
「斬り裂く……!」
ドォオオオンッ
重たい銃声を響かせ、鷲人を覆う程に膨大な硝煙をマズルブレーキから噴きだし、対物弾が飛び出す。
風を斬り駆けだす影。
二つの弾丸が背中を掠めていき、鋭く切り込むように、健二は鷲人の胸倉へと駆けこんでいく。
刀の鍔から刃が顔を出し、ライトを照り返す――――






