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因果応報~追放された女結界技師の私、裏切った親友聖女と婚約者の近衛隊長からすべてを奪い、永遠の獄に縛り付ける~  作者: 九条 綾乃


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第4話 魔紋鑑定と冷徹な契約

 公爵邸の地下へ降りる階段は、石が新しかった。古城の湿り気ではない。削りたての岩肌に薄い結界膜が張られ、足音さえ吸い込むように静かだ。


 使者に先導されて廊下を進むと、扉ごとに印章が違った。防火、防水、防音、魔力遮断。単なる研究区画ではない。国家の中枢――公爵が「戦場」と言った意味が、身体で分かってくる。


「ここだ」


 扉が開いた瞬間、空気が変わった。


 金属と薬品の匂い。熱を帯びた魔石の匂い。遠くで歯車が回り、魔力を循環させる低い唸りが床から伝わる。大きな作業台がいくつも並び、壁一面には回路図が貼られていた。文字は隣国式の表記法だが、線の理屈は同じだ。魔導具師の言語は、国境を越える。


 白衣の男と女がこちらを見た。年若い助手、眼鏡の研究員、そして――中央に立つ、背の低い老人。髪は白く、指先が異様に太い。あれは金属を削り続けた者の指だ。


「公爵様のお出ましです」


 使者が告げると、老人は私を一瞥し、鼻で笑った。


「……追放された魔導具師、か。国が捨てると、他国が拾う。古い話だ」


 私は言い返さなかった。ここで感情を見せるのは損だ。損得で動くと決めたばかりだ。


 公爵が一歩入る。研究員たちが微かに背筋を伸ばした。恐怖ではない。鋭い集中だ。この男が命じれば、国家予算が動く。現場はそれを知っている。


「彼女に必要なものを出せ。ブローチ核の解析を最優先」


「承知しました」


 老人が手を叩くと、助手が金属箱を運んできた。中には、細い工具、魔石の粉末、透明な液体が入った小瓶、そして――私が欲しかったものがあった。


 高純度の共鳴石。

 魔力を流すと、同調した情報だけを増幅する。記録魔導具の修復に使うには最適だが、祖国では手に入らない。王宮ですら渋る材料だ。


(……本気で揃えてる)


 私は小袋から回路核を取り出し、作業台に置いた。砕けた銀の縁が欠け、中心の回路だけが薄く光る。


 老人が覗き込み、低い声で言った。


「設計が綺麗だ。外装が壊れても核が生き残る構造。自己保全回路まで入ってる。……誰が教えた」


「私が自分で作った」


 老人は一瞬、目を細めた。

 嘘を疑ったのではない。職人同士の確認だ。


「なら、腕は本物だな」


 褒め言葉でも、試験でもある。私は頷き、手を伸ばした。


「まず、核を固定する」


 私は回路核の周囲に微細な保持回路を描き、共鳴石を三つ、等間隔に置いた。魔力を流し込むと、石が淡く鳴る。音ではなく振動。脳の奥で共振する感じ。


 記録魔導具は、魔力の流れそのものを刻む。外装が壊れた今、残るのは断片だ。それでも核が生きていれば、“声”は拾える。


(頼む……残っていて)


 私は魔力の糸を細く張り、核の中心へ落とした。


 ――ふっと視界が歪む。


 映像が、ではない。

 感覚が抜け落ちるような、記憶の皮膜を剥がされるような不快感。


「……霧」


 私は小さく呟いた。


 老人が眉を上げる。


「記録に”禁忌の匂い”がするか」


「する。レーテの霧。記録の奥に、あれが絡んでる」


 公爵が、静かに言った。


「つまり、祖国の中枢が正常ではない可能性が高い」


「可能性じゃない。……確定よ」


 私は息を吐き、魔力の流量を変えた。核が悲鳴を上げるように震え、共鳴石が一つ、二つと鳴りを揃える。


 次の瞬間、薄い光が作業台の上に像を結んだ。


 ――路地。

 雨ではなく、乾いた冬の空気。

 若い私の手元。火種の魔導具。横で笑う、幼いリリィ。


 たった数秒。映像はすぐに砂のように崩れた。

 でも確かに、残っている。


「……よし」


 私は指先を震わせながら、もう一度、今度は違う層を探った。

 核の奥は層になっている。作った私にしか分からない“鍵穴”がある。友情の証だからこそ、他人が覗けないように入れてある。


 共鳴石の角度を少し変え、魔力の癖を私自身の“魔紋”へ寄せる。核が応える。――私の魔紋に、核が開く。


 像が再び浮かび、今度は途切れながらも声が混ざった。


『……これには、私が何もしていなかった証拠が詰まってるんでしょ?』


 リリィの声。

 笑い混じり。愉快そうに、残酷に。


『邪魔なのよ、こんなゴミ』


 そこで映像はぶつりと切れた。

 作業台の上の光が消える。部屋の静けさが戻り、研究員たちが息を飲んだ音だけが残った。


 私は唇を噛んだ。怒りはある。だけど今は、怒りよりも確信が欲しい。証拠として“繋がる”断片が。


 老人が、ぽつりと言った。


「壊したのは聖女本人か。……あれは馬鹿だな」


「馬鹿。そうかもね。自覚させるために直す」


 私は言い捨てた。

 公爵が視線だけで研究員たちを制し、私に問いかける。


「どこまで出せる」


「時間と設備があれば、全て。……ただし、修復は表面の外装からやる方が早い。核のままだと断片しか拾えない」


 老人が鼻を鳴らす。


「外装の再生なら可能だ。パーツが要るが」


「欠片は、持ってる」


 私は外套のポケットから、泥だらけの銀片を取り出した。リリィが踏み砕いた破片。あの日、拾い集めたもの。


 研究員の一人が目を見開いた。


「……それ、ずっと持っていたのか」


「これが彼女の“首輪”になるかもしれないと思ったから」


 正確には、リリィの首を”絞める”縄だ。

 私はそう言わず、破片を作業台に並べた。


 老人が舌打ちする。


「美しい銀細工だ。壊し方が雑で助かった。変形が少ない」


「褒めてるの?」


「職人としてはな」


 会話が途切れたところで、公爵が机の上の別のものを指で弾いた。薄い革の束。契約書だ。


「作業は続けろ。その前に――これに目を通せ」


 私は手を止め、契約書を受け取った。紙は分厚く、封蝋印は公爵家のもの。内容は短い。無駄がない。けれど、短い文ほど刺さる針が多い。


 保護。研究区画の提供。材料の提供。身分の保証。

 その代わりに、技術協力。国家機密の保持。成果物の共同使用。


(……共同使用)


 私はその箇所で指を止めた。


「“共同使用”の定義が曖昧。私の技術を、あなたの名義で売られるのは嫌」


 公爵は視線を上げた。


「嫌か」


「当然」


 公爵は頷き、使者に目で合図した。使者が別紙を差し出す。


「追補条項だ。成果は全て“開発者名義を保持”する。公爵家は使用権を得るが、功績は奪わない。必要なら、“アリア・ノーラン”を技術顧問として公に出す」


 私は紙を見た。文字は確かにそう書いてある。

 ――信じるかどうかは別だが、契約として残るなら武器になる。


「あと一つ。私は祖国に戻らない。奪還命令が来ても、引き渡さないって条項が欲しい」


「当然だ」


 公爵は淡々と言う。


「お前は我が国の保護対象であり、国家資産だ。勝手に持ち出させない」


 資産。

 人間扱いではないのに、なぜか安堵した。情けで縛られるより、契約で守られる方がいい。


 私は最後の条項へ視線を落とし、読んだ。


――“祖国に対する交渉権は、公爵家が優先的に保持する”。


 私は紙を置き、公爵を見る。


「これだけは飲めない。私の清算は、私の手でやる」


 公爵は、微かに口角を上げた。


「そこだけは譲れないな。交渉は戦だ。感情で勝てるほど甘くない」


「私も感情でやる気はない。……でも私の証拠は、私の武器。あなたの戦果として使われるのは嫌」


 公爵は一瞬黙り、指で机を叩いた。

 規則的に、二回。思考の癖。


「ならば折衷案だな。

 交渉は公爵家が主導する。だが――お前の証拠の公開権は、お前に与える。公開の場とタイミングは戦略上調整するが、“何を出すか”はお前が決めろ」


 私は、その一文の重さを測った。

 これは、私の復讐心を満たすための譲歩ではない。公爵の戦略にとっても、当事者である私が握った方が強いと判断したのだ。


(……最低限の保証は得た)


 私はペンを取り、追補条項に自分の名前を書いた。

 署名を入れた瞬間、胸の奥が冷えた。契約は鎖にも盾にもなる。今の私は盾が欲しい。


 公爵が封蝋印を押し、書類を閉じた。


「これでお前は我が国の技術顧問だ。――まずはブローチの完全修復。次に、“魔紋鑑定”をやれ」


「魔紋鑑定?」


「『アイギス』が誰の手で作られたか、第三者として証明できる形にする」


 公爵は淡々と言う。


「お前の祖国は嘘を吐く。ならば嘘の余地がない証拠を積み上げる。回路の癖、材料の選定、補助回路の思想。職人の思考そのものを突きつけろ」


 私は頷いた。

 それなら、やれる。むしろ得意だ。


 私は作業台に戻り、銀片の曲面を合わせ、欠損部を仮置きした。外装を作り直すには、当時の加工痕を読み取る必要がある。私の彫り跡は、私がいちばん分かる。


 助手が材料を運ぶ。

 研究員が回路計測器を並べる。

 老人が顎で指示し、誰もが無駄なく動く。


 祖国の工房は、いつも「足りない」中でやりくりしていた。

 ここは違う。足りないものを前提にしていない。必要なものを揃え、結果を出す前提だ。


(こんな場所があったなんて。私はあの国で一体なにを……)


 思いかけて、やめた。過去を嘆くのは消耗だ。私は今、武器を作っている。


     ---------------------------------------------


 昼前、研究区画の奥の壁が一度だけ低く唸った。

 通信回路の起動音。公爵の使者が短い報告書を持ってきた。


「あなたの祖国からの情報です。結界縁で、小規模な魔物侵入」


 私は手を止め、紙を受け取った。

 内容は簡潔だった。国境近くの村で魔物の群れが現れ、結界の外側に“薄い裂け目”が観測された。神殿は祈祷を強化。近衛は沈静化を宣言。


 ――始まった。


『アイギス』の“悲鳴”が。


 私は紙を握りしめた。

 胸の奥で、何かが痛く軋む。ざまあみろ、と言いたい自分と、最初に死ぬのは民衆だと知っている自分が喧嘩する。


 老人が私の手元を覗き込み、低い声で言った。


「迷うな。迷いは手元に出る」


「迷っていません」


 嘘だった。

 でも嘘でいい。迷いはあとで燃やせばいい。今は結果が必要だ。


 私は作業台に向き直り、銀片へ魔力を流した。

 回路の接合部が淡く光り、壊れた外装が少しずつ形を取り戻す。


 壊した女の笑い声。

 捨てた騎士の澄んだ目。

 操られた王と大臣の沈黙。


 全部、確かな証拠として必ずここへ連れてくる。

 

 公爵が背後で静かに言った。


「お前の祖国が助けを求めるまで、時間はそう多くない」


 私は手を止めずに答えた。


「求めさせる。……その時、私が値段を決める」


 共鳴石が鳴り、修復中のブローチが淡く脈打った。

 核の奥で、記録がもう一つ、息を吹き返す気配がした。


 次に引き出すのは、リリィの嘘だけではない。

 カイルの“計算”の証拠だ。


 私は指先の震えを押さえ、魔力を流し込んだ。

 光が、静かに集約されていく。


 祖国の結界が、遠くで軋む音を立てた気がした。

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