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そもそも、強い女の定義から始めましょうか

作者: 櫻井
掲載日:2026/03/01

インスタントざまぁに挑戦してみました。

威力小パンチくらいかもですが、宜しくお願いします。

 加賀真琴と渡辺慎也の出会いは、三年前。互いが務める外資系コンサルティングファームと広告代理店が、大手飲料メーカーのブランディングプロジェクトでタッグを組んだことがきっかけだった。


 慎也たち広告代理店側が、どう表現するかのクリエイティブのプロであるのに対し、真琴たちコンサルは、ゴールデンサークル理論の戦略のプロとして、クライアントが抱える本質的な課題を整理し、広告代理店に対して明確な指針(オリエン)を出して、彼らの力を最大限に引き出すのが仕事だ。


 この時、真琴はプロジェクトリーダーとして。慎也は、頭角を現し始めた若手プランナーとして、同じプロジェクトに携わることとなった。


 会議の冒頭、淡々とプレゼンを行う彼女が作る心地よい緊張感に慎也は背筋を伸ばす。


 加賀真琴という人間に、強い憧れを抱いた瞬間だったのかもしれない。


 プロジェクトが解散となれば、合法的に真琴に会う機会は減る。仕事が進むにつれ、良好となっていく関係だが、あくまで表面上のこと。一歩踏み込み、なんとか縁をつなぎたい。


 そこから慎也は、真琴に幾度となくアプローチを重ねた。控えめにゆっくりと、だが確実に距離を詰めていく。その粘り強さと、ふとした瞬間に見せる真っ直ぐな敬意。妙なところでポテンシャルを発揮した慎也に、真琴は笑いながら交際を承諾した。



 知り合って三年、交際を始めて二年半。

 真琴は二十八となり、慎也は二十九となった。そろそろ結婚を意識し、生活を共にしてもいいと考える頃合いだ。


 実際、付き合い始めて半年も過ぎた頃。

 週末婚のような形で土日だけでも一緒に暮らさないかと慎也が誘ったこともある。だが、仕事に押される毎日に二人のリズムは噛み合わず、やがて慎也の仕事にアシスタントが付くとそれまで頻繁に聞かれた「一緒に暮らさないか」という言葉も、いつの間にか慎也の口から消えていた。


 このまま、ぼんやりとなし崩しに時が過ぎるのに任せるのか。それとも、どこかで明確な区切りをつけるのか。互いの仕事の節目を言い訳に、答えを先送りにして。結局、宙ぶらりんのまま。


 そうして迎えた、二週間ぶりの夕食。

 夕食の湯気の向こうで、慎也が唐突に切り出した。


「真琴は強い女だから、一人でも大丈夫だと思うんだ。だけど……陽葵(ひまり)は弱い人だから、俺がついていないと潰れちゃう気がして」


 相沢陽葵。真琴も何度か会ったことがある慎也のアシスタントだ。なんなら、出先でたまたま出くわし、そのまま食事に行ったことすらある。 親しみやすく、発想が豊かで一緒にいるこちらを楽しい気分にさせる明るい子だ。


 真琴は、手にしていた箸を音もなく置いた。


 慎也と真琴の関係を知っている陽葵が、間に入り込もうとするだろうか。

 確かに遅々として進まない関係ではあるが、だからといって隙があると入り込むような人物にも思えない。


 無言にして三秒。


 真っ直ぐに自分を見つめてくる真琴を前に、慎也は逃げ出したくなるほど、その時間が長く感じられた。


「そう、……なら。そもそも、強い女の定義から始めましょうか」

「え?」


 真琴の瞳には、怒りも悲しみもなかった。

 元から感情を爆発させるのが得意ではないというのもあったかもしれない。いや、十分に喜怒哀楽はあるのだが、それが表面に出にくいだけだ。男女として、それなりに深い付き合いだったと思ったが、生憎慎也は真琴の瞳の奥に女性特有の複雑怪奇な感情の縺れではなく、ただの冷ややかな光しか見つけることはできなかった。


「強い女だから一人で大丈夫。これって、お前は俺がいなくても平気そうだから、捨てても俺の罪悪感が軽くて済む。ってことかしら?」

「い、いや。そんな」

「強いという称賛を、守る義務の免除にすり替えている。便利な免罪符ね」

「そんなつもりじゃ......」


 慎也は「違う」と否定しようとするが、真琴は取り合わない。


 テーブルの上には、三時間煮込んだ牛テールスープの残骸と、手作りのコンフィが入っていた皿が並んでいる。慎也はそれを美味いやさすが真琴だと褒めそやして完食した直後に、この話を始めたのだ。

 とんだデリカシーの無さに愕然とする。


「陽葵は弱い人だから。二十六歳の社会人を、守らなきゃ潰れる未成年扱い? それ、完全にパワハラ上司の上から目線だと思うのだけど」

「パ、パワハラ」

「陽葵ちゃんを弱者という椅子に縛り付けて、慎也君は正義の騎士の座をキープする。彼女の自立心を奪い、自分への依存を誘発」


 出会った頃の凛とした姿に惹かれた慎也だったが、今、確実に敵とみなした相手を前に真琴は切り立った崖が如く絶壁として立ちはだかる。


「……これ、厚生労働省の定義するパワハラや、心理学で言うガスライティングの典型的な手口よ。無自覚にやってるなら、救いようのない加害者体質だと私は思うわ」

「そ、そんな、俺はただ彼女が心配で」

「よかったわ、今わかって」


 動揺してワイングラスを倒しそうになる慎也を見つめる真琴の目は無だ。諦観の念が透けて見えると言ってもいい。


「そもそも強い、弱いで人間を二分法している時点で、あなたは人間を利用価値のあるランク付けされたモノとしてしか見ていない。強い方は放置、弱い方は俺の自尊心の餌。これ、究極の自己中心主義よね。私を強い女と呼んで切り捨てるのは、自分の浮気を人助けに塗り替えるための自己正当化かしら? 令和の日本でそれを本気で言える神経が、すごいわね」


 真琴は、自分が丹精込めて用意したディナーの空皿を、光が消えた目で見つめた。


「私の時間も、労力も、信頼も、全部こんな薄っぺらい思考の持ち主に注ぎ込んでいたなんて……全部が無意味だったことより、どこかでわかっていながら目を背けていた自分が、一番情けない」


 わずかに震えた吐息を、真琴は即座に飲み込んだ。一瞬の沈黙。慎也が何か言おうとするが、手を上げてそれを制した真琴が次に顔を上げたとき、その瞳からは一切の湿り気が消えていた。


「……もう、いい。まとめましょう」


 ゆっくりと背筋を伸ばす。怒りの沸点を超え、もはや感情は絶対零度まで振り切れている。


「慎也君は、弱者を救うヒーローという自己陶酔に浸りたくて、私を邪魔な強い女に仕立て上げたい。……それで自分を正当化できると思っているなら、一生その底の浅い水たまりで、溺れていなさいな。本当の強さを持てない、永遠に弱い男のままでね。お疲れ様」


 呆然とする慎也を視界の端にも入れず、真琴は立ち上がった。クローゼットからコートを掴み、袖を通す動作に迷いはない。


「これは、返すわ」


 ソファーの上に置き去りにしていたバッグから鍵を取り出すと、汚れた皿が乗ったままのテーブルの上に置いた。

 利便性を優先して、繁華街近くに部屋を借りた慎也と違い、真琴は部屋の広さを優先して郊外に部屋を借りた。そんな彼女の部屋の鍵を慎也は欲しがらなかったし、真琴も渡そうとは思わなかった。


 何処かでやはり、予感めいたものがあったのだろう。


「後片付けくらい自分でしてね。部屋にある私のものは全部捨ててもらって結構よ。慎也君の荷物は、明日まとめて宅配便で送るから置き配の手続きしておいて」


 慎也と真琴が出会ったプロジェクトはすでに終了しているし、今後何かのきっかけで両社が組むことになったとしても真琴が担当になるとは限らない。なったとしても、もう他人だ。


「真琴」

「狭い業界だから、また何処かでお会いするかもだけど。その時は宜しくお願いしますね、渡辺さん」


 重厚なドアの閉まる音が、静まり返った部屋に宣告のように響く。あとに残されたのは、冷めきった牛テールの脂の匂いと、一人の男の情けない呼吸音だけだった。





陽葵ちゃんはきっと、

「ずっと狙ってた現地のクリエイティブ・エージェンシーへの派遣選抜(トレーニー)に通りました〜やったぁ〜。来月からニューヨークなんですぅ。マディソン・アベニューで最新のアドテクを学んできま〜す」

と言ってさっさと旅立つと思います。


以上、お時間頂きありがとうございました。


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― 新着の感想 ―
あぁ〜フッ軽!陽葵ちゃんフッ軽なんですね! ………ってことはガチの勘違い男じゃないですか…………アホでは…… 周りをちゃんと見てれば、そういう子だってわかると思うんですげとね…… 真琴さんも見切りが早…
陽葵ちゃん、アプローチしてるわけでもなさそうだし勘違いでしたね。しかしこういうことを言える時点で真琴さんは強くてかっこいいです。
確かにそのオチありそう〜! 『お付き合い?してましたか私たち?告白とかされた覚えありませんケド〜??2人でご飯にも行ったことないのに??』とか言われそう… そりゃ好意的と好意は違うよな…
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