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オール・ギフテッド  作者: Paracoccidioidomicosisproctitiss
第一部 第一章

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9/9

黒角鏡乎は気さくである


「……ていうかね、柄長。あんたのその能力さ、それ普通に国家指定危険能力ナショナル・デンジャー・クラス認定レベルの代物だからね」

 二つ目のスパムおにぎりを齧りながら、普並木杏璃(ふなきあんり)は真顔で指摘した。

 口元に脂と米粒をつけながらの発言にしては、その内容はあまりに重厚で、かつ物騒であった。

 しかし、言われた当の本人は、唐揚げの衣を箸でつつきながら、どこ吹く風といった様子である。

「んー? まぁ、そうかな? でも私、特に悪さしてないしー。精々がスマホの充電とか、リモコン取るのめんどくさい時とか、私利私欲程度には使ってるけどねっ」

 鴨紅柄長(かもべにえなが)は、悪びれもせずに、にぱーっと笑った。


 ここで語られる「国家指定危険能力」とは、かつて亜鳴蛇筮麽(あなたぜにま)がコピーした空間抉りのテロリストなどが認定された「国家指定広域殲滅級凶悪能力」とは一線を画す、別の危険認定カテゴリーである。

 これは主に、悪意の有無にかかわらず、大規模な影響力を持つ一般能力者に対して国が発行する、一種の「注意喚起ラベル」のようなシステムであった。

 この国では能力自由行使特措法フリーダム・アビリティ・アクトに基づき、基本的人権とプライバシー保護の観点から、国民の保有能力を詳細に管理・登録することは禁じられている。犯罪行為がない限り、その行使は原則として自由。これがこのディストピアにおける不文律であり、唯一の福音であった。

 しかし、善良な市民による事故や、あまりに強大すぎる力の暴発を完全に無視することは、国家としての統治機能を放棄することと同義である。

 故に、この認定制度が存在する。

 認定の条件はいくつかある。

 例えば、本人に悪気はなくともその強力な能力ゆえに引き起こしてしまった大規模な器物損壊事故。あるいは、本人の意思とは無関係に環境へ干渉してしまう常時発動型の強力な能力。または、強力な能力を用いた軽犯罪などがメディアによって大きく取り上げられ、世間の認知を得てしまった場合などがこれに該当する。

 好例として、以前ニュースを賑わせた鹿児島県での一件が挙げられるだろう。

 とある男子大学生がいた。

 彼の保有能力は、破滅の剣を出す能力。

 厨二病の極みのような名称だが、その実態は笑い事では済まされない。彼が虚空から召喚する漆黒の大剣は、ただ一振りするだけで局地的な台風ごとき衝撃波を発生させ、鉄筋コンクリートのビルすらも容易く吹き飛ばすという、戦略兵器級の代物であった。

 そして、その男はあろうことか、自身の力がどれほどのものか知りたいという純粋な好奇心から、人気のない深夜の海辺にて「力試し」と称し、その剣を本気で振るったのである。

 結果、海が割れた。

 比喩表現ではなく、旧約聖書のモーセよろしく、数キロメートルに渡って海水が両断され、海底の道が顕現したのである。

 幸いにして、周辺への被害は皆無であり、魚介類が多少驚いて跳ねた程度で済んだ。しかし、この前代未聞の怪現象は大ニュースとなり、連日の報道で日本中が騒然となった。

 彼はその後、県警によって任意同行を求められ、事情聴取を受けた。

 だが、彼にテロリズムの意図も、社会への反逆の意志も微塵もなかったことは明白であった。彼はただ、純粋に自分の剣を振ってみたかっただけの、少々考えなしの若者に過ぎなかったのだ。

 結果、彼は「厳重注意」という名の小さなお説教だけで釈放された。

 しかし、その絶大すぎる能力は国家公安委員会の知るところとなり、彼は即座に「国家指定危険能力者」としてリストアップされた。

 とはいえ、その後も特に問題行動が見られなかったため、それ以上の監視や行動制限が課されることはなく、人権侵害のないよう彼の自由は最大限に保証されている。

 リストには載るが、悪用しない限りは干渉されない。

 現在、その海を割った大学生は、むしろその豪快なエピソードから「リアル・モーセ」などと呼ばれて一躍人気者となり、ファンに囲まれながら普通にキャンパスライフを謳歌しているという。

 下手に強大な能力者を抑圧し、国民の不満を鬱積させ、暴発されることこそが国家にとって最大の悪夢である────というのが、政府の本音であり、この国の緩い統治スタイルの根幹であった。

 つまり、柄長の有する電波でテクノロジーを操る能力も、その気になれば都市機能を麻痺させられる以上、本来ならばこのリストの筆頭に載っていてもおかしくはないシロモノなのだ。


「……ま、私がその気になれば、杏璃の家のエアコンの設定温度を勝手に三十度にしてやることもできるけどね」

「地味な嫌がらせやめて!? 夏場なら死ぬから!」

 普並木が悲鳴を上げる。

 柄長は最後の唐揚げを口に放り込むと、もぐもぐと咀嚼し、ごくんと嚥下してから、不意に真剣な眼差しを普並木に向けた。

「それよりさ……本当に羨ましいのは、私じゃなくて杏璃の方だよっ」

 その声には、先ほどまでの余裕はなく、どこかドロリとした嫉妬の情念が含まれていた。

「……は? 何処がよ」

 普並木は眉をひそめた。

 能力の出力、汎用性、レアリティ。どれをとっても柄長が圧倒的上位にいるはずだ。嫌味だろうか、と警戒する。

 だが、柄長は恨めしげに言った。

「杏璃ってさ、スタイルいいじゃん。私なんて見てよ、こんなチンチクリンだし、幼児体型だし、心底羨ましいよ。もう成長期なんてとっくの昔に終わってるし、これ以上背も伸びないしっ!」

 柄長の視線が、普並木の身体を舐めるように走る。

 普並木は、意外とスタイルが良い。

 身長は百七十センチメートルと、日本人女性の平均を大きく上回るモデル体型である。手足はスラリと長く、彼女が普段から鍛えていることもあり、適度に筋肉がついた健康的なプロポーションを誇る。

 そして何より、胸部の発育が著しい。流石に規格外の巨乳である筮麽ほどではないが、衣服の上からでも十分にその存在を主張するだけの豊かな膨らみを有していた。

 柄長は空になった箸を突き出し、「それっ」と普並木の胸元をビシッと指した。

「え? そ、そんなこと……?」

 普並木は虚を突かれ、思わず自分の胸元に手をやった。

「そんなことあるよっ! 大ありだよっ! あんたなんて、私から見たら『女としては』間違いなく強者に違いないっ。筮麽もだけどさぁ、あいつも無駄に身長デカいくせに出るとこ出まくってて、スタイル良すぎなんだよっ。神様は不公平だっ! 私には能力の才能じゃなくて、その脂肪を寄越せってんだっ!」

 柄長はバンバンとテーブルを叩き、空になった弁当箱の前で嘆いた。

 能力の優劣などよりも、彼女にとってはそちらの方が、余程重大で深刻な欠落であったのだ。

 確かに、柄長は愛らしい顔立ちをしている。小動物的な可愛らしさがあり、男子学生からの隠れファンも多い。

 だが、身長は百五十三センチメートルと極めて小柄であり、胸部に至っては、悲しいかな、限りなく平野に近い微起伏である。壁と見紛うほどの慎ましさだ。

 柄長的には、自分は「女子として持たざる者」という強烈な劣等感を抱いており、目の前に座る普並木の豊満な肢体は、嫉妬の炎を燃え上がらせるのに十分すぎる燃料であった。

 今度は、柄長の方が「ずーん」と効果音を背負って沈み込む番だった。

「……ふ、ふ~ん。そう?」

 普並木は、最初は戸惑っていたが、次第に事態を飲み込み始めた。

 彼女はゆっくりと腕を組み、わざとらしくその胸を強調するようなポーズを取った。

「だから? そんな事言われても、べ、別に嬉しくないからっ」

 ツン、とした口調で言い放つが、その声は明らかに弾んでいる。

 隠しきれない優越感が、口角をにんまりと釣り上げていた。

(神様は不公正? 一切訓練も無しで発電所並みの能力を持ってるあんたが言うなよ……)

 内心ではそうツッコミを入れている。

 だが、能力バトルという土俵では完膚なきまでに敗北し、プライドをへし折られた彼女であったが、「女性としての魅力」という別の戦場においては、自分が圧倒的勝者であるという事実。

 その逆転現象が、傷ついた普並木の自尊心を優しく癒やし、甘美な優越感をもたらしていた。

「ま、無い物ねだりしても仕方ないんじゃない? 柄長には柄長の、その……ちっちゃい良さがあると思うし?」

「喧嘩売ってんの!?」

 普並木の余裕ぶった慰めに、柄長がキッと噛み付く。

 食堂の喧騒の中、二人の奇妙な友情と嫉妬のシーソーゲームは、まだしばらく続きそうだ。

 だが。その時である。

「あれ、杏璃と柄長じゃん。おすおすっ」

 気さく、という言葉を擬人化したような快活な声が、二人の頭上から降り注いだ。

 視線を上げれば、そこには茶色のボブカットを軽やかに揺らす少女が立っていた。

 彼女の右手には、スチール製の缶コーヒーが握られている。

 その銘柄は「ダイドーブレンド・プレミアム・デミタスコーヒー」。

 従来のデミタスシリーズの王道を行く、アラビカ豆百パーセント使用の贅沢な逸品。厳選された豆を通常の一・五倍量使用し、深みとコク、そして華やかな香りを凝縮した、まさに缶コーヒー界の至宝である。

「ん? あぁ、鏡乎(きょうこ)か」

 反応したのは普並木である。

 現れた女子学生は、缶のプルタブをパシュッと景気よく開けると、

「うん。あたし、今日の授業午後からなんだよねー。さっき来たところ。やっと目が覚めてきたわ」

 と答え、コーヒーをグビっと喉に流し込んだ。

 上質なミルクと砂糖の甘みが、糖分と共に脳髄へと染み渡っていく。

 鏡乎と呼ばれた彼女の名は、黒角鏡乎(くろすみきょうこ)

 河海の取り巻きとして登場していたもう片割れ、あの黒角である。

「おつおつ。私は今日、午前で講義終わりだよ」

 柄長が箸を置き、労いの言葉をかける。

「えー、いいなぁ。私は今日の講義、午後もみっちりあるんだよ……しんどいなぁ」

 普並木が机に突っ伏して嘆く。

 黒角は「ま、どんまい」と短く笑うと、普並木の隣の空席に、さも当然の権利であるかのようにどかっと腰を下ろした。

 本来であれば、河海率いる「反・亜鳴蛇筮麽派閥」に属する黒角が、敵対勢力の参謀格である柄長と同席するなど御法度であるはずだ。

 しかし、彼女もまた、リーダーの河海がいない隙を縫って、こうして柄長との交友を深めていたのである。

 柄長は彼女が来たことにより内心ほっとする。

 黒角の身長は百五十七センチメートル。

 百七十センチの普並木や、それ以上の長身を誇る亜鳴蛇筮麽とは異なり、彼女は柄長と同じ「小柄な持たざる者」のカテゴリーに属していた。

 胸部の膨らみに関しても、柄長ほどの平野ではないにせよ、普並木のような山脈には程遠い、慎ましやかな丘陵地帯である。

 その身体的特徴の一致が、柄長に勝手なシンパシーと「仲間認定」を抱かせていたのだ。

 何より、スタイルの良い普並木と二人きりでは、コンプレックスが刺激されてしまいたまらない。

 柄長からの、値踏みするような、それでいてどこか慈愛に満ちた熱視線を感じ、黒角は首を傾げた。

「……なに? なんか変な顔してあたしのこと見てない? てか、なんの話してたん?」

「あー、いや」

 普並木が、恨めしげな視線を柄長に向けながら答える。

「マウント合戦。能力ガチャ大当たりの女に、一方的にマウント取られてますー」

 その言葉に、柄長が即座に反応した。

「失敬な。別にマウントなんて取ってないわっ。それに、マウント取られてるのは、生物学的には私の方なんだけどっ!」

 柄長は、普並木の豊かな胸元を、親の仇を見るような目でジロっと睨みつけた。

「なんだと、このチンチクリンの貧乳がっ! 無いものねだりすんなっ!」

「なにいーっ! 無駄に脂肪蓄えやがって、この電気ウナギっ!」

「あんたは発電所だろうがっ!」

 二人の視線が空中で交錯し、バチバチと火花を散らす。

 それは比喩表現ではなく、実際に互いの能力が漏れ出し、微弱な電流と電波が衝突して青白いスパーク音を奏でていた。柄長のテクノロジー操作が無意識に発動したのか、食堂の照明が一瞬、チカチカと明滅する。

「ふーん? まぁ平和ですこと」

 黒角は我関せずといった様子で、コーヒーを啜った。

 一頻り睨み合った後、ふと黒角が思い出したように話題を変えた。

「てかさ、能力と言ったら、あの亜鳴蛇ってやつもヤバくない? 何あの禍々しい触手。見た目のエグさもだけど、あの反応速度とパワー、人間の領域超えてない?」

 黒角が独りごちる。

 その名が出た瞬間、普並木の背筋に悪寒が走った。

「あー……亜鳴蛇ね。あの時はまじで殺されるかと思ったよ……」

 普並木は、以前の対決(一方的な蹂躙)を脳裏に再生し、額に冷や汗を浮かべた。

 触手など、本来は彼女の能力のごく一部に過ぎないのだが────一般生徒からすればトラウマ級の恐怖映像である。

「しかもさ、あいつ三つ以上の多重属性持ちなんでしょ? 触手がガムみたいになったり、色が変化したり、身体その物が変形したり……とにかく色々変化するの。その上、あのモデル並みの見た目とスタイル……。神に愛されてるの? あいつはっ」

 普並木は嘆息混じりに続ける。

 自身の弱能力にコンプレックスを抱く彼女にとって、亜鳴蛇筮麽という存在は、嫉妬を通り越して畏敬、あるいは信仰の対象に近い「理不尽の具現」であった。

「あ、あはは。そうだねー……」

 柄長は、頬を引き攣らせて乾いた笑いを浮かべることしかできなかった。

 筮麽の公称能力は「色々変化する触手」と言う、多重属性ということになっている。

 だが、その本質は、視認した能力を行使する能力。

 視認し理解した能力を即座に模倣(コピー)し、己のものとするという、世界最強にして最悪のチート能力である。

 触手が誇る幾つもの変化も、かつて彼女が出会った誰かの能力を混ぜ合わせたものだからに過ぎない。

 もちろん、目の前の二人はそんな国家機密レベルの真実を知る由もない。表向きは彼女は触手女だ。この事実をもし普並木が知れば、彼女のコンプレックスは爆発四散し、精神が崩壊しかねないだろう。

 柄長は、友人の秘密を守るため、必死に曖昧な愛想笑いを浮かべ続けた。

「ま、杏璃、落ち着きなって。上を見てもキリがないってこった。あたしと杏璃は、堅実な単一属性だもんねー。ほれっ」

 黒角はそう言って、自身の能力、拳を宝石に変える能力を発動させた。

 キィィィン、という硬質な音が微かに響く。

 彼女がひらひらと動かした右手の手首から先が、瞬時にして透明度の高い金剛石(ダイヤモンド)へと変質した。

 能力名こそ拳を宝石に変える能力だが、実際には手首から先全体を硬度十の物質へ置換する能力である。

 食堂の照明を反射し、七色のプリズムが周囲に撒き散らされる。

 ただ硬いだけではない。宝石としての純度も、カッティングの美しさも一級品である。

「いいなぁー。鏡乎のも十分当たりだよっ。綺麗だし、強いし」

 また普並木が羨望の眼差しを向ける。

「かっいいだろー? あたしの能力。しかもこれ、ただ宝石になってるだけじゃなくて、質量と密度が増してパワーも上がるんだぜ? ほらっ」

 黒角は飲み干したコーヒーの空き缶を、ダイヤモンド化した右手で軽く握り込んだ。

 メキッ、グシャァッ!

 不穏な金属音が響き渡る。

 スチール製の頑丈な缶が、まるで濡れた新聞紙か何かのように、彼女の掌の中で無惨にひしゃげた。

 黒角が指を開くと、そこにはゴルフボールほどのサイズにまで圧縮された、鉄の塊が転がっていた。

「うわっ。ゴリラかっ。綺麗だなーとは思ったけど、握力まで化け物になるんかい」

 柄長が目を丸くして驚愕する。

「まぁ、変化するのは拳だけだからね。腕力そのものが上がるわけじゃないし、強くパンチとかあんま出来ないんだよ。手首の関節は生身のままだから、子供の頃、調子に乗って岩に本気でパンチしたら手首捻挫したし」

 黒角は手を人間の皮膚に戻しながら、へらへらと自虐的に笑った。

 彼女は続けて、圧縮された鉄塊を指先で弄びながら言う。

「まぁ、あたし的にはこれで十分満足してるよ。見た目綺麗だし、インスト映えするし。それに、こうやって空き缶のゴミを小さく出来るから、ゴミ出しの時に嵩張らなくて便利なんだよねー」

 この世界における最大手の画像共有SNS『インストグラム』において、彼女のアカウントは「#ダイヤモンドハンド」や「#宝石系女子」といったタグで、そこそこのフォロワー数を稼いでいるらしい。

 そして実生活では、自宅アパートに箱買いした彼女が愛する大量の缶コーヒー────のゴミ処理に活用する。

 承認欲求と生活の知恵。彼女もまた、この世界に生きる逞しき小市民であった。

「くぅぅ……でも羨ましい……。綺麗な見た目に、実用的な超パワー……。爆発しろいっ!」

 そう叫んで、普並木は残っていた最後の一口分のスパムおにぎりを口に放り込み、再びテーブルに突っ伏してしまった。

 隣の芝生は青いどころか、ダイヤモンドで出来ているように見えるらしい。

 そんな普並木の定期的な発作を華麗にスルーし、黒角は柄長に向き直った。

「つーかさ、よくあんなのと仲良くしてるよね、柄長は」

「あんなのって、筮麽のこと?」

「そそ。美人だけどさ、中身かなりの変人でしょ? 常になんか食べてるし、目が据わってる……っていうか死んでるし」

 黒角の指摘は的確であった。

 柄長は苦笑する。

「あー……まぁ、確かに変わってはいるけど……それを言うならさ、あんたたちがつるんでる河海ってやつは? あいつもあいつで、お世辞にもロクな性格とは言えなくない? すぐ喧嘩売るし」

 柄長は空になった弁当箱を片付けながら切り返した。

 普並木は突っ伏したまま、「私なら無理。あんな多重属性の人とつるんでたら、コンプレックスで死ぬっ」と、呻き声を上げている。

 柄長の問いに、黒角は意外な反応を見せた。

「あー、河海ね。いやいや、あの子は口と態度は悪いけど、根は良い奴なんだよ。情に厚いっていうか」

「……どの辺が?」

「今はただ、失恋のショックで情緒不安定になってて、亜鳴蛇に対抗意識燃やしてるだけなんだって。まぁあとひと月もすれば治るんじゃない? あの子、失恋するのはいつもの事だし」

「えっ、いつもの事なの?」

 柄長が驚きの声を上げる。

「うん。それにああ見えて、裏では結構乙女なんだよ。この前もさ、サークル部室の隅っこで体育座りして、しくしく泣いてたんだから。「うぅ……時庵(ときあん)くぅん……なんであんな女がいいのぉ……」って」

 黒角は河海の特徴的なダミ声を真似て、おどけたように肩をすくめた。

「まじ? 嫌な暴走族崩れだと思ってたけど、なんか……かわいい所あるじゃんっ」

 柄長が思わず笑い声を漏らす。

 あの好戦的な不良娘が、恋に破れてメソメソと泣いている姿を想像すると、なんとも言えない愛嬌────いわゆる「ギャップ萌え」が感じられた。

「でしょ? 単純なんだよ、あいつ。そのうちまた別の男見つけて、コロッと好きになるんじゃないかな」

 黒角が半笑いで予言し、柄長も「ありそうー」と同意して笑う。

 どんよりと落ち込み続ける普並木をよそに、敵対しているはずの二人の側近は、奇妙な連帯感で結ばれつつあった。

 周囲を見渡せば、広大な食堂のあちこちで、能力者たちの日常が営まれている。

 冷めてしまった弁当を、指先からの熱放射で温め直す男子学生。

 温くなってしまったコーラを、氷結能力でキンキンに冷やして喜ぶグループ。

 遠くの席にある醤油差しを、微弱な念動力で引き寄せようとして失敗し、隣の人のカレーにダイブさせてしまい平謝りする新入生。

 それを笑って許し、水洗いの能力で汚れを落としてあげる先輩。

 そこには、世界を揺るがすような闘争も、命のやり取りもない。

 ただ、少しだけ不思議で、ありふれた平和な昼下がりの風景が広がっていた。

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