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オール・ギフテッド  作者: Paracoccidioidomicosisproctitiss
第一部 第一章

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8/9

普並木杏璃の憂鬱


 昼下がりの国際信州学院大学こくさいしんしゅうがくいんだいがく

 空は突き抜けるような青、太陽は容赦なく地上を焦がす快晴である。

 その平和極まりないキャンパスの一角、芝生の広がる中庭にて、実に牧歌的かつ不毛な能力の行使が行われていた。

「くらえ! 俺のチョップが少し強くなる能力!」

 一人の男子学生が、裂帛の気合いと共に友人の肩へと手刀を振り下ろした。

 ペシッ、ペシッ、ペシッ。

 連続して叩き込まれるチョップ。

 しかし、叩かれている側の友人は苦痛に顔を歪めるどころか、恍惚の表情を浮かべていた。

「あー……そこそこ、効くぅ。いい肩たたきだなー、お前の能力」

「……はぁー」

 チョップを放っていた男子学生が、深いため息をついて手を止めた。

「なんでこんな能力なんだろうな。身体強化系の中でもダントツのクソハズレだわ。プロレスラーになれるわけでもなし、マッサージ師になれってか?」

「贅沢言うなよ。俺なんてスプーンが少し曲がる能力だぞ? ユリ・ゲラーかよ。どうせならガッツリ念動力(サイコキネシス)がよかったわ~」

「曲がるだけマシだろ。俺なんかチョップ限定だぞ?」

 彼らの嘆きは、この世界における「ハズレ能力者」たちの共通した悲哀であった。

 そのすぐ近く、白いパラソルが開かれたテーブル席では、三人の女子学生が優雅にランチ後のティータイムを楽しんでいた。

「見ててよー。私のペットボトルのキャップを開ける能力っ!」

 一人がそう宣言し、テーブルの上のオレンジジュースに手をかざす。

 すると、未開封のキャップがひとりでにクルクルと回転し、ポロリと外れた。カラン、と乾いた音が響く。

「おー」

 パチパチと手を叩く友人たち。

「でもさ、それいつも思うけど、なんか役に立つの? 手で開ければよくない?」

「えー? ネイルしてる時とか便利だよー? あと手が汚れてる時とか」

「あー、なるほどね。私なんてさ、缶のプルタブが取れる能力だよ?」

 別の女子が空き缶に手をかざすと、プルタブだけがカキンと音を立てて外れ、宙を舞った。

「……それこそ、なんの役に立つの?」

「知らなーい。コレクション?」

「あはは、ウケる。それに比べて、私は猫の尻尾が生える能力でさ……ほら」

 スカートの臀部あたりから、ふさふさとした縞模様の尻尾が出現し、ゆらゆらと揺れる。

「キャー! いいじゃん、かわいいじゃーんっ!」

「映えだねーっ!」

 キャッキャと笑い合う彼女たち。

 そこには、世界を揺るがすような脅威も、悲壮な運命もない。ただ、日常に溶け込んだささやかな異能があるだけであった。


       ◆❖◇◇❖◆


 場所は変わって、校舎内の学生食堂、カフェテリア。

 昼食時ということもあり、広大なホールは学生たちの熱気と食器の触れ合う音で満たされていた。

 その喧騒の中、一角のテーブルに向かい合う二人の女子学生がいた。

「で、柄長(えなが)はどうやって能力鍛えたの?」

 問いかけたのは、鮮やかなオレンジ色のショートヘアを持つ少女。

 彼女の目前には、塩気と脂質の塊であるスパムおにぎりが鎮座している。

「特にやってないよ。昔からせいぜいテクノロジー操作の方しか使ってないし。逆に杏璃(あんり)はどうしてたの?」

 答えたのは、水色の髪をサイドポニーテールに結った少女、鴨紅柄長(かもべにえなが)である。

 彼女の前には、彩り豊かな自作の鶏の唐揚げ弁当が広げられている。

「幼少期からしてたよっ! だって私の能力、昔は一瞬だけパチッて静電気が出るくらいだったんだからっ」

 憤慨しながらスパムおにぎりにかぶりついた女。

 杏璃と呼ばれた彼女の名は、普並木杏璃(ふなきあんり)

 かつて、河海の取り巻きとして柄長に能力戦を挑み、圧倒的な実力差の前に敗北した電気使いの少女である。

 あの敗北の後、同じ「電気属性」を持つ能力者として柄長に気さくに話しかけられた普並木は、当初こそ恐怖に戦いていたものの、柄長の底知れぬ明るさと、拍子抜けするほどの無害さに毒気を抜かれ、今ではこうして下の名前で呼び合う仲になっていた。

 本日は、亜鳴蛇筮麽(あなたぜにま)は講義がないため不在である。最強の能力者である彼女は、単位取得に必要なギリギリの日数しか大学に姿を現さない。

 もちろん、河海も同じく。もし、柄長と普並木が仲良くしているところをリーダー格の河海に見つかれば、「裏切り者!」とヒステリックに騒ぎ立てられることは明白であるため、こうして平和な密会を楽しんでいるのであった。

「へ~。でも今はスタンガンくらい強くなってるよね。杏璃、成長してるじゃん」

 柄長は唐揚げをパクリと口に放り込み、呑気な感想を漏らす。

 しかし、普並木はジト目で彼女を見据えた。

「……柄長が羨ましい。私より電気の火力だって全然高いし、そもそも二重属性(ダブル・スキル)だし……。テクノロジー操作とか、現代社会じゃめっちゃ便利だし最強じゃんっ」

 普並木の瞳には、隠しきれない嫉妬の色が滲んでいた。

 だが柄長は、それを柳に風と受け流す。

「まぁそれは仕方ないじゃん? 才能ってのは生まれつきだし、親のガチャ運みたいなもんだよ」

「うぐぐ……。私なんて単一属性(シングル・スキル)で、火力も弱いし……」

 ずーん、と効果音がつきそうなほどに落ち込む普並木。

 柄長は箸で唐揚げを突きながら、励ますように言った。

「弱いってことはさ、もっと強くなれる伸び代があるって事じゃん? これからだよー、人生は」

「柄長さ……それ、完全に強者の余裕ってやつだから。あんたとはそもそも、スタートラインが違うんだよ……」

 普並木がここまで深く落ち込むのには、明確な理由があった。

 もちろん、目の前にある圧倒的な実力差という現実もあるが、それはこの世界の残酷な真理、すなわち「能力の仕組み」に起因している。

 この世界において、能力の強弱は八割方「才能」によって決定づけられる。

 肉体の成長と共に能力もある程度は自然に伸長していくが、それには明確な限界値(キャップ)が存在し、何もしなければ一定のレベルで成長は止まってしまう。

 それ以上の領域へ踏み込むには、筋トレや体力作りと同様に、専門的なトレーニングが必要となるのだ。

 世の中には人類の総数、百億通りの能力が存在する。それに対応するため、街には『能力適性相談所』や、個々の特性に合わせたトレーニングメニューを提供する『能力開発ジム』なる施設が乱立している。

 自身の能力の弱さに強烈なコンプレックスを抱いていた普並木は、小学生の頃から親に頼み込んで『能力開発ジム』に通い詰め、血の滲むような努力を重ねてきた。

 静電気レベルだった火力を、護身用のスタンガンレベルまで引き上げたのは、ひとえに彼女の努力の結晶である。

 だが、前述の通り、能力の八割は才能だ。

 最初から強力なエンジンを積んでいる者もいれば、普並木のように豆電球を灯すのが精一杯の者もいる。

 スタートラインが、残酷なまでに違うのだ。

 対して柄長はどうか。

 彼女は幼少期から、テクノロジー操作の方を無自覚に遊び感覚で使っていたため、その精度や効果範囲は自然と拡張されていった。

 幼少期はせいぜい半径五十メートル程度だった干渉範囲は、現在では半径二百メートルに達している。さらに、対象も家電製品から始まり、現在では自動車やドローンなどの複雑な乗り物さえも自在に制御下に置くことが可能だ。

 その気になれば、射程圏内にあるジャンボジェット機やミサイルすらハッキングし、手足のように操ることができるだろう。

 そもそも、念動力(サイコキネシス)系統の能力において、効果範囲が五十メートルというのは、初期値としては破格の性能である。

 いわゆる「超当たり能力」の部類だ。

 それなのに、彼女は努力などしたことがないと言う。

 さらに恐ろしいのは、彼女が「全くと言っていいほど鍛えていない」と語る電気放出能力の方だ。

 手つかずの状態で、あの火力。

 この前見せた、全身から溢れ出る発電所並みのエネルギー。

 もし、柄長が本気で電気能力を鍛え上げれば、その出力は指数関数的に増大し、都市一つを賄えるほどの雷神と化すことは想像に難くない。

 普並木は、死ぬ気で努力してようやくスタンガンを手に入れた。

 一方の柄長は、努力もせずに核弾頭をポケットに入れているようなものだ。

 さっきまでは「柄長も死ぬほど努力してあの領域に達したんだ」と勝手に仲間意識を持っていただけに、それが天然の才能だと知らされた時のダメージは計り知れなかった。

 圧倒的な、才能の格差。

 神の不公平さを呪いたくなるほどの隔絶が、そこにはあった。

「……十分じゃない? スタンガン並なら、筮麽くらいデカイ男でも一撃で気絶させられるし。護身用としては完璧だよ」

 柄長は悪気なく笑う。

「そういう事じゃないんだよ……。強さへの憧れっていうかさぁ……」

 テーブルに突っ伏し、どんよりとしたオーラを放つ普並木。

「ま、野蛮なことは良くないよ。平和が一番だし、電気代浮けばそれでよし」

 柄長は唐揚げを口に放り込み、満足げに咀嚼した。

 彼女にとって、能力とはあくまで生活を便利にするツールであり、闘争の道具ではないのだ。その無欲さが、普並木にとってはさらに眩しく、そして妬ましく映った。

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