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オール・ギフテッド  作者: Paracoccidioidomicosisproctitiss
第一部 第一章

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7/9

リベンジマッチ


 「信州から世界へ羽ばたく」

 そんな壮大かつ、どこかインターネット・ミームの香り漂うスローガンを掲げた学び舎、国際信州学院大学こくさいしんしゅうがくいんだいがく

 かつて電子の海に漂う虚構の存在であったこの大学は、世界改変という混沌の時代を経て、長野県の山奥に実体を持って顕現した。

 その校舎内には、今日も能力に目覚めた若者たちの喧噪と、アカデミックな怠惰が充満している。

 午前の講義が終わりを告げるチャイムが鳴り響くと、教室からは解放された学生たちが堰を切ったように溢れ出した。

 太陽が中天に差し掛かり、空腹という名の生理現象が学生たちの思考を支配する時間帯。

 その雑踏の中に、ひときわ目を引く長身の美女と、小柄な友人の姿があった。

 亜鳴蛇筮麽(あなたぜにま)と、鴨紅柄長(かもべにえなが)である。

「……柄長、ご飯食べよ。餓死する」

「はいはい、そうだね」

 筮麽の声音は、この世の終わりかのような悲壮感を帯びていた。

 彼女は人間をやめた膨大な数の能力を体内に宿しているがゆえに、基礎代謝が異常なまでに亢進している。その燃費の悪さは、アメ車の旧車並みか、あるいは穴の空いたバケツの如しである。

 常にエネルギーの枯渇と戦う彼女にとって、昼食とは聖なる儀式に他ならない。

「早く早く。私の胃袋がブラックホールになる前に」

「急かさないでよ。ご飯は逃げないから。てか、元々ブラックホールでしょっ」

 柄長は膝の上に抱えた手作り弁当の包みを守りながら、筮麽の長いストライドに遅れまいと小走りでついていく。


 二人は空席を求めて、カフェテリアへと続く回廊を彷徨っていた。

 周囲を見渡せば、空中浮遊で列に並ぶ者、念動力でトレイを運ぶ者、分身して席取りをする者など、能力社会特有の混沌としたランチタイムの光景が広がっている。

 その時である。

「おいっ! 待てやコラ亜鳴蛇っ!」

 平和な空気を切り裂く、ドスの効いた怒号が背後から突き刺さった。

 二人が足を止め、緩慢な動作で振り返る。

 視線の先には、肩で風を切って歩く三人組の女子学生が立っていた。

 先頭に立つのは、派手な金髪を波打たせ、見るからに昭和のスケバン風情を漂わせる女──────河海(かわうみ)である。

 以前、学内の人気者である時庵(ときあん)という男子学生に告白され、それを秒殺した筮麽に対し、時庵への一方的な恋心により、嫉妬を拗らせて因縁をつけてきた、あの河海だ。

「ちょっ、河海! やめなって!」

 慌てて止めに入ったのは、鮮やかなオレンジ色のショートヘアを持つ取り巻きの一人、普奈木(ふなき)である。

「そうだよ河海、この前コテンパンにやられたでしょ……まあ、触れられてすらないけど」

 冷静なツッコミを入れつつ制止しようとするのは、透き通るような茶髪のボブカット、黒角(くろすみ)だ。

 彼女たちの必死の忠告も、頭に血が上ったリーダーには届いていないようだった。

 対する筮麽は、虚空を見つめるような瞳の上に、目に見えそうなほどの巨大な疑問符(ハテナ・マーク)を浮かべていた。

「……柄長、誰? この人たち」

 心底不思議そうに、首を傾げる。

 その言葉に、河海の顔が怒りで朱に染まるのとは対照的に、柄長は深いため息をついた。

「もう忘れたの? この前、逆恨みで絡んできて、あんたが触手で瞬殺した人たちだよ。ほら、河海って人」

 柄長は呆れを含んだ声で解説する。

 あの時、圧倒的な武力差を見せつけたはずだが、筮麽にとって彼女たちは道端の石ころ以下の認識でしかなかったようだ。

 筮麽は数秒ほど脳内の検索エンジンを回した後、

「あー……そう言えば、そんなのあったね。忘れてた」

 と思い出したような口調で言った。

 だが、その声音には抑揚がなく、明らかに「今適当に話を合わせただけ」であることが透けて見えた。実のところ、彼女の記憶野────前頭顆粒皮質からは完全に消去されていたのだ。

 その態度が、火に油を注いだ。

「ざ、ざっけんなぁぁっ! テメェ、人をナメるのも大概にしやがれっ!」

 河海が絶叫する。

「今回は油断しねぇぞ! 前回の借りを百倍にして返して、その澄ました顔をぎったんぎったんにしてやるっ!」

 シュンッ、という風切り音と共に、彼女の右手に無骨な鉄塊が出現した。

 手から棍棒を出す能力。

 彼女は凶悪なスパイクのついたそれを、ペシペシと自身の掌に打ち付け、殺意に満ちた眼光で筮麽を睨みつける。

 その執念深さだけは称賛に値するが、相手が悪すぎた。

「えー……」

 筮麽は心底嫌そうに顔をしかめた。

 空腹のあまり、指一本動かすのも億劫なのだ。世界最強の能力者である彼女がその気になれば、瞬きする間に河海を撃退どころか、この場を更地にすることも可能だが、それすらも面倒くさい。

 彼女は隣に立つ友人の肩をポンと叩いた。

「めんどくさいなぁ。柄長、何とかしてよ」

「は? 私が?」

 柄長は素っ頓狂な声を上げた。

「なんで私が。あんたの触手でパパっと追っ払えばいいじゃん」

「今お腹空いててカロリー使いたくないの。お願い、今日のデザート奢るから」

「……ハーゲンダッツ?」

「いいよ」

「商談成立」

 柄長は溜息をつきつつも、一歩前へと踏み出した。

 その態度に、河海が鼻で笑う。

「へぇー。鴨葱(かもねぎ)柄長だっけか? 金魚のフンが、いい度胸してんじゃん」

鴨紅(かもべに)ね。人の名前くらい覚えなよ」

 余裕綽々で訂正を入れる柄長。

 一触即発の空気が流れる中、「待って!」と割って入ったのは、オレンジ髪の普奈木だった。

「鴨紅っ! あんた、電気使いなんだってね。だったら、同じ電気使いとして勝負だっ!」

 彼女はビシッと柄長を指差した。

 普奈木の能力は、指先から電気を出す能力。

 対して、柄長の能力は、電波でテクノロジーを操る能力。

 柄長本人は、スマホの充電やリモコン操作といった生活感溢れる用途にしか使っていないが、その利便性と、彼女自身の愛らしいルックスも相まって、校内ではそれなりに名の知れた存在であった。

 普奈木は、同じ「電気系」の能力者として、以前から柄長に対して密かな対抗心を燃やしていたのだ。

「いくよっ!」

 普奈木が構えると、その十本の指先からバチバチと黄色い火花が散った。

 スタンガン程度の出力はあるだろうか。威嚇としては十分な視覚効果だ。

 だが。

「ふーん」

 柄長は、興味なさげに呟いた。

 彼女はゆっくりと右手を掲げ、その掌に意識を集中させた。

 瞬間。

 バチイッ!!!

 鼓膜を劈くような破裂音と共に、柄長の腕全体が、鮮烈な水色の雷光に包まれた。

「~~~~っ!!??」

 普奈木が息を呑み、顔面を蒼白に染める。

 次元が違った。

 普奈木の放つ電気が「家庭用乾電池」だとすれば、柄長の纏うそれは「発電所」そのものであった。

 大気中の電子が悲鳴を上げ、周囲の空気がオゾン臭に満たされる。

 柄長の周囲には、制御された高密度の電磁フィールドが形成され、彼女の髪がふわふわと逆立っていた。その黄金色の瞳は、冷徹な水色の燐光を放っている。

 その圧倒的なエネルギーの顕現に、周囲を歩いていた学生たちの視線が一斉に集まる。

「おっ、なんだなんだ? 能力戦か?」

「うわ、すげぇ放電! あれ鴨紅じゃんっ!」

「電気使い同士のバトルか? あっちの水色の方、出力やばくね?」

「あの子可愛いくせにエグい能力持ってんなー」

 野次馬たちが集まり始め、スマホを構えて撮影を始める。

 この世界において、命の危険がない程度の軽い能力戦(スカッフル)は、日常のスパイスであり、格好の娯楽(エンターテインメント)であった。

「う、うぐぐ……」

 普奈木は後ずさり、脂汗を流した。

 柄長の能力が、電波干渉と電気操作を併せ持つ二重属性(ダブル・スキル)であることは知っていた。

 だが、普段の彼女がテクノロジー操作(ハッキングや機器制御)に特化していることから、普奈木は高を括っていたのだ。「電気出力そのものは、純粋な電気能力者である自分の方が上だ」と。

 しかし、蓋を開けてみればどうだ。

 この水色の雷撃は、攻撃性においても、出力においても、制御精度においても、単一属性(シンプル・スキル)である自分を遥かに凌駕している。

 しかも、自分は指先からしか放出できないのに対し、彼女は全身からオーラのように帯電し、なおかつそれを自在にコントロールしている。

 完全なる、上位互換。

 絶望的な実力差を見せつけられ、普奈木の戦意は消し飛んだ。

「す、すんませんした……」

 震える声で謝罪の言葉を漏らす。

 自身のアイデンティティとも言える能力で完敗した普奈木のプライドは、粉々に砕け散った。完全敗北である。

「だ、だからなんだっ!」

 リーダーの河海が叫ぶが、その声は上擦っていた。

 彼女もまた、額に大量の冷や汗を浮かべている。

 触手女の金魚のフンだと思っていたこの小柄な女もまた、化け物級の能力者だったのだ。

 柄長は、纏っていた雷光をシュウウ……と霧散させると、にっこりとスマイルを浮かべた。

「終わった? じゃあ行くよ、筮麽。ハーゲンダッツ忘れないでね」

「うん。早く行こ」

 二人は硬直する三人組の前を、悠然と去っていく。その背中。

 柄長は振り向き、普奈木に向かって軽く手を振った。

「普奈木だっけ? 電気代浮くし便利だよね、私ら。同じ電気使いだし、良かったら仲良くしよー?」

「え、あ、うん……はひっ……」

 普並木は蚊の鳴くような声で返事をすることしか出来なかった。魂が抜けたような虚ろな表情である。

 つかつかと去っていく二人の背中を見送りながら、周囲からは「圧勝だったなー」「あの水色の子強くね?」「惚れたかも」といったのほほんとした感想が漏れ聞こえる。

 残された三人組の間には、気まずい沈黙が流れた。

「ほらー。だからあたしは、やめとけって言ったじゃんっ」

 黒角がため息交じりに言い、その右手を河海の肩に置いた。

 ゴツッ。

 鈍い音が響く。

「いったぁ!!」

 河海が悲鳴を上げて飛び上がった。

「ちょっ、黒角! ダイヤモンドの拳でどつくのはやめてよっ! 骨折れる!」

 黒角の能力、拳を宝石に変える能力。

 彼女は無意識のうちに拳を硬度十の金剛石に変化させていたのだ。

「あ、ごめんごめん。つい癖で」

 黒角は悪びれもせず笑う。

「でもさ、あの二人マジでやばいよねー。亜鳴蛇もだけど、鴨紅って子も相当な手練れだよ。……私たち、喧嘩売る相手間違えたかも」

「は、ははは……そうかもね……」

 心が折れた普奈木も力なく同意する。

 だが。

「ちくしょう……ちくしょうぅぅっ!!」

 河海だけは、まだその目に不屈の闘志(という名の逆恨み)を燃やしていた。

「亜鳴蛇のやつめっ!! 鴨紅もだっ!! 私のプライドを二度も踏みにじりやがってっ! 次こそは……次こそは絶対、完膚なきまでにボコしてやるからなっ!!」

 彼女は誰もいない虚空に向かって、虚しく棍棒を振り上げた。

 その往生際の悪さは、ある意味で才能と言えるかもしれない。

 それを見て、「まだやる気なんだ……」「学習しないなぁ」と、呆れ果てる取り巻きの二人であった。

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