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オール・ギフテッド  作者: Paracoccidioidomicosisproctitiss
第一部 第一章

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4/6

嫉妬やない、嫉妬や


 東京都某所。庶民の味方にして、イタリアン・キュイジーヌの聖域と謳われるファミリーレストラン『サイゼ~リア』。

 その店内は、放課後の解放感に浸るような、中学生たちの喧噪に包まれていた。

 ドリンクバーの安っぽいジュースを混ぜ合わせることに情熱を注ぐ年頃の少年たちが、興奮気味に声を張り上げている。

「おい、見てみて! おれのコップの水を増やす能力!」

 一人の男子が自慢げに叫ぶと、彼の手にしたガラスコップの低い水面が、物理法則を無視してじわじわと上昇を開始した。

「すげー! マジで増えてんじゃん!」

「だろ? しかもこの水、ただの水じゃねーんだぜ。ミネラルウォーターってやつなんだって! めちゃくちゃ美味いんだぜ、しかも飲み放題じゃん、おれ最強っ!」

 得意満面の少年に、友達が「地味すぎんだろ」とツッコミを入れる。

 その横で、別の男子が溜息交じりに自分の指先を見つめていた。

「おれなんて、人差し指がカミソリに変わる能力だぜ……。完全ハズレだよー」

 カミソリになった人差し指がキラン、と光の反射を帯びる。

「うわ、あっぶね。でも大人になった時、それで髭剃れんじゃね?」

「あ、マジだ! カミソリ代浮くじゃん! 早く大人になりてー!」

 他愛もない、実に平和ボケした会話が繰り広げられている。


 そんな微笑ましい光景を、少し離れたボックス席から眺める影があった。

 筮麽だ。

 彼女の前のテーブル上には、狂気的な量の皿が展開されていた。

 人気メニューの『辛味チキン』が八皿、プリプリの『ポップコーンシュリンプ』が七皿、そして独特の香草バターが香る『エスカルゴのオーブン焼き』が五皿。赤と緑と茶色の色彩が、テーブルというキャンバスを埋め尽くしている。

「……ミネラルウォーターだって」

 筮麽は呟くと、自らのグラスに手をかざした。

 瞬間、ほとんど空っぽだったグラスの底から清冽な水が湧き出し、瞬く間に縁まで満たされる。

 先ほどの中学生からコピーした、コップの水を増やす能力である。

 筮麽はそれを一口含み、ほう、と感嘆の息を漏らした。

「あ、ほんとだ。美味しい」

 その様子を、対面の席に座る柄長が、呆れと諦観の入り混じった眼差しで見つめていた。

 長野県在住の彼女が、なぜ平日の昼下がりに東京のファミレスに居るのか。

 そのカラクリは、筮麽の能力の複合利用にある。

 筮麽が持つ一度訪れた場所に瞬間移動する能力。これは単体では自分自身しか転移できない。

 しかし、彼女はそこに、別の人からコピーした、二人で一緒に瞬間移動する能力を掛け合わせているのだ。これは触れた対象と一緒に瞬間移動できる能力である。

 ちなみに、この後者の能力のオリジナルは、「効果範囲は自分を中心に半径五十センチメートル以内」という、あまりにもお粗末な欠陥能力であった。精々が満員電車で隣の人を巻き込んでしまう程度の迷惑スキルだが、筮麽の世界規模の転移能力と組み合わせることで、最強の移動手段へと昇華されていた。

 座標を筮麽の東京の安アパートの部屋に設定し、二人は一瞬にして長野の山奥から東京のコンクリートジャングルへと飛来したのである。

 目の前で、ブラックホールのような胃袋へ次々と料理を吸い込ませる筮麽。

 柄長は、この食事代を「移動費」という名目で支払わされることになっていた。

(また私の懐が寂しくなる……)

 毎回、結構な額が消えていく。しかし、柄長自身も「あの店の限定スイーツが食べたい」「あそこの絶景が見たい」「今日は北海道の海鮮丼が食べたい」「沖縄の海を見に行きたい」などなど、筮麽の能力を利用して日本各地を飛び回っている共犯者であるため、強くは出られないのが実情であった。


「……で、筮麽。またコピーしたの?」

 柄長はフォークをくわえながら尋ねた。

 相変わらず、この友人は呼吸をするように他人の能力をパクる。視認した能力を行使する能力という、神の如き権能を、まるでファミレスのドリンクバーのように使用しているのだ。

「うん。東京の水ってカルキ臭くて不味いし、これは便利かも」

 筮麽は虚空を見つめたまま答え、二杯目の水を出す。

「柄長も飲んでみなよ。あの中学生、いいセンスしてる」

 彼女が柄長の空グラスに指先で触れると、そこにもなみなみと水が満たされた。

 柄長は半信半疑で口をつける。

「ん……おー。確かに、飲みやすいね。甘くてまろやかというか、角がない感じ」

 それは、非常に新鮮で、非常に美味しい。ファミレスのセルフサービスの水とは明らかに一線を画す、洗練された喉越しであった。

「だよね。しかもこれすごいよ、フィジーウォーターだ。それも結構高いやつ」

「えっ、フィジーウォーター?」

 南太平洋の楽園から輸入される、セレブ御用達の高級ミネラルウォーターである。

 筮麽は右手首の内側を軽く叩いた。

 すると、皮膚の下に埋め込まれた極小チップが起動し、空中にエメラルド色の光が投射される。

 機動立体映像端末スマート・ホログラム・フォン

 現代社会において完全に普及した、次世代のスマートフォンである。網膜投影や脳波コントロールも可能だが、筮麽はアナログなタッチ操作を好んでいた。

 彼女は空中に浮かぶ半透明の画面を操作し、検索結果を表示させる。

「ほら、やっぱり。五百ミリリットルで三百円近くする」

「え、なんで飲んだだけで分かるの? 利き水?」

「中学校の頃の友達にさ、飲んだ水の種類が分かる能力の女子がいたんだよね。『ハズレだー、戦闘に使えねー』っていつも嘆いてたけど」

「へー……。まあ、確かに魔王を倒す役には立たなそうだね」

「精々、目隠ししたまま水の種類当てるって芸を披露して、給食の牛乳余分にもらうくらいしか役に立ってなかったかなぁ。コンビニの水飲み比べゲームとか一緒にしてた」

 懐かしむように言いながら、筮麽は辛味チキンを手掴みで口へ運んだ。

 そして、躊躇なく「バキボキッ」という不穏な音を響かせた。

 彼女は、チキンの骨を噛み砕いているのだ。

 これは彼女の咬合力が倍増する能力と、歯の硬度がダイヤモンド化する能力の合わせ技によるものである。

 一般人なら前歯が砕け散る硬い骨も、彼女にかかればサクサクのクッキーも同然。骨髄の旨味すら余さず摂取する、ハイエナも裸足で逃げ出す悪食ぶりである。

 当初、柄長は目の前で友人が、骨付きチキンを骨ごと食べる光景を見て「人間やめるのも大概にしなよ」とドン引きしたものだが、今では「カルシウム取れていいねー」程度にしか思わなくなっていた。慣れとは恐ろしい。

 骨を粉砕し嚥下した筮麽は、トーンを変えず淡々と解説を続けた。

「ちなみにこれ、硬度は百六ミリグラムパーリットルの中硬水だね。シリカ含有量は九十三ミリグラムパーリットル、pH(ペーハー)は七・七、弱アルカリ性。バランスがいい天然ミネラルだ」

 柄長はエスカルゴを口に運びながら、思わず突っ込んだ。

「え、そこまでわかるの? さっきの飲んだ水の種類が分かる能力って成分分析までついてんの?」

「あー、これは別。これは飲んだ水の成分詳細が分かる能力。こっちは高校の頃、隣の席だったクラスメイトから貰った」

「うわ。これまたニッチで役に立たなそうな……」

「いやそれがね、その能力のせいでその子、重度の水マニアになっちゃって。毎日ホームルームで『今日の学校の水道水は配管のサビ成分が〇・〇〇一ミリ多い』とかこの水の硬度がどうとか、熱く語ってた。今はその能力活かして、売れっ子のアクアソムリエやってるらしいよ」

「中学の友達の上位互換じゃない? それ」

「あの子が知ったら泣くだろうなぁ。『私のアイデンティティが!』って」

 そう言いながら、シュリンプとエスカルゴをバクバクと咀嚼する筮麽。

 柄長もまた、辛味チキンを齧る。程よい辛味とジューシーな肉の旨みが口内に広がり、頬が緩む。

 だが、目の前の友人に向ける視線は冷ややかだ。

(あんたは全ての人類の上位互換じゃないか。どの口が言っているんだか)

「水関係の能力、やっぱり多いよね」

 筮麽が、三杯目のフィジーウォーターを生成しながら言った。

 この世界には、人類の総数である百億近い能力が存在する。人種も、富裕層でも、貧困層でも、政治家でも、老若男女問わず、全人類選ばれし者(オール・ギフテッド)、能力者ということ。

 当然、能力の重複(ダブり)は天文学的な数に上る。

 例えば、身体能力の強化系。右腕だけ力が強くなる、ジャンプ力が少し上がる、足が速くなる。これらは肉体労働やスポーツには有利だが、テクノロジーが発達した現代においては、劇的なアドバンテージにはなり得ない。

 多くの人類は、「楽して稼ぎて~」と布団の中で寝言を言うような堕落した精神構造をしており、地味な肉体強化は「ハズレ能力」の烙印を押されていた。

 そして、水に関連する能力もまた、ハズレの代表格であった。

 筮麽のコレクションの中にも、水を操作する能力は百個以上存在する。

 だが、その大半は「水の温度を三度上げる能力」だの、「コップ一杯の水を真水にする能力」だの、「皮膚を湿らせる能力」だの、「水をほんの少し蒸発させる能力」だの。実に小市民的でスケールの小さいものばかりだ。 

 そう考えると、先程の男子の「コップの水を増やす能力」、しかも高級水を出し放題というのは、水系の中では相当な「当たり能力」であるだろう。


 柄長は頷いた。

「やっぱりあれだよ、生物って水が一番重要じゃん? 人間だって六、七割は水で出来てるっていうでしょ。遺伝子レベルで水への渇望があるんだよ、きっと」

「そうなんだ。柄長頭いいねー」

「一般常識だよ、一般常識」

 柄長は苦笑した。この友人は、万物の理を模倣できるくせに、根本的な知識が欠落していることが多々ある。

 気づけば、テーブル上の料理は全て筮麽の胃袋へと消えていた。

 彼女は満足げに腹をさすり、またグラスから水を出して飲んでいる。

「うん、美味しい。これはいい能力ゲットしたな。今後の飲料水は全部これにしよっと」

「まじ? いちいちコップから出して?」

「ううん。物を巨大化させる能力あるから大丈夫。コップをドラム缶サイズまででっかくして、そこから水たくさんだすから。買う手間も省けるし、高い水出し放題なんて最高じゃん」

 どこかボケーッとした瞳で、とんでもないライフハックを口にする筮麽。

 彼女は普段、東京の水道水の不味さを嫌い、ディスカウントストアで激安のミネラルウォーターを箱買いして運んでいたのだ。その労力がゼロになる喜びを噛み締めているようだ。

「……筮麽、私にもその水ちょうだい? フィジーウォーターだっけ? 気に入った。水にも味があるんだね」

 柄長は、空になったエスカルゴの皿をつつきながら言った。

 すると筮麽は、真顔で頷いた。

「いいよ。家にでっかい空ボトルあるから、それに詰めてあげる。月額千円ね」

「サブスクかよっ! え、マジで友達からお金とるの?」

「………冗談」

 筮麽は小さく呟いたが、その深淵なるヴァイオレットの瞳は、一切笑っていなかった。

(こいつ、本気で徴収しようとしてたな……?)

 柄長は戦慄した。最強の能力者の本質は、どこまでもケチで、どこまでもマイペースなのである。


 その後、柄長はレジへと向かい、会計の儀を執り行った。

 支払いは、現代社会において貨幣にとって代わった掌紋生体決済(ハンド・ペイ)によって行われる。

 レジカウンターに設置された、水面の如く青白く発光する波紋認証装置(リップル・マーク)へ掌を翳す。すると、瞬時に生体認証が完了し、彼女の体内埋込型口座から請求額が引き落とされる仕組みだ。

 ピロン、という無慈悲な電子音が鳴り響く。

 表示された金額は、一万七千円。

 庶民の味方、低価格の殿堂であるサイゼ~リアにおいて、一万七千円である。

 単純計算で、ドリアやパスタを四十皿以上平らげた計算になる。あるいは、ワインのマグナムボトルを何本空けたというのか。無論、全て友人の胃袋に消えた固形物の対価である。

(……サイゼで一万超えって、どんな貴族の食事だよ)

 柄長は心の中で血の涙を流しながら、店を後にした。


       ◆❖◇◇❖◆


 店舗のすぐ外には、最新鋭の設備を備えた喫煙所が設けられていた。

 半透明のパーティションで区切られたその空間には、空間浄化結界(エア・クリアランス)と呼ばれる超小型の清浄ドローンが数機、羽音もなく浮遊している。これらはタバコの不快なヤニ臭さや有害物質のみを分子レベルで分解・除去し、喫煙者が楽しむための香り(フレーバー)だけを残すという、愛煙家にとっては夢のようなテクノロジーの結晶であった。

 筮麽と柄長は、その一角で紫煙を燻らせていた。

 筮麽が咥えているのは、漆黒のフィルターにピンク色の巻紙が特徴的なオランダ産のタバコ、『ブラックデビル・ピンクバニラ』。

 彼女が吐き出す副流煙からは、まるで洋菓子店に迷い込んだかのような濃厚な甘い香りが漂う。ドローンの選別機能により、その甘美な芳香だけが周囲に拡散されていた。

「んー、甘い。フィルター舐めても甘いし、煙も甘い。唇も舐めると甘い。三度楽しめるのが甘いタバコの良いところだねぇ」

 筮麽は虚空を見つめながら、恍惚とした表情で独りごちる。

「……脂っこいものを大量に摂取した後で、よくそんな甘ったるいものを吸えるね」

 対する柄長が手にしているのは、加熱式タバコ『IQOS』。銘柄は『テリア・メンソール』である。

 強烈な清涼感で、先ほどの辛味チキンの脂っこさをリセットしようという算段だ。

 柄長はスマートにデバイスを操作し、水蒸気をふわりと吐き出した。

 横目で見ると、筮麽が口をすぼめ、吐き出した煙で器用に輪っかを作って遊んでいる。

「柄長、紙巻きは吸わないの?」

「一応、肺がんにならないように健康気にしてるの。それに紙巻きは煙が出るし、服に匂いがつくのが嫌だから」

「もったいない。それにIQOSだって有害物質ゼロじゃないし、舌がんになるリスクがあるって知り合いから聞いたよ。それにさ、タバコ吸ってる時点で健康もクソもないと思うけどね」

 筮麽は正論で殴りかかってきた。そして、空中に漂う煙の輪っかを、まるでドーナツを掴むかのように指で摘まみ上げた。煙を掴む能力である。

「筮麽はいいよね。どうせ、肺がんも生活習慣病も無縁なんでしょ?」

「ん、まーね。いや、これは肺には入れてないよ? 着香タバコは口腔喫煙(クール・スモーキング)が基本だし。肺に入れるのはメビウスとかそこら辺。……と言っても、そもそも私、病気自体ならないけど」

 さらりと恐ろしいことを口にする。

 そう、筮麽は病気にならない能力────医学界においては完全抗体細胞、通称イージス・セルとも呼称される、伝説級の能力を保有しているのだ。


 この能力のオリジナルは、約九十年前に日本に現れたとある男性、畝延寺睡(せのぶじすい)のものである。

 彼はあらゆるウイルス、細菌、悪性新生物や毒、科学物質含めた病気の元になる有害物質を瞬時に無力化する特異体質を持っていた。当時の医学会は彼に小国家予算並みの契約金を提示して協力を仰ぎ、彼の細胞を研究した結果、日本の医学・薬学はかつてのドイツに迫る勢いで飛躍的な進化を遂げたのである。

 今でも彼の細胞株は培養され続け、畝延細胞(セノブ・セル)の名で世界中の研究機関に厳重に保管されている。

 現在、オリジナルの畝延氏は既に鬼籍に入っているが────筮麽は彼がまだ存命中だった幼少期、彼を一目見るために病院へ赴き、その能力をちゃっかりと視認・模倣(コピー)していたのである。

 このような常時発動型(パッシブ・タイプ)の能力、それも世間に広く知れ渡っている有名な能力であれば、その本質を理解することは容易い。筮麽はただ、「あ、あの人病気にならないんだ」と認識しただけで、人類の悲願である不老健勝(未来の四字熟語、不老長寿と同義)の肉体を手に入れてしまったのだ。


 柄長は、こういう時、心底この友人を羨ましく思う。

 筮麽は一日タバコを二箱は空けるヘビースモーカーであり、先ほどのように暴飲暴食を繰り返して、夜更かしもしまくっているのに、その肌は瑞々しく、内臓は新品同様の輝きを保っている。不公平にも程がある。

 以前、筮麽が「私の中の能力を適当に混ぜ合わせて、他者と能力を共有出来る能力みたいなの作ってあげるよ。そしたら柄長も病気知らずだね」などと神のような提案をしてきたことがあったが、未だに進展はゼロである。たまに問い詰めても「あー、今配合の調整が難しくてー」などとはぐらかされるが、九分九厘、めんどくさくなっているだけだ。

「えーと……あ、あった。これだ」

 筮麽は数多の脳内のコレクションから、目的の能力を検索し、抽出した。

 煙を固める能力。

 彼女が指先を動かすと、掴んでいた紫煙が凝固し、しっかりとした質量を持つ個体へと変化した。甘いバニラの香りを放つ、白濁したリングが出来上がる。

「見て、煙ドーナツ。食べる?」

 それを柄長の目の前でゆらゆらと見せびらかす筮麽。

「いや煙でしょ。いらないよ、肺が黒くなるわ」

 柄長はIQOSのシガレットを吸い殻入れに捨てつつ、苦笑する。本当にこの友人は、最強の力を持て余し、いつもぼけっとしてほんわかしている。

 すると、筮麽が唐突に言った。

「あと私、欲ができたよ」

「え、まじ?」

 柄長はぱっと顔を上げ、筮麽を見つめた。

 今まで、柄長は彼女に対し「欲がない」と嘆いていた、ついに自我や野望が芽生えたのか。

 世界平和か、あるいは宇宙進出か。それとも、この混沌とした能力社会の是正か。

 柄長の胸が高鳴る。

「うん、それは────」

「それは?」

 ゴクリ、と唾を飲み込む柄長。

 だが、その答えはあまりにも次元の低いものであった。

「今度東京でやる、ケンタッキー食べ放題イベント。……あそこで、店のチキン全部食べ尽くしてやる」

 筮麽の瞳が、今日一番の輝きを見せていた。

「…………」

 柄長は絶句した。返す言葉も見つからなかった。

 あまりにもくだらない。そして、能力など関係なく、ただの食い意地である。

 深いため息をつき、柄長は真横に立つ友人の方を向いた。

 二人の身長差は約三十センチ。

 柄長が顔を横に向けると、必然的に視線の先には────黒いコートの上からでもその圧倒的な質量を主張する、筮麽の巨乳が飛び込んでくる。

 まるで大陸のように隆起したその双丘。

 対して、柄長の胸部は────無いわけではないが、限りなく平野に近い微起伏である。

 あまりにも、不公平すぎる。

 百八十五センチという、そこら辺の男も見上げる長身。

 ファッションモデルも裸足で逃げ出す容姿端麗なスタイル。

 薄茶色のリングが虹彩を縁取り彩った、ヴァイオレットのあまりに美しすぎる瞳。

 さらに、左利きというオシャレ属性。

 世界最強の能力。

 そして、この暴力的なまでの女性的魅力。

 しかもこれらは、能力で変化させたものではなく彼女の「素」だと言うのだ。

 神は二物を与えずと言うが、この女には五物も六物も与えすぎている。

 柄長は、恨めしげな黄金色の瞳で、悠然とタバコを吸う巨人を見上げた。

「……何?」

 視線に気づいた筮麽が、キョトンとして首を傾げる。その無防備さが、さらに柄長の神経を逆撫でした。嫉妬じゃない、嫉妬だ。

 水色のサイドテールの女は、両手をわきわきと動かし、欲望と嫉妬を剥き出しにして叫んだ。

「その胸、揉ませろっ!」

 魂の叫びである。

 しかし、筮麽の反応は冷淡そのものだった。

「え。なに急に。キモい。やだよ」

 即答拒否。

 濃桔梗色の髪が肩までかかった女は、興味なさげに視線を逸らすと、再び甘い紫煙をふぅーっと虚空へ吐き出した。


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