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オール・ギフテッド  作者: Paracoccidioidomicosisproctitiss
第一部 第一章

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オール・ギフテッド


          一


 遠き過去、悠久の時を遡ること数十年。

 漆黒の宇宙空間を切り裂き、巨大な岩塊が地球の重力圏を掠めた。後に天墜御神石デウス・エクスマキナ・ライトと呼称されることとなるその隕石は、ただの岩石ではなかった。それは、未知なる宇宙の病魔、あるいは進化の福音とも呼ぶべき極微のウイルスを纏っていたのである。

 大気圏との摩擦熱すら耐え抜いたその微粒子は、煌めく流星の尾となって地上へと降り注ぎ、人類種(ホモ・サピエンス)の遺伝子構造に不可逆的な変革をもたらした。

 世界は、一夜にして変貌を遂げた。

 ある者は掌から紅蓮の炎を噴き上げ、ある者は重力の楔を断ち切り宙を舞い、またある者は肉体を鋼鉄の如き硬度へと変化させた。形状、威力、特性、その全てが千差万別なる異能の開花。

 当初、世界は阿鼻叫喚の巷と化した。既存の物理法則が崩壊し、昨日の弱者が今日の強者となる。社会秩序は瓦解の危機に瀕した────かに思われた。

 しかし、人類の適応力とは、かくも恐ろしく、そして逞しいものであった。

 当初こそ「世も末だ」と嘆いていた人々も、数ヶ月もすれば「まあ、そんなもんか」と鼻をほじり始め、やがて、ある者は「えっ!? こんな身体が燃えてる状態でも入れる保険があるんですか?」と実利を求め、ある者は「そんなことよりおうどんたべたい」と食欲を優先し、ある者は「世界がどうなろうと住宅ローンは残るし、仕事辞められねぇのかよクソが」と社畜根性を発揮し始めたのである。

 異常は日常へと浸透し、混沌は凡庸なる生活の一部へと堕した。

 当時の内閣総理大臣もまた、この混乱に乗じて一世一代の愚策を提言した。「全国民が能力に目覚めたのならば、公平に『能力税』を新たに制定します」と。当然ながら、国民の怒号は国会議事堂を揺るがすほどの暴動へと発展しかけたが、首相は即座にライブ中継にて「冗談ですごめんちょ」とテヘペロ顔で謝罪。そのあまりの軽薄さに、国中が大いなる爆笑と脱力に包まれ、暴動は未然に防がれたのだった。

 斯くして、能力は遺伝子に刻まれ、子孫へと継承される当たり前の形質となった。かつて災厄をもたらした隕石は、今や宗教団体星の導き教団スターライト・オーダーの崇拝対象となり、熱心な信者がその欠片を拝む。

 まさに全員が選ばれし者────オール・ギフテッドの奇妙な新時代の到来であった。


       ◆❖◇◇❖◆


 時は流れ、西暦二XXX年。極東の島国、日本。

 異能の力は科学技術と融合し、文明を飛躍的な高みへと押し上げていた。

 摩天楼の間を縫うように反重力自動車(エアカー)が行き交い、街角にはホログラム広告が踊る。

 雑踏に目を凝らせば、そこにはかつてのSF映画が如き光景が広がっている。

 重力を無視してビルの壁面を歩き、二階のオフィスへとショートカットを敢行する若きサラリーマン。全身に微弱な紫外線遮断障壁(光のオーラ)を纏い、日傘要らずで闊歩する貴婦人。自らの肉体を加速させ、時速六十キロメートルで営業先へと疾走する汗だくの営業職。念動力を用いて重い荷物をふわりと浮かせ、悠々と運ぶ腰の曲がった老爺。そして、工事現場では怪力無双の職人が、鉄骨を小枝のように軽々と担いでいる。

 政府は、市民の精神衛生を保つため、能力自由行使特措法フリーダム・アビリティ・アクトを制定した。他者に危害を加えず、かつ公共の福祉に反しない範囲であれば、能力の日常使用を許可するというものだ。これにより、人々は些細なストレスを能力の発散によって解消し、社会の不満はガス抜きされていた。精々、「めんどくせぇ横文字使うな」と不満が漏れたのみである。

 だが、光あるところに影があるように、能力を用いた犯罪もまた、日常茶飯事となっていた。


 東京某所。コンビニエンスストア『ヘブンイレブン』店内。

 その静寂は、唐突な怒号によって破られた。

「動くな! 俺は指先から光線を出す能力だ! この袋にレジの金を全部詰めろ、早くしやがれ!」

 顔面を覆面で隠した男が、人差し指を銃口のように突きつけ、中年男性の店員を威嚇している。その指先には、凶悪な赤色のエネルギーがバチバチと収束しつつあった。

 緊迫した強盗現場。しかし、店内の空気は弛緩しきっていた。

 雑誌コーナーで立ち読みをしていた客たちは、チラリと強盗を一瞥すると、気の抜けた会話を交わし始める。

「あ、強盗じゃん。ウケる」

「やばくね? 光線だってよ」

「俺、自分の身体三十センチ浮かす能力だし、制圧とか無理だこりゃ」

 二人組の若者がヘラヘラと笑う。もう一人の連れも、肩をすくめた。

「俺なんか髪の色がランダムで変わる能力だからなぁ。ゲーミングヘアーとか言ってチックトックでバズるくらいしか役に立たねぇし」

 彼らに悲壮感も危機感も皆無である。

 対峙する店員もまた、困惑の表情を浮かべていた。

「いや、あの……僕、アルバイトなんで、そういうのよく分かりませんよ」

「アルバイト?」

 強盗が首を傾げた、その刹那である。

 店員が突如としてレジカウンターから身を乗り出し、魂の咆哮を上げた。

「僕、アルバイトォォ!!」

 裂帛の気合いと共に、店員が強盗に掴みかかろうとする。

 驚愕した強盗は反射的に指先から光線を放った。殺傷能力を持つはずの赤熱した光条が、店員の眉間へと迫る。

 だが、その光は店員に触れる直前で奇妙に歪曲し、彼の掌の上で小さな光球となって収束したではないか。

「えっ?」

 間抜けな声を上げる強盗。その腕を、店員ががっしりとホールドする。

「ふう、危なかった。僕は光を収束させる能力だから助かったぜ」

 額の汗を拭う仕草を見せる店員。強盗は必死に抵抗し、「てめぇふざけんな! 離せ!」と喚き散らす。

 すると店員は、先ほど収束させた高熱の光球を、にこやかな笑顔で強盗の鼻先にじりじりと近づけた。

「……なんか言った?」

「あ、はい、すんません。なんでもないっす」

 強盗は瞬時に屈服した。

 その光景に、周りの客たちから「おー」「すげー」と、まるで大道芸でも見たかのような歓声と拍手が湧き起こる。

 バックヤードから出てきた女子高生の店員が、気だるげに言った。

「歌入さんー、お疲れ様ですー。じゃあ私レジ代わりますんで、通報しちゃってください」

「あーはい、よろしくお願いします」

「あの……警察は勘弁してもらえたり……?」

 涙目で懇願する強盗に対し、店員は親指を下に向け、「だめー」と即答。そのまま強盗は、休憩室へとずるずると連行されていった。

 数分後、何事も無かったかのように、コンビニは通常営業へと戻った。

 強盗が現れ、能力戦が行われたというのに、ありえないほどに牧歌的で、ほのぼのとした空気がそこには流れていた。


 その一部始終を、同じく店舗内で眺めている一人の女がいた。

「……平和だなー」

 女は独りごちると、コンビニを後にして、先刻ヘブンイレブンで買ったばかりの揚げ鶏を齧り、歩き出した。

 彼女の名は亜鳴蛇筮麽(あなたぜにま)

 年齢は二十歳。国際信州学院大学こくさいしんしゅうがくいんだいがくに通う、どこにでもいる普通の女子大生である。

 国際信州学院大学とは、かつて世界が超常になる以前、旧インターネットの匿名掲示板にて虚構として作られた「釣り大学」であった。しかし、能力開花による混沌の時代、現実改変能力などを得た有志たちの「ネタを現実にしたい」という無駄に熱い情熱により、長野県の山奥になんか本当に具現化してしまったという、狂気の学び舎である。

 筮麽の容姿は、群衆の中に在っても異彩を放っていた。

 まず目を引くのは、百八十五センチメートルはあろうかという長身と、モデルすら裸足で逃げ出すほどの均整の取れたプロポーション。黒のロングコートに身を包んでいるため判りづらいが、その胸元は豊満に隆起しており、コートのボタンが悲鳴を上げている。

 肩まで流れる髪は、闇夜に咲く華の如き濃桔梗色。そして何より特筆すべきは、その瞳の美しさだ。

 ウィルソン病のカイザー・フライシャー角膜輪を思わせる薄茶色のリングが虹彩を縁取り、その内側には、深淵なるヴァイオレットが妖しく輝いている。

 だが、その整いすぎた顔立ちは、どこか間の抜けた、ぼけーっとした虚無の表情によって台無しになっていた。彼女は常に、この世のどこにも存在しない虚空を眺めているのだ。

 筮麽は紫煙を燻らせながら、裏通りを歩いていた。

 彼女が咥えているのは、復刻版『ピース・ジャズ・セッション』。

 周囲には、空間浄化結界(エア・クリアランス)という科学技術を搭載した小型ドローンが浮遊しており、タバコの不快な臭いや副流煙を瞬時に分子レベルで分解・無害化している。かつては嫌煙の嵐が吹き荒れた社会も、この技術のおかげで、喫煙者への風当たりは随分とマイルドになっていた。

 人気のない路地裏に差し掛かった時である。

 前方から歩いてきた三人組の男たちが、筮麽の進路を塞ぐように立ちはだかった。

「よう、そこのでっかい姉ちゃん。今暇?」

 テンプレート通りのナンパである。

 筮麽は気だるげに視線を向け、煙を細く吐き出した。

「今タバコ吸ってんだよねー、ごめん」

 興味なさげに言い捨て、脇を通り過ぎようとする。しかし、リーダー格と思しき男が、彼女の肩を乱暴に掴んだ。

「つれねぇこと言うなよ姉ちゃん。俺らと遊ぼうぜー」

 男の掌から、ブォンという低い唸り音と共に、金の光が噴出する。それは長さ一メートルほどの光の剣を形成した。

「俺の手から光の剣を出す能力の餌食になりたくなければ、言う通りにしろ? な?」

 男が下卑た笑みを浮かべ、取り巻きの二人も「ぐへへ、姉ちゃん、痛い目見たくないだろ?」

「綺麗な目だな、舐めてやりたいぜ」と卑猥な視線を這わせる。

 しかし、筮麽は眉一つ動かさず、呑気にタバコを吸い続けた。

「……余裕そうだな、おいっ」

 男が苛立ちを露わにした時、筮麽がおもむろに口を開いた。

「それ、かっこいいね。私も使っていい?」

 彼女は男の光の剣を、まるでショーウィンドウの服でも指差すかのように示した。

「あん? 何言ってんだ、こいつ頭沸いてんの──────」

 男が嘲笑しようとした瞬間である。

「あ、兄貴! う、動けねぇっす!」

「足が……地面に張り付いたみたいに!」

 取り巻きの二人が悲鳴を上げた。彼らはまるで金縛りにあったかのように、その場から一歩も動けなくなっていた。

「あ? なんだと?」

 リーダーの男もまた、自らの四肢が鉛のように重くなっていることに気づいた。

 なんだ? 金縛りにさせる能力か。

 その考えが男の脳裏をよぎる。

 その隙に、筮麽は掴まれていた肩をすっと外し、短くなったタバコを携帯灰皿へと丁寧に押し込んだ。

 そして、男の眼前で、自らの左手をかざす。

 人差し指と中指、その二指を剣の形に整えると、彼女の指先から、男のものと全く同じ、いや、それ以上に純度の高い紫色の光の剣が形成された。

「なっ……! は!? なんで俺の能力を……!?」

 男は驚愕に目を見開く。取り巻きの二人も、開いた口が塞がらない。

「ありがとねー」

 筮麽はふわりと微笑むと、光の剣を霧散させ、てくてくと歩き出した。

 彼女が去って数秒後。男たちの金縛りが唐突に解けた。

「……あれ? 俺たち、何を……?」

「さあ……? なんか、すげーいい女がいたような気がするんだけど」

「気のせいじゃね? 腹減ったしラーメン行こうぜ」

 彼らの記憶からは、先程の出来事が綺麗さっぱりと消え失せていた。


 帰り道を歩きながら、筮麽は再び指先から光の剣を出し、街灯にかざしてみる。

「おー、綺麗じゃん」

 彼女は満足げに呟いた。

 そう、彼女の正体は、視認した能力を行使する能力──────万象模倣(シンラバンショウ)とも呼ぶべき、史上最強レベルの異能の持ち主である。

 だが、彼女には世界征服の野望もなければ、正義の味方になるつもりも毛頭ない。

 彼女はこの神ごとき力で、様々な能力をただのトレーディングカード感覚で、コレクションとして集めているだけであった。「あ、今のレアじゃん、ゲット」程度の感覚なのである。

 この事実を知る者は、この世界にはほとんど存在しない。

 市役所の能力登録簿には、彼女の能力はこう記されている。

 身体から触手が生える能力。

 幼少期に会得した適当な能力を混ぜ合わせて作った、彼女オリジナルの紫電触手ヴァイオレット・テンタクルである。

 指先や身体の任意の場所から、メッキ加工を施したようなメタルヴァイオレット色の鋭利な触手を出現させるという、悪趣味極まりないビジュアルの能力だ。しかし、物を取るのに便利だし、見た目がなんとなく強そうで格好いいという理由で、彼女はこれを多用していた。表向きには、彼女は触手女として認知されているのだ。

「……冷えてきたな。帰ろっと」

 筮麽は独りごちると、軽く膝を曲げ、地面を蹴った。

 瞬間、彼女の姿が掻き消える。

 それは、過去にどこぞのスピード狂からコピーした神速で移動する能力。

 衝撃波すら置き去りにする、人間には到底視認不可能な超高速で、筮麽は夜の闇を切り裂き、愛しき我が家への帰路についたのであった。

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