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オール・ギフテッド  作者: Paracoccidioidomicosisproctitiss
第一部 第一章 異能普遍社会

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19/25

密談

       ◆❖◇◇❖◆


 そして、己の些細な行動が、背後の男たちの人生の歯車を劇的に狂わせた───あるいは正しく噛み合わせた───ことなど知る由もなく、マイペースに歩き去る友人の背中を必死に追いかける、鴨紅柄長。

「ちょっと、待ってってば! 筮麽っ! 足長いんだから少しは手加減してよっ!」

 大股で優雅に歩く眼前の規格外の友人、亜鳴蛇筮麽。爽やかな午前の日差しに、彼女の美貌と紫色の髪がキラキラと照らされている。柄長は小走りで駆け寄り、ようやくその横に並び立った。

「もう、歩くの早すぎるってば!」

 胸を押さえ、乱れた息を整える。

「柄長、それより一体どうしたのさ。街中で突然能力を暴発させるなんて、君らしくない無様な失態じゃない」

 筮麽。一切歩みを止めることなく、不思議そうな顔をして彼女に問いかける。先程の、至近距離で本物の落雷が発生したかのような凄まじい爆音や大気の振動にも、この世界最強の能力者は一切動じることなく、瞬き一つしていなかったようだ。

 だが、柄長はすぐには口を開かなかった。周囲にはまだ多くの通行人が行き交っており、機密性の高い情報を声に出すのは憚られたからだ。

 その代わり、歩きながら筮麽の顔を覗き込んだ。彼女の金色の瞳が、その瞳孔を覗き込む。その瞳。まるでウィルソン病の患者に見られるような茶色の輪に縁取られ、その内側は深淵のようなヴァイオレットに染まっているという、人工物のように呆れるほどに美しい色彩を持っていた。

 その瞳をじっと見つめながら、己の胸の前で右手を用い、仏像が結ぶような〝刀印〟の手印を素早く組んだ。

 その奇妙な行動の意図を、筮麽は即座に察した。彼女もまた、眼前の友人の金色の瞳を真っ直ぐに見つめ返し、手持ちの数多のストックの中から、ある特定の能力を発動させた。

『ねぇ、これから見せるもの、絶対に誰にも言わない?』

 突如として、筮麽の脳内に直接、柄長の焦燥した声が響き渡った。

 これは、筮麽が保持する思考を受信する能力。

 この能力の受信の条件は、対象者と真っ直ぐに目を合わせることが必須の発動条件となっていて、柄長が筮麽の目をジッと見つめ、かつこの刀印の手印を組んだ時こそが、「今からこの能力を使って、周囲に漏れないテレパシーの密談を行え」という、二人の間だけで取り決められた秘密の合図。

『うん。言えって脅されても別に言わないけど。どうしたのさ、大げさに』

 瞬時に思考を送信する能力を並列で起動させ、極めてフラットな感情のまま、自分の意志を柄長の脳内へと送り返した。

『た、宝くじが当たって……!』

「えっ」

 その意外な単語に、流石の筮麽も脳内ではなく、現実の空気を震わせて微かな驚きの声を漏らした。

 柄長は周囲を警戒しながら、また自身の電波でテクノロジーを操る能力を密かに発動させ、左手首に埋め込まれた極小チップを微弱電流で起動。彼女の目の前の空間に、ホロフォンからの緑色の光を放つホログラム・ディスプレイが空中に現れた。

 そこに映し出されていたのは、国が運営する公営競技の一種であり、国民的な人気を誇る宝くじ、ロト(エイト)の公式当選確認画面。

 一から五十までの数字の中から、任意の八個の数字を選んで購入するという形式の宝くじ。一口の購入代金は五百円と、日々の生活に困窮する者にとってはやや高めの設定ではあるが、二等でも当選金は五億円、一等に至っては破格の三十億円超え、さらにキャリーオーバーが重なれば上限の五十億円超えも現実的に狙えるという、まさに一攫千金を夢見る誰もが血眼になって購入する、魔性の宝くじ。

『……で、何等が当たったのさ。まさか、一等?』

 筮麽は探るように念波を送る。普段は冷静沈着な目の前の友人の、雷を暴発させるほどの異常な慌てようからして、まさか途方もない高額当選を引き当てたのかと、少しだけ興味を惹かれた。

 しかし、柄長が震える指で誇らしげに見せてきた当選画面の照合結果の番号は、筮麽の予想を遥かに下回る、ひどく拍子抜けするものだった。

 四等、当選金・十万円。

「………は?」

 思わず、テレパシーを忘れて呆れたような声を出してしまった。

 しかし、柄長本人は至って真剣そのものであり、ホログラムの数字を拝むように見つめている。

『いや、ちょっと、十万だよっ!? 現金で十万円だよっ!? ものすごい大金だよっ!? なんでそんな、道端で十円玉拾ったみたいな無反応なのさっ!』

「あー、うん、わかったわかった。まぁ、十万か。確かに大金だね、おめでとう」

 棒読みで軽くあしらった。まあ確かに、学生の身分からすれば大金ではあるが。反応からして、てっきりもっと高額かと思ったのだ。興味を失い、ふいと目を逸らした。

「でもさ、たかが十万って。なんか君が顔を真っ赤にして超すごい反応してるから、てっきり億とかの高額当選かと思ったよ。私の心を弄んだね」

「まさか。そんな天文学的確率の高額当選なんて、私みたいな平凡な人間にするわけないじゃん」

 柄長はテレパシーを切り、ホログラムを消去して現実の声で笑った。

 彼女の家計は常に火の車。親元を離れて一人暮らし。さらに学費や生活費を自らのアルバイト代で稼ぎ出し。実家への仕送りまで毎月欠かさず行っている。というのに、この隣を歩く大食らいの友人にしょっちゅう高額な食事を奢らされているという、極貧の自転車操業生活をしているのだ。

 そんな彼女からしてみれば、不労所得としての十万円という臨時収入は、まさに天から降ってきた途方もない大金、人生のボーナスと言っても過言では無い。先程の雷の暴発は、歩きながら何気なく当選確認の画面をホロフォンで見て、あまりの驚きと歓喜のあまりに感情が昂り、制御を失って能力が漏れ出てしまったが故の事故。

「じゃあ、お金持ちになったことだし、お祝いにまた何か美味しいもの奢ってくれる? なんか少しお腹空いてきたし」

「やだよっ、絶対にダメ! このお金は全額、将来のために大事に貯金するの。それに、あんたはさっき、私のバイト先の店で特大のハンバーグを五人前も食ったばかりだろっ!」

 柄長は警戒するように財布の入ったポケットを押さえ、口を尖らせて鋭くツッコミを入れた。

 本日、柄長は大学の講義もアルバイトのシフトも入っていない、貴重な完全休日。しかし、筮麽は午後からの講義であるにも関わらず、午前中からわざわざ柄長の元へと、ただ「奢らせる」という明確な目的のためだけに襲来していたのだ。

 柄長が普段アルバイトをしている、肉汁たっぷりのメニューが人気のハンバーグ店パオピット。そこで筮麽は、開店直後から鉄板に乗ったハンバーグを文字通り爆食したばかり。柄長の持つ社員割引クーポンを適用させ、限界まで値引きはされているものの、柄長の乏しい電子財布の残高は、瞬く間に削り取られ、文字通りの散財の極み。

「ていうかさ、筮麽。あんた、あれからまた色んな能力をコレクションしすぎなんじゃない? 前より明らかに食事の量もペースも増えてるし、ずっと食べてるよね」

「んー、そうかもね。流石にちょっと、今後のためにも真面目に対策考えなきゃいけないかもなぁ」

 筮麽は澄み切った虚空をぼんやりと眺めながら、どこか他人事のように呑気に言い放つ。

 事の発端は、彼女が新たに千里眼という、遠く離れた場所や遮蔽物の向こう側を視認できる強力な能力をコピーし、手に入れたことにある。この能力を獲得したことにより、わざわざ自分の足で出向かずとも、安全な自室に居ながらにして日本中の能力者を視認し、その能力の収集作業が圧倒的に捗るようになってしまったのだ。

 しかし、その代償は大きかった。手当たり次第に収集を続けた結果、彼女の体内にストックされている保有能力の総数は今までの比ではないほどに膨れ上がり、結果としてそれらを維持するための肉体的・精神的負荷が倍増。以前よりも遥かに燃費が悪くなり、食事をしてから約一時間で胃袋が空になるという、腹持ちの最悪な体質へと変貌してしまったのだ。

 流石に、一日中常に空腹状態が続くとなれば、どれほど怠惰な彼女であっても私生活に重大な支障が出かねない。食費は莫大に嵩む一方だし、何より、彼女が人生で食事の次に愛する「睡眠」の質すらも、空腹による覚醒で損ねかねない事態となっている。もちろん、手持ちの中には睡眠を必要としない能力や、疲労を回復する能力もあるが、それと「心地よく眠る」という娯楽の追求は、彼女の哲学において全く別の話。

「まぁ、私の天才的な頭脳でなんとかするよ。とりあえず、似たような効果を持つ能力を片っ端から融合させて、一つの能力に混ぜ合わせようかなって思ってる」

 歩きながら、ぼんやりとした口調で恐ろしい解決策を口にする。

 例えば、筋力強化の能力。念動力。細胞活性化。水。炎。電気。風。…などの効果が被る能力群を一つに統合してしまえば、システム上での保有数は一つとカウントされ、肉体への維持負荷が劇的に減るという算段。どれほど強力な能力であろうとも、筮麽の肉体にかかる負担は「能力の強さ」ではなく「能力の保有数」で換算されるという独自のルールがあるためだ。能力の融合自体は、彼女の器用な操作技術をもってすれば簡単にできるため、最も手頃で確実な手段。

「げー。複数の能力を一つに圧縮するって……それ、出来上がった一つ一つが、単体で国家指定クラスの超能力になりかねないね、それ。まぁ、やるなら制御はちゃんと怠らないでしなよー? 寝ぼけて強力な能力発動させて、うっかり一つの都市が消滅しました、じゃ済まされないし笑えないからね」

 柄長は、友人が生きた戦略兵器であることを再認識し、顔を引きつらせて苦笑いで忠告する。

「大丈夫だよ。私は君のさっきの落雷みたいなお粗末な事故とは違って、出力の制御なんて息をするように完璧だし」

 筮麽はふっと美しく笑い、自信満々に言い放つ。

 事実、数え切れないほどの莫大な数の異能を身の内に保有し、それらを同時に難なく併用し、これまで特に大きな暴走も引き起こさずに平然と日常生活をやり過ごしている彼女の、能力に対する絶対的な掌握力と精神力は、もはや人類の理解を超えた、測り知れない領域にあるのだ。

「失礼なっ。……あっ、それと、ついでに例の能力共有の方の実験もちゃんと進めておいてよね。どうせめんどくさがって、少しも手つけてないんでしょ」

「わかったわかった、善処するよ」

 面倒くさそうに手をヒラヒラと振って軽く流した。

 柄長も自分がしつこい自覚はあるかもしれないが、この怠惰な友人にはたまに口酸っぱく言わないと、約束事などすぐに忘却の彼方へと消え去ってしまうのだ。それに、愛煙家であり、先程の四人の男たちの未来の顧客でもある喫煙者の柄長からしてみれば、筮麽の持つ病気にならない能力という最強の免疫機能を自身にも共有させるという計画は、健康維持のためにどうしても実現してほしい、喉から手が出るほど欲しい悲願。

「……ねぇ、講義までまだ時間あるし、もう一軒だけお店行っていい? さっきはお肉だったから、口直しにさっぱりした海鮮の丼ぶりとか食べたい気分なんだけど」

「この食いしん坊のブラックホールがっ。だーめっ、どうせ高いウニとかイクラとか頼んで、自分でお金払わないんでしょ? 今日の奢りはこれで打ち止め。また今度ね」

「ちぇー。宝くじ成金め」

 柄長は、口を尖らせて不満げに文句をいう巨大な友人を、保護者のような手つきで軽くあしらった。

「あ。てかもうすぐ昼時か。学食が混み始める時間だ」

 筮麽も、自身のホロフォンで時刻を確認し、ハッと思い出したかのように呟く。高級店での奢りも魅力的だが、栄養満点で安価な大学の学生食堂は、燃費の悪い彼女からすれば、絶対に逃すことのできない重要なライフラインなのだ。

「じゃ、私はこれで大学に向かうね。またね、柄長。奢りごちそうさま」

 筮麽は髪を揺らしながら、振り返りざまに左手を軽く振った。

 柄長もまた、見慣れた友人の背中を見送りながら、温かな午前の日差しの中で手を振り返した。

「うん。講義中、お腹いっぱいで寝るなよー」

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