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オール・ギフテッド  作者: Paracoccidioidomicosisproctitiss
第一部 第一章 異能普遍社会

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心機一転

          六


 カフェテリアのオープンテラス。流麗な木目が美しく研磨された木製のテーブルの上。芳醇な香りを周囲に漂わせる珈琲の注がれたカップが四つ。静かに湯気を立てて並んでいる。卓を囲むように座っているのは、いずれも三十代前後と見受けられる男。どこか人生の疲弊を顔に滲ませた四人組。その内の一人が、指に挟んだ紙巻きタバコに火を点ける。昼下がり前の澄み切った蒼穹に向けて、深く紫煙を吐き出した。

「お、おい。本当にやるのかよっ」

 男の一人が、カップの縁を指でなぞりながら、ひどく真面目で、かつ怯えを含んだ顔つきで言った。

「当たり前だろ。俺たちが何のために、血を吐くような思いでここまで綿密な計画を練り上げたと思ってるんだ」

 そう力強く答えたのは、四人の中でリーダー格と思われる男。彼は無精髭を蓄え、安物のよれよれの古着を身に纏い、その双眸には後がない人間の特有の、追い詰められたような切迫した光が宿っていた。彼は短くなったタバコを灰皿へぐっと力強く押し付け、火を消した。

「決行は今日の深夜。宝石店、オボロの裏側だ。まずはお前の、監視カメラを誤作動させる能力で、店舗周辺のカメラ映像を完全に乱せっ」

「はぁ……それで?」

「次に、俺の持つ施錠を解く能力で、裏口の厳重なセキュリティロックを物理的に開ける。次に、お前だ」

 リーダーの男は、向かい側で所在なげに珈琲を啜っている、猫背の男をビシッと指差した。

「お前の、五分だけ透明になる能力、そして、そっちのお前の、他者の能力を同時発動する能力。この二つの掛け合わせで、俺たち全員が完全に透明人間になる。それで一気に店内へ突入だっ」

「うむむ……」

「う~ん……」

 名指しされた二人の男は、全く覇気のない様子で唸り声を上げ、冷めかけた珈琲をすする。

 そう、このうらぶれた四人の男たちは、今日の深夜、長野県屈指の品揃えを誇る名宝石店〝オボロ〟にて、大規模な宝石強盗を企てていた。

 しかし、その恐ろしくも大胆な犯罪計画の内容とは裏腹に、提案者であるリーダーを除く他三人の反応は、極めて冷ややかで微妙なものだ。

「俺は能力発動だけだからいいとしてさ。透明になれるのは、たったの五分間だぜ? それに、お前の能力共有だって、発動者から半径二メートル以内の距離じゃないと適応範囲外になって効果が切れるんだろ? 全員が密着して動かなきゃいけないなら、手分けして宝石を回収するような分断作業もできねぇよ」

 監視カメラの男が、極めて論理的な指摘を口にした。もう一方の男が保持する、他者の能力を同時発動する能力。これには、致命的とも言える厳しい制約と欠点が存在する。対象者が半径二メートル以内で能力を発動した、その同タイミングでのみ、全く同じ能力を自身や周囲に付与して発動出来るという条件。

 この理屈を利用すれば、確かに四人全員が光学的に透明になれるのだが、その極端に狭い射程範囲のせいで、実行犯である四人は常にお互いの息がかかるほど固まって移動することしか出来ないのだ。そして何より、透明になれる制限時間はたったの五分間という、巨大な店舗を物色するにはあまりにも短すぎる時間。

「そ、それにだぜっ。万が一、店内で俺の透明化の時間が切れて、全員の姿が監視カメラや警備員に見えちまったらどうすんだよっ。この能力、一回使ったら再発動までのインターバル、たっぷり一時間もあるんだぜ? 突入してから五分以内でケースを割って、宝石を詰めて、痕跡を残さず退散するなんて、それこそ軍隊上がりのプロじゃないと無理だろっ。俺ら、ただのしがない素人だぜ」

 透明化の能力を持つ男が、身を乗り出して捲し立てた。制限時間は五分、全員が散開して効率的に動くこともできない。どう客観的に見積もっても、作戦として成功する現実味が皆無。

「そもそも、姿が透明になったとしても、足音や物音まではごまかせないだろ。強化ガラスのケースをハンマーで割った瞬間に、大音響で即バレだぞ」

「そ、そこは俺たちの熱い気合いと根性でなんとかすんだよっ」

 論破されたリーダー格の男が、己の計画の杜撰さを誤魔化すように喚き散らし、残っていた珈琲を一気に喉の奥へと流し込んだ。

「もし、物音に気づいて警備員が走って来たらどうすんの? まさか、刃物や鈍器で危害を加えるわけじゃないよな?」

 同時発動の男が、不安げに眉をひそめて言った。

「するわけないだろっ! 夜間警備員なんて、どうせ俺らと同じように底辺で、安月給でこき使われて、日々の生活に苦しんでる同類なんだぞっ! そもそも、人に暴力を振るうなんて絶対に反対だっ。そんなことしたら、犯罪になっちまうだろ!」

 リーダーは顔を真っ赤にして指を立て、堂々と喚き散らした。

「いや、深夜に店に忍び込んで宝石盗む時点で、立派な重犯罪だろ。しかもこんな風に事前に集まって計画性があると、なんか法廷で罪が重く加算されんじゃなかったか?」

「てか、入り口で俺がカメラを誤作動させても、異常に気づいた警備会社にすぐ直されたら、そのまま録画されて一巻の終わりじゃね?」

「やっぱさ、こんな無謀なことやめようぜ。警備員とか店員の中に、戦闘に特化した強能力者がいたら、俺らなんて一瞬で制圧されて終わりだし。普通にハローワーク行って働かね?」

 三人は呆れ顔で口々に言い放ち、それぞれの懐から幻影通信機(ホログラム・フォン)を取り出して弄り始め、リーダーの壮大な計画にはもう微塵も興味がないといった様子を示した。

 そう、彼らがこの恐ろしい宝石強盗を企てたのには、切実な理由が存在する。

 この四人は全員が非正規雇用(フリーター)、あるいは劣悪な労働環境の派遣社員であり、最低賃金スレスレの時給や、派遣会社特有の悪辣な中抜き搾取によって、明日の食事すら事欠くような生活に苦労している、ごく一般的な弱き小市民。それゆえに、リーダー格の男は、この先の見えない絶望的な貧困生活を一新すべく、一攫千金を夢見てこの宝石強盗を計画したのだ。

 しかし、その計画内容はあまりにも素人じみていて粗が目立ち、そして何より、彼らは全員、見ず知らずの他人に危害を加えることなど絶対にできないほど、根が善良で臆病。彼らもまた、この社会の底辺を這いずる、ただの小市民に過ぎないのだ。

 結局のところ、リーダー格の男以外は誰も本気で犯罪など犯す気はなかった。

 この穴だらけの作戦には終始微妙な反応を示しているし、万が一捕まって冷たい牢屋に入れられ、前科がつくなど、彼らの平穏な人生設計において言語道断の極み。

「お、俺が寝る間も惜しんで、昨日の夜一晩かけて必死に考えた完璧な作戦だぞっ!? 俺たちのチームワークがあれば、絶対に成功するに決まってらぁっ」

 リーダーが必死に喚くも、その言葉通り、この作戦自体が思いつきで一晩で考えられた極めて拙い代物。そもそも、複雑な異能と高度な現代テクノロジーが何重にも交差する一流宝石店の警備体制を、こんな烏合の衆の素人集団が突破できるはずがないのだ。

「おい、強盗の話はもういいから、ちょっとあそこ見ろよ。歩道歩いてるあの紫髪の女、めちゃくちゃ美人じゃねーか? てか、背、高っ」

「まじじゃん。顔小さすぎるだろ、どっかの専属モデルか?」

「横を歩いてる、水色髪のちっこい子も中々可愛いな」

 すっかり悪事に興味を失った三人が、カフェのテラスから歩道へと指を差す。そこには、周囲の喧騒など意に介さない様子で気だるげに歩く、目を見張るほどの長身の女と、その隣を小走りで続く小柄な女の姿があった。

「声とか、かけてみるか?」

「いやいや、絶対に無理だろ。住んでる次元が違いすぎるって……俺らみたいな底辺が声かけたら、警察呼ばれるぞ」

 などと、男たちが平和な日常の会話を始めると、リーダーが顔を真っ赤にして激怒した。

「真面目に考えろっ! 俺たちは今、人生を賭けた大勝負の瀬戸際にいるんだぞっ! 女の尻なんて追っかけてる場合かっ」

 リーダーが唾を飛ばして喚いた、まさにその瞬間。

 ピシャンッ、という轟音。

 まるで晴天の空から本物の雷が落ちたかのような。

 空気を切り裂く凄まじい爆音。

 周囲一帯に鳴り響いた。

 音の発生源は、男たちが眺めていた小柄な方の女。彼女は突如として歩みを止め、その華奢な全身から、本物の雷光の如き眩い水色の電気をバチバチと激しく発生させているではないか。女は自らの手元にあるホロフォンの空中に浮かぶ画面を凝視したまま、ワナワナと激しく全身を震わせていた。

 その後、彼女はハッとしたようにすぐに電気の放出を抑え込み、突如の爆発音に驚いて立ち止まった周囲の通行人たちに視線を向ける。

「ご、ごめんなさいっ! 失礼しましたっ!」

 必死の形相でペコペコと頭を下げて謝罪し始めた。

 一方、連れである長身の女は、背後での爆発に一瞬だけ気怠げに振り返ったものの、特に気にする素振りも見せず、「柄長、早くしてよ。置いてくよ」とだけ言い残し、再びてくてくと大股でマイペースに歩き出してしまった。

「ちょっ、待て待て! 置いてくなーっ!」

 水色の電気を放った女は、叫びながら、慌てて長身の女の背中を追いかけ、二人は足早に去っていった。

 嵐が過ぎ去った後のように、テラス席には重苦しい静寂が戻った。

 四人の男たちは、手にしたカップを空中で止めたまま、口を半開きにして全員が石像のように固まっていた。

「……や、やめるかっ! やっぱさ、男なんてのは、地道に汗水垂らして働いてなんぼだよなっ! じょ、冗談だよっ。強盗なんて、そんな恐ろしい馬鹿な事考えるかよ、わははっ!」

 目の前で規格外のエネルギー量を誇る電気の爆発を見せつけられ、リーダー格の男はすっかり魂の底まで戦意を削がれてしまったのか、己の震える手を隠し、強引に誤魔化すように二本目のタバコに火を付けた。

 三人はそんな現金なリーダーを白眼視した。やがて安堵の溜息と共に口々に言い出す。

「な? 言っただろ。あんな化け物みたいな奴が、もし店の警備員とかに一人でもいたら、俺らの能力なんて絶対に対処不可能だって。勝てっこねぇよ、命がいくつあっても足りねぇ」

「にしても、すげぇ放電だったなぁ。空気が焦げる匂いがしたし、まだ鼓膜がビリビリ震えてるぜ」

「やっぱ、犯罪なんて割に合わない真似、するもんじゃねぇって。真面目に生きようぜ」

 冷めた珈琲を啜り、無事に平和な日常へと帰還できた喜びで笑い合う三人。

「ぐぬぬ……ま、まぁ、お前らの言う通りだな。俺が悪かったよ。こんな浅はかな思いつきで、大切な人生を棒にふっちゃいけないよな」

 リーダーもすぐに己の過ちを認め、考えを改めつつ、深くたばこを吸い込み、テーブルの上の灰皿にポロリと灰を落とした。

 しかし、ここで彼の単純な脳裏に、天啓とも呼ぶべきひとつの壮大な閃きが起こった。

「……待てよ? そうだ、このタバコだっ。これで行こう。俺ら四人で、全く新しい起業をするんだっ!」

 男は突如として身を乗り出し、目を輝かせて言い出した。

「はぁ?」

 三人が再び理解が追いつかず、固まる。

「よく考えろ。今の世の中は、街のそこら中に空気洗浄ドローンが飛んでいて、空気の汚れを一瞬で分解してる。だから、タバコの煙や匂いもすぐに浄化されるから、旧時代みたいに嫌煙されることもなく、嗜好品として広く社会に受け入れられてるだろ。だから、俺ら四人で力を合わせて、広大な土地でたばこ農家をやろうっ。独自の銘柄を作って、それで一攫千金と行こうぜ。なあに、俺の実家、元々デカい農家だから、トラクターとかの農機具やノウハウに関しては一切心配するなっ!」

 男は拳を握り締め、自信満々に言い放った。他人に使われる理不尽な雇用システムから完全に逃れ、自分たちの手で起業し、独立し、農家という生産者側に回って一攫千金を目指す。あまりにも唐突で飛躍した発想。

 だが。

「まぁ、強盗なんかよりは、それなら……」

「お前の実家の土地と機材がタダで使えるなら、初期投資も抑えられるし、それは面白そうかもな」

「いいんじゃね? 俺、体力には自信あるし、土いじりとか嫌いじゃないぜ」

 三人の反応は、予想に反して思いの外よいもの。皆、いつ切られるかも分からない地獄の使い捨ての雇われ生活には、とうの昔にもううんざりしていたのだ。

「そうと決まれば、善は急げだっ。この後すぐに実家に連絡して計画を実行するぞっ。すみませーん、店員さん、こっちのテーブルに珈琲おかわりっ!」

 リーダーが晴れやかな顔つきで元気よく叫んだ。その表情には、先程までの暗くよどんだ強盗をしようという悪気は完全に霧散しており、全く別ベクトルの、生産的なやる気と希望に満ち溢れていた。

 通りすがりの名も知らぬ小柄な女が、その意図せぬ能力の暴発によって未然の凶悪犯罪を防ぎ、そして数年後、国内の高級たばこ産業にその名を轟かせることとなる、伝説の四人のたばこ農家が誕生した、記念すべき歴史的瞬間でもあった。

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