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オール・ギフテッド  作者: Paracoccidioidomicosisproctitiss
第一部 第一章 異能普遍社会

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伽羅部瞰は大食らい

 東京、昼下がり。

 無機質なビル群の狭間にありながら、極彩色の欲望が渦巻く場所───ケンタッキー・フライド・チキン。

 その店舗は、ただのファストフード店ではない。選ばれし者(三千円を支払った者)のみが入場を許される、脂とスパイスの聖域、食べ放題会場。

 入店の手続きは近未来的かつ厳格だ。

 整理券による受付と前払いを済ませた客は、入り口に設置された円筒形の装置───生体親和性極薄皮膜生成機バイオ・スキン・ラミネーター───に両手を挿入する。

 シュンッ、という微かな駆動音と共に、指先から手首にかけてナノレベルの透明な被膜が形成される。

 これにより、素手でチキンを掴もうとも、油汚れや匂いが皮膚に付着することは万に一つもあり得ない。技術と異能の交差による文明の利器は、人類を「手づかみの背徳感」と「汚れへの忌避感」のジレンマから解放したのだ。

 最初に提供される〝スターターセット〟たるオリジナルチキン、ポテト、ビスケット、ドリンクの洗礼を胃に収めた者だけが、奥に広がる約束の地(ビュッフェ台)へと足を踏み入れる権利を得る。

 そこには、王道のオリジナルチキンを筆頭に、鮮烈な辛さが脳を焼くレッドホット、食欲を暴走させるにんにく醤油、甘味と辛味の円舞曲たる辛口ハニー、爽やかなハラペーニョの殺意を秘めたグリーンホット、和の心意気を感じさせる香るゆず七味、そして背徳の極みである濃厚旨みバターなど、多種多様な味付けを施された鶏肉の山が築かれていた。

 さらに脇を固めるのは、クリスピー、ビスケット、ポテト、ナゲットといった揚げ物の精鋭たちに加え、店舗限定のピザやサラダといった伏兵たち。

 まさに、鶏たちの墓場にして、食いしん坊たちの楽園。

 そんな喧騒渦巻く店内の一角に、周囲の空気をピンク色に歪ませる異質なテーブルが存在した。

 席に鎮座するのは、フリルとレースをふんだんにあしらった、黒とピンクを基調とするゴシック・ロリータ風の衣装に身を包んだ一人の女。

 肩のショルダー部分、腰の両側、そして袖口には、これでもかと言わんばかりの巨大なリボンが装飾され、彼女の可憐さと地雷臭を増幅させている。

 姫カットに整えられた薄紅色の髪を揺らし、彼女───伽羅部瞰(からべみお)は、眼前に積み上げられたチキンの山を見つめ、恍惚の表情を浮かべていた。

「んん~~! やっぱりケンタの揚げたてチキンは美味いな……! 衣がサクサクしていて、それでいて脂っこいガツンとした味わい。今日の鶏肉は、鹿児島県産のハーブ鶏を使用したのかな? 肉質の締まりが違うよぉ」

 独りごちると、次なる獲物へと手を伸ばした。

 彼女は二十歳。

 ここ東京に拠点を構える、通称〝地女大(じじょだい)〟こと、地雷系女子大学に通う現役女子大生。

 その大学は、名が示す通り、世間一般で言うところの「地雷系」のファッションや精神性を有する女子たちが集う学び舎だ。校内では日々、己のファッションセンスの優位性や、SNSのフォロワー数、あるいは彼氏(大抵はバンドマンかホスト)への依存度、そして保有する能力のランクなどを競い合う、見ていて胃もたれするようなマウント合戦や、しょうもない能力戦(スカッフル)が繰り広げられている。

 とはいえ、それは彼女たちなりのコミュニケーションであり、実態は平和で自堕落で、甘い匂いのする園ではあるが。

 現在、彼女のテーブルには、一般成人男性の致死量に匹敵する量のチキンが積み上げられている。

「うんまっ! 最高っ! 生きててよかったー!」

 ガツガツ、バリバリ。

 伽羅部は猛禽類のような勢いでチキンを貪る。

 驚くべきは、彼女が軟骨どころか、太い大腿骨すらも「サクサク」と軽快な音を立てて噛み砕き、クッキーのように嚥下している点。

 チキンを取る。齧る。骨。中身。咀嚼。嚥下。

 咀嚼。嚥下。咀嚼。嚥下。

 繰り返す。

 文字通り、骨の髄まで食べ尽くす。

「……瞰、君、まーじでよく食べるよね。見てるこっちが胃もたれしそう」

 その暴食ぶりを向かいの席からジト目で見つめる女。 

 同じく地女大の同級生であり、友人の西圓寺郝躬(さいえんじかくみ)

 黒髪のカクカクとしたウェーブがかかったセミディヘアーに、病的なまでに白い肌。目元は濃い赤茶色のアイシャドウで囲まれ、首にはレザーのチョーカー、耳には無数のピアスが煌めいている。

 彼女もまた、呼吸をするように地雷系の美学を体現していた。

「当然でしょっ。アタシのいくらでも食べられる能力なら、この店のチキン全部食べることだって余裕だよ? 店長が泣いて命乞いするまで止まらないからね」

 伽羅部は不敵に笑う。レッドホットチキンに齧り付いた勢い。

 さらに。

 ビスケット。

 チョコパイ。

 口内へとかき込む。

「いいよねぇー。どれだけ食べても太るとか気にせずに済むんでしょ? 君の能力は。全人類の女子の夢だよ、ほんと」

 西圓寺は、羨望と呆れが半々に入り混じった視線を友人へと向けた。

 伽羅部瞰(からべみお)の能力。

 〝いくらでも食べられる能力〟。

 その身も蓋もない名称通り、彼女は底なしの胃袋を持つ。

 常識を逸脱した強靭な消化器官と、鉄骨をも噛み砕く咬合力。摂取した食物は、喉を通った瞬間から超高速で消化吸収プロセスへと移行する。

 そして特筆すべきは、吸収されたカロリーが脂肪として蓄積されることは一切なく、全てが彼女の強靭な歯や顎の筋肉の維持や、さらなる消化活動のエネルギーとして即座に変換・消費される点だ。

 この永久機関じみた代謝サイクルにより、彼女は太ることなく、そして満腹中枢にブレーキをかけられることもなく、無限に食べ続けることができる。

 幼少期より〝大食らいの神童〟として名を馳せた彼女は、現在その特異性を活かし、動画配信サイト、ヨーチューブにて大食い動画を投稿する配信者として活動している。

 可憐な見た目の地雷女が、山のようなジャンクフードを粉砕していく様は視聴者にカタルシスを与え、それなりの再生回数と収益を叩き出していた。

 さらに、画像共有SNS、インストグラムへの投稿も欠かさない。

 本日も、チキンの山を背景に「これから戦争ビュッフェだよぉ♡ #ケンタ #デブ活 #でも太らない」というキャプションと共に自撮りをアップし、瞬く間に「いいね」の通知が画面を埋め尽くしている。

 そのインフルエンサーとしての知名度も相まって、彼女は地女大におけるカースト上位の有名人だ。

 眼前の怪獣を眺めつつ、西圓寺は自分の皿に乗ったにんにく醤油チキンへと目をやった。

 手づかみで食べるのはいい。極薄皮膜がある。とはいえ、太い骨は少々面倒だ。

 右手。てのひら。チキンにかざす。軽く念じる。

 スススッ……。

 奇妙な摩擦音が響く。

 すると、どうだろう。チキンの衣や肉には一切の傷も乱れもないまま、内部から「骨」だけが、まるで幽霊のように透過してスライドし、綺麗に引き抜かれたではないか。

 そこには、純粋な肉塊となったチキンと、完全に肉を削ぎ落とされた美しい骨だけが残った。

「はい、骨ね。あげる」

 西圓寺は抽出したばかりの骨を、ポイッと伽羅部の皿へと投げた。

「おっ、サンキュっ」

 伽羅部は何の躊躇もなくそれを拾い上げ、スナック菓子のようにバリボリと咀嚼する。

「郝躬の中身を抜き取る能力もいいじゃん。地味に見えて超便利だし。チキンの骨はともかく、触れずに魚の小骨取ったり、肉の血抜き一瞬で終わらせたり出来るし」

「……なんでも食べ物に例えるのやめろっ! 料理の下ごしらえ専用スキルじゃないんだから」

 西圓寺が不満げに眉をひそめた。

「でもさぁ、私自身には使えないんだよねぇ、これ。自分に使えたら、肌のシミとか、余分な皮下脂肪だけをスポッと抜き取るとか出来たかもしれないのにぃ。そしたら私も最強の美少女になれたのに」

 そう文句を垂れる西圓寺。

 彼女の能力、〝中身を抜き取る能力〟。

 対象が何らかの「外郭」や「容器」に包まれている場合、その外側を一切傷つけることなく、指定した「中身」だけを透過させて抜き取ることができる異能。

 魚の骨、缶やペットボトル飲料水の中身、未開封のタバコの箱から一本だけスティックを抜く、といった芸当はお手の物。

 さらにこの能力は、概念的な「中身」にも干渉できるため、人体にも適用可能だ。

 例えば、肌の下にあるメラニン色素───シミ、ホクロの根、そして脂肪細胞や腫瘍など。

 痛みもなく、切開の傷跡も残さず、悪いものだけを取り除くことができる。

 しかし制約として、自分自身には使用は不可能。だが、人体に使用可能なのはとてつもなく有意義な事───特に他者への美容にはたいそう役に立つ。

 そのため西圓寺は、地女大の美容学科に進学していた。この能力を活かして美容整形やエステ業界の革命児となり、巨万の富を得る野望を抱いているのだ。

 もちろん、その気になれば、生きた人間から脊椎や心臓、脳髄など無傷で抜き取ることも可能という、稀代のシリアルキラーにも、あるいは神の手を持つ外科医にもなり得る凶悪な潜在能力を秘めている。

 ちなみに彼女は最初、医学部受験を試みたが、絶望的に学力が足りず、あっさりと美容系へ進路変更した経緯がある。本人はその挫折を微塵も気に病んでおらず、現在は稼いだバイト代を全て推し活───アニメグッズの収集に注ぎ込んでいた。

 彼女の部屋には、未開封のまま中身だけを鑑賞用に抜き出したフィギュアの空箱が、芸術的に積み上げられて保管されているという。

「あ、見てよ瞰。あの人、またいっぱいチキン運んでる」

 西圓寺が肉だけになったチキンを齧りつつ、ふと視線を上げ、入り口付近の通路を指差した。

 伽羅部がチキンを齧りながらそちらを見ると、そこには異様なオーラを放つ二人組が歩いていた。

 先頭を行くのは、濃桔梗色の髪を艶やかに肩まで流した、そこらの男より頭ひとつ分は長身の美女───亜鳴蛇筮麽。

 モデル顔負けのプロポーションと、誰もが振り返る美貌。しかし、その細腕には、物理的にどうやって持っているのか不思議なほど大量のチキンが積み上げられたトレイが抱えられている。

 そしてその隣には、やれやれといった疲弊した表情で、常識的な量のチキンとビスケットを乗せたトレイを持つ、水色のサイドテールが特徴的な小柄な少女───鴨紅柄長が歩調を合わせていた。

「筮麽、もうチキン三十個は食べてない? あんたの胃袋、どうなってんの……」

「ん? まだまだこれからだよー。次はレッドホット三十個はいこうかな。私の体を維持するためには燃料が必要なんだよ」

「……はいはい。どうぞご勝手に」

 そんな会話が微かに漏れ聞こえてくる。

 彼女たち、特に筮麽の、浮世離れした美貌と、抱える肉の量のギャップに、店内の客たちの視線は釘付けになっていた。

 一方、西圓寺の視線は、巨女の隣で肩を落とす水色の少女、柄長へと注がれていた。

(あぁ……分かる。分かるよ、その気持ち……)

 いつも伽羅部の底なしの食欲に付き合わされ、フードファイトの介錯人を務める自分と、どこか重なるものを感じたのだ。

 未知の他人に、一方的なシンパシーと連帯感を抱く西圓寺。

「めっちゃスタイル良くない? あの紫髪の子。背高いし、顔ちっちゃいし、超美人だし。なのにあんなに食べるのか……人って見かけに寄らないねぇ」

 西圓寺が素直な感想を漏らすと、それを聞いた伽羅部の表情が一変した。

 バキィッ!

 手に持っていたチキンの骨が、握力だけでへし折られる。

「……なにっ!? あの女っ!?」

 伽羅部の瞳に、地雷系特有の嫉妬と対抗心の炎が宿る。

 地女大で培われた、「自分より目立つ女は全員敵」というマウント思考回路が作動したのだ。

「アタシより目立つなんて……! しかも、あんなに細いくせにめちゃくちゃ美人だしスタイルも良いだと……!? しかもあの大食いっぷり……まさか同業者(フードファイター)か!? キャラ被りしてんだよぉぉっ!! むき───っ!!」

 伽羅部はギリギリと歯ぎしりをした後、獣のような唸り声を上げた。

「負けないっ! アタシの方が可愛くて、アタシの方がいっぱい食べれるんだからぁっ!!」

 宣言と同時に、彼女は両手にチキンを鷲掴みにし、バクバク、ムシャムシャと、先ほどまでの倍の速度で口内へ放り込み始めた。

 咀嚼音と嚥下音が機関銃のように響く。

「……あーあ。スイッチ入っちゃった」

 西圓寺は呆れたように溜息をついた。

 彼女はトレイの上の特製ハニーメイプルの小袋を指先でつまみ上げると、袋を開けることなく、能力を発動させた。

 とぷん。

 袋の底から、黄金色の蜜だけが透過して滴り落ち、彼女の手元のビスケットへととろりと回しかけられる。

 空になった袋は、未開封のままテーブルに転がった。

「ま、平和でいいけどね。……いただきまーす」

 西圓寺は甘い香りを漂わせるビスケットを優雅に口へ運び、目の前で繰り広げられる一方的なフードバトルのゴングを聞き流した。

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