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オール・ギフテッド  作者: Paracoccidioidomicosisproctitiss
第一部 第一章

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12/12

鴨紅柄長の一日-後編-

 昼餉の喧騒という名の嵐が過ぎ去り、店内には一時の平穏が訪れていた。

 しかし、それは束の間の静寂であり、次なる波の前触れに過ぎない。

 柄長は額に浮かんだ汗を手の甲で拭い、一息つこうとしたその時。

「あ~、ちょっと柄長ちゃん、来てくれる~?」

 インカム越しに東浄の声が響く。普段の気だるげな声音とは異なり、そこには僅かな焦燥が含まれていた。

「はい、ただいま」

 柄長は即座に応答し、指定されたテーブル席へと足を向けた。

 そこには、今にも泣き出しそうな幼子を抱えた母親と、困り果てた様子の東浄が立っていた。

 そしてその足元には、本来であれば愛嬌のある電子音声と共に料理を運ぶはずの自律走行型配膳ロボット───通称猫型配膳機(キャット・ボット)が、沈黙して立ち尽くしていた。

 稼働自体に問題はないようだが、その液晶ディスプレイに表示されるはずの猫の表情が消え失せ、無機質な漆黒の画面を晒している。

「ねこちゃんの顔がぁー! 死んじゃったぁー!」

 幼子が悲痛な叫びを上げる。

 現代の子供にとって、特にこう言った喋る機械の故障は一種の死に近い恐怖を与えるらしい。

 通常であれば再起動を試みるか、あるいはメーカーのメンテナンスを待つべき案件である。だが、この満席に近い状況下で貴重な戦力であるロボットを遊ばせておくわけにはいかず、何より目の前の顧客の心象を損ねるわけにはいかない。

「大丈夫ですよ~。ここにはね、猫ちゃんを魔法みたいに直せる優秀なスタッフがいるんです~」

 東浄が子供目線に合わせて屈み込み、優しく諭すように言った。そして、遅れて到着した柄長を手招きする。

「柄長ちゃん、お願い~」

「あー、なるほど。了解です」

 状況を一瞬で理解した柄長は、小さく頷いた。

「直せるの?」

 涙目で問いかける子供に対し、柄長は営業用ではない、満面の笑みを向けた。

「大丈夫ですよー! お姉さんに任せてっ! すぐに元気にしてあげるからね」

 彼女はロボットの側面、メンテナンスポート付近に掌をかざした。

 物理的な工具は一切使用しない。

 彼女の意識が電子の深淵へと潜り込む。回路図が脳内に展開され、断絶された信号の経路が瞬時に特定される。

 パチッ。

 微かな静電気のような音が鳴り、彼女の指先から青白い光粒子が走った。

 彼女の能力による、電磁的ショック療法エレクトリック・デバッグ

 滞っていた電子の流れを強制的に再接続し、バグを物理的に焼き切る荒療治。

 次の瞬間。

 ピロンッ♪

 軽快な起動音と共にディスプレイが明滅し、そこには愛らしい猫の笑顔が再び浮かび上がった。

『いらっしゃいませニャー! お待たせしましたニャー!』

 ロボットが元気よく声を上げる。

「わぁっ! 直ったっ! ねこちゃん生き返った!」

 子供の顔がぱあっと輝き、母親も安堵の息を漏らす。

「すごーい! お姉ちゃんすごいっ! 電気の能力なんだ、かっこいいっ!」

 子供が無邪気に称賛の言葉を浴びせる。

「え、あ、いやぁ……そ、そうかな? えへへ……」

 柄長は頬を朱に染め、だらしなく目尻を下げた。

 彼女は根が単純であり、感謝や称賛、特におだてられることに滅法弱い。普段の斜に構えた態度はどこへやら、へらへらと締まりのない笑みを浮かべて鼻の下を伸ばしている。

「はいはい、英雄気取りはそこまで。じゃあ場に戻ろうか~」

 東浄が背後から柄長のエプロンの紐を掴み、ズルズルと引きずっていく。

「あ、ちょ、先輩っ! 余韻がっ! 私の承認欲求が満たされる余韻がぁ!」

 抵抗も虚しく、柄長は再び戦場たるホールへと強制連行されていった。


       ◆❖◇◇❖◆


 夕刻。

 空が茜色から群青色へとグラデーションを変える頃、柄長と東浄のシフトは終わりを迎えた。

 二人はバックヤードの一角にある休憩スペースで、遅めの昼食兼夕食となるまかないのハンバーグを囲んでいた。

 ジューッという音と香ばしい匂いが、疲弊した身体に染み渡る。

 柄長。

 眼前の、熱々のハンバーグを切り分ける。

 口へと運んだ。

 噛み締めた瞬間。

 溢れ出す肉汁。

 そして、炭火の香り。

 口内を蹂躙する。

「ん~っ……! 幸せ……」

 一口食べるだけで、思わず頬が緩んでしまう。労働の後の飯ほど美味いものはない。

「そういえばさ~」

 向かいの席で、同じくハンバーグを突っついていた東浄が、ふと口を開いた。

「本当に柄長ちゃんの能力、便利だよね~。さっきのロボット直すやつとかさ、日常生活でも超役立ちそうだし」

「まぁ、便利は便利ですけど……」

「いいなぁ~。あたしなんてほら、指紋が回る能力だよ~? 何の役にも立たないよ~」

 東浄はハンバーグを食べる手を止め、自身の右手の人差し指を柄長の目前に突き出した。

 よく見れば、その指の腹にある渦巻き状の指紋が、まるでレコード盤のようにゆっくりと回転しているではないか。

 指紋が回る能力。

 それが彼女の持つ、唯一無二にして無意味極まりない異能。

「……そうですか? ほら、じっと見てると目が回るし、催眠術とかに使えそうだとは思いますけど」

 柄長は苦し紛れのフォローを入れる。

「わざわざ指でやるメリットないよ~。見づらいし、五円玉で振り子とかした方が効果的でしょ~」

「えーと……じゃあ、指紋が常に変わるから、指紋認証を突破したり、現場に指紋が残らないから完全犯罪とかできそうかも?」

「あはは、完全犯罪ねぇ~。捕まるのは嫌だからしないよそんなの~。まぁ~、旧時代なら出来たかもしれないけどさ」

 東浄はふにゃふにゃと笑う。指を引っ込めた。

「現代はDNA鑑定の技術も進歩してるし、指からの微量な剥離細胞で個人特定されちゃうし~。それに、警察の探知系能力者に過去視とか残留思念読み取られたら一発アウツだよ~」

「あ~、確かにそうですね。こそこそやる犯罪って、ほんとに緻密な計画練らないと割に合いませんよねぇ」

「物騒だなぁ~柄長ちゃんは。でも能力犯罪なら君のが適任でしょ。電波でテクノロジーを操る能力なんて、セキュリティ無効化し放題で何でもできるじゃん」

「ははは、私は慎ましく生きますよ。電気代を浮かせるくらいが関の山です」

 柄長は冗談めかして肩をすくめ、残りのハンバーグを口に運んだ。

 しかし、そんな危険な可能性を秘めた柄長の能力を見ても、東浄は特に普並木のように卑屈になったり、能力コンプレックスに陥る様子はない。

 彼女にとって、柄長の能力は「なんか便利そう」程度の認識であり、自分の能力についても「まぁこんなもんか」と受け入れている節がある。

 そのドライさが、柄長にとっては心地よかった。

「でもぉ~、暇な時にぼーっと眺めてると面白いんだよねぇ~、あたしの能力。万華鏡みたいでさぁ」

 東浄は再び自分の指先を見つめ、うっとりとした表情を浮かべた。

「この前なんて~、大学の退屈な講義中にずっと指紋眺めてたら、いつの間にか講義終わっちゃっててぇ~」

 そう、彼女は普段、グルグルと回る自分の指紋を、ただの暇つぶし映像として消費しているのだ。あまりにも生産性がない。

「……先輩、レポートとか平気なんですか?」

 柄長が恐る恐る尋ねる。

「ん? 白紙~」

 東浄はどこか遠い目をして、虚空を見つめながら答えた。

 柄長は、

(大丈夫かな、この人……もう四年なのに……卒業できるのかな……?)

 と一抹の不安を抱きつつも、深入りは避けて食事に戻った。

 ふと店内を見渡せば、そこには多様な人生が交差していた。

 テスト明けの解放感に浸る学生集団。

 久々の外食にはしゃぐ家族連れ。

 仕事終わりの一杯を楽しむスーツ姿の会社員たち。

 学生や子供たちが、それぞれの些細な能力───指先からシャボン玉を出したり、目を輝かせてみたり、コップの水を少し凍らせたり───を見せびらかして騒いでいる。

 騒がしくも、どこまでも平和で、ありふれた日常の風景がそこにあった。


「じゃ、柄長ちゃん、お疲れ様~」

「お疲れ様でーす! また次のシフトでっ!」

 食事を終えた柄長は東浄と別れ、店の裏手で自転車に跨った。


       ◆❖◇◇❖◆


 夕闇。完全に夜の帳へと変わる頃。柄長は自宅のアパートへと帰還した。

 静まり返った自室の空気を吸い込み、ようやく「鴨紅柄長」という個人の時間を取り戻す。

「ふぅ……。そろそろお風呂にしようかな」

 給湯器のスイッチを能力で遠隔操作しようと考えた、その時。

 スマホが通知により、短く振動した。

 画面を見るまでもない。柄長は面倒くさそうに眉をひそめつつ、手首を叩き、インターフェースでメッセージを開いた。

『今家? そっちいっていい?』

 送信者は亜鳴蛇筮麽(あなたぜにま)

 文面から漂う、独特のゆるさと図々しさ。

 柄長は溜息を一つ吐き、『家だよ、来ても平気』とだけ短く返信した。

 それ以上の言葉は不要だ。彼女との付き合いも長くなり、その行動パターンは熟知している。

 送信から数秒後。

 既読。

 そして。

 シュンッ。

 空気が鋭く裂けるような音。

 それと共に。

 狭いワンルームの空間が歪んだ。

 一度訪れた場所に瞬間移動する能力。

 彼女が住む東京から、ここ長野県まで、物理的距離を無視したゼロ秒の旅路である。

 彼女が国際信州学院大学への通学に使用している、数多のコレクション能力の一つだ。

 空間の揺らぎが収束すると、そこには一人の異物が立っていた。

「……相変わらず殺風景な部屋だねー」

 開口一番、失礼極まりない感想を述べた筮麽。

 百八十五センチメートルという、手をあげれば部屋の天井に届きそうなほどの呆れるような長身。

 モデル顔負けの───いや、人類の美的基準を超越したかのような整った顔立ち。

 そして、ラフなTシャツ越しでも主張の激しい、重力に逆らうかのような豊満な胸部。

 その美貌とプロポーションは、本来ならば崇拝の対象となるべき神々しさを放っているはずなのだが、当の本人の表情は常に「ぼけっ」としており、その瞳はどこか虚空を見つめている。

 美の暴力と、知性の欠如───に見える脱力感のアンバランスさ。

「余計なお世話じゃいっ。で、何? 筮麽」

 柄長は慣れた様子で雑に対応する。この美貌の友人に気を使う必要など微塵もないことを知っているからだ。

「ん、この前の約束だよ」

 筮麽が間の抜けた声で言う。

 柄長はぱっと目を輝かせた。

「あ! あれか!」

 以前から筮麽が提案していた計画があった。

 柄長のような喫煙者が、いくらタバコを吸っても健康被害を受けないように、筮麽が持つ病気にならない能力を、自身の能力を混ぜ合わせ、能力共有システムを構築して付与するという話だ。

 それがついに完成したのかと、柄長の胸が高鳴る。

「はい、これね」

 筮麽が何もない空間に手を差し伸べた。

 ガュワン。

 再び空間が不気味に歪み、異次元収納空間ディメンション・ポケットの裂け目が開いた。

 異次元空間に物を収納する能力。

 そこから、ドコドコと重々しい音を立てて落下してきたのは───水の入った複数の巨大なポリタンク。

 しかし、それらは床に激突することなく、ふわりと重力を無視して空中に静止した。

 念動力を使う能力。彼女の常用能力の一つ。

 よく見れば、ボトルには丁寧に後付けの蛇口が取り付けられている。

「……み、水……?」

 柄長が困惑の表情でボトルを見た。

「え?」

 筮麽はキョトンとした顔で首を傾げた。

「ほら、あれだよ。前、サイゼ~リアで話したやつ」

「…………そっちかいっ!!」

 柄長は思わず叫び、盛大にツッコミを入れた。

 そういえば、以前ファミレスで駄弁っていた際、筮麽がその時中学生からコピーしたというコップの水を増やす能力の話題になった。

 その能力を応用し、高級ミネラルウォーターであるフィジーウォーターを無限増殖させて飲料水にするという馬鹿げた計画を、筮麽は真顔で語っていたのだ。

 その際、それを飲んだ柄長も「気に入った、私にもその水ちょうだい?」と相槌を打ったことを思い出した。

「どこ置いとけばいい?」

 筮麽が悪びれる様子もなく尋ねてくる。

「あー……とりあえずそこのキッチンの隅に置いといて。……丁寧に蛇口まで付けてくれてありがとね」

「うん。ちなみに、水を常に最適温度にする能力と、水の純度を保つ能力も付与しておいたから、いつでも新鮮で美味しい水が飲めるよ」

「はいはい、さすが筮麽様、万能ですこと」

 神の如き御業を、ウォーターサーバー代わりに行使する友人。

 柄長は呆れつつも、その恩恵には感謝することにした。

「……ところで」

 ボトルが整列して鎮座したのを見届け、柄長は改めて口を開いた。

 声のトーンが一段階下がる。

「ん?」

 筮麽がのんびりと振り返る。

「能力共有の件はどうなったの? 病気にならない能力のやつ。前訊いた時は進展ゼロとか言ってたけど」

「…………」

 筮麽の動きが停止した。

 その美貌が完全にフリーズし、頭上に見えない「はてなマーク」が浮かんでいるのが見える。

 彼女の記憶領域から、その案件は綺麗さっぱり消去されているようだ。

「……おいっ! 忘れてんじゃねぇかっ!!」

 柄長の堪忍袋の緒が切れた。

 バチバチバチッ!

 全身から青白い稲妻が迸り、髪が逆立つ。いつもの「可愛らしい鴨紅柄長」の仮面は剥がれ落ち、鬼の形相となる。

「今度こそその無駄にデカい巨乳揉ませろやっ! 制裁じゃあっ!」

 柄長は放電しながら、眼前の巨女に向かってジリジリと距離を詰めた。

 その威圧感に対し、筮麽は焦ったように手を振った。

「あ、あっ、やばい。の、能力の制御が……暴走するー」

 棒読みにも程がある言い訳。

 シュンッ。

 再び空間転移の音が鳴り、筮麽の姿は掻き消えた。

 もちろん、ただ面倒になって逃げ帰っただけである。

 静寂が戻り、柄長を纏っていた電気も雲散霧消する。

「まったく、あのバカタレは本当に……」

 そう毒づきながらも、柄長の口元には笑みが浮かんでいた。

 なんだかんだ、彼女と一緒にいると退屈しない。規格外の化け物でありながら、どこまでも人間臭く、抜けている友人。

 柄長はスマホのホログラムを出し、今回は手動で、『水ありがとう、でも能力共有は忘れんなよ』とラインを送った。

 即座に、謎のゆるキャラがサムズアップしているスタンプが返ってくる。

 柄長は苦笑し、早速キッチンに置かれたボトルの蛇口をひねった。

 コップに注がれた透明な液体を煽る。

「ん……美味い」

 まろやかな口当たり。確かに最高級のフィジーウォーターである。

 能力共有システムは期待できそうにないが、この美味しい水をタダで飲める生活は悪くない。

「まぁいっか。どうせまた大学で会うし。次会ったら問い詰めてやろっと」

 柄長はそう独りごちて、あの友人が自宅で、恐らく今はまたいつものドカ食いをし、惰眠を貪りながら呑気に過ごしているであろう姿を思い浮かべ、小さく笑った。

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