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超絶美形の暗殺者(アサシン)だけど中身はおじさん、帝都の闇を疾走(はし)る  作者: 柊 太郎


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8/12

モンド、妻を娶(めと)る

 意識を失った侍女をベッドに寝かせる。

 案の定、口の中、頬の内側に綿を含んでいた。

 顔の輪郭を変え、印象を変えるためだ。

 武器の類をまだ持ってやしないか、その全身を(あらた)める。

 背中に短剣があと二本。

 太腿(ふともも)のガーターには投擲(とうてき)用と思しき小剣がさらに一本、二本、三本……。

 ……こいつ、どれだけ武器を持ってるんだ?

 全身を(あらた)め終える頃には、取り上げた武器が小さな山になっていた。

 

 ――さて、どうしたものか。

 俺は少しの間、考える。

 生かして捕えることはできたものの、この後、こいつをどうするべきか。

 南方の生まれだろうか、肌の色は褐色、髪は黒。

 よくよく見れば、なかなか――いや、かなり整った顔立ちをしてる。

 磨けばけっこう光るんじゃないだろうか。

 歳の頃で言えば、おそらくは今の俺と同じくらいか。

 殺すのは論外、だからといってこのまま放免と言うわけにもいかない。

 情報を引き出すために、痛めつけるというのも趣味に合わなかった。

 あれこれ悩んだ末に、一つ、解決策が浮かんだ。

 ――試してみるか。


 ――そろそろかな。

 俺は別の小瓶を一つ手に取り、栓を抜いて侍女の鼻の下に持って行く。

 強い刺激のある香りで、気付けになる薬だ。

「……うっ」

 小さな声をあげ、侍女は意識を取り戻した。 

 意識は取り戻しても、薬の効き目はまだ残っている。

 おそらくまだ手足には力が入らない筈だ。

 目前にいるのが誰なのか理解すると、鋭い目で俺を睨みながら言う。

「……殺せ」

「あ、惜しい」

 そこは「くっ……」がほしかった。

「……?」

「いや、なんでもない……殺さないよ、勝負はもう付いてる、お前はしくじった」

「――汚いぞ」

 俺は手先で小瓶を弄びながら答える。

「ああ、そうだな、まったくその通りだ、こんなつまらない、小手先の、ちょっと知恵が回る奴なら()ぇっ(たい)に引っかからないような、くっそしょーもない策を(ろう)するなんて本当に卑怯だった、反省してるよ」

「貴様……」

 煽られていることを理解したらしい、侍女はぎりぎりと食いしばった歯の間から怒りの声を出した。

 

 いい兆候だ。

 煽られて怒るということは、感情が死んでいないということだ。

 この手の任務に使われるやつの中には、薬や魔術やなんやかやで洗脳された者もいる。

 そうなるとこちらもお手上げだ、簡単には戻せない。

 この女はそうじゃない、怒りがある。

 怒りがあるなら、他の感情も存在する。

「――ともあれ、結果がすべてだ、お前は負けて、俺が勝った、せっかくのその命、いらないというのなら、俺が貰い受けよう――お前を、妻にする」

 侍女の顔から表情が消える。

 奇襲は成功。

 思考の虚を突かれて、何も考えられなくなった顔だ。

「――お前は……何を言っているのだ……?」

「言ったろ、妻にすると、伴侶、細君、夫人、令室、カミさん……呼び方は色々あるが、結婚するって事だよ、君と俺が」

 無論、何の勝算も無しにこんなことを言っているわけじゃない。

 この世界での俺の顔、おっそろしく美形の俺の顔を計算に入れての発言だ。

「――イカれてる」

 侍女はそう言い、目をそらす。

 だが、その頬には微かに赤みがさしていた。

「そうだ、まだ名前も聞いてなかったな、君の名前は?」

「――風鬼(ふうき)

「通り名じゃない、本当の名前だ」

「シア……シア・カラ=ヴァン」


 翌朝。

 俺は宰相に会いに行く。

 宰相の正規の執務室は王宮内にあるが、今はまだ登城前、宰相は公邸内の執務室――昨日の部屋だ――にいた。

 茶を喫しつつ、書類に目を通していた宰相に俺は立ったままで話しかける。

「ご報告があります」

「何かね?」

「賊を捕らえました」

 宰相の眉が(かす)かに上がる。

 俺は捕えるまでの経緯を手短に説明した。

「……盲点だったね……人手不足で、こちらに来てから召し抱えた使用人がいるのは知っていたが、まさか既に入り込んでいたとは……もしや、他にも?」

「それは大丈夫でしょう、それなりに優秀な奴でしたから――同じ場所にあのくらいの使い手を何人も送り込むのは効率が悪い、それに露見する危険性も上がります――まあ念の為、あとでひと通り調べはしますが」

「なるほど――で、どうするのかね? 捕らえた者は?」

「妻にします、私の」

 宰相(おやじ)は飲んでいた茶を吹き出す。

 少しだけ、してやったりの気分になれた。

 口の周りをハンカチで拭いつつ、宰相が訊ねる。

「妻、と言ったのかね?」

「そうです」

「何の為に?」

「合理的です、あいつはかなり腕が立つ、敵の戦力を削ぐと共に、こちらの戦力を増やせます」

「ふむ…………ふふっ」

 宰相は少し考え込み――そして笑い出した。

 演技の(たぐい)ではなく、人としての()をむき出しにした、随分と愉快げな笑いだった。

 ひとしきり笑った後、宰相は言った。

「――いいだろう、好きにしたまえ」

「有難うございます――つきましては、今から少しの間、私に命を預けていただきたく」

 俺は宰相に次の手を耳打ちする。


「いったい、どういう事だ……これは?」

 侍女が――いや、シアが疑問を口にする。

 宰相の執務室、俺と宰相はテーブルに向かい合って座り、テーブルの上には兵棋(ひょうき)の盤が置かれている。

 「私と宰相閣下は、今から兵棋(ひょうき)を打つ」

 兵棋(ひょうき)――俺が元いた世界の、将棋とよく似たゲームがこの世界にもあった。

 戦略的な視野を養うのに良いとか言われて、貴族などの間でもしばしば遊ばれているゲームだ。

「君は黙ってそこで見ている事、何も喋らなくて良いし、喋っちゃいけない」

 向かい合う俺と宰相の脇には、シアが座らされていた。

 武器こそ全て取り上げられていたが、手も足も拘束されずに。


「さてと、では私が先手でよろしいですか?」

 宰相が頷いたので、俺は(ドラゴン)のすぐ前の歩兵を、一つ前に出す。

 この状況で、シアは手を出さない――というか、迂闊には動かない、という自信はあった。

 宰相に手を出せば、俺に横槍を入れられるし、俺に手を出せば、争っている間に宰相は逃げる。

 つまりは、黙って機を伺うしかない――しばらくの間は。

 宰相は無言で、魔術師(ウィザード)の駒を前に進めた。

 ふむ、自陣の守りを固める方針らしい。

 俺は、さらに歩兵を前に進めながら言う。

「ところで、閣下を狙う勢力についてですが――」

 シアの肩が僅かに動いた。

「ヴァルトハイン家と、その(ゆかり)の者は除外して良いだろう――」

 宰相は魔術師の隣に獅子の駒を動かしながら言う。

「――故郷に政敵がいないわけでは無いが、あそこの者ならもっと巧妙にやる、手を出して来るにしても、私がユリウス陛下の下で、体制をひと通り整え終えた後からだ――その方が楽だからな」

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