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超絶美形の暗殺者(アサシン)だけど中身はおじさん、帝都の闇を疾走(はし)る  作者: 柊 太郎


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6/12

モンド、傭われる

 帝国宰相エドガー・クラウス、その噂から想像していた姿とは、だいぶ印象が違った。

 全身が覇気に溢れた偉丈夫とか、あるいは痩せぎすの陰険そうな男を思い描いていたが、目の前にいるのは中肉中背、きっちりした髪型と整えられた口髭、まあシュッとした容貌ではあるが、どう見ても辣腕とか陰謀家とかの見た目ではない。

 どっちかと言えば、田舎の教師――実際、新皇帝ユリウスが即位する前には、彼の家庭教師をしていた時期もあったらしい――といった雰囲気の、優しげな男だ、物腰も柔らかい。

 そして榛色(ヘーゼル)のその瞳は、俺と同じ色だった。

 俺の顔で唯一、母譲りでない部分だ。

 宰相は執務机から立ち上がり、目を細めつつ俺に言う。

「遠路をようこそ、モンド・アンダルム、私がエドガー・クラウスだ――ふむ、よく似ているな、母君に――セラは、いや、あー、セラフィーヌ殿は息災かね?」

 セラ?

 セラフィーヌ、俺の母の名だ、セラというのはおそらく、その愛称だろう。

 生まれて初めて、母を愛称で呼ぶ男に会った。

「ええ、はい……母と面識がお有りなのですか?」

「昔、少しね……今回、君を寄越してもらったのも、その伝手(つて)だ……まずは掛けたまえ」

 少し、じゃねーよ、まったく。

 ほんの(わず)かだが表に現してしまった動揺を、悟られていなければ良いんだが。

 俺は勧められるままに、椅子に座った。

 宰相は、俺を案内してきた家令に言う。

「ご苦労、下がってよろしい――誰かにお茶を運ばせてくれ」

 家令は一礼して部屋を出ていった。


「さて、今回君を呼んだのは――」

 応接用のテーブルを挟んで互いに腰を下ろし、宰相殿が話を切り出そうとした所で、俺は片手を挙げ、話を遮る。

「――その前に、()()に控えている者を休ませてやってください、話の間、ずっと控えさせておくのは無駄も()いとこです、私が()()()でここに来ているのなら、宰相閣下は既に()()()()()()です」

 宰相が一瞬、呆気にとられた顔を見せ、そして笑い出す。

「ははっ……はっはっは……だそうだ、ヴォロ、出てきたまえ」

 部屋の一角、書棚にしか見えなかった部分が音もなく開き、屈強な大男が姿を現した。

「衛士隊長のヴォロだ――ヴォロ、挨拶したまえ」

「クラウス家衛士隊、隊長のヴォロ・ヤンセンであります、どうぞよろしく」

 ヴォロが右手を突き出してくる。

 握手(シェイクハンド)――異世界でも共通の挨拶だ。

「モンド・アンダルムです」

 俺は立ち上がり、手を握り返した。

 ヴォロの右手に力がこもる。

 万力のような力で握ってくるが、俺にとっては大した力の内には入らない。

 ヴォロの顔色が変わる。

「むう……」

 俺はヴォロの手のツボに指を滑らせ、思い切り握り返す。

「はうっ!」

 痺れるような痛みの走るツボだ。ヴォロは声をあげ、体勢を崩した。

 俺は握った手でヴォロの動きを制御し、(ひざまず)いた姿勢にさせる。

「いやあ、かくもご丁寧なる挨拶、痛み入ります」

 俺は笑顔を浮かべ、手を離してやった。

 ヴォロは右手を揉みながら立ち上がる。

「ご無礼をいたしました……アンダルム殿の実力の程、見極めたく思い……」

 ヴォロは姿勢を正し、言う。

「これならば、安心して旦那様をお任せできます!」

「任せるんじゃないよ、一緒に守るんだ」

「はっ、重ね重ね失礼を」

「良いんだ……さっきの技、知りたくないか?」

「是非にも!」

「そのうち教えるよ、まあ、これからよろしく頼む」

「はっ! 有り難くあります!」

 ヴォロの顔が輝く。

 分かりやすい男だ、だが、こういう分かりやすさは嫌いじゃない。

 宰相が口を開く。 

「お見事……ヴォロ、下がって良いよ」

「はっ! 失礼します」

 部屋を出るヴォロと入れ替わるようなタイミングで、茶を持った侍女が入ってきた。


 侍女がテーブルの上に茶の支度を調えてゆく。

 何故か妙にちらちらと、こちらへ視線を送ってくる、特に殺気は感じないが――。

「申し訳ございません! とんだ粗相を――」

 俺を見すぎるあまり、手元がおろそかになったようだ。

 注いでいたカップの縁から茶が(あふ)れ、受け皿に溜まっていた。

「構いません、後は私がやります――よろしいですね」

 宰相に視線を送る。

 宰相は頷いた。

 侍女の手からティーポットを取り、侍女を部屋の外へと送り出す。

「いささか作法に反しますが――失礼」

 宰相の前に置かれたカップを手に取り、裏も表も(あらた)める。

 さらに少量の茶をカップに注ぎ、匂いを確かめた。

「大丈夫そうですね」

 宰相の前にカップを戻し、改めて茶を注いだ。

「毒の確認か――慎重すぎるのではないかね?」

「万が一の事があれば、一族の将来にまで障りが出ますから」

 目前で毒殺なんぞされた日には、アンダルム家の面目が末代まで丸潰れだ。

「ふむ、有難う」

 宰相はカップを口に運ぶ。

 俺も自分のカップに注がれた茶を飲んでみた。

 上等の黄茶(こうちゃ)だ。

 飲み込んだ後に喉から鼻へと抜ける、花を思わせる華やかで豊かな香り、舌の奥で、渋みの後にまろやかな甘みが立ち上がってくる。

セラディアの黄金茶セラディアン・ゴールドだ、銘茶は、私の少ない楽しみの一つだよ――済まなかったね、(うち)の使用人が――」

 俺はソーサーに溢れた分をカップに戻しながら答える。

「お気になさらず、何やら、随分と私の事が気になるようでしたが」

「分からんのかね?」

「はあ」

「君に見惚れていたのだよ」

 うっすらそんな気はしていたが、やはりそうだったのか。

 以前からこの新しい体、だいぶん男前なんじゃないかと思ってはいたが、なにせ故郷では若い娘は少なく、見かけたとしても、ちょっかいを出してる暇など無かった。

「――マズいですかね、あまり目立つ顔は」

「構わんよ、必要があれば隠せば良い――それに、今は多少、耳目を集めてもらった方が都合が良い」

「そうなんですか?」

「そうだ――ああ、肝心な事をまだ話して無かったね、君を呼び寄せた、その理由(わけ)を」

 宰相はテーブルに置かれた保管箱(ヒュミドール)から細巻きの葉巻煙草を取り出す。

「やるかね?」

「いえ、結構です」

「では、私だけ失礼するよ」

 宰相は燐寸(マッチ)で葉巻に火を着ける。

「私の下には暴力装置が不足していた、正規の兵士ではなく、君のようなタイプの」

 宰相は葉巻を一息ふかすと、言葉を続ける。

「実は、君の前に二人ほどやられている、私の故郷から呼び寄せた者がね……一人は治療院送り、今一人は行方不明だ」

「私も襲われました」

「――やはりか、人数は?」

「四人」

「殺したのか?」

 宰相は眉一つ動かさずに問う。

「いえ、戦闘が続けられない程度に手傷を負わせ、追い返しました」

「見事だね……まあそんな感じで、私に対する圧力は日に日に強まりつつある、おそらく、最終的には私を退け、後釜に座るつもりなのだろう」

「あるいは、己に都合の良い者を後釜に」

「そういう事だ――できれば君の母君や君を巻き込みたくは無かったが、どうにも手が尽きてしまってね、恥ずかしながら泣きついた、というわけだ」

「つまりは用心棒」

「いや、違う――(すみ)やかな無力化だ、帝都の、そして帝国の安寧を脅かす者、そのすべての」

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