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超絶美形の暗殺者(アサシン)だけど中身はおじさん、帝都の闇を疾走(はし)る  作者: 柊 太郎


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5/12

モンド、宰相に会う

 帝都までの道中は特に何事もなく過ぎた。

 途中、馬を休ませ、宿を取り、また馬を休ませ……帝都の入口へとたどり着いたのは翌日の、だいぶ日も傾いた頃だった。

 ソリス=グランデ、白と金に彩られた尖塔が立ち並ぶ帝国首都であり、帝国最大の城塞都市。

 遥か北の山地グラウスから滔々(とうとう)と流れる大河ヴァルディア、そのほとりに築かれた城、それを取り巻く広大な市街を、高い城壁が囲む。

 その威容は城門の遥か遠くからでも目についた。


「ここで良いよ」

 市街の外、城門をくぐる手前の場所で馬車を停めさせる。

「よろしいのですか?」

「ああ、ありがとう、気を付けて帰りなよ」

 言いながら御者に銀貨を握らせた。

「心付けだ」

「多すぎます」

「良いんだ、お孫さんに何か買ってあげな」

「どうかご無事で――」

 深々と(こうべ)を垂れる御者に背を向け、路銀と私物を入れた背嚢(リュック)を担ぎ、俺は城門へ向かって歩き出した。


 何人かいる門衛の仕事ぶりは、それほど熱心とは言えなかった。

 それでも俺は呼び止められ、あれこれと質問を受ける。

 ――現代(いま)風に言うのなら、警察官の職務質問みたいなものだ。

「宰相閣下に……だと?」

 宰相の名を出した結果、かえって不審の目を向けてくる門衛に、俺は宰相からの書状(おてがみ)を見せる。

「むう……確かなようだな……通ってよし!」

 軽く一礼して歩き出す。

 少し歩いたところで、手鏡を取り出し、身繕(みづくろ)いをするふりをしながら、後ろの様子を(うかが)う。

 俺を調べた門衛が、別の一人に何かを耳打ちし、耳打ちされたそいつは、何処かへ向かって走り去った。

 なるほどね。

 

 道を行くにつれ、何処からかの視線を感じるようになった。

 ひとつ、試してみるか。

 四つ辻を何度か折れ、あえてうら寂しい裏道へと入り込む。

 案の定、物陰から黒尽くめの服を着た連中が飛び出してきた。

 口元も覆面で隠している。

 前に二人、後ろに二人。

 この場の頭目格と思しき一人が言う。

「モンド・アンダルムだな」

「だったらどうする?」

「立ち去れ、このまま故郷(くに)へ戻るのであれば、こちらも手出しはせぬ」

「嫌だ、と言ったら?」

 俺を囲んだ全員が、無言で剣を抜く。

 俺は担いでいた背嚢(リュック)を、頭目格と思しき男に投げつけた。


 ――あ、ちょっと一時停止(ポーズ)

 俺は暗殺者として育てられたが、まだ人を殺した事はなかった。

 これが初めての実戦、という事になるが、だからといって特に緊張はない。

 四人ぐらい仕留めるなら朝飯前、というかたったの四人て! 舐めすぎだよ、俺を。

 どれだけあの爺様達にしごかれたと思ってる。

 だが、問題が一つあった。

 賢明な皆さんは、一話目での女神との会話を覚えてると思う。忘れてる人は読み返して。

 あ、急いでね。

 女神は俺が死ぬ前にやった、ちょっとした善行の報いとして俺を転生させてくれた。

 ここで俺が調子に乗って、死体の山を築いたりしたら?

 次に死んだ時がちょっと心配だ。

 そもそもが暗殺者の家に転生させるなよ、っつー話もあるけどね。

 俺は悩んだ末、妥協案をひねり出した。


 はい、アクション再開。

 頭目格の男は、俺が投げた背嚢(リュック)を薙ぎ払おうとする。

 が、その時には既に俺は、荷物のすぐ後ろまで距離を詰めていた。

 母より授かった黒い短剣――鉄喰らい(フェルマンガント)を抜き、背嚢(リュック)の後ろ、相手の死角から腹を刺す。

 まるで背嚢(リュック)から腕が生えてきたように見えたことだろう。

 鉄喰らい(フェルマンガント)(きっさき)は、相手の肋骨(あばら)の間をするりと抜け、肺に小さな穴をあけた。

 投げた背嚢(リュック)がまだ空中にあるうちに(きびす)を返し、隣の男に向かう。

 そいつの剣を握る手の、手首に斬りつけた。

 手首の内側の動脈、医学的に言うところの橈骨動脈(とうこつどうみゃく)を切断する。

 さらに身を翻し、残りの二人に向かう。

 一飛びで距離を詰め、それぞれに一太刀ずつ振るって、同じように剣を握る手の、手首の動脈を切断した。

 全て終えた後、どさり、と音を立て、俺の背嚢(リュック)が地面に落ちる。

「ばかな……」

 四人とも、何が起こったのか信じられないといった顔だ。

 それぞれ剣を取り落とし、刃を受けた場所を押さえている。

「さて、ここで選ばせてやる」

 言いながら、俺はポケットに入れていた布で刃を拭う。

「今ならまだ、手当をすれば助かる、このまま何処かへ姿をくらますも良し、戻って復命するも良し、だがまだやると言うのなら――」

 俺は剣を鞘に納めた。

「――容赦はしない、さあ、選べ」

 四人は後退りし、無言のまま路地裏に消えた。

 背嚢(リュック)を拾い上げ、宰相の家を目指して再び歩き始める。

 気づくと辺りは暗くなり始めていた。

 俺が訪ねるべき場所として宰相閣下が指定してきたのは、昼であれば庁舎、夜であれば公邸、つまり住んでいる所の方だった。

 俺は公邸の方へと足を向けた。


 辻馬車でも拾うべきだったかな、なにせ帝都は広い、俺は少し後悔していた。

 宰相の公邸を見つけた頃には、日はとっぷりと暮れていた。

 俺は宰相公邸の正門へ向かってゆっくりと歩いて行った。

「誰か!」

 警備の兵士が誰何(すいか)の声を投げてくる。 

「わたくしはアンダルム家のモンド・アンダルム、宰相閣下のご用命につき、参上いたしました」

 いらぬ刺激をしないよう、ゆっくりとした動きで宰相の書状を取り出し、兵士に見せる。

「取り次ぐゆえ、しばし待たれよ――おい!」

 兵士は後ろに控えていたもう一人に、書状を渡す。

 書状を持った兵士は、屋敷の方へ駆けていった。

「立哨はいつも二人で?」

「そうだ」

「ふむ……」

 駆けていった男は、家令らしき男を伴って戻って来た。

 家令は俺に向かって一礼し、言った。

「お待たせいたしました――ご案内いたします、私の後に」

「よろしくお願いいたします」


 中庭を通って玄関へと向かう。

 屋敷は大きいと言えば大きいが、帝国の宰相だ、もうちょっと豪勢な屋敷でも、文句は出ないんじゃないか、そんな事を思った。

 玄関ホールを抜けて右へ、少し歩いた所の部屋に案内される。

 家令がドアをノックした。

「どうぞ」

 落ち着いた、深みのある声が聞こえた。


 部屋に入り、宰相の顔を見た途端に俺は悟った。

 ――この男が、俺の父だ。

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