モンド、宰相に会う
帝都までの道中は特に何事もなく過ぎた。
途中、馬を休ませ、宿を取り、また馬を休ませ……帝都の入口へとたどり着いたのは翌日の、だいぶ日も傾いた頃だった。
ソリス=グランデ、白と金に彩られた尖塔が立ち並ぶ帝国首都であり、帝国最大の城塞都市。
遥か北の山地グラウスから滔々と流れる大河ヴァルディア、そのほとりに築かれた城、それを取り巻く広大な市街を、高い城壁が囲む。
その威容は城門の遥か遠くからでも目についた。
「ここで良いよ」
市街の外、城門をくぐる手前の場所で馬車を停めさせる。
「よろしいのですか?」
「ああ、ありがとう、気を付けて帰りなよ」
言いながら御者に銀貨を握らせた。
「心付けだ」
「多すぎます」
「良いんだ、お孫さんに何か買ってあげな」
「どうかご無事で――」
深々と頭を垂れる御者に背を向け、路銀と私物を入れた背嚢を担ぎ、俺は城門へ向かって歩き出した。
何人かいる門衛の仕事ぶりは、それほど熱心とは言えなかった。
それでも俺は呼び止められ、あれこれと質問を受ける。
――現代風に言うのなら、警察官の職務質問みたいなものだ。
「宰相閣下に……だと?」
宰相の名を出した結果、かえって不審の目を向けてくる門衛に、俺は宰相からの書状を見せる。
「むう……確かなようだな……通ってよし!」
軽く一礼して歩き出す。
少し歩いたところで、手鏡を取り出し、身繕いをするふりをしながら、後ろの様子を窺う。
俺を調べた門衛が、別の一人に何かを耳打ちし、耳打ちされたそいつは、何処かへ向かって走り去った。
なるほどね。
道を行くにつれ、何処からかの視線を感じるようになった。
ひとつ、試してみるか。
四つ辻を何度か折れ、あえてうら寂しい裏道へと入り込む。
案の定、物陰から黒尽くめの服を着た連中が飛び出してきた。
口元も覆面で隠している。
前に二人、後ろに二人。
この場の頭目格と思しき一人が言う。
「モンド・アンダルムだな」
「だったらどうする?」
「立ち去れ、このまま故郷へ戻るのであれば、こちらも手出しはせぬ」
「嫌だ、と言ったら?」
俺を囲んだ全員が、無言で剣を抜く。
俺は担いでいた背嚢を、頭目格と思しき男に投げつけた。
――あ、ちょっと一時停止。
俺は暗殺者として育てられたが、まだ人を殺した事はなかった。
これが初めての実戦、という事になるが、だからといって特に緊張はない。
四人ぐらい仕留めるなら朝飯前、というかたったの四人て! 舐めすぎだよ、俺を。
どれだけあの爺様達にしごかれたと思ってる。
だが、問題が一つあった。
賢明な皆さんは、一話目での女神との会話を覚えてると思う。忘れてる人は読み返して。
あ、急いでね。
女神は俺が死ぬ前にやった、ちょっとした善行の報いとして俺を転生させてくれた。
ここで俺が調子に乗って、死体の山を築いたりしたら?
次に死んだ時がちょっと心配だ。
そもそもが暗殺者の家に転生させるなよ、っつー話もあるけどね。
俺は悩んだ末、妥協案をひねり出した。
はい、アクション再開。
頭目格の男は、俺が投げた背嚢を薙ぎ払おうとする。
が、その時には既に俺は、荷物のすぐ後ろまで距離を詰めていた。
母より授かった黒い短剣――鉄喰らいを抜き、背嚢の後ろ、相手の死角から腹を刺す。
まるで背嚢から腕が生えてきたように見えたことだろう。
鉄喰らいの鋒は、相手の肋骨の間をするりと抜け、肺に小さな穴をあけた。
投げた背嚢がまだ空中にあるうちに踵を返し、隣の男に向かう。
そいつの剣を握る手の、手首に斬りつけた。
手首の内側の動脈、医学的に言うところの橈骨動脈を切断する。
さらに身を翻し、残りの二人に向かう。
一飛びで距離を詰め、それぞれに一太刀ずつ振るって、同じように剣を握る手の、手首の動脈を切断した。
全て終えた後、どさり、と音を立て、俺の背嚢が地面に落ちる。
「ばかな……」
四人とも、何が起こったのか信じられないといった顔だ。
それぞれ剣を取り落とし、刃を受けた場所を押さえている。
「さて、ここで選ばせてやる」
言いながら、俺はポケットに入れていた布で刃を拭う。
「今ならまだ、手当をすれば助かる、このまま何処かへ姿をくらますも良し、戻って復命するも良し、だがまだやると言うのなら――」
俺は剣を鞘に納めた。
「――容赦はしない、さあ、選べ」
四人は後退りし、無言のまま路地裏に消えた。
背嚢を拾い上げ、宰相の家を目指して再び歩き始める。
気づくと辺りは暗くなり始めていた。
俺が訪ねるべき場所として宰相閣下が指定してきたのは、昼であれば庁舎、夜であれば公邸、つまり住んでいる所の方だった。
俺は公邸の方へと足を向けた。
辻馬車でも拾うべきだったかな、なにせ帝都は広い、俺は少し後悔していた。
宰相の公邸を見つけた頃には、日はとっぷりと暮れていた。
俺は宰相公邸の正門へ向かってゆっくりと歩いて行った。
「誰か!」
警備の兵士が誰何の声を投げてくる。
「わたくしはアンダルム家のモンド・アンダルム、宰相閣下のご用命につき、参上いたしました」
いらぬ刺激をしないよう、ゆっくりとした動きで宰相の書状を取り出し、兵士に見せる。
「取り次ぐゆえ、しばし待たれよ――おい!」
兵士は後ろに控えていたもう一人に、書状を渡す。
書状を持った兵士は、屋敷の方へ駆けていった。
「立哨はいつも二人で?」
「そうだ」
「ふむ……」
駆けていった男は、家令らしき男を伴って戻って来た。
家令は俺に向かって一礼し、言った。
「お待たせいたしました――ご案内いたします、私の後に」
「よろしくお願いいたします」
中庭を通って玄関へと向かう。
屋敷は大きいと言えば大きいが、帝国の宰相だ、もうちょっと豪勢な屋敷でも、文句は出ないんじゃないか、そんな事を思った。
玄関ホールを抜けて右へ、少し歩いた所の部屋に案内される。
家令がドアをノックした。
「どうぞ」
落ち着いた、深みのある声が聞こえた。
部屋に入り、宰相の顔を見た途端に俺は悟った。
――この男が、俺の父だ。




