幕間 丘の上には爺ィが二人
こんにちは、柊です。
一人称形式って、主人公以外の視点での描写がしづらいという欠点がありますよね。
ちょっと主人公以外の視点も入れたいなと思い、こういう形式にしてみました。
モンド・アンダルムが帝都へ向けて旅立つその日。
アンダルム家の館から、本街道へ向けて伸びる道、その近くに、木立の繁った丘がある。
その丘の上に、二人の老人の姿があった。
「やはり、今日であったか」
「やはり、今日であったのう」
アディンとドゥバ、モンドに武芸を叩き込んだ師匠二人だ。
ドゥバがアディンに言う。
「お主、なぜこんな所におる、若のお側で、何ぞ声でもかけて差し上げれば良いではないか」
「たわけ、出立は、お家の誰にも知らされなんだ……つまりは格別の見送りは無用という事よ……お主こそ何でここに居るのじゃ」
「散歩のついでよ」
「ならばわしも散歩のついでじゃ」
短躯のドゥバは、しゃがむだけでまるで昔からそこにある岩か何かのように見えたが、長身のアディンはそうもいかない。
木立の陰に体を隠し、そっと顔だけをのぞかせて見ている。
「もそっと、そのうすらデカい体をなんとかせい、下手くそが……若様に気取られてしまうぞ」
「うるさい、わかっておるわ……鋭いお方じゃからな」
「鋭いお方じゃからのう……おお、来たぞ」
二人が潜む丘の側を、馬車が音を立て走り抜けて行った。
「……行ったな」
「行ったのう」
「十と余年をかけて、我が武を注ぎ込んだ、滅多な事で後れは取らぬ、とは思うが」
「わしもよ、知りうる技は、おおかたお教えした……だか、なにぶんお若い、あの若さが気がかりじゃ」
そう言うと、ドゥバは音を立てて鼻水をすすり込んだ。
「……泣いておるのか?」
「馬鹿を抜かすな、些か冷え込んできただけじゃ……お主こそ、目が赤いぞ」
細められたアディンの両面の端には、小さな水玉ができていた。
「埃じゃ、質の悪い風が吹きよるわ」
アディンは指で水玉を弾き飛ばす。
馬車の立てる砂塵が消えるまで、二人の老人はその場を動こうとしなかった。
「行ってしまわれた」
「うむ、行ってしまわれたわい」
アディンはゆっくりとドゥバの隣に腰を降ろす。
「寂しいか?」
ドゥバがアディンに問いかける。
「阿呆が! ……別に寂しくはない、寂しくなどないが……どうにも気が抜けてしもうた……」
「そうじゃと思うてな」
ドゥバが懐に手を入れる。
折りたたまれた紙片を取り出した。
「お館様に取り付けておいたわ、ひと仕事するお許しをな……南の境に、質の悪い賊が出よるらしい」
「早く言え、たわけ者が」
ドゥバの手から紙片を奪い取り、目を通す。
への字に結ばれていたアディンの口元が大きく緩んだ。
「覚えたか?」
「覚えたわ」
「なら、始末せい」
アディンは紙片を丸めて口に放り込む。
粉々になるまで咀嚼すると、ごくりと音を立てて飲み込んだ。
「この紙よりも、食いごたえがあると良いのう」
「あると良いのう」
二人は立ち上がり、並んで歩き出す。
まるで仲の良い友達のように。
……いかがでしたでしょうか。
わたくしはこういうしたたかで食えないけど、可愛げもある爺さんキャラが大好きなのですが、皆様にも楽しんでいただけたら幸いです。




