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超絶美形の暗殺者(アサシン)だけど中身はおじさん、帝都の闇を疾走(はし)る  作者: 柊 太郎


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3/12

モンド、帝都に向かう

 武芸を磨き、様々な毒の知識や暗殺の手法を学び、さらには他の様々な知識についても学んで行く。

 この家に、何故か俺の父親である人物の姿は無かったが、母はその事に関しては何も語ろうとしなかった。

 そうこうするうちに、気付くと俺は二十歳(はたち)になっていた。

  

 二十歳の誕生日を迎えて数日後、朝食を終えていつものごとく鍛錬に向かおうとしていた俺は、母に呼び付けられた。


「帝都へ、お行きなさい」

 俺が部屋に入るなり、なんの前置きもなしに母はそう言った。

「……いきなりですか」 

「貴方を雇い入れたいと、名指しで申し入れをしてきた者がいました」

「誰なんですか?」

「クラウス、エドガー・クラウス」

 流石に驚きを隠せなかった。

「帝国の宰相閣下じゃないですか! 直々のご指名とは、それはまた――」

 あれこれと学ばされた中には、自分が住んでいるこの世界――帝国アストレアと、その社会や政治の状況も含まれていた。

 先代の皇帝は若くして崩御し――善政も悪政も、どちらもする暇がないほど短い帝位だった――そのため大きな問題が生じていた。

 帝位の継承問題だ。

 百年余りの長きに渡り続いた国には、まあよくあることなんだが、代を重ねるにつれて、皇帝の子供の数はだんだんに先細りとなっていた。

 そして亡くなった先帝は一人っ子だった。

 つまり嫡流が絶えた事になる。

 一応こうした事態も想定されており、初代の皇帝によって、万が一本家の嫡流が途絶えた際に、新たな皇帝を選び出すべき家――三つの公爵家が定められていた。

 ランディス、エルディナ、ヴァルトハイン、の三公爵家だ。

 とはいえ、百年も経てばそれぞれのお家事情も様々だ。

 新皇帝を自分の所から出したいのはどこも同じだったが、さりとて家で一番優秀な人物を、はいどうぞと差し出してしまえば、今度は自分の所の屋台骨が危うく成りかねない。

 自家の存続に影響が出ないよう、二番手三番手ぐらいでありながら、それでも他家よりは優れた人物を、という矛盾もいいところな人選が行われた。

 その結果、まあ三家ともそれぞれに一長一短ある人物が出揃い、他家からすればいくらでもケチがつけられるという状況になった。

 

 そして半年あまりのすったもんだの末、結局は一番無難な人物――ヴァルトハイン家の次男、ユリウスが帝位に据えられた。

 風の噂に聴いたところでは、かなり聡明ではあるが、意志薄弱な人物だとか。

 おそらくはその方が、神輿として担ぎやすい――誰から見ても、己の意のままに操れそう――そう見なされたんだろう。

 で、その新皇帝の選出にあたり、影で色々と辣腕を振るったのが、新皇帝の即位に伴い抜擢された新宰相――エドガー・クラウスだとも噂されていた。

 新皇帝の下で、官僚組織を一新するにあたり、人手が足りない事は容易に想像できたが、しかしそれにしても何故、俺なんだ?


 ほんの(わず)かの間にあれこれと逡巡したおれは、顔を上げ、言った。

「行きます」 

 母は微笑み、一振りの短剣を取り出す。

「この剣を、持ってお行きなさい」

 その剣には見覚えがあった。

 あの夜の儀式に使われた剣、俺の運命を決めた剣じゃないか。

 剣を手にしたまま、母は立ち上がり、言った。

「そこの燭台(しょくだい)を、こちらへ」

 言われるままに、俺は暖炉の上に置かれた燭台を手に取り、母の脇、机の上に置く。

「見ておきなさい」

 微笑むと、母は短剣の柄に手をかけた。

 無言のまま、母は手を(ひらめ)かせる。

 鋭い金属音が部屋に響いた。

 真鍮製の太い燭台は、中ほどの所で両断されていた。

 切られた燭台の片方を手に取り、切り口を見る。

 その断面は、練絹(ねりぎぬ)のように滑らかだ。

「……腕が落ちました……昔ならば、同じ速さで二度、斬りつけられたものを」

 涼しい顔で母は言った。


鉄喰らい(フェルマンガント)、それがこの剣の()です」

「失礼します」

 母から手渡されたその短剣を、鞘から抜いて刃を確かめる。

 刃毀(はこぼ)れどころか、傷一つ付いていない。

「……凄い」

 思わず感想が口をついて出た。

「今のわたくしの細腕では、真鍮の燭台か精一杯ですが、貴方なら鋼の剣でも切れるでしょう」

 母が俺の前で技を見せるのは、これが初めてだった。

 考えた事も無かったが、もしかしてこの人、結構な凄腕だったんじゃ……。

 そういえば容姿もぜんぜん衰えてないよな、この人。

 そんな事を考えつつ、改めて刀身をよく見てみる。

 両刃で刃渡りはざっと三十センチぐらい、身幅は細いが、(かさ)ね――刃の厚みは厚めだ。

 何よりも特徴的なのはその刀身の色だ。

 艶のない漆黒で、まったく光を反射しない。

 メッキ加工など存在しないであろうこの時代に、どうやってここまで光を反射しない、真っ黒な刀身を作れるのか、まったく見当もつかなかった。

 刀身の棟を指ではじいてみる。

 硬い硝子の風鈴のような、澄んだ音色が響いた。

 だいぶ硬い鋼を使っているようだ。

 だが、一般的には、鉄は硬くすればするほど(もろ)くなる。

 これほどの硬さで大丈夫なんだろうか。

 そんな事を思いつつ、俺は剣を鞘に納めた。


 母は重そうな革袋を取り出し、机の上に置く。

「これは路銀です、持ってお行きなさい、それと、これは宰相殿からの書状(おてがみ)

 母は机の上の砂時計を返し、言った。

「馬車が待たせてあります、この砂が落ちきるまでに仕度を」

 まったく、旅立ちの風情も何もあったもんじゃない。

 

 大慌てで背嚢(リュック)に詰め込んだ荷物は、たいした量にはならなかった。

「帝都までよろしく頼む!」

 御者に声をかけ、馬車の戸を開ける。

 持って行く物と路銀の袋を入れた背嚢(リュック)を隣の座席に投げ込み、座席についた。

「いいぞ! やってくれ!」

 御者に再び声をかけ、屋敷の方を振り返った。

 二十年住んだ家だが、特に感慨は湧かない……いや、そうでもないか。

 二階の窓に、母の姿が見えた。

 鍛えられた俺の目が、母の目元に何か光るものを捉えたような気がした。

「……まさか、ね」

 あるいは、本当にただの見間違いだったのかもしれない。

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