モンド、アーサーを訪ねる
深夜を過ぎる頃に、シアは俺の部屋へと戻って来た。
「……突き止めたぞ、襲ってきた者の一人が、潜んでいる場所を」
「よくやった……と、言いたいところだが……どのみち、ヴォルクの手の者だってのは分かってるんだ、あまり無茶はするな」
「――無茶の内には入らない、これぐらいのことは」
俺はシアに歩み寄り、肩を掴んで振り向かせる。
そして目を合わせながら言う。
「失いたくないんだ、お前を」
シアは俺から目をそらした。
心なしか顔が赤らんでいる。
「どうせ、『戦力が下がるから』――だろう?」
そう言うシアの声には、少し拗ねたような響きがあった。
「そうだ、戦力が下がるからな……大幅に……あ痛! 痛いって! 何でつねるの?……こら! 物を投げるな! 危ない! 危ないってば! あーっ! それダメ! マジでダメなやつ!!」
翌朝、俺はシアにゆっくり休むように言い、一人で宰相の公邸を出た。
酒屋に寄って十八年熟成の蒸留酒を一瓶買う。
帝室御用達のその銘柄は、酒一瓶としては中々の値段だった。
酒瓶を片手に、昨日教えられた黒門通りを目指す。
ヴォルクの方に取り掛かる前に、あの恐るべき腕前の男、アーサーの正体を確かめておきたかった。
黒門通りに来た所で、通りがかりの町人をつかまえて聞いてみる。
こちら側から行くと、通りの終わりにある一番でかい屋敷、それがそうだと言う。
屋敷の前まで来るとすぐにわかった。
屋敷のある敷地を黒い壁が囲み、通りに面して黒く大きな鉄の門が有った。
なるほど、これが黒門通りの由来か。
待てよ、黒門通りのアーサー……黒い壁と黒い門……。
何処かで聞いた覚えがある。
俺は記憶の糸を手繰った。
……“首切り”アーサー!
あの異様な構えを見た時に気付くべきだった。
アディンやドゥバに、このことを知られたら、いったい何て言われるか。
“首切り”アーサーは帝国では半ば伝説として語り継がれる斬首役人だ、しかも貴人専門の。
その歴史は、帝国建国の頃にまで遡る。
ああ、その前にちょっと解説しておくと。
現代人の観点からだと意外に思えるかもしれないが、首切り――斬首刑はかなり温情的な刑罰である。
この時代、あらゆる刑罰は、見せしめとして犯罪を抑止する――実際の効果の程はともかくとして――そういう側面がある。
だから死刑のやり方にしても、色々と苦痛を伴うやり方が多い。
火あぶり、磔刑、車裂き……等々、俺が元いた現代日本人の視点から見ると、残酷極まりないやつがいくらでもある。
その中にあって斬首刑――首切りは、死刑のやり方の中では肉体的な苦痛が最も少ない。
つまり、死は免れ得ないほどの罪を犯した者ではあるが、少しでも苦しくない方法で死なせてやる、そういう刑罰ということだ。
これは俺の元いた世界で昔にあった話だが、若い娘の斬首刑に、経験の浅い首切り人が当てられてしまった事があった。
泣き叫ぶ娘を前に、その首切り人は平常心を失い、何度も手元を狂わせた。
深手を負いながらも死には至らず、苦痛に泣き叫ぶ娘に、観衆は同情し、終いにはブチ切れた。
激怒した観衆の一部が、刑場であった広場に設けられた柵を破ってなだれ込み、処刑人をボコボコにする、という笑えない結果になった。
とにかく、斬首人は罪人に苦痛を与えないよう、速やかにかつ滞りなく絶命に至らせなければならない、そういう事だ。
あともう一つ、斬首刑は死体の損壊も少ないというのもある。
そんなこともあって、この帝国では、貴人の死刑は斬首刑とされることが多かった。
ところが、一つ問題が持ち上がる。
『身分の高い者の処刑を、庶民の首を切るのと同じ者にやらせて良いのか?』と言い出したやつがいた。
現代人の俺から見ると、死刑にまで身分とか格式の差を求めるなんて、なんとも馬鹿げているとは思う、だが、そういうのが道理として通る時代だった。
当時の斬首人の中でも最も技量に優れた一人が選ばれ、「皇帝の斬首人」として処刑人の最高位に叙せられ、以後はその子孫が代々世襲でその座と技と、そして名前を継いできた。
アーサーロム・アーサリウス。
人呼んで「“首斬り”アーサー」。
貴人専門とはいえ、そう頻繁に王族や貴族の死刑があるわけじゃ無い。
表向き平穏な昨今の帝国では、貴人の死刑は、むしろ稀だ。
だが、斬首人としての腕を鈍らせるわけにはいかないので、一般の死刑囚の斬首も時々行う。
アーサーが斬首を行う、という噂が死刑囚たちの間に広まると、ならば自分が斬られたいと、死刑囚たちが挙って自らの処刑を願い出たという。
俺は黒い鉄の門扉に付けられたノッカーを使い、扉を叩いた。
扉が開き、姿を現したのは、一人の少女だった。
全身黒尽くめの服を着た美少女だ。
「アーサリウス殿に、モンドが――昨日助けられた者が来たと、お伝え願いたい」
「お話は主から伺っております――どうぞ」
少女は門の扉を大きく開き、俺を中へと招き入れる。




