モンド、情報を集める
奥の部屋へと通され、使用人が卓の上に茶の用意を整えて去った所でシアが訊ねてきた。
「お前と店主の会話……あれは“符丁”か?」
「そうだ、いずれきちんと教えてやる、迂闊に真似するなよ」
俺が黒の手の連絡係であるゴードと交わした一連の会話。
それは、自分が黒の手に所属する者である事を、相手に教える為のものだった。
黒の手にはそれなりの歴史があり、規模もある、そして所属する者たちは帝国内の各地に散らばっている。
要するに、全員が互いに顔を知っているわけではない。
むしろ組織の安全と機密を守るため、下部の者には、誰が組織に所属しているかなど、いちいち知らされていないことの方が多い。
組織の全てを把握しているのは、俺の母を含め、組織の上位に属する者、数名に限られている。
となると、いざという時に、互いに仲間を見分ける方法が必要になる。
最初にカウンターに置いた手の形は、これから黒の手だけに通じる符丁を使った会話をするぞ、という合図。
その後の会話は、自分の身分を証明するための、一種の合言葉のようなものだ。
例えば「何処から来た?」と聞かれた際には方角で答えるが、その組み合わせは、その時の日付やら時刻やらによって異なる。
持ち物を聞かれた時の答え方も決まりがあって、「頭の金」とは「金色の刃」、そのまんま俺の母の意味だ、「灯火」、「黒縄」、「七つの剣」の意味は――長くなるので割愛する。
まあとにかく、それらのやり取りを少しでも間違えれば、黒の手の名を騙ろうとする不審人物として、その場で文字通り闇に葬られる可能性すらある。
俺は正直な所、初めての符丁を使った会話を無事に切り抜けられて安堵していた。
俺とシアの短い会話が終わるのを見計らったように、ゴードが部屋へとやってきた。
恰幅の良い身体を椅子へと乗せつつ、ゴードが言う。
「お待たせして申し訳ございません、ここならば、壁に耳はありません、して、今回は如何なるご用向きで?」
「まず最初にはっきりさせておこう、俺は今、母に命じられて、帝国宰相エドガー・クラウスに仕えている」
「ふむ」
「宰相に仕えよ、というのは母の命令ではあっても、黒の手の公式な任務としてではない……この辺が微妙なところなんだが、こういう場合でも、組織の力は借りられるもんかな?」
「……なるほど、そういう事情でございますか」
ゴードは顎髭を撫でながらしばし考える。
「その点は、大丈夫でございます」
ゴードは笑顔を浮かべながら答える。
「たとえ公式な命令なくとも、お館様のご意向に叶うことであれば、我らは喜んでそれをいたします、それに『息子の手助けはまかりならぬ』とのご命令も、今のところはございませんので」
なるほど。
命じられたことは必ずやる。
だが、禁じられていなければ、あらゆる手段が許される。
黒の手の者として行動する際の、最も基本的な原則だ。
ゴードは今回の場合もその原則に忠実に動いてくれるようだ。
「それにですな」
ゴードはさらに大きな笑みを浮かべた。
「次代の頭となられる方に、ここで一つ、恩義をお売りしておくのも悪くはないかと」
本当に恩に着せるつもりなら、わざわざそんなことを口に出す馬鹿はいない。
軽口に紛らわせて、暗に俺への好意を示してくれたわけだ。
「まだそうと決まったわけじゃないが……ありがたい、ここは一つ、素直に売られておくよ……まずは情報が欲しい」
「如何様な情報でございますかな?」
「ランディスだ、特にヴォルクの家の絡みで、何か情報を掴んでないか?」
「……確かに最近、帝都のランディス家、及びその縁の諸々の屋敷への出入りに、何やら普段と異なる様子があると聞き及んではおりますな……さらに詳しく知る者となると……」
ゴードは俺に、幾人かの情報屋の名前と居場所を教えてくれた。
「そうだ、それともう一つ」
「何でございましょう?」
「“ガロアの黒狗”の噂は、何か流れてないか?」
「彼奴らが動いておるのですか?」
ゴードの顔に驚きの色が浮かぶ
「そうだ、どうやってかは知らんが、今はヴォルク・ランディスがあの連中を掌握している」
「ふむ、中々に厄介でございますな……あの者ならあるいは……いやしかし……」
ゴードは一人で呟きつつ、何か考え込む様子を見せる。
「何か心当たりがあるのか?」
「碧珥のネフェル、と呼ばれている情報屋がおります、あらゆる情報に通じ、帝都の中、いや帝国内はおろか、この世界の事であれば知らぬ事は無いという噂も」
「そりゃすごいな」
「ですが些か難がありまして……まず、こちらから会いに行くことはできません」
「なぜ?」
「誰もその居所を知らぬのです」
「黒の手の連絡係である君でも知らないのかい?」
「恥ずかしながら、存じておりません……そして、真に必要としている者の所へ、何処からともなく現れると言われております」
「へえ」
「さらに、一時にできる質問は三つまで、一つ目の質問は無料、二つ目には金がかかります、問題なのは三つめで」
「何が問題なんだい?」
「対価に何を求められるか、事前には分からないのです、時には情報であったり、時には仕事であったり……二つ目の質問については、聞く前に幾らかかるか値段を告げてくれますが、三つ目の質問については、質問の答えを聞いてから支払いの対価を告げられるのです、そしてそれを支払わなかった者はおりません……少なくとも、この世には」
「なるほど、確かに厄介だな」
「質問は三つまで、ですが、必ず三つの質問をしなければならないわけではございませんので、一つ目や二つ目でやめておくこともできますが……」
ずっと黙って聞いていたシアが、そこで初めて口をはさんだ。
「例えば、最初の質問で、『知ってる事を全て教えてくれ』と頼めば?」
「それは質問ではございませんな……それに、情報のやり取りだけで、巧みに帝都の裏社会を渡ってきた、そのような者に、そういった知恵比べを挑むのは、それ自体が危険です」
「逆手に取られかねない、というわけか」
シアの言葉に、ゴードは無言で頷いた。
俺はゴードに言う。
「分かった、まずは無難な方の情報屋達に当たって見るとしよう、そちらでもまた、何かが分かったら知らせてほしいが、一つだけ」
「何でございましょう?」
「情報の収集に当たって、ランディス家や黒狗への直接の接触は避けてくれ、危険だ」
「心得ました」




