精霊の祈り、そして旅の剣
森が、息をひそめていた。
風も、葉擦れも、まるで凍りついたみたいに静まり返っている。
目の前に横たわるのは──
冷たくなった同胞の、動かない体。
胸が、ぎゅっと締めつけられる。
息を吸うたび、重い何かが肺の奥へ沈んでいくみたい。
──死って、こんなにも近くにあるものなのね。
足がすくんで動けない私の背に、
ルリエルの声が、サファイアの宝珠からそっと響いた。
「恐れなくていいわ、リシェリア。
あなたは……強い子よ」
(強い……なんて。私は……。)
私は唇を噛み、震える膝を大地につける。
そして、祈りを捧げるために声を上げた。
「セレス・アラ・フェルナ・リオ……
ルナ・ナイ・エストラ・サナ……」
(森の静寂が、あなたを抱きしめますように──)
その瞬間、森の空気が微かにきらめいた。
水霧が立ち上り、精霊たちが囁くような歌声を運んでくる。
ルリエルも、私の祈りに声を重ねた。
「森に還りし者よ……どうか安らかに」
──と。
隣を見ると、いつもはバカみたいな俗物が、
信じられないくらい真剣な顔をしていた。
その瞳は、怯えた子どものように揺れていて。
「……なんだよ、これ……泣きそうじゃねぇか……」
その呟きが、不意に胸に刺さった。
(……あの俗物が、そんな顔をするなんて)
「死んだらリセットもロードもできねぇ……
クソだろ、現実ってよ……」
私は思わず息を飲む。
(……今のは、ほんの少しだけまともだった)
ふと視線を落とすと、
淡い光を放つものが目に入った。
倒れた同胞の傍ら──
森の文様が精緻に刻まれた鞘と刃。
葉脈のような輝きが走り、柄はほんのりと温かい。
(リーフ・エッジ……。森の戦士たちの誇りの剣)
指先で触れると、森の鼓動のような気配が伝わってきた。
(私はハイエルフ。精霊術こそ誇り。
剣を振るうなんて、ほんの護身程度の嗜みのはずなのに)
(でも──外の世界は、森よりずっと恐ろしい。
魔物。盗賊。人間の争い……何が待ち受けるか誰にも分からない)
(だから──戦力は多い方がいい。
……よりによって、この最低の俗物だなんて、癪だけど)
私はリーフ・エッジを握り、俗物の前に差し出した。
「これを……あなたに託すわ。
勘違いしないで。
私ひとりでも、魔法で戦える。
けれど──外の世界は、森よりずっと恐ろしいから。
……戦力は、多いに越したことはないもの」
俗物は、一瞬だけ息を呑み、
真剣な顔でつぶやいた。
「……守る……オレが……?」
──なのに。
次の瞬間には。
「やっべ! ☆4武器か!?
勇者フラグ立っただろコレ!!
てか、おっぱいちゃんヒロイン確定じゃね!?」
こめかみが、ビキビキと鳴った。
(……やっぱり、俗物は俗物ね!!)
私は吐き捨てるように詠唱した。
「切り裂きなさい、流麗の刃──《アクア・スラッシュ》!!」
水の刃が疾り、俗物を容赦なく薙ぎ払う!!
「ギャーッ!? またかよ!?
バイオレンスすぎだろ、このヒロイン!!
イベントCGってレベル超えてんぞっ!!」
(もう……本当に、どうしようもない俗物なんだから!!)
荒い息を吐き、再び視線を落とすと──
倒れた同胞の懐から、折り畳まれた布が覗いていた。
引き抜いて広げると、それは簡易地図。
記された道筋が、森の外へ続いている。
(……外の世界への道筋。
でも──その隣にいるのが、この最低の俗物だなんて)
「よっしゃ! マップ解放きたぁ!!」
──本当に、疲れるわ。この俗物と一緒だと。
けれど。
(進むしかないのよ。森の外へ。未来へ。この俗物と共に……)
私は地図を握りしめ、前を見据えた。