神樹の森を抜ける道、そして俗物
森を出る前に──
私は、静かにお母様の部屋を訪ねた。
扉を開けた瞬間、
お母様は、私の顔を見て……ほんの一瞬だけ、瞳を潤ませた。
でも──すぐに、いつもの優しい笑顔を作ってくれた。
「リシェリア……
森を追われても、外の世界へ行くことになっても……
あなたが私の娘であることは、絶対に変わらないのよ」
「どれだけ遠くへ行っても……
生きてさえいてくれたら、それでいい」
「お父様には黙ってるけれど……
本当はね、外の世界を見に行くあなたが、
ちょっとだけ──羨ましいのよ」
「だから、お願い。
絶対に……生きて帰ってきなさい」
その言葉が、胸の奥にじんわり染み込んできて、
ぎゅっと締めつけられるような感覚がした。
泣きそうになるのを必死でこらえて、
私はお母様の手を、強く握り返す。
(お母様……ごめんなさい。でも、私は行くわ)
……外に出ると──
まだいた。あの俗物。
縄でぐるぐる巻きのまま、村の広場のど真ん中。
彼は空を見上げて、やたら退屈そうな顔をしていて。
その周りでは、エルフたちが「人間め……」と鋭い目で睨んでる。
(裸まで見られて、謝罪もなし。
意味不明なことばっかり叫ぶ最低な俗物なのに……)
(それでも、外の世界に出るには──
よりによって、こいつに頼らなきゃならないなんて!)
私は、大きく深呼吸してから、
彼の前に立った。
「外の世界へ出るには、神樹の森を抜けるしかないのよ」
「……精霊結界が張られていて、よそ者は簡単に通れない場所だから」
「だから──私が案内するわ」
彼は、黙ったまま。
ぽかんとした顔で、私を見つめていた。
(ずっと黙って……
もしかして、この俗物も責任を感じてるのかもしれない)
(掟を破ったのは、あいつだけど──
最終的に“追放される”って受け入れたのは、私)
(……ああもう、最低なヤツなのは間違いないけど。
少しくらいは……まともなところもあるのかも、って)
(そんなふうに……ちょっとだけ思っちゃったじゃない)
(……仕方ないわね。
縛られたままっていうのも、さすがに哀れすぎるし)
私はふぅっと息を吐いて、彼の縄に手をかけた。
「……仕方ないわね。解いてあげる」
彼は、縄が外れた瞬間──
手首をさすりながら、まるで子どもみたいに笑った。
「おおっ! 自由の身って最高だな!
これで美少女エルフと一緒に冒険開始だよな!?」
その笑顔が、なんだか本当に嬉しそうで。
馬鹿みたいに無邪気で。
……なんで、そんな顔するのよ。
(……やっぱり、ただの俗物ってだけじゃないのかもしれない……)
けれど──
「でも、攻略サイトにこんな情報載ってたかなぁ?
もしかしてこのおっぱいちゃんが真のヒロインとか!?」
(……)
ピキィ……ン。
こめかみで、何かが弾けた音がした。
(はあああああああああああああ!?
今の、全部返せッ!!)
私は、詠唱を叩きつけるように叫んだ。
「切り裂きなさい、流麗の刃──《アクア・スラッシュ》!!」
シュバァァアアアアアアアアッ!!!
冷たい水の斬撃が、ケイタに直撃する!!
「ぎゃああああッ!?
ヒロインに殺されるうううッ!?
えっ、イベントCGこれ!? 早くない!?」
もう知らない……!
やっぱりこいつは、
どこまでも救えない──ただの、俗物だわ!!