閉ざされた森にて、私は声を上げた
お願いだから、誰か……これが夢だと言ってほしい。
だって──
ここは神樹の森の中心、くり抜かれた巨木の中にある、族長会議の大広間。
精霊の光が淡く揺れて、空気は神聖そのもの。
本来なら、森で最も厳粛で静寂に包まれているはずの場所なのに。
「おいおいおい!!
族長会議イベとか絶対裏ルートだろ!?
CG来るなら今だよな!?早すぎだろ!!マジで神イベだわ!!」
中央に縄でぐるぐる巻きにされた俗物。
縄で縛られてるくせに、目だけギラギラさせて、きょろきょろと落ち着きがない。
私はもう、耳まで熱くなって震えた。
「なっ、何が“神イベ”よ!!」
父──星花族族長のフェルナ・エル=フェルナが、眉間に皺を刻み、声を低くする。
「……人間よ。
お前は何者だ。そして、何の目的で神樹の森へ入った?」
ケイタは胸を張り、得意げに叫んだ。
「俺は田所ケイタ!!
FO二周目で、初期装備のまま裏ルート突入した剣士見習い!!
森のヒロインCG回収が俺の運命なんだってば!!
巨乳特化だし!!」
「黙れぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇッ!!」
父の額に青筋が浮かぶ。
「巨乳特化とは……森のどの部分を特化させる話なのだ……?」
その瞬間、族長たちが一斉に前のめりになった。
風葉族族長は、目を鋭く光らせる。
「“CG”とは“狩猟群”の略か!?
新たなる討伐の暗号なのか……!?」
ケイタはますます興奮する。
「ちげーよ!!CGは差分!!
つーかオークイベント絶対来るだろ!?
森のヒロインNTRとか俺、マジ死ぬからな!!」
風葉族族長はさらに深刻な顔で言った。
「N……T……R……?
新たなる弓術か?」
緑鱗族族長が、腕を組んで唸る。
「繁殖儀を……公開で執り行いたいということか……?」
「違うぅぅぅぅぅ!!」
白樹族族長は、木目のような深い皺を刻んで低く呟いた。
「差分とは……木材の等級か、乳房のことか……。
それが問題だ。」
私は泣きそうになった。
「問題じゃないぃぃぃぃぃッ!!」
父は顔を覆いかけながら、深く息を吐いた。
「精霊よ……どうか我が娘の耳を塞ぎたまえ……。」
周囲のエルフたちもザワつき始める。
「オークとは何の獣だ……?」
「攻略済みとは、戦いを終えたということか……?」
「ヒロインとは巫女の称号か……?」
精霊ルリエルが、氷のような声で吐き捨てる。
「卑しい物の口から発せられる音は、精霊にすら苦痛だわ。」
ケイタは縄に縛られたまま、なおも叫び続ける。
「森のハーレムルートあるだろ!?
てか俺、ヒロインの父親に処女フラグ折られるのだけは絶対イヤだからな!!」
もう限界──私は頭を抱えた。
「だっ、誰がヒロインよッ!!
この、俗物ッッ!!」
父がゆっくり立ち上がる。
空気が一瞬で張り詰めた。
「……この俗物を、森に残すわけにはいかぬ。
掟に従い、処刑とする。」
一拍置いて、父はさらに言葉を続けた。
「そしてリシェリア。
お前も、今後三十年──監視付きとする。
森の外へ出るなど論外。
森の中においても、勝手に歩き回ることを許さぬ。
外の世界への興味が過ぎた娘を、このままにはできぬ。」
心臓がドクン、と痛む。
私の世界が、一瞬で閉ざされる音がした。
森の民には、外の世界を知る手段はいくつもある。
薬師や使者として人間領へ赴く者もいるし、交易の知識を持つ者もいる。
でも、ハイエルフの私が──人間と、しかもこうして直に言葉を交わすなんて──
きっと、一生に一度あるかないかのことなのよ……。
(……こんな機会、二度とない。
この俗物は最低だけど……
それでも──私にとっては、最初で最後のチャンスかもしれないのに……!)
気づいたら、私は立ち上がっていた。
声が震えて、でも止められなかった。
「お父様……待って!!」
全員が、私を凝視する。
父の視線が鋭く私を突き刺す。
「私……外の世界が、見たいのよ!!
森の外にはどんな景色があって、どんな風が吹いているのか──
知らないまま、生きていくなんて耐えられないの!!」
「人間たちの街や、未知の食べ物や、見たこともない文化……
きっと怖いこともあるんでしょうけど……
それでも、自分の目で見たいのよ!!」
「あの俗物は最低よ。許せないわ。
でも……あの人間は、外の世界を知る唯一の手がかりかもしれないのよ……!!」
「お願い……お父様……あの人を殺さないで……!!」
会議場が、精霊の囁きさえも飲み込むような沈黙に包まれた。
父は、ただ厳しい瞳で私を見つめたまま──何も言わなかった。
(……言っちゃった。
ずっと胸の奥で燻ってた想いを、ついに口に出してしまった。
掟を裏切ることになるかもしれないのに……
それでも──外の世界を、私は諦められない……!)