俗物との最悪な出会い
忘れたい──この夜だけは、本当に。
ぜったいに、脳から消してやりたい。
だって……だってよ!?
裸を見られただけじゃなくて、あんなこと叫ばれるなんて、誰が予想するのよっ!!
月明かりの差す、森の泉。
水面が揺れて、ひやりと胸元を撫でる。
……なのに、私の頭の中では、あの最悪すぎる声がエンドレス再生中。
『エルフ?!てか、おっぱいデカッ!!え、Gあるよな!?』
──耳がっ……耳が燃えるほど熱いッ!!
思い出しただけで全身がガクガク震える。
なによ、Gって!? 測ったことないわよそんなのッ! 俗物にも程があるでしょうッ!!
……数分前まで、私はただ静かに、泉のほとりで月を見ていただけだったの。
森の匂いと水音だけがある、穏やかなひととき。
外の世界への想いを馳せて──ほんの少しだけ、自由を夢見ていたのよ。
そのときだった。
ガサ──ッ!!
突然、茂みの奥で何かが割れた音。
反射的に構える前に、ひとりの男がズカズカと現れたの。
黒髪、妙な服、意味不明な叫び声と共に!!
「エルフ?!てか、おっぱいデカッ!!え、Gあるよな!?揉ませ──」
「は、はあああああああああっっっ!?!?」
鼓膜破れるわよ!?!?!?
いやいやいやいや何よ今のッッ!!??
「ちょ、ちょっと!? なに言ってるのよ、あなたッ!!」
全裸で言うセリフじゃないのは分かってるけど、でも黙ってられるわけがないじゃないッ!!
だが男は止まらない。
止まるどころか、加速した!!
「うおおお!!泉CGきたー!!裏ルート早すぎだろ!?」
「てかヒロイン攻略済だし!?マジでこのあとオークイベントだろ!?俺、覚悟はできてっから!!」
──裏ルート? ヒロイン……? オーク……???
は……? 意味わからないわよッ!!!
「ちょ、ちょっと!? あぁぁああああああ!? 意味不明なことばっか言わないでぇぇぇ!!」
羞恥で息が詰まる。
頭が真っ白になって、体が勝手に動いて──
バッシャアアアアアアッ!!!!!
私は全力で、水をぶっかけた!!
顔面直撃!! 月明かりの中、水しぶきがキラッキラに飛び散ったわ!!
「ぶはッ!? CGバグった!?スキップすんなって!!」
はあああああああああああああああああああああああああああ!?!?!?!?
なんなのこの男!? バグってるのはどっちよ!??
そして──水面が青く光る。
澄んだ声が、泉の底から届いた。
「この卑しき者……不要物として、水に沈めましょうか?」
ルリエル……!
私の契約精霊、冷たく澄んだ水精霊。
その瞳が、まるで氷の刃みたいに俗物を睨む。
「そ、そうしたいのは山々なんだけどッ!!」
私の手に、魔力が宿る。
光る、青く……っ!
なのにッ! なのにこの男はあああああッ!!
「ちょ、待って!オークイベントまだなんだってば!!俺、ヒロインと子作りするルートしか考えてねぇのに!!」
「だ、誰がッ! 誰があなたなんかと子作りするのよっ!! バカじゃないの!?!?!?!?」
限界だった。
羞恥も怒りも、振り切れた。
「きゃああああああああああああああああああああッッ!!」
私の絶叫が、森じゅうに響き渡る。
鳥が飛び立ち、木々がざわめく。
──そして。
数秒後、エルフの弓兵部隊が到着した。
緑の装束。鋭い視線。全員がガチ戦闘モードで男を取り囲む。
「リシェリア様……! 未婚のハイエルフの御身体を人間風情が目にするなど、掟に背く大罪にございますッ!!」
俗物は即捕縛。地面にねじ伏せられ、ピクリとも動けない。
──のに、まだ叫んでる。
「FOの捕縛イベントか!?やべぇ、俺まだ初期装備なんだけどぉぉぉ!!」
私は唇を噛む。
心臓が、痛いくらいにバクバクしてる。
(……処罰されるのは当然よ。
だって、裸を見られたんだから。掟は、そういうものだから。
だけど──)
(外の世界を……私は、ずっと、見てみたかったのよ。
生まれてから今日まで、一度も森の外に出たことなんてなかった。
この人間は、最低の俗物だけど──
……きっと、“外”から来たのよね。
だから……
もしかしたら、私を──
“あの世界”へ連れていける存在なのかもしれない。
掟なんて……もう、本当に、うんざりなのに。
ねえ、私……どうすればいいのよ。
このまま全部、終わらせていいの?
何も選ばず、ただ従うだけで……本当にいいの?)
だから私は──
「私の運命も。
そして、この最低すぎる俗物の運命も。
……どうやら、まだ“終わり”じゃないわね。」