外伝:光と闇の地平線
光なくして、闇はない。
闇なくして、光はない。
均衡は保ち続けなければならない。
何事もバランスが肝心だ。
素晴らしく歪なこの世界で「平和」を形に。
レイがカザフスタンで活動している日の前日。
時刻03時01分。
日本国内、某所。
天を見上げれば、両手を伸ばしても遠く及ばない天井。
その高さはおよそ15メートル。
周囲にはこの天井を支える巨大な柱が立ち並ぶ。
ここは「地下神殿」と名高い首都圏外郭放水路を参考に、現地に合わせたスケール調整と改良を施された地下治水施設。施設名は太田地下放水路で、大雨による水害軽減を目的として建設された。
照明は一つも点いておらず、まさに漆黒の世界。
標となる光のない中、武装した四人が息を潜めつつ、奥へと突き進んでいた。
彼らはまるでクモの目を彷彿とさせる四眼の微光暗視装置を装着。わずかな光を増幅させ、暗闇の中でも視界を確保していた。
「パニッシャー1からブルーローズ。第一調圧水槽を通過中。敵影なし」
「ブルーローズ、了解。そのまま目的地へ向かえ」
表には出せない非合法作戦を遂行する、パラディン・セキュリティ本社お抱えの特殊工作部隊パニッシャー。
静かに、でも迅速に。
パラディン・セキュリティ社員と分かるようなものは身に着けず、その上、非公式部隊であるため、彼らが万が一、任務を失敗したとしても会社は「知らぬ、存ぜぬ」を貫き通すことができる。
「止まれ。十一時の方向、上方に監視カメラがある。迂回するぞ」
水槽内の水位や水流をモニタリングするための設備監視カメラだろう。
完全防水仕様かつ付属の照明もあるが、熱感知機能はなく、暗視機能もない。
右に逸れつつ、柱の右へ回り込む。
柱には水位を示す水平線が等間隔で示されていた。
四人の視界には銃に装着されている、赤外線レーザーサイトのレーザー光が見えており、接敵したとしても素早く照準を合わせられるようになっていた。
銃はサプレッサー装着済みのREV‐3Sカービン。一般的にパラディン・セキュリティは制式カービンとして、PS‐8多用途カービンを使用しているが、パニッシャーの性質上、装備はパラディン・セキュリティが採用していないものを使用している。
「もうすぐ第二調圧水槽に繋がる連絡通路があるはずだ。そこからメンテナンス用通路に上り、目的地に通じる抜け道を探す」
目の前に見えてきた連絡通路。
ただ連絡通路とはいっても、横幅はゆうに8メートルは超えている。
その右側に嫌でも目に入る、円状の鉄柵で下から上まで囲まれた螺旋階段。
階段の最上段、天面はハッチで塞がれているが調圧水槽の外に繋がっている。
「あそこだ」
周囲を見渡しながら、パニッシャーの四人は螺旋階段に接近、下層の入り口へ到着した。
当然だが、階段の扉には鍵がかかっている。
チェーンで錠前が巻かれ、南京錠。
このままでは中に入れない。
「スペンス、出番だ。こいつを開けろ」
「待ってな。すぐにチェーンを切断する」
背中に背負っていたチェーンカッターを用い、パニッシャー2ことスペンスがチェーンを切断。
無理やり鍵を開錠すると、パニッシャー1が上を確認し、螺旋階段を上り始める。
そこからパニッシャー2、3、4と後に続く。
「天井に着いた。ハッチを開ける」
パニッシャー1は階段の上、天面ハッチのハンドルに手を触れた。
ハンドルを引っ張り、90度回転させ、横にスライド。
これに合わせ重厚感あるハッチもスライドしていき、人が通れるサイズの穴ができた。
「スネークカムを使う」
念のため、スネークカムによる偵察を行ってみるが、入り口に赤外線センサーや振動感知器といったものは見当たらない。敵の姿もない。
「中はクリアだ。先に進む」
スネークカムをしまい、一直線の廊下に足を踏み入れた。
靴底を通し、冷たい感触が伝わってくる。
おまけに天井は低く、狭い。
先ほどの調圧水槽とは異なり、大人一人分ほどしか幅がない。
「パニッシャー各員、目的地はおそらくこの先だ」
前方を警戒しつつ、慎重に歩を進めていく四人。
「……メンテナンス用にしては何もない通路だな」
空気が淀んでいる。
通路の壁は密閉され、換気窓も換気扇もない。
送管パイプも、計測器もない。
違和感を覚えた。
この感覚が間違いではなかったこと、それはすぐ知ることになる。
奥の方から下半身が浸るほどの波が押し寄せてきたのだ。
「後退だ! 後退しろ!」
「後ろは行き止まりだ!」
「くそっ!」
小さな津波ともいえる、その波は大の大人を軽く押し倒し、四人をまとめて背後の壁まで流した。
「ぶはっ。身動きが取れない……」
打ち付けられる身体。
立て直そうにも、水の力は想像以上に大きく、まともに動けない。
「うっ、電流だ……電気が流されている」
「こいつは……罠だ……」
さらに水へ電流が流され、身体の自由は完全に利かなくなっていた。
明らかに人為的なもの。
四人はこれが罠だと気が付いた。
有効な打開策も打ち出せず、時間とともに四人の体力は奪われていく。
肉体的にも精神的にも疲弊し、言葉数が少なくなってきた頃だった。
通路の水の水位が段々と下がり、突如背後の壁が開いた。
動けない四人は為すすべもないまま床に寝転がり、天を仰ぐ。
視線の先には一人の男。
「日本へようこそ。パスポートとビザはお持ちでしょうか?」
はっきりした日本語で男はそう言った。やや濃いめの茶髪、顔は小さくまとまり、肌は色白、瞳は青みがかっている。スラブ人だ。
この顔を見て、パニッシャーは自分たちが八咫烏の罠に掛かったことを理解した。
ここまでの情報自体がおとりだったのだ──




