第17話:散りゆく者の名は知らない
銃弾が飛び交い、爆音とどろく戦場。
そこにあるのは生か、死か。
東より上る太陽が夜の終わりを告げ、星々の輝きが息を潜める朝六時。
澄んだ青空の下、着陸帯に並べられているのは二十機以上のティルトローター機、少なくとも十二機の攻撃ヘリ、二十機の偵察ヘリ。
五つある強固な格納庫には無人機も収容され、別の車両区画には装甲車だけでも三十両以上。
対ドローン用高出力レーザー砲、広域ドローンジャマーも完備されている。
ここは南スーダンにおけるパラディン・セキュリティの中枢、ワーウ基地。
所属する兵士の数は五千人以上。
非戦闘員や技術者を含めると七千人以上が携わっている。
認められた人物ならば現地からの直接雇用もあり、雑用係から補給係、本人希望で兵士に登用されることも。
「エンデバー、聞こえるか? こちらオキサイド1‐1、そちらを視認した。まもなく到着する。オーバー」
戦力としてはスーダン正規軍をとっくに超えている中、さらに一機のティルトローター機が飛来する。
「オキサイド1‐1、空域はクリア。そのまま滑走路E3へ進入せよ、オーバー」
「了解。着陸態勢に移行する」
各国でも広く運用されているSC‐5“ヴァンガード”はイグドラーク・インダストリーズ製の汎用ティルトローター機である。フライ・バイ・ライト方式による操縦性・制御安定性の確保、炭素繊維複合材による機体の軽量化・簡素化が実現。また、従来機よりも排熱機構と冷却機構の改善が進み、赤外線ステルス性能の向上にも成功。
その上、モジュール設計機体のため、任務に応じ、攻撃型、偵察型、輸送型、高速型といったカスタマイズが可能となっている。
「オキサイド1‐1、着陸完了。迎えをよこしてくれ」
「了解」
風になびかれながら真ん中の機より降りてきたのは、この場に似つかわしくない人物だった。ヴェルニルのニキル・ラメシュ博士だ。
彼の後ろにはフルフェイスと強化戦闘スーツに覆われた兵士達。
その姿は見る者を威圧するだけでなく、通常の兵士とは明らかに異なる印象を受ける。
彼らは機内に留まり、そのまま博士を見送る。
「さて、実地テストを始めようか。実に楽しみだ」
ついこぼれてしまった彼の笑みは、きっと迎えに来た兵士にも見えていたはずだ。
オペレーション「フロスト・ライン」。
南スーダン最大の反政府武装勢力“南スーダン栄光同盟”を含む、反政府ゲリラ一掃を目的としたパラディン・セキュリティの一大軍事作戦。
パラディン・セキュリティは現地での戦闘行為をしてきているが、それはあくまでも自衛、最小限の実力行使にとどめられていた。
しかし、本作戦はこちら側から攻勢をかける。
多方面における同時攻勢作戦だ。
「レッドサファイアから全隊へ。オペレーション・フロスト・ラインを開始する。全ての脅威に対し、発砲を許可」
「ブラボー中隊、出るぞ。野郎ども気合を入れろ」
「エコー中隊、出発。ゴー、ゴー、ゴー」
地上部隊が部隊ごとに動き出し、航空部隊も順次離陸を開始した。
「レッドサファイア、こちらオキサイド1‐1。セクターCへ向かう。オーバー」
「了解。そちらの様子はアンドロメダと博士がモニタリングしている。以降、貴隊はアンドロメダの指示に従うように。オーバー」
「オキサイド1‐1は了解。アウト」
再離陸したSC‐5ヴァンガード。
この一機だけは他の航空部隊と異なる動きを見せた。
向かう先はユンベ。
南スーダン栄光同盟の中心拠点にして、武器密輸拠点が存在する地域。
住民の中にも敵は紛れ込んでいる。
誰が敵で、誰が民間人かも分からない、非対称戦争。
今や戦場は複雑になりすぎている。
「オキサイド1‐1からアンドロメダ。セクターCに進入」
ウー、ウー
突然、機内に鳴り響く警告音。
「ミサイル接近。デコイ展開」
機体から放出されたのは無数の小型自律機動ドローン、RE‐15ローレライ。
この群体ドローンはエンジン部の放熱を覆い隠しつつ、一部のドローンが発熱することで赤外線ミサイルを誘導。即座にミサイル発射座標を解析し、予測地点へローレライの集団が向かった。
ローレライは超小型ながらも数で敵を圧倒するドローンである。
鋭い刃や射出可能な針を内蔵。
ミサイルを放った民兵へハチのごとくまとわりつき、行動不能にさせる。
“全身が切り刻まれ続ける”その痛みは想像を絶する。
痛みで転げ回ってもローレライは止まらなかった。
そこに慈悲はない。
「ヴァルキリー各員、あと三十秒で降下地点に到着する」
パイロットはランディングゾーンを視認した。
眼下にはまだ舗装されていない砂道。
機体の安定を維持しつつ、高度を落としていく。
ローターの風で舞い上がる砂の中、ヴァルキリー隊員らは感情を表に出すこともなく、機体後部から地上に降りた。
見渡す限り、周囲には高い建物がない。
住民の姿もない。
「クリア」
「オキサイド1‐1からアンドロメダ。ヴァルキリー隊は降下完了。これより、オキサイド1‐1は空域を離脱する」
「こちらアンドロメダ。オキサイド1‐1、基地へ帰投せよ。アンドロメダからヴァルキリー6、ユンベはアンヴィル隊によって地上包囲が完了している。現地における全ての敵を排除せよ、オーバー」
「ヴァルキリー6、了解。命令を実行する。ヴァルキリー各員、アシストスーツを再確認せよ」
【AI補助】オン
【担当AI】アンタレス
【ステータス】同期中
【基本戦闘ソフトウェア】BC345.290.13V
【応用戦術モデル】H7.06+ATR
【スーツ伝達回路】正常
【情報解析】正常
【位置座標】同期中
【味方情報】同期中
【通信状態】正常
「アシスト機能オールグリーン。これより、ヴァルキリー隊は前進する」
フルフェイスの内側には個人用に最適化されたHUD。敵味方識別を自動で行い、方位、距離、目的地と合わせて強調表示することが可能。
また、偵察機や人工衛星からの映像・画像を元に2Dミニマップを作成。設定すれば3D表示もできる。
ただ、これらは正直大した内容ではない。
最大の武器は彼らが着用している戦闘スーツそのもの。
着用者の動きをAIによる判断で動かす、最新のAI搭載型戦闘スーツだ。
“AIによる運動アシスト機能を有した歩兵用戦闘スーツ”の開発──
これは表向き、世界企業連盟の防衛産業大手エクス・ヴァラー・アームズとアメリカ国防高等研究計画局DARPAが共同開発したということになっているが、実際はほぼ全てがヴェルニル主導によるエクス・ヴァラー・アームズの開発。
あくまでもエクス・ヴァラー・アームズは商品広報の顔、DARPAは資金援助しつつ、アメリカの威信保持と軍への導入を見据えた政治的介入の意味合いが強い。エクス・ヴァラー・アームズにとっても、アメリカ軍はお得意様だ。
「ヴァルキリー各員、敵の待ち伏せに注意せよ」
「一時の方向。三人」
「九時でも二人がこちらを見ている」
まだまだ発展途上にある街並み。
現実的に考えて、一般人と民兵の区別は一見してできないが、アンタレスは仮想上、様々な戦場モデルを学習しているだけでなく、自己学習、さらには現実の戦場でも学習を続け、高い精度で不審な動きを判断できた。
タンッ! タンッ!
銃撃。
銃声が聞こえた、と思うより先に身体が動く。
武器の有無、それからの判断も人間の比ではない。
「接敵」
的確に狙いを定め、銃の引き金を三回引く。
反動の軽減、手ブレの抑止、何もかもが意識外で実行される。
自分では特に考えてもいない射撃だったが、一時方向の敵二人を倒した。
もう一人は別の隊員が対処。
その間、九時の敵もすでに対応済みだ。
各々が無駄のない位置取り、敵への対応、周囲警戒。
意思とは関係なく、最適な行動を行う。
「敵の増援、正面」
「三時から敵ピックアップ複数」
ヴァルキリー隊員は何も恐怖を感じず、黙々と敵を射殺していくだけだ。
飛んでくるグレネードも容易く弾き、至近距離でなければ銃弾すら回避できる。
まるで自分が「戦場の主人公」とでもいうべき、全能感。
遮蔽物に隠れている敵の動きも予測され、逃げ場を与えない。
腰が抜けて這いずる民兵の元へ歩み寄り、その頭部に銃弾を放った。
Eliminated(排除済み)
残敵なし。
残ったのは静寂だけ。
倒した相手の顔をろくに見もせず、ヴァルキリー隊は銃の弾倉を新しいものに換え、次の交戦に備えた。
「ヴァルキリー6からアンドロメダ、現在地はクリア。敵の情報を求む。オーバー」
「ヴァルキリー6、UAVが敵主力部隊の動きを捉えた。位置情報を更新。対応せよ」
「ヴァルキリー6、了解。すぐに対応する。ヴァルキリー各員、移動だ」
優れた装備も、訓練された人員もいないのに、敵対するというのは実に馬鹿げた話だ。
なぜ政府の方針に反対し、抵抗するのか。
食料も、住宅も、教育や医療も支援されている。
何が不満なのか。
そもそも未開の野蛮人として割り切るべきなのか。
ヴァルキリー隊員らは、胸の内に理解できない疑問を抱えていた。
しかし、上からの命令はよく理解している。
現地における全ての敵を排除すること。
それは揺るぎようのない答えである。




