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第11話:それは見えず、聞こえず

 自己の存在は他者の認識に依存する。

 周りに認められなければ存在しないに等しい。

 どんなに声を(あら)げても、あなたの価値は他者が決める。


 ヴェルニル・バイオ・インテリジェンス、通称ヴェルニル。

 それは医療用分散型AI〈オーディン〉を生み出し、医療業界に革命を起こした会社。

 バイオテクノロジー、データサイエンス、ソフトウェア開発のハイテク複合企業にして、世界企業連盟創設に(たずさ)わった中核企業でもあり、医療AI分野において圧倒的なシェアを誇る。専門とする神経工学では他社を寄せ付けない。


 これは社会の常識。ヴェルニルの名を知らぬ社会人はいないはずだ。

 しかし、いつの頃からか連盟の会合に顔を出さなくなった。

 その結果、連盟創設企業でありながら、途中加盟のパラディン・セキュリティやネオライフ・アルカディアが連盟の顔として、世間的に認知されていった。


「所員の皆さまへ。バイオポリスでは身分証の携帯をお願い(いた)します。必要に応じて、身分証の提示をお願いする場合がございます」


 地上の影が最も短くなる、昼の十二時。

 バイオポリス内にあるヴェルニル研究所では脳機能低下や高次脳機能障害に関する研究が行われ、AIオーディンのサポート下、研究員は毎日のようにデジタル世界でのシミュレーションを行っていた。


「シミュレーションの結果をオーディンに解析させて、(そう)(かん)データを今日中にまとめないと」


 目の前の膨大なデータと向き合い、その中に意味を見出そうとモニタ前で奮闘する主任研究員ソフィア・タナカ。脳という領域の性質上、そう簡単に人体での(りん)(しょう)試験やデータ収集を行うことはできない。

 オーディン構築による、シミュレーション・ツールを用いて仮想実験を行い、その結果を解析。とにかく、人という神秘へ挑戦するため、圧倒的なデータ量で攻めていた。


「オーディン、いつも通り解析しておいて。私はお昼に行くから」


 ヘッドセット型端末を使い、音声入力。

 オーディンは瞬時に意図をくみ取り、シミュレーション結果からいくつもの考察を導き出す。同時に論文形式のファイルも生成され、今までのシミュレーションから得た結果も反映されていた。


 ここには未来がある。

 それは現実で揺るがない。

 同時に、自分たちがその未来を創るという自負。

 誰もがよりよい未来のために、挑戦を続けていた。


「オーディンがいなかったら、こんなに研究は進んでいない。ほんと便利な時代になった。オーディン最高」


 部屋を出たソフィアの(ひと)(ごと)。オーディンのシミュレーションは驚くほど精度が高い。事実、人体での実験結果とほとんど変わらない水準であり、もはやリアルだった。


 ただ、彼女はこの(ひと)(ごと)をすぐに(こう)(かい)した。

 一瞬の油断だった。

 (ろう)()を通る別の社員に思いっきり、聞かれてしまったのだ。

 恥ずかしさを抑えつつ、ソフィアは食堂へ向かった。


 渡り(ろう)()を歩いていると、前からパラディン・セキュリティの武装警備兵二人が歩いてきた。防弾チョッキに実弾が(そう)(てん)された小銃。見慣れてはいるものの、(いっ)(かい)の研究員にとって、目の前にぶら下がる銃の()(あつ)(かん)(すさ)まじい。侵入者あるいは不審者を拘束するための手錠も見える。


「ソフィア・タナカ博士ですね?」

「はい。そうですけど何の用でしょうか?」

「あなたの部屋のパソコンから不審なアクセスログが確認されました。我々とご同行をお願いします」

「え、そんな。私、知りません」


 全く心当たりがない。

 状況を飲み込めず、現実感がない。

 身体から意識が離れていく感覚だった。


「何者かが使用した可能性もあります。あなたの無実を確認させてもらうためにも、ついてきてください」


 抵抗できるはずもなく、そもそも選択肢などなかった。


「はい」


 まさか自分がこんな目に合うなんて。

 セキュリティは会社に任せているから分からない。

 もしこれまでのデータが外部に漏れていたら?

 もしこれがテロリストによるサイバー攻撃だったら?


 不安。その感情だけが頭の中を支配していた。

 それに警備兵の言葉の続きが気になった。「無実ではなかった場合」、自分は一体どうなるのか。


 彼女の心配をよそに、警備兵は護送のための車両を呼んだ。


「アンドロメダ、こちらシェパード3‐1指揮官。対象を確保した。オーバー」

「シェパード3‐1、こちらアンドロメダ。対象は特別プログラムが適用される。移送車両を向かわせた。300秒後に到着予定、コールサインはオキシダーゼ1。オーバー」

「シェパード3‐1指揮官、了解」


 建物の外へ出ると、二機のドローンがソフィアの周囲を(せん)(かい)する。

 武装警備員の動きもせわしない。


「アンドロメダからシェパード各員、出入り口の警備を強化せよ」

「シェパード3‐1へ。オキシダーゼ1は現場に到着した。指定の場所で待機中」

「シェパード3‐1指揮官だ。もうすぐ着く」


 駐車場でソフィアは車に乗せられ、分厚い目隠しをされた。


「なぜ目隠しを?」

「万が一、協力者がいた場合の対策です。形式的なものですので」


 淡々とした口調。

 嘘だ。彼らは何か隠している。


「オキシダーゼ1はバイオポリスを出発する」

「了解」


 なぜ私がこんな目に。

 とにかく自分は無実。

 無実なんだ。

 何も知らない。

 分からない。

 私は関係ない──


 孤独に打ちひしがれている、まさに彼女の真上。

 空を舞う二匹のカラスが車にフンを落とした。


「申し訳ないけど、案内役になってもらうわね」


 車を遠目で追走する()(しゃ)

 ソフィアにはレイが仕掛けた発信機、車にはカラスのフンに偽装した発信機が付けられている。また、車の発信機が取れたとしても、もう一つのフンは本物のフンであり、これはこれで優れたマーキングだ。


 レイはソフィアの部屋でパソコンに侵入した時、気になるオーディン・ノードを発見していた。インド洋に置かれている、その奇妙なノードは非常に機密性の高いもので、限られた情報しか得られなかった。


 主任研究員すらアクセスできないオーディンの情報。

 間違いなく、この場所にヴェルニルの非合法研究拠点がある。

 非合法活動を突き詰めればグノーシスに迫ることができるはず。

 ここから先は闇。

 そして、それはいつものこと。

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