第6話:認知症の人の“本音”ってどこにある?
「帰る……私、家に帰らなきゃ……」
夕暮れのデイサービスで、**西川よしえさん(84歳)**は不安そうに立ち上がった。
職員が優しく声をかけても、どこかうわの空。
カナもそっと近づいて、腰を落とした。
「西川さん、ここにいると安心ですよ。お嬢さん、すぐ迎えに来ますから」
「……そうなの? でもね、あの子に夕飯作らないと……」
カナは、ふと気づいた。
よしえさんの“時間”は、娘が小さかった頃で止まっている。
――“今の現実”じゃなく、“あの頃”の気持ちが、彼女の中では生きている。
その夜、柴田先生の家で、カナはぽつりとこぼした。
「なんだか、自分が何を言っても、届いてない気がして……」
柴田は縁側でお茶をすすりながら言った。
「届いとるよ。ちゃんと届いとる。ただ、“今の形”じゃないだけや」
「……え?」
「認知症ってな、“記憶”は抜け落ちる。でも“感情”は残るんや」
柴田先生はゆっくりと語る。
「よしえさんが“帰りたい”って言ったのは、“家”に帰りたいんやない。たぶん、“安心できる場所に戻りたい”っちゅう気持ちなんやろ」
カナは、デイサービスでのよしえさんの表情を思い出した。
不安で曇った目。けれど、スタッフが優しく声をかけたとき、ほんの一瞬、笑みが戻ったことを。
「じゃあ……私たちは、どう関わればいいんでしょうか」
「簡単なことや。“正す”やなくて、“寄り添う”。その人がどこにいても、そこに一緒に立って話すんや」
カナはノートにそっと書いた。
記憶は抜けても、気持ちは残る。
関わり方ひとつで、“不安”は“安心”に変わる。
今回は、カナが初めて認知症の利用者としっかり向き合う回でした。
認知症の方と関わる中で、よく聞く言葉があります。
「同じ話を何度もされて」「怒られて」「通じていない感じがする」
でも、そのときの“感情”は、ちゃんとそこに残っている。
柴田先生が言った「正さず、寄り添う」という言葉。
それは支援者にとって、とても大きなヒントになると思います。
【今回の学びポイント】
認知症は「記憶」や「見当識」が失われるが、「感情」や「感覚」は残る
支援者は“正論”より“共感”を大切にした関わり方が求められる
「BPSD(行動・心理症状)」には、不安や孤独が背景にある場合が多い
認知症ケアにおいて、環境づくりと安心感の提供が重要