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八十四話 新たな未来

「エイリーヤ?後を頼むってどういう意味?」


 エイリーヤには神力についても、まだまだ教えてもらわないといけない事が多すぎる。


 だからこそ、先程の別れの言葉のような響きに、ほんの少し不安になった。


【我は新しい大地に移ろう】


 エイリーヤは感情の読めない声で厳かに宣言した。


「ええっ?!」


 全く予想していなかった答えに、ルシルは固まった。


【レイヤナはこの大地に残りたいと言っただろう。この地に片割れがいるのなら当然だ。その場合我は、久しぶりに神界に戻っても良いが】


 エイリーヤはゆっくりと言葉を紡いだ。


【お前が完全に成長するまで、我があちらに移ろう】


 そんな方法があったなんて。


 そもそもエイリーヤが私の為にテロイアに移り住んでくれるなんて思いもしなかった。


 確かにこちらの核石をルシルが担当して、あちらを本格的にエイリーヤが受け持てば、どちらの大陸もそれぞれ一柱の祖神が治めている事になる。


 彼に聞いた掟は、ひとつの大地には一柱の神。


 これまで瀕死のテロイア大陸を修復して維持するためには、自分がロトに住むのを諦めて、犠牲になるしかないと、そればかり思っていた。

 

【新しい大地も残したいと、お前は言っただろう】


 変わらず無感情な声なのに、ルシルには優しい響きに聴こえた。


「私のために、住処を移ってくれるの……?」


 彼は長く生き過ぎて、感情の大半を失くし、不思議な価値観で行動も突然だけど、根は悪い人ではない。


【お前がそれを望むのなら】


 今でも微かに残る彼の感情や昔の記憶を考えれば、シランディアとルシルに対するそれは、たぶん愛情に近い物なんだとルシルは確信した。


「ええ。望む!望むわ!」


 興奮したルシルが涙声で叫ぶと、エイリーヤはゆっくりと首を傾げた。


 ルシルが興奮する理由が分からないのだろう。


「時々はあちらに帰って家族や知り合いと会いたいの。フェルにも私の育った場所を見せたいし」


 答えながらフェリクスを見ると、ルシルを見つめる瞳には驚くほどの愛情が溢れていた。


「私もルーの故郷を見てみたい。まだ会えずにいた時間は取り戻せないが、せめて二人で居る新しい記憶で全ての場所を埋め尽くそう」


 フェリクスは優しく微笑みながら、ルシルの髪をゆっくりと撫で、頬を撫でて、顔を赤くするルシルに紫の目を細めると、そっと口付けた。


 こんな瞳で自分を見つめる男性が片割れじゃなかったら、確かにおかしいと思えるほどにその瞳は雄弁だ。


 くすぐったい気持ちになりながら、ルシルはフェリクスに照れた顔で微笑み返した。


 そしてハッと我に返ると、どこか遠くを見て変わらずボンヤリとしているエイリーヤに、慌てて答える。


「あ、ありがとう、エイリーヤ!本当に嬉しいわ。ロトの方は私が代わりに頑張るから、新しい大地テロイアを貴方にどうかお願いできる?」


 エイリーヤは緩慢な動きでゆっくりと頷いた。


【この大陸の核石を満たすのには、お前はまだ少し苦労するかもしれない。だが片割れがいるなら神力を増強出来るはずだ。準備が出来たら我を訪れるがいい】


 話は終わったとばかりにゆったりと洞窟へと戻っていくエイリーヤを、ルシルは躊躇いつつも引き止めた。


「エイリーヤ、貴方にこれを」


 以前にカリンから貰った南の果実だ。


 空間収納に入れておいたので未だに瑞々しく、芳醇な香りを放っている。


【ポーか。懐かしいな。これはシランディアが好んだ果実だ。私は彼女に教わった味わうと言う感覚を既に失ったが、これの香りだけは今でも好ましく思う】


 長い時を孤独に生きる祖神の、悲しい部分を時折エイリーヤから感じたけれど、ルシルは従来の性格のせいで、未来にも楽観的だった。


「それならエイリーヤ、今後は新居の近くやこの山脈にこの果物の木を沢山植えましょう」


 エイリーヤは興奮するルシルに首を傾げた。


「確か、私の卵が孵る頃にはシランディアが地上に転生して様子を見に来るはずよね?」


【……ああ、そうだな】


「例え記憶を失っていても、お気に入りの果実の香りは覚えてるかもしれないでしょう」


 それにゆっくりと頷くエイリーヤの瞳がほんの少し明るくなった気がして、ルシルはとても嬉しかった。


「シランディアと言うのは、古代の神族で、君の母親とも言える存在だと言っていたな?」


 エイリーヤが去って、地上に戻ろうと話すルシルにフェリクスが尋ねた。


「ええ。ただ彼女はこの現在のロトで、恐らく豊穣の女神として祀られている人よ。驚いたけど、エイリーヤの記憶を同期した時に彼女の容姿を見て確信した」


「それは何とも……壮大な話だな」


「本当よね。それから、フェルに聞いたおとぎ話も、古代の北の王が山脈に分け入って、多分魔物との戦闘で全滅したんだと思う。エイリーヤは恐らく、親切で遺品を還したつもりだったのかも?」


「はは……確かにあの男が人喰いなどと言うには、あまりに生気がなさすぎるな。霞を喰っていると言う方が信じられる」


「うーん、彼は今は食事を必要としていないみたい。本当にとても不思議な存在よね」


「君にはシランディアの血も入っていて私にとってはありがたい。共に楽しめる事が多いからな」


「そうね……。ただ半神は寿命も純粋な祖神とは違うみたい。逆にフェルは私の片割れになったから、きっと他の人族とは寿命も変わってしまったと思う」


「それはありがたい。なるべく長く君と生きたいから」


「ふふ。私もそう思う。私のほうが普通より短くて、貴方のほうが普通より長くて、同じ位の寿命だといいな。私一人で悠久の時を生きるなんて、絶対に無理だもの」


「そうだな。君のいない世界はもう想像もしたくない」


「私も、もう一人だった頃の自分が思い出せないわ」


「ああ。まるで生まれ変わって、君と出逢った時から初めて人生を生きているみたいだ」


「……恋って不思議なものね」


「……恋とは不思議なものだな」


 二人は重なった言葉に、顔を見合わせて笑った。


「これからもきっと大変な事があるわね。私、貴方のためにうんと沢山努力するわ。私のせいで恥をかかせたくないから。でもきっと、すごくお淑やかにだけは、なれないかも」


 ルシルは悩み事が一気に解決した嬉しさのあまり、崖の突端まで急に走り出して、ふいに大声で叫んだ。


「でもこれが私なの!」


 ルシルの声が山脈の合間を木霊しながら消えていく。


 フェリクスは満足そうに山びこを聞いているルシルの腕を後ろから優しく引くと、その腕にぎゅっと閉じ込めた。


「俺は今のままの君を心から愛している。それに、どんな君でも、どこにいても、例え記憶を失っても、俺は必ず君を見つけ出して愛するよ」


 いつも気をつけている言葉遣いが、俺、になっている事にフェリクスは気付いていないのだろう。


 ルシルはそれが彼の本心だと感じられて嬉しかった。


 少し潤んだ金色の瞳でフェリクスを振り仰ぐと、ルシルは満面の笑みを浮かべた。


「私もよ。今のままの貴方を心から愛してる。これから例え何があっても、貴方だけを永遠に愛し続ける」


 世界で一番高い山の頂で、二人は何度も口付けを交わした。



次回、完結です。

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