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八十三話 片割れ

 二国間の緊張が緩和して、ルシルがやっと一息つこうと充てがわれた部屋に戻ってくると、そこには姿を現して寛ぐカリンだけがいた。


「カリン、大活躍だったわね!本当にありがとう」


「ふん、我はルシルの神獣だから当然だぷ。使用人たちは今はまだ避難場所で説明を受けてるぷよ」


 カリンは、自分でストックしていた魔晶石と皇宮のクッキーを交互にかじって機嫌よく空中を浮遊している。


「そう言えばルシル、召喚してたワイバーンの群れが、北の山脈に戻る前に忽然と消滅してたぷよ」


「え?」


 言われてみると、群れの監視に使っていた神力の消費がなくなっている。従魔からの警告もなかったので特別意識に上らなかった。


「あいつが消したんじゃないかぷ?あいつは変人すぎて行動が読めないから、今回も気をつけた方がいいぷね」


(そうか、エイリーヤ。今回は静観してくれてると思ってたけど……念の為もう一度話をしに行かなくちゃ)


「カリン、エイリーヤの様子を見てくるね。心配しないようにフェルにも伝えておいてくれる?」


「わかったぷ」


***


 転移してみると、確かにあれだけの数の群れがいたはずなのに、従魔にしたワイバーン以外は、全て綺麗さっぱり消滅していた。


 岩山に寝転んでルシルを待っていた従魔をひとしきり褒めてやってから、住処の洞窟の前にボンヤリとたたずんでいる彼に声をかける。


「エイリーヤ」


 彼は相変わらずゆったりとした動作で近づいてきた。


【レイヤナ。随分騒がしかったな】


「ええ。でも今は落ち着いたわ。ワイバーンを沢山召喚したんだけど、貴方が片付けてくれたのね」


 魔物海域から出現する魔物は通常ランダムに送られてくるが、実は強制的にも召喚出来る。それは祖神族である者のみが持つ特異な能力だった。


 魔物を一瞬で痛みもなく消滅させられる祖神が、大規模な召喚を行う事は恩赦に近いと言える為、これを頻繁に行う事は禁忌と聞いている。


 ただ今回は必要に迫られて、ワイバーンの群れを召喚してしまった。

 

 エイリーヤはルシルの勝手な大量召喚を懸念して、先に処分したのだろう。


 だが疲れている今は正直言えば助かった。


【ああ、あれは私が処分しておいた】


「ありがとう、少し数が多すぎたわね」


【あまり頻繁に恩赦を与えてはならない。この地上で魔物として狩られ、よく反省させる時間も必要なのだから】


「分かったわ」


【上で様子を見ていたが、あの騒ぎは地上人の反乱だな。お前があれだけの数の魔物をけしかけるとは相当だろう】


「いえ、別に反乱と言うわけでは……」


 ルシルがどう説明しようか悩んでいると、彼はじっとルシルを観察した後、何かに納得した様に頷いた。


【……やはりお前は神界で暮らすほうがいいだろう。この地は争いが多すぎる。祖神として未成熟なお前には合わないのだ。……このまま神界に送る事にする】


「え?」


 はいい?!

 どうしてそうなる?!


 ルシルはエイリーヤの突然の結論に驚き、無駄に口を開け締めしたが、焦りすぎて反論が出てこなかった。


「待って、なんで……」


 混乱したルシルの言葉が終わらないうちに、エイリーヤは何事か呟きながら両腕をぐるりと回し、何もない空間に青く光る大型の扉の様な物を創り出した。


【さあ、ここから神界へ行ける。すぐに行きなさい】


 ルシルは、急すぎる展開に目を瞬かせて、顔の前でただただ両手を大きく振った。


「私はここに残りたいと言ったでしょ、理由も……」


 エイリーヤはどこを見ているのか分かりにくい白銀の瞳をボンヤリとルシルに向けて、緩やかに首を振った。


【お前は地上でいつも良く分からない騒ぎに襲われている。自然同期も何故か嫌がる上、我にはお前の行動の理由が皆目分からない】


 そういって空中に出してみせた青いパネル数枚には、さっきまでさまざまな場所で奮闘していたルシルの姿が繰り返されていた。映像記録として何度か見ても、エイリーヤにはルシルの行動が理解できなかったのだろう。


【このままではお前の安全を守るというシランディアとの約束を果たせない。強制的にでも神界へ送る】


 ルシルは謎の圧力を全身に感じた。祖神としての能力が比べようもないエイリーヤには、とても敵わない。


「待って!!待ってくださいエイリーヤ!こんな風にまた突然に、親しい人達の前から消えたくない!」


 ルシルはかつてない程の恐怖を感じて、エイリーヤの神力が身体を勝手に動かすのに抗おうと必死になった。


(どうしよう、助けて!カリン!ジャック!!誰か!)


 エイリーヤは、微かに顔を歪めて再び首を振ると、神力を強め、ルシルの自由を奪った。恐らく地上との心話も完全に遮断されている。


「嫌よ!行きたくない!フェル!フェリクス!」


 後半は無我夢中で叫んでいた。あの扉の向こうへ連れて行かれたら、何故か簡単には戻って来れないことを本能的に感じ取っていた。


 直後、目の前が淡く金色に光ったと思うと、すぐそこにフェリクスが立っていた。驚いたようにルシルとエイリーヤを見ている。


「フェル……?どうして……?」


「ルー?ここは……?」


 お互いに唖然と顔を見合わせる二人。


【神力を封じたのにどうやって召喚したのだ?】


 エイリーヤは不思議そうにフェリクスを見たが、すぐに興味を失ってルシルをまた扉に引き寄せ始めた。


「きゃあっ!もうやめて!エイリーヤ!」


 ルシルは突然現れたフェリクスが心配になり、必死になって身体の自由を取り戻そうと激しくもがいた。


「何をしている!嫌がっているだろう!」


 フェリクスは尋常じゃないルシルの様子に慌てて、ルシルをエイリーヤから隠すように抱きとめた。


 するとそれまで石の様に動かなかった身体がふと楽になり、ルシルはフェリクスの胸の中でホッと息を吐き出した。


【そなたは……レイヤナの……片割れか】


 エイリーヤは神力を阻害された手をじっと見つめ、離れた所で抱き合う二人に視線を移した。


「ルー!大丈夫か?あの男は誰だ」


 フェリクスは胸にもたれて小刻みに震えているルシルを大切そうに抱き上げ、近くにあった大きな岩にそっと座らせてくれた。


 ルシルは身体の自由を奪われるという衝撃からしばらく立ち直れずに、礼を言いながら肩を抱いてくれているフェリクスに弱々しくもたれかかった。


「あの人は……祖神族のエイリーヤよ、前に話した」


「ああ、北の山の君の同胞か……。つまりここは北の山脈なのか?」


 フェリクスは目を見開いて周囲を見渡している。


【レイヤナ】


 エイリーヤの声がすると、ルシルの身体はビクッと大きく震えた。自分の中にある万能感が初めて完膚なきまでに否定されたせいだ。


 フェリクスは自分のマントを強く握ったままのルシルの手をそっと撫でると、眉を顰めてエイリーヤに向き直った。


「祖神族エイリーヤよ、我が名はフェリクス・トーリ・ラフロイグである。この北の地の、人の王だ」


【人族の王……そなたはレイヤナの片割れらしい】


 フェリクスにもエイリーヤの心話が聴こえた。


「片割れとはなんだ」


 二人はお互いに無感情な表情で見つめ合った。


【片割れとは……祖神に与えられる理解者の事だ。祖神を唯一導く存在。祖神の良心となり、神力を共有して正しくこれを使う者】


 エイリーヤの言葉が淡々と響く。


【かつて我にも与えられた。神族のシランディア】


 白銀の瞳は再びどこか遠くを見ている。


【レイヤナが安全な神界へ行くのをそこまで嫌がるのは、片割れが地上にいたせいか】


「エイリーヤ……。もう私を無理矢理神界に送るのはやめて。彼は人族だから一緒には行けないわ」


 ルシルは自分の片割れがフェリクスだった事に少し驚いたが、案外すんなりと納得した。


 確かめる術が分からなかったが、彼との間に芽生えた不思議で温かな感情が全てを物語っていたからだ。


【そうだな……片割れがいるのなら仕方ない。地上で産まれた人族が神界の環境に適応するかも分からない】


 エイリーヤの答えに心の底からホッとする。


 同時に、叫び出したい程の喜びがルシルを包んだ。彼が本当に片割れだと言うなら、想像していたよりもずっと長い時間をこれからも共に過ごせるだろう。


 ルシルの未来に輝かしい希望が灯った。


【半神であるレイヤナにとって、片割れの存在は特に重要だ。人族の王よ、これをよく導き守るがいい。レイヤナはこれから時間をかけて祖神として成長する】


 フェリクスは真剣な表情でエイリーヤに頷いている。


 ルシルはその横顔を見ながら、ただその身を駆け巡る歓喜に震えていた。


【後を頼む】


 しかしふと、エイリーヤの最後の言葉に違和感を覚えた。


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