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第八十話 目前の危機

「やっぱりブラックモアは聞く耳持たずか……」


 上官達が部屋を出た後、ジャックが床に胡座をかいて悔しそうに呟いた。


「元々旧大陸には侵略すべしとの強硬姿勢だったから、今回のルシル奪還作戦は渡りに船だったんだろう」


 スカイも腕を組んで船室の扉を睨んでいる。


「少なくとも、帝国側が攻撃しなければ応戦しないという事だろ?作戦撤回の新たな指示が来るまで時間を稼げば何とかなるんじゃない?」


 レミーが黒い耳をピコピコと動かしながらルシルを振り返った。ルシルもそれに強く頷く。


「そうよね。私、次は皇帝の方を説得してみるわ」


 黙って聞いていたトミーが、レミーと同じく赤い耳を動かしてルシルを見た。


「事はそんなに単純じゃないかもしれないぞ」


 スカイもトミーに頷いて神妙な顔でルシルを見る。


「そうだな。あのシェイラの事だ。帝国に間者を潜ませて向こうから先に攻撃させる罠を張ってるのかも」


「ええ……」


 ルシルはぎょっとしてレミーと顔を見合わせた。


「全く、血の気の多い龍族は厄介だな」


 自分の尻尾を手でぐるぐると回しながらぼやくレミーを横目に、ルシルは焦って立ち上がった。


「と、とにかく急がなきゃ」


「皇帝って人は、話の通じるやつなのか?」


 トミーの質問にルシルは首を傾げた。


「それは……私にも良く分からないの。少なくとも好戦的な人ではない印象だけど」


「うちの掴んでいる帝国の情報では、現在はある程度皇帝の影響力は強い。それと多くの貴族がテロイアの軍事力を恐れているらしい」


 スカイは長い脚でゆっくりと歩きながら、細い指をトントンとこめかみに当てている。


「過度な恐怖は恐慌に繋がるからな。貴族達が皇帝の命令を聞かずに暴走する可能性もあるか……」


 ジャックがスカイの言葉に頷いて付け足した。


「あの会話記録を提出すれば、連邦政府は恐らくルシルの意志を尊重する方に傾くはずだ。核石の修復が一番の優先事項だろうし。それまではなんとか持ちこたえてくれれば」


 スカイはジャックに同意して頷いたが、少し眉を曇らせた。

 

「ただそれもブラックモアの妨害がなければだな。実は兄から、シェイラが通信機器に何か細工をした可能性を聞いたんだ。通信を妨害して時間を稼いでいるのかも」


 それを聞いて全員が顔色を曇らせる。


 ブラックモアやアイゼンバーグという龍族新興一門の、手段を選ばないやり方は学園でも噂で聞いていた。


 その沈黙を破ってレミーが明るく言った。


「そっちはきっとお偉いさんが何とかしてくれるさ。ルシルは旦那様に会いに行くんだろ?」


「うん……」


「俺達も協力してフォローしておくから、こっちの事は気にせずに行ってこいよ」


 フェリクスとの事を反対していたトミーが、ぶっきらぼうに言ってルシルをチラっと横目で見てくる。


「う、うん。ありがとう。トミー」


 レミーが可笑しそうに間に入ってくる。


「トミーは恋愛の話はさっぱりだから、その事で何か言われたとしても気にしなくて良いよ」


「何だって?!お前も変わんないだろ!」


 相変わらずの双子のじゃれ合いにルシルは少し笑って、スカイとジャックにも微笑んだ。


「色々ゴタゴタしてるけど、私はただ、戦争にだけはしたくないの。皆を巻き込んじゃってごめんね」


「分かってる。俺達だって同じだよ」


「ルシルこそ、一人で責任感じて突っ走るなよ」


「そうだよ。何があろうと俺達はルシルの味方だから」


 スカイ、トミー、レミーが学園時代の様に片手の拳を突き出してルシルの拳とコツンと合わせた。


「一緒に行こうか?」


 心配そうなジャックにルシルは首を振った。


「ううん、今は帝国の人達に警戒されると思うから、一人で行くね。カリンもいるから大丈夫」


「分かった。何かあればいつでも俺を召喚してくれ」


 ルシルは心強い仲間達と目を合わせてしっかり頷くと、探知したフェリクスの元へと転移した。


***


 フェリクスはアビス宮殿の貴賓室の窓際に立ち、沖合に浮かぶテロイア軍を見ていた。


「フェル」


 転移してきたルシルを見て、フェリクスはホッとした様に微笑むとルシルを強く抱きしめた。


「ルー。無事だったか」


「ええ。エイリーヤには手を出さない様に釘を差してきたわ。それとテロイアの人達に話を聞いてきたの」


 エイリーヤの事はフェリクスにも包み隠さず伝えてある。ルシルの記憶を同期した彼が、無慈悲な様子でテロイア大陸に何をしたのかも。


「ただテロイア軍の方だけは少し問題があって」


「彼等は何が目的なんだ?国交交渉は?」


「それが……本国政府は、私の身柄を帝国側が拘束していると勘違いして軍を出撃させた様なんだけど、軍の幹部は全く別の思惑で動いてるみたい」


「どういう事だ?君は拘束などされていない」


「ええ。信用できる人達に頼んで本国に今それを伝えてもらっているの」


 ルシルはそこで言葉を切り、緊張で唾を飲み込むと、続きをひと息に言った。


「ただ、この大艦隊の指揮官はこれを機にロトに侵攻しようとしているのよ」


「何だって……!」


「対等な国交交渉よりも、ロトへの武力侵攻を求める軍部の急進派による暴走なんだと思う」


 フェリクスは青ざめて再び窓から海に目をやった。

 その横顔はとても険しい。


「皇帝陛下は……今どこに?」


 ルシルは尋ねながらもカリンの気配を辿った。

 恐らくそこに皇帝と諸侯が集まっているのだろう。


『カリン、帝国の状況は?』


『ルシル。あんまり良くないぷ。こいつら馬鹿ばっかりだぷ』


 フェリクスは険しい顔のままでルシルに言った。


「陛下はむやみに先制攻撃を仕掛けないようにと仰せだったが、魔法師団長や騎士団長達の反対が強くてな。作戦室に場所を移して会議中だ」


(やっぱり。皇帝に攻撃せよと進言する者がいるのね)


 帝国側の騎士団や魔法師団にブラックモアの息のかかった者がいるのかもしれない。


「フェル。だけどテロイア軍は攻撃のきっかけを待ってるの。本国の方針転換がなされるまでに、帝国側からの先制攻撃があれば、応戦という形で攻撃出来るから」


 もしも、帝国側が魔法攻撃の一閃でも放ってしまったら。


 テロイア軍は待ってましたとばかりに容赦なく迎撃し、ロトを壊滅的に蹂躙するだろう。


 両軍の間にはそれだけの実力差がある。


 だからこそ、明確な名目がないうちにテロイア側からの攻撃は倫理的に出来ないのだ。

 

「帝国側からの先制攻撃が命運を分けると言う事だな」


「ええ。だから帝国側からの早まった攻撃は絶対にさせたくないの。どうにかして会議中の皇帝陛下と直接話せないかしら」


 恐らくそれには、皇帝の家族だからと言って中央政府の会議に介入する必要がある。


 軍も率いず単独で逗留している傘下小国の元首である大公は、現況で軍議に参加できる立場ではない。


 そして何より、大公妃が敵国のスパイかもしれないと疑われているのだろう。フェリクスが貴賓室に一人で取り残されている理由を、ルシルは申し訳ない気持ちで推測した。


「軍議が終わる前に、どうしても陛下と話したいの」


 それでも、今は時間がない。


 カリンとの短い心話では、会議はまだ明確な結論には達していない。それでもかなり紛糾している様だった。


 皇帝と貴族達が、攻撃に舵を切る前になんとか話をして、先制攻撃の危険性を理解してもらうしかないのだ。


「確かに、その情報は軍議に大きな影響を与えるだろう。臣下として、事前に伝える義務がある」


 フェリクスは重々しく頷いてルシルを見た。


 スカイの話によると、皇太后の実権を奪って皇帝が皇権を固めてからまだ日が浅い。


 軍議が終わるまで待っていたら、先制攻撃に結論が出ていた場合、今の皇帝では覆すのは難しいだろう。


「貴方や大公国に迷惑をかけてごめんなさい」


 軍議に口を挟むなんて、フェリクスは本当なら絶対にしたくないはずだ。帝国での立場が悪くなるのを分かっていて、こんな事は頼みたくないのに。


 ただこの状況でルシルが単独で皇帝と会うのはとても難しい。敵国人だと問答無用で捕まるかも知れない。


「謝る必要はない」


 フェリクスは決意のこもった紫の瞳でルシルに微笑んだ。


「間違った結論が出される前に、会議場に乗り込む」


 ルシルは会議中の諸侯たちに白い目で見られるフェリクスを想像して少し俯いた。


「ありがとう」


「いや、礼を言うのはこちらだ。むしろ君のおかげで帝国は侵略の憂き目から救われるかもしれないのだから」


 フェリクスは優しい目をして、ルシルの頬をそっと撫でた。ルシルは目を閉じて、彼の手に自分の手を重ねた。それだけで、芯まで恐怖で凍えていた心に小さな灯が灯ったように温かくなる。

 

「でもきっと中央貴族達からは反感を買うわね」


「そんなものは元からだ。気にする価値もない」


 フェリクスは呆れたように鼻で笑った。


「私も一緒に行くわ」


 ルシルが言うと、フェリクスは微かに首を振る。


「それは駄目だ。テロイア出身の君があの場に行けば、それこそ何を言われるか分からない」


「いいえ。例え誰に何を言われようと、私は大公国民であり、帝国民の一人として堂々と貴方の横にいたい」


 ルシルは背筋を伸ばすと、フェリクスに向けて微笑み、きっぱりと宣言した。


「私は貴方の妻だもの」


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