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第七十九話 説得

 その時、船室のドアを叩く音が響いた。


「スカイ、話せるか?」


 扉の外の柔らかな声にスカイがすぐに反応した。


「丁度良かった兄さん。ルシルも戻ったんだ」


 明るく答えながら扉を開けたスカイは、外にいる顔ぶれを見てギョッとした様子で急に黙り込んだ。


「ブラックモア将軍」


「おお、ルイガスの倅か。久しいな」


 入ってきた人物を見て思わず呟いたジャックに、豪快に笑いかけたのはシェイラ・ブラックモア。


 青い髪を短く刈り込み、女性にしては太くしっかりした首元を晒している。意志の強そうな眉の下の涼やかに切れ上がった同色の瞳は鋭く、威厳に満ちている。


(この人がブラックモアの現当主。遠目で見るよりずっと迫力があるわね……)

  

 龍族の男性達に引けを取らない程の立派な体格だが、優美なカーブの腰のラインに女性らしさが見える。


 固く締まった両脇腹に美しい鱗状の皮膚を持ち、それを誇示するように彼女の軍服はウエスト部分が分かれた仕様になっている。


 女性の地位が未だに低い龍族の事情を物ともせずに、その実力だけでブラックモアの頂点に立った彼女は、その評判通り傍にいるだけでかなり力強い魔力を感じる。


 さらに彼女と一緒に船室に入ってきたのは、どっしりとした体格の龍族の男性と長身で色素の薄い艶やかな容姿の神族の男性だ。


 どちらも有名人なので、龍族筆頭のルイガス家当主と、政府高官のフローレンス氏だとすぐに分かった。


 突然の大物ばかりの登場に、船室には先程とは全く違う空気が張り詰める。ルシルも思わずトミーとレミーの横で気配を消そうとしたが、すぐに自分の立場を思い出して恐る恐る一歩前に出た。


「あの、初めまして。私がルシル・クロフォードです」


 ルシルが背筋を伸ばして敬礼すると、後ろの4人も習って敬礼する気配がした。


「ああ。丁寧な挨拶をありがとう。私は現在この艦隊の指揮を執っているブラックモアだ。そして、こちらはルイガス家当主と、連邦議会のフローレンス氏」


 彼女の紹介に合わせてカイロはさっと敬礼をし、セトは柔らかく微笑んだ。


「初めまして、セト・フローレンスです。いつもうちのスカイがお世話になっています。今回もスカイの言葉足らずで、君には迷惑をかけてしまったね」


 ルシルを見て軽く頭を下げたセトは、白金の髪とペールグリーンの瞳が優しげで、上質でお洒落なアレンジのされた軍服が良く似合っている。


「い、いえ。いつも私のほうがスカイに助けられてますから」


 ルシルは慌てて両手を顔の前でブンブンと振った。


 「カイロ・ルイガスだ。うちのジャックも君とは深い縁を貰ったようで、ありがたく思っている」


 ジャックの父親は燃えるような赤髪が息子によく似ているが、眉間の深いしわと落ち着いた低い声が、とても思慮深そうな人だった。


 ルシルは邸宅で縁談をにべもなく断った事を思い出して、バツの悪い気持ちでぎこちなく微笑んだ。


「あ……ええと。ジャックにもロトでは色々助けてもらいました。こちらこそありがとうございます」


 彼等はすでにスカイやジャックから事情を聞いているはずだが、ルシルに対して自然に接してくれるのが嬉しかった。


 最後に、シェイラが低く張りのある声で言った。


「良かった。本人がいるならありがたい。ひとまず事情を詳しく聞きたいと思っていたんだ」


 挨拶が終わると、中央の卓に要人三人が腰掛け、その目の前にルシル。

 

 ルシルの背後には少し距離を置いて友人達が心配そうに立っている。


 それぞれが席に着くと、小型の記録用の魔導具をルシルに見せながらカイロが言った。


「悪いが、この後の会話は記録として残させてもらう。本国の各代表達にも確認して貰う必要があるからな」


 ルシルは真剣な顔で頷く。カイロは安心させる様に一度頷いて、質問を始めた。


「それではルシル・クロフォードさん。フローレンス氏の説明では、貴方はラフロイグ帝国から帰国への妨害を受けているわけではないと?」


「はい。受けていません」


「ふむ…。それならいつでもテロイアに戻れるんですね?」


「はい。私は先日覚醒した自分の能力でいつでもテロイアに戻れます。ただ、私はロトで結婚したので、帰国の時期を慎重に考えていただけです」


「そうですか。つまりあなたは今後ロトでの生活を望んでいる?」


「はい。ただ、テロイア大陸に引き続き問題が起こるようなら、一時帰国も考えています」


「なるほど。先日の青い厄災について、貴方は理由を知っているんですか?」


「ええまあ……」


 ルシルは、思わず俯いて言い淀んだ。


 ぐっと身を乗り出したシェイラの横で、カイロが心配そうな顔でそっと口添えしてくれた。


「クロフォードさん。これは尋問ではないので、気楽に話せることからどうぞ」


 小さな舌打ちと共にカイロを軽く睨むシェイラ。カイロは冷たい表情でそれを見返している。


「……テロイア大陸の中央地中深くに、空中に浮かぶ大きな不思議な石が発見されたはずです」


「何故それを……?それは軍の機密事項だ」


 驚くシェイラをセトが手を上げて制する。

 ルシルは少し沈黙してから続けた。


「……それは大陸の核石で、神力の充填が必要です」


「大陸の核石……?……神力の充填……」


「はい。それが中断されたので現在その周辺の地上の崩壊が止まらないのです」


「なんと?!中断ですか?」


 驚いた3人の声が重なり、ルシルは身体を震わせた。

 俯くルシルと周囲に再び緊張感が張り詰める。


「確かに、例の爆心地周辺の地表の崩壊は、ほんの僅かづつだが確実に進行していると報告があった……」


 セトの言葉が静まり返った船室に響く。


「つまり……、やはりあれは神罰……」


 セトがスカイにそっくりな動作で、きちんと整えられていた白金の髪をぐちゃぐちゃにかき回して呟く。


 そしてそれまで質問していたカイロに合図して発言権を得ると、慌てたようにルシルに言い募った。


「クロフォードさん。貴方は確かにアイゼンバーグの馬鹿げた策略で多大な迷惑を被った。議会も、連邦政府全体もその事は大変遺憾に思っている。ただ今後はきちんと裁判が行われて被害者である貴方への謝罪や補償もしっかり行われるはずなので……」


 セトはルシルに切々と訴え、ルシルの後ろに控えているジャック、スカイ、友人達を順番に見つめた。


 恐らく藁をも掴む気持ちでルシルへの何らかの口添えを頼みたいのだろう。


「ええ……その、それは理解しています。今回の事は私の個人的な恨みとかではなく……ちょっと説明しづらいのですが不可抗力と言うか……何と言うか」


「貴方自身の思惑ではないと?」


「ええ……それはもちろん」


 それまで黙っていたシェイラがイライラした様にセトを睨みつけてから、ルシルに言った。


「貴方は神子だから、意向を最大限優先するようにとは言われてる。ただ私はそう言う宗教的な話は信じない方でね。やはりあの災害も貴方がやった訳ではないんだろう。全く、神族の長老会はどうも歳のせいか……ゲホン、ゴホン」


 記録用魔導具を指さして目の前で指を勢い良く振るカイロに気が付き、シェイラは渋々言葉を濁した。


「とにかく貴方の意向はあの災害とは無関係なんだね?」


「ええ……それは、はい。ただ……あの場所はなんとか私が修復するつもりなので、今はそこまで心配なさらないでください」


 ルシルが言い淀みながらもそう伝えると、驚く3人の視線がルシルに突き刺さった。


「あの崩落現場を、貴方が修復するというのか?」


 シェイラは神族らしく線の細いルシルに、かなり懐疑的な視線を向けた。


「幾ら魔力が強いと有名な神族のお嬢さんでも、軍籍でもない貴方が……?」


 セトは複雑そうな顔で首を振っている。恐らく彼と、黙ったままのカイロはある程度事情を深く知っているのかもしれない。ルシルはシェイラを説得するために、きちんと真実を打ち明けようと思った。


「あ……私はその。神族ではなくて祖神族と言う種族だったんです。自分で無自覚だったのですが、連邦政府の一部には周知の事実だったようで……」


「……祖神族?」


「はい。祖神族は能力も一般の神族とは少し違うので、大陸の核石の事は私が解決できると思います」


 そこまで話すと、船室にはしばらく沈黙が降りた。記録の魔道具の微かな作動音だけが静かな部屋に響く。


 船室内にいる全員がそれぞれに衝撃を受けており、それぞれの思考に深く沈んだ。


「他に……何か話したいことはありますか」


 カイロが静かに尋ねた最後の質問に、ルシルは願いを込めて答えた。


「連邦軍にはすぐにでも武装解除をお願いしたいです」


「貴方は帝国と連邦国の争いを望まないと?」


「はい。両国の和平を心から望んでいます」


 カイロは頷いて記録用魔導具を切る動作をした。

 隣のシェイラは唇に手をやって何か思案している。


「この会話を本国に転送して新たな指示を仰ごう」


 カイロが満足気にそう宣言したが、シェイラの顔は渋いままなのが気になる。


「元帥、すぐに武装解除してくれますよね?」

 

 ルシルが不安になって念を押すと、シェイラは顔を上げてルシルをじっと見た。


「貴方は私が貴方の願いを聞き入れなければ、その良く分からない、神子の力でテロイアを滅ぼすのか?」


「いえまさか……!そんな事しません」


「それなら、答えは否だ。即時武装解除はしない」


「でも!元々国交樹立の協議が予定されてましたよね?私は拘束されていないし、核石の件も解決します。それなのにこんな風に帝国への軍事的圧力をかけ続ける必要があるんですか?」


 ルシルの切実な訴えに、シェイラは切れ長の目を鋭く光らせて答えた。


「私はこの野蛮だが新しい土地は、今のテロイアにとって重要だと思っている。その為には圧力をかけてでもこちらに有利な条件で資源の開発を進めるべきなのだ。何も殺し合いをするわけではない。国同士の駆け引きだよ」


「そんな……」


「それに貴方は和平を望むというが、テロイア側が望んでもロト側は今は既にどうか分からない。その状態で即時武装解除は難しい。私にはこの艦隊を守る義務があるから」


 涼しい顔をしてシェイラはルシルに説明する。

 ルシルは唇を噛んで、尚も食い下がった。


「帝国側は私がなんとか説得します。だから、今すぐ武装解除して撤退を始めてください。こんな風に包囲されたままでは、不安に思った帝国から先制攻撃を仕掛けてくるかもしれません」


「我々はテロイア連邦軍だ。連邦議会からの新しい指示があれば従うのはやぶさかではないが、それより前にあちらから攻撃されれば、正当防衛として反撃するしかない」


 淡々としたシェイラの態度にルシルは焦った。


「そんな!そんな事をすれば大陸間戦争になるかもしれないのに」


「まあ、それもやむなしと言う事だ」


 カイロとセトは散々同じ様に説得しても聞き入れられなかった後なのか、渋い顔をしているが無言のままだ。


「それに新旧の大陸では文化も種族もかなり違いがあると聞いているからな。遅かれ早かれ争いは起きるだろう。それが前倒しになるだけのこと」


 さすがは好戦的と名高いブラックモアだ。落胆するルシルに、シェイラは勝ち誇ったようににやりと笑った。


「どちらが上なのか分からせた上での国交交渉なら、利点は大きいはずだろう?」


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